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第15話 取締局の提案

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「いい? 攻撃する時はどれだけ力を込めるかじゃなくて、どれだけ力を抜けるかにかかってるの。出来る限り力を抜いた自然体の方が素早く、正確に動けるからね。そして、当たる! っていう瞬間に思いっきり力を込めるの」

 分かった? と、茜お姉ちゃんが私にそう問い掛けてくる。

 言葉選びを変えながら、何度も聞かされたその説明に、私は大きく頷く。

「うん、分かった! 見てて!」

「……返事は良いのよね、うん」

 微妙に遠い目になるお姉ちゃんから目を反らしながら、私はセーフハウスの中に作られた金属の案山子に向かってバットを構える。

 深呼吸して、力を抜いて……そのまま、勢いよく振り下ろす!

「えいや!!」

 ドゴォン!! と、凄まじい音と衝撃がセーフハウスを揺らす。

 ただし、その震源地は目の前にある案山子ではなく天井から。顔を上げると、軽く突き刺さっていたバットがポロリと落ち、私の頭に落ちてきた。

「ふみゃっ!? きゅう~」

 ごちん! と音を立てて頭をぶつけた私が、ふらふらと倒れ込む。

 そんな私を、お姉ちゃんは呆れ混じりに受け止めた。

「……力を抜けとは言ったけど、すっぽ抜けるほどゆるゆるにしろとは言ってないからね?」

“アリスちゃん素直すぎて可愛い”
“どうしてサンドバッグへの攻撃すらまともに出来ないのかw”
“これで迷宮災害を実質ソロ鎮圧したってマジ?”
“アリスちゃんの真の強さは戦闘力じゃなくてこの可愛さだからセーフ”

「むむむぅ~!」

 お姉ちゃんが浮かべているDチューブ配信ドローンの周囲に、書き込まれたコメントが次々と表示され、思わず頬を膨らませる。

 お姉ちゃんから、探索者としてのノウハウを習い始めて早三日。私は未だに、サンドバッグを卒業出来ずにいた。

 テュテレールが歩実さんに呼ばれて少しお出掛けしてるから、帰ってくるまでにサンドバッグくらいは攻略したいのに。

「じゃあもう一度。いい? すっぽ抜けないくらいには力を入れるのよ?」

「うん!」

 今度こそ、と気合を入れ、ふんすと鼻を鳴らしながら構えを取る。

 今度はすっぽ抜けないようにしっかり握って、思い切り振りかぶって……えいっ!!

「やった、当たった!」

 今度こそ狙い違わず直撃した一撃が、金属の案山子をパーツ単位でバラバラに吹き飛ばして……。

「ふみゃあ!?」

 吹き飛んだ頭が天井に跳ね返り、私の頭に直撃した。

 目を回してこてんと倒れる私を見て、お姉ちゃんが頭を抱える。

「どうしてそうなるの……」

“ほんとそれなw”
“ここまで来るともはや才能だわ”
“笑いすぎてお腹痛いw”

「うぐぐぐ~」

 大爆笑するみんなに何か言い返したかったけど、私自身これはちょっとないなって思うから何も言えない。

 どうやって見返してやろう、と思いながら頭を押さえて座り込んでいると、がちゃがちゃと音を立てながらポワンが近付いてきて、私に体を擦り付ける。

「うぅ、慰めてくれるの? ありがとうポワン、優しいね」

 いいこいいこ、とポワンを撫でると、キュイイン、と駆動音を上げて応えてくれる。

 うん、よしよし。今度、ポワンもお喋り出来る言語モジュールを作ってあげるからね。

“可愛い……”
“ポワンって単体で見ると全く可愛げのないデザインだけど、アリスちゃんが一緒に映り込むと可愛く見えてくるから不思議だ”
“アリスちゃんの魅了が周囲の全てを可愛くする”
“これが可愛いの連鎖か”
“可愛い……(二度目)”

「えへへ……うん? あ、テュテレールが帰ってきた!」

 そうやってみんなで過ごしていると、セーフハウスの外にテュテレールの気配を感知した。

 ててて、っと大急ぎで外に向かうと、そこにはテュテレールと、もう一人女の人が立っている。

「お帰りなさい、テュテレール! そっちの人は?」

『ただいま、アリス。この者は……』

「やっほー、アリスちゃん。ウチの名前は暮星菜乃花。よろしくね!」

 にこっと、快活な笑顔で挨拶する女の人に、私は「ど、どうも」と慌てて頭を下げた。

 身長は、茜お姉ちゃんとあまり変わらないみたいだけど……軽そうな言動の中にも、どことなく大人の余裕というか、落ち着いた雰囲気を感じる。年上のお姉さんかな?

 日本人らしい名前なのに、髪の色が鮮やかな空色に染まってるのは、スキルの影響かな? とすると、この人も探索者?

「アリスちゃん、どうし……げえっ、取締局員がどうしてここに!?」

「取締局……?」

 後ろから顔を覗かせたお姉ちゃんが、菜乃花さんを見るなり思い切り顔をしかめる。

 知らない単語に首を傾げる私に、菜乃花さんは笑顔のまま説明してくれた。

「取締局っていうのは、悪いことした探索者を捕まえるための組織だよ。ダンジョン専門の警察官って思ってくれればいいかな?」

「警察……え、えと、私は、ここを離れるつもりはありません……!」

 警察と聞いて真っ先に思ったのは、私を保護しに来たのかなってこと。

 元々、私達が上層じゃなくて中層にセーフハウスを構えたのも、ここの方が地上からの干渉を受けにくいからだ。

 もちろん、保護して貰った方が、私個人としては良い暮らしが出来るってことは分かってる。

 でも私は、これまで十年間一緒に暮らして、私を育ててくれたテュテレールと、離れ離れになりたくない。

 そんな私の訴えを、菜乃花さんはうんうんと頷きながら聞いていた。

「その辺りの事情は分かってるよ。だからね、ウチはアリスちゃんに色々と提案しに来たの」

「提案、ですか……?」

「うん。あ、ここから先はちょーっと機密に関わるから、配信は切らせて貰うね。視聴者のみんな、ごめんねー、ここからのアリスちゃんは、しばらくウチが独占させて貰いまーす」

“えっ、嘘ぉ!?”
“横暴だ!! 職権濫用!!”
“俺らの癒しを奪うなぁー!!”

 悲嘆に暮れるコメントを眺めながら、菜乃花さんがニコニコとお姉ちゃんのドローンに手を振って……ピッ、と自身のスマホをタップする。

 その瞬間、お姉ちゃんが何の操作もしていないのに、ドローンは配信を終了させ、待機モードになってしまった。

「さて、それじゃあ改めて……ウチはね、アリスちゃんに私達、探索者取締局の仕事を手伝って欲しいと思ってるんだ」

「私に……?」

「正確には、テュテレール君に、だけど……アリスちゃんは機械に強いみたいだし、そっち方面でもいずれは、って感じかな? 今はまだ、年齢的にアリスちゃんを働かせるわけには行かないんだけど」

 ざんねーん、と、菜乃花さんはおどけた調子で肩を竦める。

 急な話に戸惑っていると、そんな私をお姉ちゃんが後ろから抱き締め、背中に隠すように庇った。

「そんなのダメよ! 取締局なんて、普通の探索者じゃ処理出来ないような厄介事に巻き込まれる危険な部署なんでしょ? アリスちゃんがそこに所属なんてしたら、どんな目に遭うか分かったもんじゃないわ!」

「茜ちゃん、逆よ逆。厄介事専門の部署だからこそ、厄介事からアリスちゃんを守ってあげられるの。それに、アリスちゃんにとって、ウチに所属する大きなメリットがもう一つあるよ」

「メリット……?」

「テュテレール君、地上に出してあげたいんじゃない?」

「っ!?」

 思わぬ話に、思わず目を丸くする。

 テュテレールは、私にとっては大切な家族だけど……一般的には、危険な兵器であり、武器だ。ダンジョンの外には持ち出せず、もし私が地上に出るなら、探索者協会に預けなきゃいけなかった。

 もし、その縛りがなかったらって考えたことは、一度や二度じゃない。

「もちろん、自由に外を歩き回れるってほどじゃないけど、ここより広い家を用意するから、そこで一緒に過ごして構わないし、配信も続けていいし、探索者としての活動もオッケーだよ。移動する時は、専用の輸送車でダンジョンまで送り届けてあげる」 

「い、いいんですか……!?」

「もちろん、ウチは嘘は吐かないよ」

 もし菜乃花さんの言う通りになったら、このダンジョンの中でしか出来なかった活動の幅が、一気に広がる。

 期待に胸を膨らませる私に、お姉ちゃんはなおも警戒していた。

「普通、たった一人のためにそこまでする? 怪しいわ……取締局なんて、探索者のこと犯罪者予備軍くらいにしか思ってなさそうなのに」

「あはは、怪しむのも無理はないけど、そう難しい話じゃないよ。テュテレール君と、それを作ったアリスちゃんには、それだけの価値があるってこと。災害鎮圧の様子を間近で見た茜ちゃんなら、ウチより分かるんじゃないかな?」

「むむむ、それはそうだけど」

「ふふふ、じゃあ、こういうのはどうかな? ……茜ちゃん、あなたの両親が残した借金、少しでも減らせるように優秀な弁護士を紹介してあげ……」

「アリスちゃん、この人すっごくいい人だから、信じて大丈夫だと思うわ!!」

「うん、あまりの変わり身の早さに、流石のウチもびっくりだなぁ」

 苦笑する菜乃花さんと、目をギラギラさせるお姉ちゃん。正直、今はお姉ちゃんの方が怖い。

 だけど、そんなやり取りがなくても、私の心は決まっていた。

 テュテレールと一緒に暮らせるなら……私は、地上に出たい。

「菜乃花さん、よろしくお願いします」

「そう言ってくれるって思ってた。こちらこそ、よろしくね、アリスちゃん」

 握手を交わし、お互いに笑顔を向け合う。

 お姉ちゃんは、怪しいって言ってたけど……テュテレールが何も言わないってことは、少なくともデータの上では信用出来るってことだろうし。

 私自身、このお姉さんは悪い人じゃないって、そう思ったから。
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