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第34話 襲撃の夜
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「すや……すぅ……」
「ふふ……可愛い寝顔ですね~」
取締局が用意した家の中で、菜乃花と共に仕事に出たテュテレールの帰りを待っていたアリスだが、いつの間にか眠ってしまっていた。
そんなアリスの傍にいるのは、彼女のために一介の協会職員から取締局へと異動を願い出た人物、照月歩実だ。
ソファの上で気持ち良さそうに寝息を立てる少女の姿に癒しを覚えながら、歩実はほんの悪戯心からその頬を指でつつく。
ぷにっ、と柔らかな感触が伝わってくると共に、アリスはその刺激から逃れるように寝返りを打った。
ほぼ無意識のうちに、逃げた頬を追って更につつくと、アリスが寝苦しそうに身動ぎする。
やり過ぎた、と歩実が反省し指を引っ込めようとすると──それより早く、アリスの口が逃げる歩実の指先をかぷっと捕らえた。
「んみゅ……んんっ……むにゅふふ……」
一体どんな夢を見ているのか、幸せそうに表情を緩めながら、指先を咥えた状態でもごもごと口を動かす。
あまりの可愛さに、歩実は思わず天井を振り仰いだ。
(あ~、もう……アリスちゃん、天使ですか~?)
元々、歩実は自分の幼少時代を支えてくれた天宮テクノロジーズへの恩返しとして、アリスの力になりたいと思っていた。それ自体は、今も変わっていない。
だが、アリスと関われば関わるほど、恩返しなど関係なく、アリス個人を好きになっていくのを感じていた。
小さくて、か弱くて。身の丈に合わないほど強大な力を手にしながら、それを悪用しようなどとはその発想すら浮かばなくて。
自分の身に振りかかった不幸を嘆くことも、辛い時に何一つ手助けしてくれなかった政府や公共機関を恨むこともなく、日々小さな幸せなを噛み締めて笑っている。
(ああ、でも今日は、弟子にバットを借りパクされた~ってずっと不機嫌でしたっけ~……そういうところも、可愛いですけど)
こんなにも底抜けに優しくて、健気な少女を、好きにならない人間がいるのだろうか?
この笑顔を守りたい。この世界に蔓延る無数の悪意から、どうにかして守り抜きたい。
そんな想いを抱くのは、もはや必然だと言えよう。
だからこそ。
「本当に……信じられませんよ。アリスちゃんを害そうなんて考えは~」
歩実のスマホに届いたのは、侵入者を知らせる緊急警報だった。
レッドアラート。探索者やそれに類するスキルによる、超常現象を感知したことで発せられるその音を聞いて、歩実は内心で舌打ちする。
「菜乃花さん、緊急事態です~、早く戻ってきてください~」
頼れる同僚に連絡しながら、歩実はアリスが不快な警報音で目を覚まさないようにヘッドフォンを被せる。
悪意を持った人間からの襲撃など、アリスが知る必要はない。知られる前に、片をつける。
だが、世の中はなかなか思い通りに行かないらしい。
同僚へと繋いだ通信がノイズだらけで、上手く通じないのだ。
「菜乃花さん~?」
やがて、その声を一言も聞くことなく、通信が切断されてしまう。
直後、歩実達のいた部屋の証明がバチンと落とされ、家中が暗闇に包まれる。
慌ててスマホを確認すれば、この家と外部との通信は完全に途絶していた。
この分だと、アリスを守るために用意されていた、この家の防衛機構もどこまで機能するか怪しい。
「仕方ないですね~」
眠るアリスを抱きかかえて向かった先は、この家の専用エレベーター。
その中に毛布を敷き、アリスを横たわらせた歩実は、操作盤を使ってエレベーターを地下へと移動させる。
「核シェルターとまでは言いませんが……到着と同時にロックがかかり、一時間はいかなる操作も受け付けなくなる緊急避難場所です~……寝心地は悪いと思いますが、しばらくそこにいてください、アリスちゃん」
そう言って、一人地上に残った歩実は近くの壁に手を付き、隠されていたライフルを取り出した。
見た目は、自衛隊でも採用されているアサルトライフルと大差ない。だが、その中身は完全に別物だ。
連射性能を犠牲に、一発の威力を極限まで引き上げた単発式ハイパワーライフル。
弾丸一発五千円オーバーという法外な価格を掛けて製造されている、対ダンジョンモンスター用歩兵装備だ。
「この胸に誓ったことを、違える気はありません。……アリスちゃんは、私が守ります」
爆弾でも使ったのか、家が大きく揺れる。
裏口からの侵入なのだろう、歩実の位置からは音も聞こえず、姿も見えず、未だ何の気配も感じることは出来ない。
だが、“視える”。武装した悪党どもが、何の罪もないアリスをその私欲のために利用しようとする下衆どもが、ぞろぞろと足を踏み入れてくる姿が。
「菜乃花が……テュテレールが助けに来るまでは、精々私が相手になってみせましょうか~。一人でも多く道連れにしてやりますので……覚悟してくださいね~?」
その瞳に、スキル特有の輝きを灯しながら。
歩実は一人、アリスを守るために走り出した。
「ふふ……可愛い寝顔ですね~」
取締局が用意した家の中で、菜乃花と共に仕事に出たテュテレールの帰りを待っていたアリスだが、いつの間にか眠ってしまっていた。
そんなアリスの傍にいるのは、彼女のために一介の協会職員から取締局へと異動を願い出た人物、照月歩実だ。
ソファの上で気持ち良さそうに寝息を立てる少女の姿に癒しを覚えながら、歩実はほんの悪戯心からその頬を指でつつく。
ぷにっ、と柔らかな感触が伝わってくると共に、アリスはその刺激から逃れるように寝返りを打った。
ほぼ無意識のうちに、逃げた頬を追って更につつくと、アリスが寝苦しそうに身動ぎする。
やり過ぎた、と歩実が反省し指を引っ込めようとすると──それより早く、アリスの口が逃げる歩実の指先をかぷっと捕らえた。
「んみゅ……んんっ……むにゅふふ……」
一体どんな夢を見ているのか、幸せそうに表情を緩めながら、指先を咥えた状態でもごもごと口を動かす。
あまりの可愛さに、歩実は思わず天井を振り仰いだ。
(あ~、もう……アリスちゃん、天使ですか~?)
元々、歩実は自分の幼少時代を支えてくれた天宮テクノロジーズへの恩返しとして、アリスの力になりたいと思っていた。それ自体は、今も変わっていない。
だが、アリスと関われば関わるほど、恩返しなど関係なく、アリス個人を好きになっていくのを感じていた。
小さくて、か弱くて。身の丈に合わないほど強大な力を手にしながら、それを悪用しようなどとはその発想すら浮かばなくて。
自分の身に振りかかった不幸を嘆くことも、辛い時に何一つ手助けしてくれなかった政府や公共機関を恨むこともなく、日々小さな幸せなを噛み締めて笑っている。
(ああ、でも今日は、弟子にバットを借りパクされた~ってずっと不機嫌でしたっけ~……そういうところも、可愛いですけど)
こんなにも底抜けに優しくて、健気な少女を、好きにならない人間がいるのだろうか?
この笑顔を守りたい。この世界に蔓延る無数の悪意から、どうにかして守り抜きたい。
そんな想いを抱くのは、もはや必然だと言えよう。
だからこそ。
「本当に……信じられませんよ。アリスちゃんを害そうなんて考えは~」
歩実のスマホに届いたのは、侵入者を知らせる緊急警報だった。
レッドアラート。探索者やそれに類するスキルによる、超常現象を感知したことで発せられるその音を聞いて、歩実は内心で舌打ちする。
「菜乃花さん、緊急事態です~、早く戻ってきてください~」
頼れる同僚に連絡しながら、歩実はアリスが不快な警報音で目を覚まさないようにヘッドフォンを被せる。
悪意を持った人間からの襲撃など、アリスが知る必要はない。知られる前に、片をつける。
だが、世の中はなかなか思い通りに行かないらしい。
同僚へと繋いだ通信がノイズだらけで、上手く通じないのだ。
「菜乃花さん~?」
やがて、その声を一言も聞くことなく、通信が切断されてしまう。
直後、歩実達のいた部屋の証明がバチンと落とされ、家中が暗闇に包まれる。
慌ててスマホを確認すれば、この家と外部との通信は完全に途絶していた。
この分だと、アリスを守るために用意されていた、この家の防衛機構もどこまで機能するか怪しい。
「仕方ないですね~」
眠るアリスを抱きかかえて向かった先は、この家の専用エレベーター。
その中に毛布を敷き、アリスを横たわらせた歩実は、操作盤を使ってエレベーターを地下へと移動させる。
「核シェルターとまでは言いませんが……到着と同時にロックがかかり、一時間はいかなる操作も受け付けなくなる緊急避難場所です~……寝心地は悪いと思いますが、しばらくそこにいてください、アリスちゃん」
そう言って、一人地上に残った歩実は近くの壁に手を付き、隠されていたライフルを取り出した。
見た目は、自衛隊でも採用されているアサルトライフルと大差ない。だが、その中身は完全に別物だ。
連射性能を犠牲に、一発の威力を極限まで引き上げた単発式ハイパワーライフル。
弾丸一発五千円オーバーという法外な価格を掛けて製造されている、対ダンジョンモンスター用歩兵装備だ。
「この胸に誓ったことを、違える気はありません。……アリスちゃんは、私が守ります」
爆弾でも使ったのか、家が大きく揺れる。
裏口からの侵入なのだろう、歩実の位置からは音も聞こえず、姿も見えず、未だ何の気配も感じることは出来ない。
だが、“視える”。武装した悪党どもが、何の罪もないアリスをその私欲のために利用しようとする下衆どもが、ぞろぞろと足を踏み入れてくる姿が。
「菜乃花が……テュテレールが助けに来るまでは、精々私が相手になってみせましょうか~。一人でも多く道連れにしてやりますので……覚悟してくださいね~?」
その瞳に、スキル特有の輝きを灯しながら。
歩実は一人、アリスを守るために走り出した。
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