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第35話 もう一つの戦場

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「あーもう、キリがないよ!!」

 アリスと歩実のいる家が襲撃を受けるより少し前。
 菜乃花は、テュテレールと共にアリスの下へ帰還する途中、敵の襲撃に遭っていた。

 それも、銃とガスマスクで武装した、特異な集団に。

「明らかに私を狙って襲撃してきたよね、これ!? しかも、こんな住宅街で仕掛けてくるとか、頭おかしいんじゃないの!?」

 発砲音が高らかに響き、命を奪う凶弾が四方八方から菜乃花へと迫る。
 しかし、それは彼女に掠りもせず、見えない何かに受け流されたかのように背後へと流されていく。

 仲間の銃弾を受け、倒れていく敵。しかし、菜乃花自身それを狙って防いでいるわけではないため、被害はごく僅かだ。

 どうにか人気のない道を選んで走り抜けながら、菜乃花は叫ぶ。

「ねえ、テュテレール君はこれ、どう思う!? ウチは悪くないよね!?」

『テロによって生じた被害の怒りは、テロリストよりもむしろ治安維持組織へと向くというのはよくあるケースだ。特に、今回のターゲットは明確に暮星菜乃花が狙いだと宣言している。批判は免れないだろう』

「ですよねー!!」

 菜乃花へと向かう銃弾を、テュテレールがその身を盾に防ぎ止める。と同時に、すぐ近くにいた敵を殴り飛ばした。

 あっさりと吹き飛び、行動不能になる敵。だが、それまでだ。

 付近に人がいる住宅街では、テュテレールが持つ力の半分も発揮できない。

 それを理解しているからこそ、菜乃花は大急ぎで人気のない場所を目指しながら戦闘していた。

 敵に誘導されていることもまた、理解しながら。

(でも、私達を人気のない場所に誘導する意味は何? テュテレール君の力を考えたら、住宅街で戦い続けた方がいいのは間違いないのに)

 敵の狙いが読み切れないまま、菜乃花がやって来たのは人気のない倉庫街。先日、荒馬和人を捕縛した場所だ。

 真夜中の今、ここにならまず人は来ない。

 もし来るとすれば、それは……。

「よお、来やがったな、暮星菜乃花ぁ……!!」

 菜乃花を狙ってここに誘導した、その張本人だろう。

「荒馬俊三……!! ふん、逃げたと思いきや、その日のうちに即襲撃なんてせっかちだね。そのまま尻尾巻いて逃げ回ってれば良かったのに」

「そう言うなよ、こっちはお前を殺したくて殺したくて、大急ぎで準備してたんだからよぉ」

「あっそ、無駄な準備をご苦労様でした」

 ちらりと、俊三の周囲にいる──そして、ここまで自分達を追って来た彼の仲間達に目を向ける。

 総勢三十人ほど。ここに来るまで、そして先日彼の兄を捕縛する際に捕らえた人数を合わせれば、百人は超えるだろう。

 事前に聞いていた彼らの勢力からは、とても考えられない人数だ。
 ちゃんと仕事してよ、と、菜乃花は自身の同僚達へと心の中で愚痴る。

「無駄かどうかは、やってみなきゃ分からねえだろ? せっかくお前のスキルに合わせて、こんなクソかったりぃ装備までつけてやってんだからよ」

「……そのガスマスク、やっぱり私のスキル対策なんだ。よく分かったね」

 菜乃花のスキル──《大気掌握》は、自身を中心とした半径十メートル以内の気体を、自在に操作するスキルだ。

 これを上手く利用すれば、足音や匂い、移動の際に生じる空気の揺らぎなどと言った気配を完全に遮断したり、追い風を使って移動速度を速めることも出来る他、時間をかければ相手の吸い込む空気の成分さえ自由に弄り回せる。

 すなわち、菜乃花の間合いに入ったが最後、相手が"呼吸"を必要とする生物である限り、即座に窒息ないし一酸化炭素中毒で無力化や暗殺を狙うことが出来るのだ。

 ……逆に言えば、生きる上で呼吸を必要としないモノが大半だったダンジョンにおいて、菜乃花はどうしても頭角を現すのが難しかったという事情があるのだが、対スキル保持者という観点においては天賦の才能を持つ。

 それを知ったからこそ、俊三は自身を含む全員にガスマスクを装備させたのだ。

 消防隊にも採用されている最新式のガスマスクであれば、重い酸素ボンベを背負わずとも一時間は無酸素空間で活動出来る。

「ちょっとした情報提供があったんだよ。兄者の仇、討たせて貰うぜ……!!」

「いや、死んでないから」

 彼の兄、荒馬和人は犯罪者として捕らえられたが、それだけだ。
 死刑になるような重罪を犯したわけでもないのだから、懲役を終えればまた会える。

「うるせえ!! どっちにしろ、必殺のスキルを封じられたお前はここで終わりだなんだよ、覚悟しやがれ」

「随分余裕だけど……ここにいるロボットがどういう存在か、知らないの?」

 確かに、菜乃花の対人必殺スキルは封じられた。
 だが、この場にいるのは菜乃花だけではないのだ。

 千を超えるモンスターの群れを、単独で撃滅する力を持った超級戦力、《機人》テュテレール。
 たかが数十人の人間など、たとえ一級クラスで揃えようとテュテレールの敵ではない。

「確かにな。兄者は、《転移者》のスキルがあれば勝てると思ってたみてえだが、俺はそうは思わねえ。このスキルは、あまり激しく動く相手は飛ばせないからな……一度奇襲が失敗すれば、すぐ返り討ちに遭っちまう」

 だが、と、俊三は嗤う。
 たとえ勝てなくとも関係ないと、そう告げるかのように。

「どういう存在か知ってるからこそ、問題ねえんだよ。──そいつが今何よりも優先すべきなのは、俺じゃねえからな」

『────』

 その瞬間、テュテレールが唐突に動きを止めた。
 空を見上げ、そして呟く。

『アリスとの通信途絶を確認。緊急事態と判断する』

「なっ……!!」

 そういうことかと、菜乃花は歯噛みする。
 俊三が菜乃花達を誘導していたのは、人気のないところを求めたわけではない。

 アリスのいる家から、距離を稼ぐためだ。

『……暮星菜乃花』

「行って、テュテレール君。ウチなら、一人でもどうにかなるから」

 今この場所で巻き起こっている騒動は、何も菜乃花個人の問題ではない。
 ここに至るまでに広がった被害のフォローや、倒した敵戦闘員の回収などで協会は人手を割かれ、アリスの方にまで注意を向けられているか確信が持てない。

 アリスの傍には歩実もいるが……彼女は、戦闘員として採用された人間ではないのだ。護衛としては不安が残る。

 たとえここで菜乃花がどうなるとしても、アリスを守るためにはテュテレールの力が絶対に必要なのだ。

『了解。感謝する』

 テュテレールがそう答えるのとほぼ同時に、上空から一体のロボットが降下して来た。
 アリスが作製したばかりの、新たなロボットペット。探索専用機ウィーユだ。

合体ドッキングシークエンス、開始』

 ウィーユがテュテレールの背後で滞空し、その背中に接続される。
 テュテレールが纏うアイアンコートが翼の形状に変化し、ウィーユの持っていたプロペラとジェットが翼と重なり合った。

『ブースター、点火。……暮星菜乃花、無理はするな』

「あれ、ウチのこと心配してくれるの?」

 菜乃花の中のイメージでは、テュテレールは何を差し置いてもアリスが最優先だと思っていた。
 故に、アリスの通信が途絶したと聞いた時点で、こちらの意見など無視して躊躇なく飛んでいくと思っていたのだ。

 だが、テュテレールは僅かに迷うような素振りを見せ、今もこうして気遣ってくれている。それが、菜乃花にとっては意外だった。

『アリスが最優先なのは、当然のこと。だからこそ、あなたを気遣うこともまた当然だ』

「え?」

『あなたが傷つけば、アリスが悲しむ。……故に、私の知る限り、最も役に立つ援軍を要請しておいた。健闘を祈る』

 思わぬ言葉に、菜乃花が目を瞬かせる。
 その間に、テュテレールの背後で輝くブースターが一気に爆ぜ、その巨体を空へと打ち上げた。

『《ジェットフライト》。今行くぞ、アリス』

 さながらロケットの如き速度で飛んで行くテュテレールを見送った菜乃花は、改めて俊三へと向き直る。

 まいったなと、頭をかきながら。

「なんか、負けられなくなっちゃったなぁ……それで、律儀に待ってくれていた俊三君は、まだやるつもりなの?」

「当然だろ? 俺が手を出さなかったのは、テュテレールにはさっさとこの場から消えて貰わないと困るからだ。俺が頼まれたのは、あいつの足止めと……てめえの排除だけだからな」

 そう語った俊三が、指を打ち鳴らす。
 その瞬間、彼の背後にある空間が大きく歪み、そこに巨大な金属の塊が出現した。

 巨大な砲塔を持つ、鋼鉄の車両。
 誰もが知るその兵器に、菜乃花は顔を引き攣らせた。

「さ、三〇式超重戦車!? なんでそれを、アンタが!?」

「自衛隊の最新兵器を俺が持ってる理由? そんなの、かっぱらって来たからに決まってるだろ?」

「違う、どうしてそれを動かせてるのかって聞いてんの!!」

 空間転移の力を持つ俊三であれば、戦車を盗んでくるのも容易だろう。これに関しては、防ぐ方が難しい。

 だが、動かすとなれば話は別だ。こういったスキル保持者による強奪を想定し、自動・遠隔操作による二重の自爆装置が付けられたこの戦車を壊すことなく盗んだ上に、AIによる自動操縦機能まで問題なく起動させている。

 このような真似は、俊三では決して出来ない。

 それはつまり、彼に支援した何者かが、想像以上に強力な力を持っているという証拠であり──

「だから、言ったろ。……てめえはここで終わりだ、覚悟しやがれ」

 それだけ本気で、アリスを狙っているということになる。

 こんな町中で出現した戦車を放置して、アリスに支援を送ることなど出来るはずがないのだから。

(これは……思ったよりもヤバいかも。テュテレール君……油断はしないでよ?)

 想像を超える事態に、冷や汗を一筋流しながら。

 菜乃花の決死の戦いが、始まった。
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