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第39話 “アリスの笑顔を守る者”
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(アリスが、泣いている)
“敵”の攻撃によって、私は全身の回路がショートし、ほとんどのシステムがダウンしてしまった。
もはや、まともに動く機能を探す方が困難な状態で、残された僅かなシステムが拾ったのは……アリスが深い悲しみに包まれ、慟哭する声だった。
(私は、"また"守れなかったのか)
生き残った僅かな機能を総動員し、他のシステムの再起動を試みる。
そのために、主に稼働を始めたのは、私がこれまでに最も厳重なセキュリティと防御を施し、大切に守って来た記憶《メモリー》の格納領域。
だからだろう。記憶システムの稼働に合わせ、過去の映像が次々と再生されていく。
『完成よ。これが私達の新商品、子育て・護衛・介護の三つの機能を両立させるために、今持てる人工知能技術の粋を結集して作り上げたロボット! ……名前は、どうしようかしら?』
『そうだな……保護者、なんてのはどうだ? 俺達の子供を共に守る、三人目の保護者となってくれるように』
『ふふふ、いいわね。テュテレール……この子が生まれたら、一緒に育ててあげましょうね』
アリスの母親……天宮博士が、私の腕を自身の腹部に押し当てる。
まだ感覚モジュールもない当時の私には、その大きく膨らんだ腹部の内部にあるものを、感じ取ることは出来なかった。
だが……これを、人は"温かい"と評するのだろう。
まだ稼働を始めたばかりだった私の人工知能は、当時の状況をそのように演算し、記録した。
『はあ、はあ、はあ……!!』
『生まれた……! 生まれたぞ、元気な女の子だ!!』
『良かった……テュテレール、あなたも見える? この子が、私達の娘……"アリス"よ。ほら、こっちに来て』
天宮博士の腕の中で、大声で泣く小さな命。
命じられるままに近付けば、その命は確かな鼓動を刻み、自らの存在を主張するように叫び続けていた。
人は、これを"幸せ"と評するのだろう。
まだまともに見えていないはずの目が、私の姿を確かに捉えたと感じた時……私はそのように記録した。
『げほっ……ダメよ、テュテレール……こっちに来ては、ダメ……』
崩れ落ちたビル。下敷きになった数多の人々。死臭すらも土埃でかき消され、未知の歪みが空間を蝕む。
そんな地獄の中で、天宮博士は私に"来るな"と命じた。
私の存在意義は、あなた達家族を守ることだったはずなのに。
『いいえ、違うわ、テュテレール。あなたの役目は、アリスを守ることよ』
そう言って、天宮博士は私の腕の中を指し示した。
地獄の中でたった一つ、取りこぼさずに済んだものを。
『私の、最期の命令よ。アリスを……どうか、アリスだけは……あなたの力で、守ってあげて……テュテレール……私の、愛しい……もう一人の──』
一際大きな崩落によって、天宮博士の言葉は途切れてしまった。
だが、博士の命令だけは、間違いなく私の記憶《メモリー》に深く刻み込まれたのだ。
アリスを、守る。それだけが、私の存在意義。
(だというのに、私は)
システムの再起動は失敗し、私の機能は何一つ回復しなかった。
外界の状況すら満足に把握出来ず、アリスがどのような状態なのかも分からない。
(すまない、天宮博士。私は、あなたの命令を全う出来なかったようだ)
記憶の中にしか存在しない人物に謝罪をして、何の意味があるのか。
だが、今の私には、そうすることしか出来ない。
あるいはこれを、人は"悔しい"と言うのかもしれない。
ただの機械でしかない私が、このような感情を持つことに意味などないというのに。
『そんなことないよ、テュテレール』
(…………!!)
私の中に残った記憶《メモリー》が、新たな映像を再生した。
それは、私がアリスと共に、ダンジョンの中での生活を始めてしばらく経った後。
ロボットとしては不要なノイズが定期的に発生することを告げ、システムメンテナンスを頼んだ私に……アリスが、告げた言葉だ。
『そのノイズは、テュテレールにとって……ううん、私達にとって何より大切なものだから。だから、捨てようなんて考えたらダメ。……システムの効率が落ちる? 気にしなくていいよ、その分私が、もーっとすごいシステムにアップデートしてあげるから!』
アリスは、このノイズを"感情"だと言った。人が生きていくのに、必要なものだと。
私は人ではなく、ロボットだ。そう伝えても、アリスは納得しなかった。
『テュテレール!! なんであんな無茶したの!?』
私が、まだダンジョン上層の敵にも苦戦するスペックだった頃。
アリスを守るため、自爆に等しい攻撃で相打ちになった時の記憶が再生される。
いつも笑顔を絶やさず、私に優しいアリスが、その時だけは何度も何度も私を叩いた。罵倒の言葉を並べ、これ以上ないほど怒りながら──泣いていた。
『バカ、バカ、バカ!! テュテレールのバカ!! 私にはもう、テュテレールしかいないんだよ? お願いだから、一人にしないでよ……!!』
私は、ロボットだ。
代わりなど、いくらでもいる。
また、作ればいい。今のアリスなら、出来るはずだ。
『作れないよ、作れるわけないでしょ!? テュテレールは、テュテレール一人しかいないの!! 似たようなロボットをいくつ作ったって、そんなのはもうテュテレールじゃない!!』
涙を流し、視界を滲ませ、手を震わせ……私を生かそうと、必死に修理を続けるアリスが、言った。
『お願い、テュテレール……もう、こんなことしないで……私は、もう……"家族"がいなくなるところなんて、見たくないよ……!!』
(──そうだった。この記憶だけは、忘れてはいけなかった)
一度は諦めかけたシステムの再起動を、もう一度試す。──失敗。
それでも構わないと、システムの再起動を試みる。何度も。何度も。
(私は……我が名は、守護者。博士を失い、アリスを守れと命令された時、自らをそう再定義した。アリスの命は、私が守ると。だが、それだけではない)
システム再起動──失敗。
システム再起動──失敗。
システム再起動──失敗。
何度リトライしようと、変わらない結果。
当然だ。もはや、私に残された機能で出来ることは、全てやり尽くした。今の私は、ただ過去の記録を閲覧するだけのスクラップに等しい。
それでも、私は諦めない。
(私は……アリスの家族。アリスを──アリスの笑顔を、守る者だ!!)
再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗──
動くはずがないと、機械としての私の知能が結論を下す。
動くのではなく、動かすのだと、私の中にアリスが残した"感情"が叫ぶ。
無意味に続くリトライの連続は、傍から見れば滑稽なものだったかもしれない。
だが、それでも──その無意味な試行の連続が、小さな奇跡を手繰り寄せることもある。
それが"人"なのだと、他ならぬアリスが、私に教えてくれた。
『────』
無限にも等しい再試行が、唐突に実を結んだ。
視界映像が回復し、自身の状況を客観視するためのデータが揃っていく。
『そうか──お前が助けてくれたのだな、フロン』
『ピ、ピピピ……テュテレール、助ける。アリス、守る』
崩壊したコンクリートを纏う、全長三十メートルにも及ぶ巨人。
その体内で、まるでアリスの意思に守られるかのように横たわっていた私は、フロンが持つ電磁投射砲と対を成すもう一つの機能──他の機械の簡易修理を行う自癒モジュールによって、再起動に成功したようだ。
何度も繰り返したリトライにより生じた、微かな電気信号。それが、フロンの存在をここに導いたのだ。
『行こう、フロン。我々の持てる全ての力を合わせて、アリスを助ける』
『ピ、ピピピ!』
フロンの体がバラバラになり、私の全身に接続される。
その電磁投射砲は左腕に、四つの足が腰に固定され、本体は背中に装着された。
背中の自癒モジュールが唸りを上げ、合体を果たした私の戦闘システムに最低限の修理を施していく。
『戦闘システム、再起動完了。戦闘再開は可能であると判断する。──これで二度目だ。待っていろ、アリス』
“敵”の攻撃によって、私は全身の回路がショートし、ほとんどのシステムがダウンしてしまった。
もはや、まともに動く機能を探す方が困難な状態で、残された僅かなシステムが拾ったのは……アリスが深い悲しみに包まれ、慟哭する声だった。
(私は、"また"守れなかったのか)
生き残った僅かな機能を総動員し、他のシステムの再起動を試みる。
そのために、主に稼働を始めたのは、私がこれまでに最も厳重なセキュリティと防御を施し、大切に守って来た記憶《メモリー》の格納領域。
だからだろう。記憶システムの稼働に合わせ、過去の映像が次々と再生されていく。
『完成よ。これが私達の新商品、子育て・護衛・介護の三つの機能を両立させるために、今持てる人工知能技術の粋を結集して作り上げたロボット! ……名前は、どうしようかしら?』
『そうだな……保護者、なんてのはどうだ? 俺達の子供を共に守る、三人目の保護者となってくれるように』
『ふふふ、いいわね。テュテレール……この子が生まれたら、一緒に育ててあげましょうね』
アリスの母親……天宮博士が、私の腕を自身の腹部に押し当てる。
まだ感覚モジュールもない当時の私には、その大きく膨らんだ腹部の内部にあるものを、感じ取ることは出来なかった。
だが……これを、人は"温かい"と評するのだろう。
まだ稼働を始めたばかりだった私の人工知能は、当時の状況をそのように演算し、記録した。
『はあ、はあ、はあ……!!』
『生まれた……! 生まれたぞ、元気な女の子だ!!』
『良かった……テュテレール、あなたも見える? この子が、私達の娘……"アリス"よ。ほら、こっちに来て』
天宮博士の腕の中で、大声で泣く小さな命。
命じられるままに近付けば、その命は確かな鼓動を刻み、自らの存在を主張するように叫び続けていた。
人は、これを"幸せ"と評するのだろう。
まだまともに見えていないはずの目が、私の姿を確かに捉えたと感じた時……私はそのように記録した。
『げほっ……ダメよ、テュテレール……こっちに来ては、ダメ……』
崩れ落ちたビル。下敷きになった数多の人々。死臭すらも土埃でかき消され、未知の歪みが空間を蝕む。
そんな地獄の中で、天宮博士は私に"来るな"と命じた。
私の存在意義は、あなた達家族を守ることだったはずなのに。
『いいえ、違うわ、テュテレール。あなたの役目は、アリスを守ることよ』
そう言って、天宮博士は私の腕の中を指し示した。
地獄の中でたった一つ、取りこぼさずに済んだものを。
『私の、最期の命令よ。アリスを……どうか、アリスだけは……あなたの力で、守ってあげて……テュテレール……私の、愛しい……もう一人の──』
一際大きな崩落によって、天宮博士の言葉は途切れてしまった。
だが、博士の命令だけは、間違いなく私の記憶《メモリー》に深く刻み込まれたのだ。
アリスを、守る。それだけが、私の存在意義。
(だというのに、私は)
システムの再起動は失敗し、私の機能は何一つ回復しなかった。
外界の状況すら満足に把握出来ず、アリスがどのような状態なのかも分からない。
(すまない、天宮博士。私は、あなたの命令を全う出来なかったようだ)
記憶の中にしか存在しない人物に謝罪をして、何の意味があるのか。
だが、今の私には、そうすることしか出来ない。
あるいはこれを、人は"悔しい"と言うのかもしれない。
ただの機械でしかない私が、このような感情を持つことに意味などないというのに。
『そんなことないよ、テュテレール』
(…………!!)
私の中に残った記憶《メモリー》が、新たな映像を再生した。
それは、私がアリスと共に、ダンジョンの中での生活を始めてしばらく経った後。
ロボットとしては不要なノイズが定期的に発生することを告げ、システムメンテナンスを頼んだ私に……アリスが、告げた言葉だ。
『そのノイズは、テュテレールにとって……ううん、私達にとって何より大切なものだから。だから、捨てようなんて考えたらダメ。……システムの効率が落ちる? 気にしなくていいよ、その分私が、もーっとすごいシステムにアップデートしてあげるから!』
アリスは、このノイズを"感情"だと言った。人が生きていくのに、必要なものだと。
私は人ではなく、ロボットだ。そう伝えても、アリスは納得しなかった。
『テュテレール!! なんであんな無茶したの!?』
私が、まだダンジョン上層の敵にも苦戦するスペックだった頃。
アリスを守るため、自爆に等しい攻撃で相打ちになった時の記憶が再生される。
いつも笑顔を絶やさず、私に優しいアリスが、その時だけは何度も何度も私を叩いた。罵倒の言葉を並べ、これ以上ないほど怒りながら──泣いていた。
『バカ、バカ、バカ!! テュテレールのバカ!! 私にはもう、テュテレールしかいないんだよ? お願いだから、一人にしないでよ……!!』
私は、ロボットだ。
代わりなど、いくらでもいる。
また、作ればいい。今のアリスなら、出来るはずだ。
『作れないよ、作れるわけないでしょ!? テュテレールは、テュテレール一人しかいないの!! 似たようなロボットをいくつ作ったって、そんなのはもうテュテレールじゃない!!』
涙を流し、視界を滲ませ、手を震わせ……私を生かそうと、必死に修理を続けるアリスが、言った。
『お願い、テュテレール……もう、こんなことしないで……私は、もう……"家族"がいなくなるところなんて、見たくないよ……!!』
(──そうだった。この記憶だけは、忘れてはいけなかった)
一度は諦めかけたシステムの再起動を、もう一度試す。──失敗。
それでも構わないと、システムの再起動を試みる。何度も。何度も。
(私は……我が名は、守護者。博士を失い、アリスを守れと命令された時、自らをそう再定義した。アリスの命は、私が守ると。だが、それだけではない)
システム再起動──失敗。
システム再起動──失敗。
システム再起動──失敗。
何度リトライしようと、変わらない結果。
当然だ。もはや、私に残された機能で出来ることは、全てやり尽くした。今の私は、ただ過去の記録を閲覧するだけのスクラップに等しい。
それでも、私は諦めない。
(私は……アリスの家族。アリスを──アリスの笑顔を、守る者だ!!)
再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗。再起動。失敗──
動くはずがないと、機械としての私の知能が結論を下す。
動くのではなく、動かすのだと、私の中にアリスが残した"感情"が叫ぶ。
無意味に続くリトライの連続は、傍から見れば滑稽なものだったかもしれない。
だが、それでも──その無意味な試行の連続が、小さな奇跡を手繰り寄せることもある。
それが"人"なのだと、他ならぬアリスが、私に教えてくれた。
『────』
無限にも等しい再試行が、唐突に実を結んだ。
視界映像が回復し、自身の状況を客観視するためのデータが揃っていく。
『そうか──お前が助けてくれたのだな、フロン』
『ピ、ピピピ……テュテレール、助ける。アリス、守る』
崩壊したコンクリートを纏う、全長三十メートルにも及ぶ巨人。
その体内で、まるでアリスの意思に守られるかのように横たわっていた私は、フロンが持つ電磁投射砲と対を成すもう一つの機能──他の機械の簡易修理を行う自癒モジュールによって、再起動に成功したようだ。
何度も繰り返したリトライにより生じた、微かな電気信号。それが、フロンの存在をここに導いたのだ。
『行こう、フロン。我々の持てる全ての力を合わせて、アリスを助ける』
『ピ、ピピピ!』
フロンの体がバラバラになり、私の全身に接続される。
その電磁投射砲は左腕に、四つの足が腰に固定され、本体は背中に装着された。
背中の自癒モジュールが唸りを上げ、合体を果たした私の戦闘システムに最低限の修理を施していく。
『戦闘システム、再起動完了。戦闘再開は可能であると判断する。──これで二度目だ。待っていろ、アリス』
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