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第38話 敗北の機人

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 歩実のスキルは、《透視》だ。
 超感覚系の中では比較的ポピュラーなタイプであり、どこまでのものを透視出来るかは人によって異なる。

 そして歩実の場合は、自身の視力によって視認可能な範囲における無機物全てを透視可能だった。

(相手が普通の人間なら、十分に無双出来るスキルなんですけどね~)

 屋内などの障害物が多い場所で、一方的に相手の位置を把握し続けられる、といえば、それがどれだけ驚異的な力かは容易に想像がつくだろう。

 事実、歩実は戦闘開始から五分足らずで、既に三人の無力化に成功している。

「くそっ、あの野郎どこに隠れやがった!?」

「コソコソしやがって、出て来やがれ!!」

(言われなくても……!)

 曲がり角で息を殺し、銃を構える。
 そして、正面に敵が姿を現した瞬間に発砲。結果を確認するより先に、即座に逃げ出した。

「ぐはっ!?」

「くそっ、また一人やられた!!」

「倒れたやつは後ろに回せ、早いところ片付けてターゲットの居場所を吐かせるぞ!!」

 背後から迫って来る、敵の足音。それを確認しながら、歩実は壁に埋め込まれたコンソールを操作して隔壁を一つ降ろした。
 こうした緊急事態に備えた、この家の設備の一つである。

(これで少しは、時間を稼げる……)

『──と、思ったかな?』

 突然聞こえた声に、ぎょっと目を剥く歩実。

 その声が一体どこから聞こえるのかと、辺りを見渡して……自身のスマホから響いていると気付いて、頬を引き攣らせた。

『いやあ残念、よく頑張ってるけど、いい加減時間がもったいないからね。他に伏兵がいないことは確認出来たし、そろそろお遊びは終わりにさせて貰うよ』

「それはこちらのセリフなんですが~……これだけの時間があって、取締局が何もしないとでも~?」

『逆にこっちが聞きたいんだけど、なんでこれだけ時間があって取締局が介入してこないと思う? ……ここのシステムも、取締局のシステムも全部乗っ取らせて貰った。ここまで大規模にやったらもって三十分だけど、それだけの時間、あいつらを行動不能に出来るなら十分だよ』

「…………」

 デタラメを、と笑い飛ばせたら良かったのだが、事実としてコンソールによる直接操作以外では隔壁一つまともに動かすことが出来ず、手持ちの端末もこうして乗っ取られている。

 ──普通のネット回線から隔離された取締局のシステムすら乗っ取られたなら、間違いなく何らかのスキルによる制圧。それも、特級以上。

 まずいですね~、と、歩実が冷や汗を流した刹那……彼女の背後にあった隔壁が、勝手に封鎖された。

「なっ……」

『言ったでしょ? もうお遊びはおしまいだってさ』

「へへ、手こずらせやがって」

 退路を塞がれるのとほぼ同時に、男達がぞろぞろと歩実の前にやって来た。
 舌打ちを漏らしながら、歩実はすぐに発砲しようと銃を構え──それより早く、何らかのスキルによって生じた閃光が、彼女の腹部を貫いた。

「いぐっ……あぁぁ!?」

 焼けるような痛みが全身を襲い、その場に蹲る。

 そんな歩実を、駆け寄って来た男が思い切り蹴り飛ばした。

「がっ、げほっ……!!」

「この野郎、散々好き放題やってくれたなぁ!!」

「いぐっ、うっ……!!」

 何度も踏みつけられ、歩実が血を吐きながら呻く。
 それを止めたのは、他ならぬ声の主だった。

『やめなよ。そいつにはまだ利用価値があるんだから。……天宮アリスを誘き出すのに、ちょうどいいエサだ』

「っ……そんなこと、させませんよ~……!!」

『悪いけど、それを決めるのはこっちだよ。っと……なんだ、そっちから来てくれたんだ。良い子だね』

「えっ……」

「歩実さん? そこにいるんですか?」

 隔壁の向こうから聞こえて来た声に、歩実はサーっと血の気が引いていくのを感じた。
 どうやってここに、と考えたところで、彼女は思い出す。

 アリスは、テュテレールを作り上げたほどの優秀なメカニックであり、機械に対して無類の解析能力を誇る超級スキル、《機巧技師》の使い手だ。

 どんなセキュリティも、それが機械に類するものである限り、アリスの前では通用しない。

「この壁、なんですか? 起きたら一人で地下にいて、何がなんだか……」

「逃げてくださいっ、アリスちゃん……ここにいたら、ダメです……!!」

「余計なこと言うんじゃねえ!!」

「うぐっ……!?」

「あ、歩実さん!! 待っててください、今行きますから!!」

 アリスがスキルを使い、隔壁をどかそうとしている気配を感じる。

 ダメだと叫びたかったが、上手く声が出ない。
 そもそも、ここのシステムはほぼ相手に掌握されているのだ。隔壁一枚など何の意味もなく、大した違いはないかもしれない。

 それでも、アリスをこんな悪意の前に晒したくなかった。何も知らないところで、幸せに暮らしていて欲しかった。

 そんな願いも空しく、隔壁が動き出そうとして──

『ターゲット補足。殲滅する』

 窓を突き破って、群青色の巨人が飛び込んできた。

 男達が、突如現れたそのロボットに驚き、攻撃を加えようとするが……それより早く、一斉に放たれた電磁ネットが男達を拘束し、眩い電撃で全員を気絶させていく。

「「「ぐあぁぁぁぁ!?」」」

「テュ……テュテレール君……来てくれたんですか……!」

『すまない、照月歩実、遅くなった。そして、アリスを守ってくれたこと、礼を言う』

 東京を拠点とする探索者の中で、事実上の最高戦力。アリスの守護神、《機人》テュテレール。
 ウィーユと合体し、鋼の翼で飛行してきた彼が、歩実を庇うようにゆっくりと降り立った。

「テュテレール、そこにいるの!? どうなってる? 歩実さんは大丈夫!?」

『問題ない。アリスはしばらく、そこで待っていてくれ。……最後のターゲットが、まだ残っている』

「あはは、ちょっと遅かったか……でもまあ、これはこれでアリかもね」

 ウィーユとの合体を解除したテュテレールの前に、一人の子供が現れる。
 機械のヘルメットを被って顔を隠し、紺色のジャケットを着たその子供──ファルコンは、テュテレールを前に余裕を感じさせる態度で笑みを浮かべた。

「天宮アリスの前で、大事な大事な家族ロボットをぐちゃぐちゃに破壊してやれば、きっと良い顔で絶望してくれるだろうからさ。ははっ、想像するだけで楽しみだね」

『疑問。なぜ、お前はアリスを憎むかのような言動を取る?』

「憎むよ、当然だろ? 天宮テクノロジーズのトップの子供なんて、憎くないわけがない。僕の家族をぐちゃぐちゃにしたんだ、その報い、受けさせてやるよ……!!」

「……?」

 ファルコンの言い分を聞いて、歩実は意味が分からず首を傾げた。

 確かに、アリスは天宮テクノロジーズの元トップの娘だ。だが、アリスの両親は人の恨みを買うような人間ではない。

 そもそも、十年前に亡くなっている人間が、アリスとさほど歳も変わらないだろう子供の家族と、果たして本当に関わりがあるのか──

『理解不能。状況証拠と合わせ、危険人物と判断。アリスのため、無力化させて貰う』

 そう告げるや否や、テュテレールが飛び出した。

 手のひらを広げ、その体を抑え込もうと真っ直ぐに伸ばし──バチンッ、と。

 眩い稲妻が、空間を満たす。

「悪いけど、ロボットに……機械に対して特効を持ってるのが、《機巧技師》だけだなんて思わないでよね」

 テュテレールが不自然にその動きを停止し、沈黙する。
 傍にいたウィーユもまた地面に墜落し、動かなくなってしまった。

 それを確認して、ファルコンは口角を吊り上げた。

「僕のスキルは《雷機掌握》……雷や、電気信号を使って動く全ての無機物が、僕の力の支配下だ。たとえ超級の力で作られたロボットだろうと、それ自体が超級のスキルで動いているわけじゃない以上、僕のスキルからは逃れられない。それでも、一対一じゃないと少し不安もあったから、あいつに時間稼ぎさせたんだけど……これなら、いらなかったかな」

 バチバチと、全身から火花を発するテュテレール。

 そんなロボットに手のひらを向けたファルコンは、スキルの輝きを灯すそれを思い切り押し付ける。

「──装甲の内側から、回路を全部焼き尽くしてぶっ壊してやる。《雷火葬送》!!」

 屋内に生じた雷撃が、テュテレールというたった一機のロボットの中を駆け巡り、その内部を破壊しつくさんと暴れ回る。

 まさに、そのタイミングで──隔壁の閉鎖が解除された通路の奥から、アリスが姿を現した。

「……テュテレール?」

 黒煙を上げる群青の巨人は、何も答えない。その姿勢を制御することも出来ず、その場に崩れ落ちる。

 呆然と見つめるアリスに、ファルコンは得意げに語り出した。

「ははは! これで君を守る最後の希望は打ち砕かれたよ。ねえ、どんな気分? 家族だなんだって大事に大事に改造してたロボットを壊されて、どんな気分?」

「…………」

「悔しい? 悲しい? それともムカつく? どれでも構わないよ。これでようやく僕はお前と同じ立場だ。さあ、殺し合おうよ、どっちかが壊れちゃうまで、思いっきりさあ!!」

「…………」

 ファルコンの叫びを聞いても、アリスは何も答えない。
 地面に横たわったまま動かないテュテレールを見て、口を固く閉ざしている。

「……ちっ、まさか今のだけで壊れちゃったの? それじゃあダメだよ、そんなんじゃ僕の復讐にならないだろ、ほら、向かって来いよ、僕を殺しに来いよ!!」

 反応のないアリスに、ファルコンが怒りを露わにする中。
 歩実はただひたすらアリスの気持ちを思い、傍に這いよっていた。

「アリスちゃん……気持ちは分かりますが、今は……早く、逃げ……」

 あれほど懐いていたロボットを失えば、傷ついて当たり前だ。歩実自身、悲しくないと言えば嘘になる。

 それでも、アリスだけは守らなければ、倒れたテュテレールにも顔向け出来ない。

「いや……」

「えっ?」

 しかし、歩実は甘く見ていた。
 アリスの心に占める、テュテレールという存在の大きさを。

 その支えを失ったアリスの悲しみが、どれほど深いものかを。

「いやあああああああ!!!!」

 アリスの全身から、スキルの閃光が吹き荒れる。
 それが辺り一面を覆ったその瞬間、家全体が大きく軋みを上げて崩れ始めた。

「ちょっ、何……? 何が起きてるの?」

 訳が分からず、ファルコンが動揺を露わにする。

 その間にも、どんどんと揺れが大きくなる。
 家全体に罅が入り、天井が崩れ、床が砕け──まるで、家そのものが意思を持ったかのように動き出す。

「まさか……」

 事ここに至り、歩実は気付いた。アリスの慟哭が、何を引き起こそうとしているのか。

 この家はコンクリート造りだが、その基礎部分には丈夫な金属が大量に用いられていて、尚且つ様々な電子機器を組み込んだ防衛システムを構築している。つまり……。

「この家全体を……金属を使って作られた"機械"とみなして、操ってるんですか……!?」

「あああああああ!!!!」

 スキルの暴走オーバーロード。アリスの限界を超えた力の行使によって、全長三十メートルを超すコンクリートの巨人が、東京の只中に出現した。
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