だから俺には春が来ない。

入巣 八雲

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6 けれども星ヶ崎 羽衣音は遠慮しない。

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 当然のことだが、大学生というのは自分で履修科目を選択しカリキュラムを組み立てる。 
 そのため、いくら友人でも全て同じ授業ということはほぼない。 中には友人がいるという理由で履修選択をする愚か者がいたりもするが、大学生にもなってそんな愚行に走る人間はきっと将来永劫愚か者であり続けるのだろう。
 そして俺はそんな愚か者にはなるまいと、長い付き合いである武彦にも幼馴染である愛梨にも履修科目を伏せている。のだが......。

「今日はこの2限目以降の授業はなかったわよね、朝霧君!」

 ちょうど2限目の授業が終わり教室を出たところで吉川先生に声を掛けられた。

 「吉川先生...なんで俺のカリキュラム完全に把握しちゃってるんですか...。」

 俺を欺き、見事に学生評議部へと強制入部させたこの腹黒巨乳教師は、何故か俺の履修科目を把握し尽くしているようだった。

「先生達には皆ここの学生の履修科目と出席状況を閲覧する権利が与えられてるの。だからあなたが今日何限目で帰るのか知っているのです。」

「いや先生達にその権利が与えられてるのは知ってますけど...。」

 だからって普通暗記します?
 それってストーカー行為にはならないんですか?

「細かいことはいいじゃない。」

 決してよくはないが、この人の無法さに付き合っていると一日分の精神力が一気に削られるので気にしないことにした。

「それで? 一体何の用ですか...。部活ならちゃんと顔出すんで心配しなくてもいいですよ。」

 大変不本意だが入ってしまったが最後、この先生が顧問だというのだからもう逃れられない...。
 ならせめて潔く諦める! それがクールな男ってやつだろう。

「そのことなんだけど、天宮城さんは今日3限まであるから、それが終わってから部活始めるわね。」

 そして当然のように天宮城のカリキュラムも把握している先生なのであった。

「そうっスか...わかりました。」

 履修している科目が違えば授業を受ける時間も当然違う。大学の部活では部員全員揃って始めることができなかったり、遅い時間に活動を始めたりする部活がほとんどだ。
 かなり力の入れている部活なんかは全員揃って開始するため、遅い時間の授業選択をする者は受け入れず、入部者の履修選択を制限したりもする。

「それだけ言いに来たんです、それじゃ。」

 次に授業が入っていたのか、先生は早歩きで階段の方へ去っていった。

 時間が空いてしまった。
 特にやることもないが一時間半ぼーっと過ごすのも逆に辛いよな...。

 そこで俺は読書でもしようかと学校内の図書館に足を運ぶことにした。



「うっ...。」

 だがしかし、休館していた。

 俺はなんでかこんな感じの細々とした不幸を短期間でコンスタントに浴びてしまうことが並の人より多い。
 とは言ってもあくまで細々とした不幸な訳で、何故かいつも近辺で事件が起こってしまう名探偵や、何故か女の子と出会う度にエッチぃ体勢で転んでしまうラッキースケベのように、少年マンガ的トラブルが起きる訳ではない。
 例えば、歩いているところに鳥の糞が頭に落っこちてきたり、何も盗ってないのに万引きと間違われたり、カップ焼きそばの湯切りをしていたら麺も一緒に流してしまったりとか、そんな端から見たら微笑ましくも思えるような不幸に愛されているというだけだ。
 ちなみに今挙げた例は全て俺の実体験である。

 それよりどうしたものか。
 他にあてはないし、武彦の奴は授業中だろうしな...。
 早めの昼食でもとるか。

ということで学食へ向かうことにした。

 それにしてもどうせならアニメやマンガみたいな非日常感を味わえる不幸体質の方が良いよなぁ...。
  そんなくだらないことを考えながら学食へ向かい歩いていると、背後から女子の話声が聞こえてくる。

「あれ、もう授業ないんだ?」

 ふむ、どうやら俺と同じく授業とってない組らしいな。そして何故か声が異様に近い。

「無視すんな!」

「っ!?」

 なにやら教科書らしきもので頭を叩かれたので振り向いてみると、そこにいたのは我が幼馴染とその友人と思しき小柄な女の子だった。

「なんだお前か。」

「お前か。じゃないでしょ! 人が声かけてるのにシカトするってどうなの!それとも幼馴染の声忘れちゃってたの?」

 ぶっちゃけその通りでございました。女子の声ってどれも同じく聞こえるんだよ。

「いや女ってみんな似たような声してるじゃん。」

「そう聞こえるのはあんただけだよ...。」

 そういって頭を抱えられた。
 そうだろうか、意外と分からないものだよ?それとも俺の耳は老人並みに高音を捉えにくくなってるのか?

「もしかして愛梨ちゃんの幼馴染ってこの人?」

 隣の一見中学生にも見えるちんまい奴が高めのテンションで愛梨に尋ねた。

「う、うん。 そうだよ...。」

 何故か愛梨は若干引きつった顔をしている。

「ふーん、へぇー...。」

 ちんまい奴は俺の顔から足までを舐め回すような目で見てくる。
 なんだこいつ...。
 全くの初対面だがこいつも面倒くさい部類の奴だと俺の対人センサーが告げている。
 ちなみに俺の対人センサーは、レンズで例えるなら光学顕微鏡ぐらいの性能がある。(自称)

「ちょっと、はいねー...。」

「目つき以外はそれなりっと...」

 どうやら品定めされたらしい...。目つきはほっとけ。

「初めましてー、私星ヶ崎 羽衣音ほしがさき はいねっていいますー!」

「あ、あぁ...俺は朝霧 紫月...。」

 俺も彼女のヴァイタリティー溢れる自己紹介につられてつい名乗ってしまっていた。

「紫月君ですね! いつも愛梨ちゃんから話きいてますよー? かなり仲良いそうですねぇ。」

 いきなりテンション高いしフレンドリーな奴だな。
 なにやら後ろの方で愛梨がため息をついている。
 この様子だとどうやら俺の対人センサーは間違っちゃいないみたいだな。

「ま、まぁそれなりに...。」

 駄目だ、愛梨以外の女と普段喋らないから初対面の女にはどうも気押されてしまう...。

「おー、やっぱラブラブなんだー!じゃあどこまでお二人は発展したことがーーー」

「それより! 授業ないんでしょ? なにしてたの?」

 愛梨が気を利かせて無理矢理横入りしてくれた。

 すまん、助かる......。

「早めの昼食を取りに学食に行こうかと。」

 俺がそう答えるとすかさず星ヶ崎 羽衣音は横から顔を出してきた。

「学食行くんですかー! 実は私達も時間持て余しててー、学食行こうと思ってたんですよー!」

「はぁ? あんたこれから出かけようってーーー」

「良かったら一緒に食べません?」

 なんだろう、こいつからはどこかの巨乳教師と同じ匂いがするような...。いや、あれとは少しあくどさの質が違う気がする。

「まぁ別に構わないが......」

 そう言いながら愛梨の方を確認してみると顔を赤らめてがっくりとうつむいていた。
 こいつはこいつで苦労があるんだな...。

 こうして俺はなし崩し的に彼女等と昼食を取ることになった。






 昼食にはまだ早い時間のため学食はほとんどの席が空いていた。
 俺は日替わりランチを、星ヶ崎は唐揚げ定食をそれぞれ頼むと、自前の弁当を持ってきている愛梨の座っている席へと持って行きそれぞれ食べ始めた。

「あ、今日の日替わり美味しそう! 唐揚げあげるからその焼売一つ貰っていい?」

「あぁ、どうぞ...。」

 わざわざ断って気まずい雰囲気になることもないので俺は星ヶ崎の提案を許諾した。

 にしてもここまでくるとフレンドリーっていうか馴れ馴れし過ぎやしないか?
 やはりこのタイプの女は苦手だ...。

「んぐんぐ......んで? 二人は付き合ってるの?」

 星ヶ崎は口をもぐもぐさせながら一球目からどストレートな玉を放ってきた。
 俺は不意を突かれてせっかくもらった唐揚げを吹きそうになった。
 愛梨も思わず腰を浮かしている。

「ゴホッゴホッ! いや......別に今は付き合ってない...。」

 質問を無視しても後々めんどいと判断したので、咳込みつつも俺は反射的にそう答えた。

「バカっ!」

 だが愛梨に罵倒され一言余計な返事をしていたことに気づく。

「あっ、」

 恐る恐る星ヶ崎の顔を見てみると、案の定しめしめといった表情をしていた。

「そっかぁ、『今は』ねぇ...。」

 俺としたことがこの女の誘いにネギを背負って乗ってしまうとは...。 不覚極まりない。
 ここはさっさと弁解を...。

「勘違いするな、今のは言葉の綾というやつでーーー」

「それじゃあなんで別れちゃったの?」

 聞いちゃいないし。
 しかも間髪を入れずにまたもや豪速球を放ってきた。

「いや、それは......。」

「は・い・ねー? 初対面の人にちょーっと失礼過ぎだよねー?」

 俺が直球すぎる質問にたじたじしていると、愛梨は眉間にしわを寄せて星ヶ崎の頬をつねった。

「いらいっ、いらいってばー! ほめんっ、ほめんよー!」

 あー、それ結構痛いよなー。 こいつの場合、加減ってもの知らないから尚更な......。
 つねられた彼女の頬は真っ赤になっていた

「うー、教えてくれたっていいじゃん。 別に減るもんじゃあるまいし...。」

「あれー? しつけが足りなかったかなー?」

「モウダイジョブ! ワタシ、オリコウ!」

 ふむ、こうやってじゃれ合ってるところを見るとこの二人はなかなかに親密な仲のように思える。
 愛梨のことだし知り合ったばかりの人ともそれなりにうまくやっているんだろう。
 かくいう俺は未だに友人ができていないがな...。

「ずいぶん仲がいいな、この大学で知り合ったのか?」

「え? あぁ、羽衣音も陸上部なのよ。 だから入学式前から面識はあったの。」

 そう言えば陸上部は入学式前から入部者のトレーニングが始まってたんだったな。

「もしかして妬いてる? いやー、紫月君には悪いけど愛梨ちゃんは私の嫁候補だからなー。 料理上手だし可愛いしスタイルいいし!」

 そう言いながら星ヶ崎は愛梨の胸に抱きつき頬を当ててスリスリしだした。

 むっ、なんて羨ま......じゃない破廉恥な。

「残念だが日本では同性同士で結婚はできないぞ?それと料理上手でなかなかのルックスなのは認めるが、暴力的ってのが抜けてるぞ、お嬢さん。」

「どうやらここにもちゃんとしつけられてない奴がいたみたいねー。」

 愛梨が片手を小指からゆっくりと血管が浮き出るよう握ると、ポキポキッと穏やかではない音がする。

 怖い、怖いって愛梨さん...。
 どうやって片手で指を鳴らしていらっしやるんでしょうか...。

「ちっちっちっ、分かってないなー。 少し怒りっぽい方がからかい甲斐があって可愛いじゃないか。ツンデレってのを知らないのかい?」

 星ヶ崎はその小さな人差し指を左右に振ると、なにやら意気揚々と語り出した。

 俺も萌えの心得は兼ね備えているつもりだが、でも痛いのはやっぱりやだなぁ...。

「それにその怒りっぽさを許せる愛情と寛容さがあるってのがよい夫というものじゃないかい?紫月君。」

 確かにそれは一理あるな。寛大さというのはクールな男であるための必須条件でもあるからな。

「なるほど、勉強になった。」

「ふむ、これから精進するのじゃぞ!」

 ふむ、こう見えて意外とクールな男というものを理解している娘じゃないか。
 苦手なタイプだと思ったが結構気が合いそうだな。

 そんな与太話をして星ヶ崎とは少し距離が縮まったような気がした。

「はぁ、バカばっか...。」

 愛梨はというと、なにやら呆れた表情でため息をついていた。



 そんな他愛ない雑談を続けているうちに3限目が終わったようで、学生達が続々と食堂へ流れ込んできた。

「混んできたね...。だいぶ早いけどグラウンド行っちゃう?」

「うーん、そうだねぇ......。あ、そういえば生議部だっけ? あれからどうなったの?  入部したの?」

 星ヶ崎が愛梨に尋ねると、愛梨も思い出したように俺に尋ねた。

「まぁ入ったつーよりか入れられたっつーか...。」

「え、ほんとに入部したの!? へぇー、紫月を入部させるなんてどんな魔法つかったか気になる。」

「いや魔法っていうよりかは、あれはサクラありきの似非手品って感じだがな...。」

「へ? どうゆうこと?」

 お前は知らなくてもいいことだ。ってか言ったところであの先生の腹黒さを理解してくれるとも思えん。
 あの人、マジで本性晒さないからな...。

「へぇー、紫月君あの謎の部活に入ったんだー。 で、どんなことするの?」

「いや俺もまだ詳しくは知らないんだが、とりあえずは人が足りてないので部員を確保するのが最優先事項だそうだ。」

 そういえば吉川先生は3限目が終わってから部活を始めると言っていたが、3限目の後は昼休憩がある。果たしてそれを挟んでから始めるということなのだろうか? それとも挟まず始めるのだろうか...。

 些細なことだが時間に遅れてまた罵られるのも不愉快なので、俺はすぐ部活へ向かうことにした。

「そいえば部活の時間詳しく聞いてなかった...。悪い、俺もういくゎ。」

 俺はそう言って席を立った。

「そっか、また一緒に食事しようねー!

「えっ、ちょっと...!」

 愛梨が引き留めたそうにしてた気がするが、構わずに俺は食器を片付けてから早足で部室へ向かった。


「結局もう一人の部員って誰だったのよ...。」







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