だから俺には春が来ない。

入巣 八雲

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7 かくして生議部は始まりを迎える。

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 ガラガラッ

「入るぞー。」

 昼休憩に入って10分程経ってしまったが、まぁこの程度の遅れで罵られることはないだろう。

 部室に入ってみると天宮城うぶしろは机に弁当を広げていた。

「おはよう。」

 俺が入って来たのを見ると、彼女はなんとも簡素な挨拶をしてきた。

「あ、あぁ...おはよう。」

 彼女が至って普通に、もとい社交辞令的に挨拶をしてきたことが意外で少し動揺した。

 俺のことなんぞここにいないものとして扱ってるとばかり思っていたがそうでもない?
 いやそれにしても『おはよう』?

「なぁ、この時間なら『こんにちは』じゃないのか?」

 俺は率直な疑問を尋ねる。

「あなた、アルバイトなんかしたことある?」

「あぁ、そういうことか。 確かに職場とかだと出会った時の挨拶は必ず『おはようございます』だよな。 でもあれってなんでだ?」

『ご苦労様』とか『お疲れ様』とかも使うけどな。

「あれには特に決まりはないそうよ。おそらく現場の士気を高めるのに一番適した挨拶だと認知されてるんじゃないかしら。」

 へぇー......ん? ずいぶん俯瞰ふかん的な意見だな。

「なんか他人事だな...。お前も今『おはよう』と言ったんだぞ?」

「私のそれとは理合いが少し違うもの。」

 それならアルバイトの経歴を尋ねる必要があったのか...。

「じゃあどんな理合いで使ったんだ?」

「『こんにちは』だなんて馴れ馴れしいじゃない...。」

「『おはよう』の方が馴れ馴れしくないか?」

『こんにちは』なんて逆によそよそしく聞こえるものじゃないか?
 親しい仲の人には基本つかわないし...。

「だって『こんにちは』なんて、挨拶というよりいきなり会話から始めるような感じがして気後れするじゃない。」

「はぁ?」

 何やら説得力のあるようにも思えるが、全く意味わからん。理解できない俺がおかしいのか?

「伝わってなさそうね......漢字にしたら分かりやすいんじゃないかしら。」

 漢字? 漢字に変換すればいいのか?
『こんにちは』は『今日は』、『おはよう』は『お早う』だよな...。

 俺は頭の中でそれらの挨拶を漢字に変換し暫く頭を回す。
 そして確証はないが天宮城の言ってるであろう意味にたどり着く。

「もしかしてだが、お前は『こんにちは』を『今日はお日柄も良く...』みたいな会話定型文の略語みたく捉えてるのか?」

「やっと理解してもらえたようね。」

 こいつの感性どうなってやがる...。
 挨拶一つをそこまで深く考えるか普通?
 その理屈だと『こんばんわ』も馴れ馴れしい言い方ってことになるんだがな。

「お前ほど挨拶にこだわりを持ったやつは日本中探してもそうはいないだろうよ...。」

「そう?500人はいると思うわ。」

「......。」

 その推測にどう反応しろと......。
 どんな統計からその人数を割り出したのかは面倒くさいから聞かない。聞きたくない。

「それより今日は何をするんだ? 活動内容について詳しいことはまだ何も聞かされてないわけなんだが...。」

 聞かされたのは最優先事項だけだからな。

「そうね...現状やるべきことはとりあえず二つあるわ。」

 彼女は顎に手を当て考えるような素振りを一瞬見せてからそう言った。

「一つは部員候補探し、もう一つは......」

 何故そこでもったいぶる。

 彼女はもう一つの活動内容を言いかけると何故か俺から目を逸らした。

「...買い出しよ。」

 それは果たしてもったいぶるほどのことだったのか...。

「何かたりない備品でもあるのか?」

「えぇ、まぁ...。」

 ふむ、何かは知らんがすぐ買い足さなければいけないものなのだろう。
 というかその二つが活動内容か?
 まぁ実質的には始まったばっかりの部活だしやることなんてそんなものか...。

「その二択なら買い出しの方を先に片付けた方がいいか?」

「いえ、役割分担をしようと思うわ。私が買い出しに行ってくるからあなたは部員候補を探して頂戴。」

 どうせなら俺は買い出しの方が良かったなー。 それにかこつけてコンビニにで立ち読みとか出来るし。
 いや待て、それ以前に役割分担する必要あるのか?

「分担する必要あるのか? 買い出しにしても部員探しにしても二人で行動した方が利点は多いような...。」

「効率の問題よ。買い足すものを把握している私なら一人で行った方が買い出しはスムーズにいくでしょ?」

 まぁ言われてみればそうかもしれないが......。その理屈に強引さを感じるのは気のせいか?

「重いものとかはないのか?」

「えぇ、細々としたものだから心配しなくていいわ。」

 天宮城の細い体で持てるものなどたかが知れてるだろうと一応気を遣ってやったが、本人がそういうのなら問題ないだろう。

 ということで今日の活動の役割分担が決まった。

 俺は部員候補を探すにあたって一つ疑問に思ったことを天宮城に尋ねた。

「なぁ、ここの部員の推薦でしか入部が許可されてないんなら、何かそれなりに候補の条件とかあるんじゃないのか?」

 この女のことだ、どんな奴でもいいって訳じゃないだろう。

「えぇ、もちろんあるわ。」

 それを聞くと、俺は紙とボールペンを取り出しメモの準備をする。

「どんな奴ならいいんだ?」

「私達と同じ一年であること。」

 ふむふむ、一年生っと。

「......。」

「......。」

 数秒の沈黙が俺たちを包む。

「......えっと、他には?」

「それだけよ。」

 俺は一瞬耳を疑った。
 この女の出す条件が果たしてこんなに単純なものだけで済むはずがあろうかと疑問に思ったのだ。

「ほんとに?」

「なに? 不服?」

 いや、不服というか......不気味?

「いや、俺はてっきりもっと面倒くさそーな条件をツラツラ並べられるのかと思ってたんだが...。」

「面倒くさそうという言い方が気にくわないのだけれど、条件ならほんとはもっとあったのよ。」

 あった? 過去形?

あった・・・ってことはなくなったのか?」

「えぇ。あなたが入ったのと同時にね。」

 そう答えながら彼女は俺を凍えさせんとばかりに冷たい目つきで睨んできた。

 俺何かしましたっけ...。

「は、はぁ...。」

 天宮城の威圧感に思わず声が震えてしまった。

「私も今更どうこう言うつもりはないのだけれど、あなたは私の条件項目をことごとく無視して入ったのよ...。」

 そう言うと天宮城は何か諦めたように表情を少し緩めた。

 俺だって入りたくて入った訳じゃないんだかね?

「まぁ、吉川先生の推薦だったから私も仕方なく折れてしまったんだけど...。」

 この女もあの腹黒巨乳教師には敵わないということか...。やはりあの先生、恐るべし。

「まぁ俺のことは災難だったなと言っておこう...。だからってなぜ候補条件を絞ったんだ? お前にとって俺の件はあくまで特例なんだろ?」

 特例ということならわざわざ他の入部者の候補条件を絞る必要はないだろうに...。

「不公平は秩序の乱れよ。部活という名目ではあっても自治組織においてそれは致命的になり得るもの...。」

 要するに俺の入部を許してしまったから、公平に他の入部者にも同等の基準を設けるということか。
 なんとも律儀というか堅物というか......。どちらにせよ面倒くさい性格をした女だな。

「まぁお前がそう言うんならいいが...。」

 それにしても部員候補を一年生に限定するってのもどうなんだ?
 普通ならより学校を熟知している上級生を中心に補充したいとこなんじゃないのか...。

「でもなんで一年生なんだ? 上級生の方がこの学校での勝手は効くだろうに。」

「昨日説明した通り『学生評議部』とはいっても所詮ここは私のために作られたかご・・でしかないの。そんなところに年上の人間を部員として入れる意味がわからないの?」

 こいつが懸念していることも理解は出来る。
 ここが『天宮城のかご』の中だと知って好き勝手できるやつなんてのはこの学校にはまずいないだろう。いたとしたら余程肝の座ったやつか、社会の仕組みというものを理解できてない奴くらいだ。
 その籠の中で働けと先輩方に言うのはあまりに酷なものだし、了承してくれたとしても年下に使われるという構造は部活内での大きな確執を生みかねない。

 だとしてもこいつの考えは固すぎやしないか?
 ここの構造を理解した上で許容してくれる先輩も十分いるだろうに...。

「......わかった、一年に絞ればいいんだな。」

 俺は彼女の理念に対する疑問符は頭の中に留めるだけにした。

「不気味なまでに素直なのね。なんだか気持ち悪いわ。」

 そう言うことは口に出しちゃダメなんだよ?

「お前の場合、二言は余計だよな...。」

「そうかしら、私は嘘をつかない正直者なだけよ。」

 はいはい、せめて嘘であってくれればなんて希望はこっちもはなから抱いちゃいないって。
 これほど冷酷無慚という言葉が似合う女も他にいないでしょうよ。

「それじゃさっそく行ってくるわね。そこのPCから学科別の学生名簿を見れるようにしてあるから使ってもいいわ。」

「おぅ、了解...。」

 そう助言を残して天宮城は買い出しへと出て行った。

 なんでセキュリティロックされている名簿がこのノートPCで見れるのかは聞かないでおいた...。
 あの先生が顧問の部活だ、この程度は黙殺の範囲内だ、うん...。

 かくして各々の役割を果たすべく、俺たちはこの日、別々に行動することになった。





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