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第一部
第1話 高嶺の花1
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「まー、がんばんなよ。向こうだってカレシ居ないし、気が変わるかもしれないし」
放課後、机に突っ伏した僕に声をかけてくれるのは貴島 加奈子。当然、突っ伏している理由も知っているし、この中学ではいちばん仲がいい。彼女は明るくてそこそこ美人だと思うし友達も多い。そんな彼女が僕を気にかけてくれるのは、入学初日からゲームの話題で意気投合した縁からだ。
「で、何で今日にしたの? バレンタイン当日だよ?」
そう、僕、鷹野原 暁はバレンタインデーに好きな女の子を呼び出して告白した。
そしてものの見事に振られた。
「だって欧米では男が告白する日だって……」
「はー、出たよ。これだから洋ゲーオタは! 今時、バレンタインなんてほとんど友チョコ交換だよ? 男の子だってやってるくらいだし」
「はぁぁあ……」
「で? 何て言って振られたの? 親友が聞いてあげようじゃない」
「貴島とは別に親友という程の間柄ではない……」
「あーっ、ひっどい。夜明けまで殴り合った仲じゃない!」
貴島が言っているのはただ格ゲーを朝までやってたってだけの話。僕がバイトを終えた頃になると彼女はうちに上がり込んで、何なら平気で朝まで居ることがある。自分家だと思うようにゲームできないとか言う。あと、女の子としてどうなのって思う。
「何言ってんだよ……」
「で、何て言われた?」
「顔だけの男には靡くつもりはないって……」
僕は父親似で顔がいい――とは母の言説。ただし、その親父は浮気をして家を出て行った。小さい頃の話で詳しくは知らないけど。幸い、母の怒りは親父に向かっただけで、顔の似ている僕には向かっていない。
「それは前にも聞いた。だから頑張ってたんでしょ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
「それでもダメって?」
貴島の言う通り、ここ半年ほど勉強も運動も頑張っている。勉強はまだまだだけれど、バレー部に入ったら意外と面白く、元より凝り性で集中力のあった僕は試合にも少し出させてもらえるくらいには上達していた。
「まだまだだって……」
「円花に並び立つのは容易じゃないよね」
僕の恋する新宮 円花は成績は常に学年で1,2を争うほど優秀、女バスでは去年の秋にはスタメン入りを極めたとかいう完璧超人。おまけに飛び切りの美人で立ち居振る舞いから見て取れる育ちの良さ。
「――そういえばさ、どうして男バスに入らなかったの?」
「いやだって、面子が怖かったし……」
「はぁ、そんなんで大丈夫かね。あっ、そろそろ行くね。葵サマを拝んでこないと!」
貴島 加奈子。僕がこいつに一切興味がなく、お泊りしようが全く手を出さないのはこれが原因。彼女は一年上の先輩である橘 葵(男)の熱狂的ファンだからだ。正直、狂信者を傍から見ていると冷める。恋愛感情の欠片も湧いてこない。ああ嫌だ嫌だ。
◇◇◇◇◇
二年に上がって二カ月ほど過ぎたある日、貴島と新宮さんが会話しているのを目にする。珍しいことではない。貴島は新宮さんとすぐに仲良くなってたし、何なら立場を入れ替わってもらいたいくらいだった。ただ、今日は少し違った。新宮さんは僕の方をチラ見して、目が合ったかと思うと慌てて顔を逸らしたのだ。
理由はわかる。二年に上がってすぐ、幸運にも彼女と同じクラスに――はならなかったが、隣のクラスになったのだ。すぐ隣に彼女が居るだけで嬉しかった。嬉しかったついでに彼女に三度目の告白をしたが、当然のように振られてしまった。さすがに前回から時間を空けなかったためか、それから警戒されてしまった感がある。
◇◇◇◇◇
夏休みが過ぎると二学期に入る。体育祭ではクラスも違うことから彼女とは競い合うライバルとなってしまった。新宮さんの声援を受けられる彼女のクラスの男子が羨ましい。僕はというと、朝晩のランニングの成果もあって、去年とはまるで別人のように頑張れた。クラスのみんなに褒めて貰えたけれど、ライバルクラスの新宮さんには疎まれるかもしれない……。
成績はというと、悪くないどころか貴島が勉強にさんざん付き合ってくれたおかげで二年の後半からどんどん伸びていった。貴島も普段はゲームばっかりしてるアホだけど、地頭がいいのか俺と教え合うだけで伸びていった。三学期に入るころには、中学レベルの勉強にどうして詰まってたのかと思うくらいには自信が付いた。
◇◇◇◇◇
そして一年が経った。
バレンタインデー。やはり僕にとってのDデイはこの日しかなかった。
この一年、僕なりに頑張ったつもりだ。
「Dデイってあれでしょ? 渡し板が開くと前から順番に撃たれて死ぬやつ」
僕の呟きに朝から不穏な発言をする貴島。
「やめろ、不吉なことを言うなよ……」
「FPSでやると不条理よね、あれ」
わかる。わかるのだが……。
「ちょっといいかしら?」
貴島とのやり取りに悶絶していた僕に、突如天使の声が舞い降りた。
はっと振り向くと、そこには隣のクラスにいるはずの新宮さん。
まあただ当然と言えば当然なのだけれど、用があるのは貴島だった。
僕には一瞥もくれず、貴島と話し、廊下に出ていく新宮さん。
今日はほんのりと頬が赤い。外も寒かったからね。
貴島が帰ってくる。
「ア……鷹野原クン、円花が呼んでるよ」
貴島は普段、僕のことを馴れ馴れしくアキと呼ぶ。それが鷹野原くん? さらに彼女は両手を合わせて謝るようなジェスチャーをする。嫌な予感……。
「あ、朝からごめんなさい。できれば早い方がいいと思って」
「あっはい……」
僕は昇降口とは逆側の階段の踊り場に呼び出された。
なんだろ……まさかDデイの決行がバレて釘を刺しに!?
「おのれ貴島……」
あの貴島の仕草、そういう意味かと拳に怒りを溜めていると――。
「貴島さん? 加奈子にも聞いたけど、貴方たち本当に付き合ってないのよね?」
「えっ、貴島と? ないない。天地がひっくり返っても無いです」
「そ、よかった」
んん? よかった? 湧いてきた疑問に新宮さんの顔を覗き込むと彼女は目を逸らす。
「えっと、この一年半、私は鷹野原くんの頑張りを見てきました」
「えっ……」
「――んんっ。頑張りを見てきました。バレーボールもレギュラー入りするくらい頑張ったし、この前の体育祭では400m走とリレーで活躍してました。勉強も頑張ってこの前の校内試験では13番だったし――」
「え……」
僕はまさか彼女からそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかった。
「――あっ、できればバスケに興味を持って欲しかったなとか、あでも400m走とリレーで活躍ってなかなかできるものでも無いのですよ。勉強だって……えっ、えっ、どうしたんですか!?」
他人が聞けばとても上から目線に聞こえるかもしれない彼女の言葉に、僕はいつの間にか涙を流していた。
「そんなに褒められたの初めてで……」
「お、お父さまとかお母さまは?」
「父は居ません。母は仕事で忙しいので……や、放置とかでは無いのですが、なかなか時間も合わなくて……」
「そうだったのですね。いえ、鷹野原くんはそれだけ頑張ったんです。褒められるのは当然です」
「ありがとう……」
僕の感謝の言葉に新宮さんはちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
「嬉しかったよ。じゃあ」
僕も恥ずかしかったので、涙を拭きながら彼女の前から立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください! 本題がまだです!」
「……何でしょう?」
「んんっ。そういう訳ですので、貴方の一年前の……を受け入れようと思います」
「えっ? なに?」
「告白! を受け入れようと……いえ、そうじゃなく……私が告白すべきですね――」
「――鷹野原くん、貴方のことが好きです。付き合ってください!」
突然の告白に僕は何が何やらわからなくなった。
「えっ、き、君は新宮さんだよね? 中に別の人が入ってるわけじゃない? 嘘告とか? いや、僕を誰かと間違えてないよね? 僕、顔だけ入れ替わってるとか無い?」
「一年前と気持ちが変わりましたか?」
「変わらず、新宮さんが好きです」
「そ、それなら」
新宮さんはきょろきょろと廊下の方を見まわして、すっと僕に近づいた。
次の瞬間、彼女の顔は僕の目の前、接するほどに……いや、やわらかい何かが唇に接触していたのだが、やがて名残惜しむようなリップクリームの感触がこそばゆい後味を残して去っていった。
彼女はたたっと僕の脇をすり抜けて廊下に去っていった。
去った先で何やら黄色い声が聞こえたが、僕はそれどころではなかった。
まあとにかく、こうして僕は新宮 円花と付き合うこととなった。
放課後、机に突っ伏した僕に声をかけてくれるのは貴島 加奈子。当然、突っ伏している理由も知っているし、この中学ではいちばん仲がいい。彼女は明るくてそこそこ美人だと思うし友達も多い。そんな彼女が僕を気にかけてくれるのは、入学初日からゲームの話題で意気投合した縁からだ。
「で、何で今日にしたの? バレンタイン当日だよ?」
そう、僕、鷹野原 暁はバレンタインデーに好きな女の子を呼び出して告白した。
そしてものの見事に振られた。
「だって欧米では男が告白する日だって……」
「はー、出たよ。これだから洋ゲーオタは! 今時、バレンタインなんてほとんど友チョコ交換だよ? 男の子だってやってるくらいだし」
「はぁぁあ……」
「で? 何て言って振られたの? 親友が聞いてあげようじゃない」
「貴島とは別に親友という程の間柄ではない……」
「あーっ、ひっどい。夜明けまで殴り合った仲じゃない!」
貴島が言っているのはただ格ゲーを朝までやってたってだけの話。僕がバイトを終えた頃になると彼女はうちに上がり込んで、何なら平気で朝まで居ることがある。自分家だと思うようにゲームできないとか言う。あと、女の子としてどうなのって思う。
「何言ってんだよ……」
「で、何て言われた?」
「顔だけの男には靡くつもりはないって……」
僕は父親似で顔がいい――とは母の言説。ただし、その親父は浮気をして家を出て行った。小さい頃の話で詳しくは知らないけど。幸い、母の怒りは親父に向かっただけで、顔の似ている僕には向かっていない。
「それは前にも聞いた。だから頑張ってたんでしょ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
「それでもダメって?」
貴島の言う通り、ここ半年ほど勉強も運動も頑張っている。勉強はまだまだだけれど、バレー部に入ったら意外と面白く、元より凝り性で集中力のあった僕は試合にも少し出させてもらえるくらいには上達していた。
「まだまだだって……」
「円花に並び立つのは容易じゃないよね」
僕の恋する新宮 円花は成績は常に学年で1,2を争うほど優秀、女バスでは去年の秋にはスタメン入りを極めたとかいう完璧超人。おまけに飛び切りの美人で立ち居振る舞いから見て取れる育ちの良さ。
「――そういえばさ、どうして男バスに入らなかったの?」
「いやだって、面子が怖かったし……」
「はぁ、そんなんで大丈夫かね。あっ、そろそろ行くね。葵サマを拝んでこないと!」
貴島 加奈子。僕がこいつに一切興味がなく、お泊りしようが全く手を出さないのはこれが原因。彼女は一年上の先輩である橘 葵(男)の熱狂的ファンだからだ。正直、狂信者を傍から見ていると冷める。恋愛感情の欠片も湧いてこない。ああ嫌だ嫌だ。
◇◇◇◇◇
二年に上がって二カ月ほど過ぎたある日、貴島と新宮さんが会話しているのを目にする。珍しいことではない。貴島は新宮さんとすぐに仲良くなってたし、何なら立場を入れ替わってもらいたいくらいだった。ただ、今日は少し違った。新宮さんは僕の方をチラ見して、目が合ったかと思うと慌てて顔を逸らしたのだ。
理由はわかる。二年に上がってすぐ、幸運にも彼女と同じクラスに――はならなかったが、隣のクラスになったのだ。すぐ隣に彼女が居るだけで嬉しかった。嬉しかったついでに彼女に三度目の告白をしたが、当然のように振られてしまった。さすがに前回から時間を空けなかったためか、それから警戒されてしまった感がある。
◇◇◇◇◇
夏休みが過ぎると二学期に入る。体育祭ではクラスも違うことから彼女とは競い合うライバルとなってしまった。新宮さんの声援を受けられる彼女のクラスの男子が羨ましい。僕はというと、朝晩のランニングの成果もあって、去年とはまるで別人のように頑張れた。クラスのみんなに褒めて貰えたけれど、ライバルクラスの新宮さんには疎まれるかもしれない……。
成績はというと、悪くないどころか貴島が勉強にさんざん付き合ってくれたおかげで二年の後半からどんどん伸びていった。貴島も普段はゲームばっかりしてるアホだけど、地頭がいいのか俺と教え合うだけで伸びていった。三学期に入るころには、中学レベルの勉強にどうして詰まってたのかと思うくらいには自信が付いた。
◇◇◇◇◇
そして一年が経った。
バレンタインデー。やはり僕にとってのDデイはこの日しかなかった。
この一年、僕なりに頑張ったつもりだ。
「Dデイってあれでしょ? 渡し板が開くと前から順番に撃たれて死ぬやつ」
僕の呟きに朝から不穏な発言をする貴島。
「やめろ、不吉なことを言うなよ……」
「FPSでやると不条理よね、あれ」
わかる。わかるのだが……。
「ちょっといいかしら?」
貴島とのやり取りに悶絶していた僕に、突如天使の声が舞い降りた。
はっと振り向くと、そこには隣のクラスにいるはずの新宮さん。
まあただ当然と言えば当然なのだけれど、用があるのは貴島だった。
僕には一瞥もくれず、貴島と話し、廊下に出ていく新宮さん。
今日はほんのりと頬が赤い。外も寒かったからね。
貴島が帰ってくる。
「ア……鷹野原クン、円花が呼んでるよ」
貴島は普段、僕のことを馴れ馴れしくアキと呼ぶ。それが鷹野原くん? さらに彼女は両手を合わせて謝るようなジェスチャーをする。嫌な予感……。
「あ、朝からごめんなさい。できれば早い方がいいと思って」
「あっはい……」
僕は昇降口とは逆側の階段の踊り場に呼び出された。
なんだろ……まさかDデイの決行がバレて釘を刺しに!?
「おのれ貴島……」
あの貴島の仕草、そういう意味かと拳に怒りを溜めていると――。
「貴島さん? 加奈子にも聞いたけど、貴方たち本当に付き合ってないのよね?」
「えっ、貴島と? ないない。天地がひっくり返っても無いです」
「そ、よかった」
んん? よかった? 湧いてきた疑問に新宮さんの顔を覗き込むと彼女は目を逸らす。
「えっと、この一年半、私は鷹野原くんの頑張りを見てきました」
「えっ……」
「――んんっ。頑張りを見てきました。バレーボールもレギュラー入りするくらい頑張ったし、この前の体育祭では400m走とリレーで活躍してました。勉強も頑張ってこの前の校内試験では13番だったし――」
「え……」
僕はまさか彼女からそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかった。
「――あっ、できればバスケに興味を持って欲しかったなとか、あでも400m走とリレーで活躍ってなかなかできるものでも無いのですよ。勉強だって……えっ、えっ、どうしたんですか!?」
他人が聞けばとても上から目線に聞こえるかもしれない彼女の言葉に、僕はいつの間にか涙を流していた。
「そんなに褒められたの初めてで……」
「お、お父さまとかお母さまは?」
「父は居ません。母は仕事で忙しいので……や、放置とかでは無いのですが、なかなか時間も合わなくて……」
「そうだったのですね。いえ、鷹野原くんはそれだけ頑張ったんです。褒められるのは当然です」
「ありがとう……」
僕の感謝の言葉に新宮さんはちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
「嬉しかったよ。じゃあ」
僕も恥ずかしかったので、涙を拭きながら彼女の前から立ち去ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください! 本題がまだです!」
「……何でしょう?」
「んんっ。そういう訳ですので、貴方の一年前の……を受け入れようと思います」
「えっ? なに?」
「告白! を受け入れようと……いえ、そうじゃなく……私が告白すべきですね――」
「――鷹野原くん、貴方のことが好きです。付き合ってください!」
突然の告白に僕は何が何やらわからなくなった。
「えっ、き、君は新宮さんだよね? 中に別の人が入ってるわけじゃない? 嘘告とか? いや、僕を誰かと間違えてないよね? 僕、顔だけ入れ替わってるとか無い?」
「一年前と気持ちが変わりましたか?」
「変わらず、新宮さんが好きです」
「そ、それなら」
新宮さんはきょろきょろと廊下の方を見まわして、すっと僕に近づいた。
次の瞬間、彼女の顔は僕の目の前、接するほどに……いや、やわらかい何かが唇に接触していたのだが、やがて名残惜しむようなリップクリームの感触がこそばゆい後味を残して去っていった。
彼女はたたっと僕の脇をすり抜けて廊下に去っていった。
去った先で何やら黄色い声が聞こえたが、僕はそれどころではなかった。
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