堕チタ勇者ハ甦ル

あんぜ

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三章 呪い

第26話 アザール領へ

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「これは何事か? 収穫祭も終えたばかりだというのに」

 私たちの馬車が追い越していくのは道々に沿ってまばらに連なる領民。胸当てと脛当てを身に着け、高価な鎧が買えないような兵士向けの大型の盾を背負い、八尺ほどに揃えた長さの槍をそれぞれが手にし、非常時には短剣にもなる予備の槍の穂先を腰に結わえている。

「戦争でも始まるみたいですね」

 アシスはそう言うが、これは戦争そのものだ。領軍の中核を為すのは職業軍人たる領兵と、貴族がそれぞれに雇っている戦士団だが、一般的にその数はそれほど多くない。何故なら山に囲まれた領地は防衛がしやすく、他領からの進軍は峠や峠周辺の砦、或いは領境の町で容易に阻めるからだ。

 それなのに領民兵を招集している。領民兵は農民や山や湖で働く者であって、戦争の際にしか招集されない。特に今はこの領地も含め、旧魔王領の領地は自衛できるだけの兵も兵糧も整えられていないというのに。


 領主の館に到着すると、他にも馬車が何台か集まっていた。
 私たちは広間に通されるが、既に館には軍部の取り巻きが大勢居た。

「ウィカルデ、これはいったいどういうことです」

 私はウィカルデの姿を見つけ、声を掛ける。

「勇者様! 助かりました、お待ちしておりました。実は――」

 彼女の声で広間に詰めていたものがこちらを振り向き、私を見つけた領主が声を掛けてくる。

「これは勇者様! ご機嫌麗しゅうございましょうか」
「ガナト殿、この騒ぎ、何事か説明していただこう」

「おお、これですか。実は隣のアザール領の領兵がこちらの領兵に手を出しまして」
「どういうことだ。攻め入られたという事か?」
「いえ、場所はアザール領内です」――ウィカルデが耳打ちしてくる。

「ガナト殿、アザール領に何故こちらの領兵が入っているのか」
「いやはや、お忘れではあるまい。あの反逆者の捜索に決まっているではありませんか」

「オーゼについては私の領分だ。ガナト殿が関わる問題ではない」
「ですが、手を出されたものは仕方がありますまい。それに反逆者の捜索は領主としても捨て置けない問題ですので」

 ギリ――と悔しさを噛みしめる。
 私の現在の地位は表向き国王と対等だったが、実際には地方領主と同じだった。
 当然、それよりも国王に近いガナトの方が権力は上だったし、彼も良く知っている。

「――勇者様にもぜひ金緑オーシェを率いて頂きたい」
「……わかった」


「ウィカルデ、貴様の直属の隊だけ率いろ。残りは砦で待機させて赤銅バーレを守らせる」
「よろしいのですか?」

「アザール領を始め旧魔王領はそもそも兵糧が不足している。それに、こんな馬鹿馬鹿しいことに金緑オーシェの全員を付き合わせる必要は無い」
「わかりました」


  ◇◇◇◇◇


 数日後、準備を整えた領民軍は領主の戦士団に率いられ、国境を越えた。
 領境の町に達したとき、交渉旗とともにアザール領の交渉役と領兵が現れた。

 こちらの領主代理の交渉役は即刻領兵を開放しなければ町は占拠するというものだった。対してアザール領側は領兵の一部は領都に送られており、それ以外であれば解放可能だが、領兵は領内で略奪と思しき行為を行っており、犯罪者として裁かれる必要があると主張した。

「冗談ではない! 我が領地の兵が略奪だと!? 言いがかりも甚だしい!」

 領主代理は終始苛ついた態度で交渉役に接していた。
 旧魔王領の領地とは言え、アザール領はオーゼが寝返らせた領地だ。領主代理の態度はあまりに向こうを下に見た態度だった。

「三日。三日お待ちください。領都と連絡を取らせております」
「ならば! その間、待つだけの食糧と水を寄越せ」

「無茶な……」

 縋るようにこちらに目を向ける交渉役。こちらは小さな規模の部隊ではない。領民兵を率いる軍隊だ。領境の町で籠城のための備蓄はあるとはいえ、無理な話だろう。そもそも差し向ける兵の数がまともでは無いのだ。

「領主代理、これはいささか無理が過ぎる。領民兵だけでも領境まで下がらせてはどうか」
「勇者様! 私は領主様より軍を任されておるのだ! 口出しはやめていただこう!」

 興奮した領主代理は口角より泡を飛ばしつつ反論してきた。
 選りに選って何故このような人物に軍を任せたのか。
 領主の戦士団も代理の意見に従うようだった。

「――今すぐ攻め落とされるか、食糧を差し出して待つか選べ!」

 結局、脅しに屈した交渉役は一日分の食糧と水を差しだすことになった。

「ウィカルデ、四名と伝令を残して金緑オーシェを領境の町まで下がらせろ」
「しかし、勇者様に何かあっては……」

「私は大丈夫だ。それよりも少しでも負担を減らしてやりたい」
「承知しました。ウェブデンほか四名を残します」


  ◇◇◇◇◇


 我々は街道を占拠する形で野営に入った。そして翌朝、町から食料が馬車に載せられて届いたのだが……。

「領民ども! 武器を持て! 出撃だ! 武器を持て!」

 朝食を摂っていると、軍内部の伝令が号令をかけながら駆けまわっているのを耳にした。

「何事だ? ウェブデン、周囲の状況を確かめさせろ。領主代理に会ってくる」


 私は領民兵が右往左往して隊を整えている中を軍本部のある大型テントパヴィリオン近くまで歩き、領主代理の一団を見つける。

「これはいったい何事か!」
「勇者様! やつら、食糧に毒を盛ったのですよ」

「毒だと!? そんな愚かなことをするはずがあるまい」
「嘘だと思うなら確かめてごらんなさい」

 代理の指さす方向に食料を載せた荷車があった。いくつかの樽が降ろされている。
 傍まで行くと樽のひとつが開けられていて、中にはスモモの果実が。
 そして傍には真っ白い顔をした男と胸を斬られた男が倒れている。

 白い顔をした男には首を掻きむしった跡が。
 斬られた男の方は僅かに胸が上下している。

「なんてことを!!」

 私は胸を斬られた男へと駆け寄り傷口に手を当てる。

「息をしろ。魔力の流れを合わせろ」

 今まで、他人の怪我は女神さまへの祈りで治していた。魔力のみで治したことはない。
 自分の怪我を治すように魔力を使う。

 ――上手くいかない。自身の怪我を治すようにはいかない。この男の魔力が低いからか?

 いや、オーゼに昔聞いた限りでは、こちらの魔力でも体の修復はできるはずだ。伝説の聖戦士パラディンなら瀕死の大怪我も治せるといっていた。実際、オーゼが触れるところは未熟な私でも怪我を治せていた。

 ――思い出せ。オーゼはどうやっていた?

 オーゼは……そう、魔力をただ注ぎ込むだけじゃない。私の体の中で魔力を躍らせていた。

 そしてオーゼの私を想う気持ちが伝わっていたはずだ。あのとき……あのとき私には――。

 溢れる涙をタバードに擦り付け、この男の回復を願った。オーゼがくれた慈しみを以って。

「うう……」

 男の意識が戻った。胸の傷は完全ではないが塞がっている。

「大丈夫か?」
「ああ、女神さま……」

「しっかりしろ。何があった」
「あ……あ、スモモを喉に押し込まれて……」

「毒では無いのかっ!」

 私は倒れているもう一人の男に這い寄り、両手の拳を思い切り男の胸に叩きつけた!
 男の口からは色付いていないスモモが飛び出す。

「お願いっ、手遅れにならないで……」

 私は両手を男の胸に当て、出せる限りの魔力を流し込んだ!

 一瞬、男の体は跳ね上がる。

 ――全身だ! どこに修復が必要かはわからない。とにかく全身に全力で魔力を躍らせる!

「ひっ……」――後ろの男が短い悲鳴を上げる。

 ガタガタと男の体中が跳ね動く。
 顔色が戻ってこない。
 それでも私は魔力を流し続けた。
 あのときオーゼがしてくれたように。
 あのときオーゼの愛情を感じたように。


 ――女神さま……いつしか私は女神さまの祝詞を唱えていた。

 お願いだ、戻ってくれ。


「ゲフッ、ゴホッ……」

「……い、生き返った! すげえ、女神様……」

 ――やった……やった、できた。できたよオーゼ……オーゼ……。

 零れ出る涙は頬を伝い、タバードを濡らしていた。
 オーゼが傍に居てくれる――そんな気がして止まなかった。

「勇者様……もしかしてお力が……」

 いつの間にか背後に立っていたウェブデンが声を掛けてくる。彼はウィカルデの側近で加護を失くしたことも知っている。

「これは魔力を使った治癒に過ぎない。まじないだよ」
「いや……まじないなどというものとはとても……」

「ウェブデン、状況は」――涙を拭って振り返る。
「は、はい。戦士団が既に準備を終えていた模様です。計画されていた行動です」

 街の方を望める高台に出ると、既に領主の戦士団が逃走する町の兵や民を背後から斬り伏せていたそうだ。

「そうか。この二名を後方に送って金緑オーシェで匿ってやれ。領主は信用できない」
「ハッ!」

 前線を見渡しに行くと、既に領民軍が戦闘に入っていた。
 櫓が魔法で焼かれ、やがて町の抵抗も無駄に終わるだろう。
 眼下の戦場を見て、領主代理は安全な場所からほくそ笑んでいた。






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 それぞれの領地は物語冒頭の説明の通り山で囲まれていることが多く、隣とは峠ひとつふたつで接しています。
 領地を流れる川は隣領へ越えることはまず無く、領内の湖へ流れ込みます。
 湖の水は領内に溢れることも無く、塩湖になることもありません。
 竜と神様が作り出した魔法的な大地なのです。

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