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第1走者
Run in the ココどこ?(1)
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────パンッ。乾いたスターターピストルの音が聞こえた気がしてオレは目を覚ました。
辺りを見回すが薄暗くてよく見えない。天国とは意外に薄気味悪い場所のようだ。すぐに脳裏に浮かんだその考えを打ち消した。頭の中はランの事ばかりで、仕事も友達付き合いもそこそこのオレ。元嫁と別れた原因もそれだ。お陰で両親の唯一の楽しみだった孫の顔も見せてやれず終い。挙句の果てに雪の降る夜道を酔っぱらってランをして流雪溝へ。そんなオレが天国だなんて虫が良すぎる。
となるとここは地獄か。赤黒い壁に覆われた通路の様な場所に、オレは素っ裸で倒れていた。俗界から死後の世界へと渡る際に持ち物は全て無くすのだろう。自分の死後の裁きが地獄行きだったのに妙に納得しながら、オレは立ち上がって強張った体をゆっくりと伸ばす。体のあちこちに軋むような痛みを感じる。どうやら死後の世界にも痛みはあるらしい。
その刹那、背後から何者かが近付く気配を感じ振り向いた。
「あ、あの……」
暗闇の向こうからひたひたと近付く足取りを聞き、他の亡者仲間かと思い話し掛けてみたが返事がない。もしかして亡者を痛ぶる鬼のような存在か。そう頭に浮かんだと同時にオレは駆け出していた。地獄で鬼から逃げ出すことが可能とは思えないが、考え有っての行動などではない。オレはとにかく走った。
暫く走り続けて気付いたがこの通路は迷路のような造りになっている。迷路では片手を壁に添えながら進むと迷わないと何かで聞いたことがある。もっともここが永遠に迷路を彷徨い続ける地獄だとか言うのなら抜け出しようがないのだろうが。試しに左手を壁に添えてみた。微かに湿り気を帯びた感触が何とも気色悪い。
そのまま進むと前方の地面に何かあるのに気付き警戒して立ち止まった。様子を窺ったが動く気配がない。どうやら生物ではないらしい。恐る恐る近付いてみるとそれは胴体ほどの大きさの板だった。長方形の一辺だけが三角形にとがり、分厚い革が鋲で張り付けられた表面は僅かに湾曲している。拾い上げて見ると裏面には木製の頑丈な取手があった。これは盾だろうか。
こんな場所にどうして。不振に思いながらも素っ裸のオレとしては、この全裸状態を少しでも隠すことのできる遮蔽物は大歓迎だ。何ならもう1つ落ちててくれれば良いのに。そんなことを思っているとすぐ先に何か落ちているのに気付いた。残念ながら盾ではなく小さな麻袋が落ちていた。どうせなら頭からスッポリと被れるほど大きな麻袋なら良かったのに、などと考えながらも拾い上げて中を見ると、紫色掛かった大小様々な大きさの宝石のような石と見たこともない硬貨が入っていた。
地獄の沙汰も金次第と言う。折角だから持っておこう。ただ、素っ裸のオレにはこの麻袋を仕舞っておく場所がない。仕方がないので袋の口を縛っている紐を、盾の取っ手に括り付けておくことにした。
盾と宝石と私。まるで部屋とワイシャツと私のように内心で呟いてみる。盾と宝石に関してはどこか中世のヨーロッパを舞台とした冒険記を思わせる響きを感じるが、いずれも地獄との関連性は乏しいように思えるのだが。そんな不条理や理不尽さも含めて地獄と言うことなのだろうか。
釈然としないまま通りを進むと、その先にグチョグチョと音を立てながら蠢く気配に気付いた。オレは手にした盾に身を隠しながら及び腰で恐る恐る近付いてみる。人のようだ。巨躯の男がうつ伏せに横たわっている。
「だ、大丈夫ですか……」
素っ裸なことも忘れて声を掛けながら近寄ってみると、中世の騎士を思わせる革鎧を身に着けた男の上半身から頭部にかけて巨大なナメクジのような生物が5匹も群がり、既に息絶えているであろう男を貪り喰っていた。あまりの衝撃にオレは声も出ない。寒さ以外で全身に鳥肌が立ったのは久しぶりだ。
まさか死んだ者だけが集まるはずの死後の世界で、こんな惨い死体を目にするとは思ってもみなかった。死後の世界で死ぬ巨躯の騎士。それを見詰める全裸の亡者。いったいこれはどういう構図だ。
もしかするとオレの死後の世界の認識は間違っているのか。人は死んで地獄に落ちた後に、再びそこで死ぬことがあるということか。オレの認識では死ぬことも出来ずに苦しみ続ける的な場所だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。では、既に死んでこの世界に来たのにも関わらず、ここで再び死んだ者はいったいどこへ行くのか。
オレも既に死んだ身だ。再びこの世界で死ぬならそれも許容できる。多分だが。でも、あんな気色悪い生物に喰われて死ぬのは御免だ。そもそも目の前に横たわる彼は服だけでなく立派な革鎧を身に着けているのに、どうしてオレは全裸なのだろうか。きっとオレが手にする盾と宝石はこの男の物に違いない。地獄に落ちてまで人の物を盗むオレはそれだけ徳が低い人間で、だからこその全裸と言うことか。
だったらそれでも仕方ない。オレは開き直ったように盾を振り回して巨大ナメクジを追い払った。巨大ナメクジは見た目はかなりグロテスクだが、動きが鈍く追い払うだけならどうにかなった。だが、また群がって来るとも限らない。オレは亡骸に手を合わせる素早くズボンと靴を失敬した。本当は革鎧の下に着ていた服も欲しかったのだが、血まみれになっていた上に、巨大ナメクジの粘液でベチョベチョでとても素手で触る気になれなかった。
ズボンも靴もかなり質の悪い物だったが贅沢は言っていられない。盾に結んでいた麻袋を腰のベルトに結び直し、追い払った巨大ナメクジが戻って来る前にその場を足早に立ち去った。
オレは左手で壁を触れ右手に盾を構えたまま走った。この方法の弱点は引き返せないことと、万が一ここに出口が存在するとしても、そこに到達するまでにかなりの遠回りをしなくてはいけないことだ。今はただこの先にゴールがあることを信じて走り続けるしかない。それに不思議なもので走っていると不安も薄れ気持ちも軽くなっていく。心の奥の方から力が湧いてくる。やはりオレは走るのが好なのだ。
真っ直ぐに駆け抜け左へ、また真っ直ぐに駆けては左へ。途中でいきなり天井からさっき見た巨大なナメクジのような生物が降ってきたり、地面から巨大なダンゴムシのような生物が這い出してきたり、足元に巨大な落とし穴が足元に出現したりもしたが、危機一髪のところで回避しながら足を止めずに走り続けた。次第に足も軽くなって来た。
デッドゾーンを越えてセカンドウィンドに入ったのだろう。ランをする人なら誰しも経験したことがあるはずだ。走り始めて暫くした辺りで呼吸が苦しくなり体も重く感じることがある。これは『デッドゾーン』と呼ばれ、その期間を越えて体が順応してくると楽に走れるようになってくる。これを『セカンドウィンド』と呼ぶ。
これらには個人差があるのだが、オレは比較的デッドゾーンの期間が短くセカンドウィンドを迎えるのが早い方だ。やがてどこまでも走って行けるような根拠のない万能感が湧いてくる。こうなったらもう走り続けるしかない。これ見よがしに宝箱らしきものが通りに置かれていたときも、不意に左手で触れていた壁が動いて隠し部屋らしきものが現れたときも、オレは目もくれずに走り続けた。
セカンドウィンドを向かえてから10キロは走り続けただろうか。途中で何度か蠢く何かを見掛けた気がしたがオレはひたすら走り続けていた。それから暫く走り続けた所で、突然オレが走り抜けたすぐ後ろの地面が隆起した。振動に足元がよろけながら振り向くと、そこには地面から這い出して頭をもたげる巨大ムカデの姿があった。
すぐに駆け出したオレに気付いた巨大ムカデが、蛇のように僅かに蛇行しながら追い掛けて来た。思ったより動きが素早く焦ったが、ペースアップしたオレの足には簡単に追い付けない様子だ。
全長2メートル以上はあろうかという巨大ムカデだ。普段ならあんな化物が現れたら、恐怖のあまり腰を抜かしていたに違いない。だが、体が温まっていたためか咄嗟に対応できたのと、湧き上がった万能感も少しは残っていたのかも知れない。立ち向かう気にはなれないが、このまま走り続ければ逃げきれる気がする。正に逃げるが勝ちと言うヤツだ。
思ったとおり巨大ムカデとの距離は次第に離れていき、何度か角を曲がったところで見えなくなった。ふと見ると視界の端に小さな『4.825』の数字を見付けた。地面に落ちているのではなく、まるで宙に浮くようにそこにある数字に手を伸ばしたが触れることが出来ない。頭を傾げながら次の角を左に曲がった所でオレは足を止めた。
行く手を塞ぐかのように3匹の蟻が佇んでいたのだ。茶色の赤色の縞模様を纏った子犬ほどの大きさのある巨大蟻だ。オレの存在にはまだ気付いていないようだが引き返すわけにもいかない。どうしたものかと曲がり角に身を潜めて考えていると、背後から迫り来る慌ただしい足音が聞こえてきた。巨大ムカデだ。
巨大ムカデと巨大蟻に挟み撃ちにされたらとても逃げきれない。オレは意を決して飛び出しそのままの勢いで走る。オレの存在に気付いた巨大蟻たちが威嚇するようにカチカチと牙を打ち鳴らしたのは、既にオレはその横を全力で駆け抜けた後だった。オレは脇目も振らずに駆ける。
確か仏教には八大地獄と呼ばれる罪の内容によって違った地獄が用意されていたはずだ。最初に見掛けた巨大ナメクジに始まり、その後の巨大ダンゴムシ、巨大ムカデ、巨大蟻と、どうやらこの地獄は巨大生物に襲われて命を落とす類の場所らしい。
地獄で裁きを受けるのがオレの使命だとするのなら、素直に殺されてやるべきなのかも知れない。だが、少しばかり納得しかねる部分もある。オレがここで巨大生物たちに喰い殺されのが定めなのならば、否応なしに巨大生物たちの巣窟に放り込むべきだ。何故オレに逃げる機会を与えるのか。
そこまで考えてオレは1つの答えに辿り着いた。もしかしてこれは敗者復活的な要素なのではないか。地獄で生き抜くという選択肢が存在するのではないかと。
気付かれないように、曲がり角からそっと巨大蟻たちの様子を窺う。コイツら全てを倒して生き抜けばその先に何かがあるのか。考えようによっては敗者復活と言うよりは、それ自体が罰ゲームのように思えなくもないが、復活の権利を掴み取るためと考えれば多少の無理も頷ける。
そんなことを考えていると牙を打ち鳴らし興奮する巨大蟻たちの向こうから、オレを追い掛けて来た巨大ムカデが現れそのままの勢いで巨大蟻たちを蹴散らして進んで来た。これには巨大蟻も面食らったようだが、すぐに起き上がって巨大ムカデに立ち向かう。突然、巨大ムカデと巨大蟻の争いが始まった。
辺りを見回すが薄暗くてよく見えない。天国とは意外に薄気味悪い場所のようだ。すぐに脳裏に浮かんだその考えを打ち消した。頭の中はランの事ばかりで、仕事も友達付き合いもそこそこのオレ。元嫁と別れた原因もそれだ。お陰で両親の唯一の楽しみだった孫の顔も見せてやれず終い。挙句の果てに雪の降る夜道を酔っぱらってランをして流雪溝へ。そんなオレが天国だなんて虫が良すぎる。
となるとここは地獄か。赤黒い壁に覆われた通路の様な場所に、オレは素っ裸で倒れていた。俗界から死後の世界へと渡る際に持ち物は全て無くすのだろう。自分の死後の裁きが地獄行きだったのに妙に納得しながら、オレは立ち上がって強張った体をゆっくりと伸ばす。体のあちこちに軋むような痛みを感じる。どうやら死後の世界にも痛みはあるらしい。
その刹那、背後から何者かが近付く気配を感じ振り向いた。
「あ、あの……」
暗闇の向こうからひたひたと近付く足取りを聞き、他の亡者仲間かと思い話し掛けてみたが返事がない。もしかして亡者を痛ぶる鬼のような存在か。そう頭に浮かんだと同時にオレは駆け出していた。地獄で鬼から逃げ出すことが可能とは思えないが、考え有っての行動などではない。オレはとにかく走った。
暫く走り続けて気付いたがこの通路は迷路のような造りになっている。迷路では片手を壁に添えながら進むと迷わないと何かで聞いたことがある。もっともここが永遠に迷路を彷徨い続ける地獄だとか言うのなら抜け出しようがないのだろうが。試しに左手を壁に添えてみた。微かに湿り気を帯びた感触が何とも気色悪い。
そのまま進むと前方の地面に何かあるのに気付き警戒して立ち止まった。様子を窺ったが動く気配がない。どうやら生物ではないらしい。恐る恐る近付いてみるとそれは胴体ほどの大きさの板だった。長方形の一辺だけが三角形にとがり、分厚い革が鋲で張り付けられた表面は僅かに湾曲している。拾い上げて見ると裏面には木製の頑丈な取手があった。これは盾だろうか。
こんな場所にどうして。不振に思いながらも素っ裸のオレとしては、この全裸状態を少しでも隠すことのできる遮蔽物は大歓迎だ。何ならもう1つ落ちててくれれば良いのに。そんなことを思っているとすぐ先に何か落ちているのに気付いた。残念ながら盾ではなく小さな麻袋が落ちていた。どうせなら頭からスッポリと被れるほど大きな麻袋なら良かったのに、などと考えながらも拾い上げて中を見ると、紫色掛かった大小様々な大きさの宝石のような石と見たこともない硬貨が入っていた。
地獄の沙汰も金次第と言う。折角だから持っておこう。ただ、素っ裸のオレにはこの麻袋を仕舞っておく場所がない。仕方がないので袋の口を縛っている紐を、盾の取っ手に括り付けておくことにした。
盾と宝石と私。まるで部屋とワイシャツと私のように内心で呟いてみる。盾と宝石に関してはどこか中世のヨーロッパを舞台とした冒険記を思わせる響きを感じるが、いずれも地獄との関連性は乏しいように思えるのだが。そんな不条理や理不尽さも含めて地獄と言うことなのだろうか。
釈然としないまま通りを進むと、その先にグチョグチョと音を立てながら蠢く気配に気付いた。オレは手にした盾に身を隠しながら及び腰で恐る恐る近付いてみる。人のようだ。巨躯の男がうつ伏せに横たわっている。
「だ、大丈夫ですか……」
素っ裸なことも忘れて声を掛けながら近寄ってみると、中世の騎士を思わせる革鎧を身に着けた男の上半身から頭部にかけて巨大なナメクジのような生物が5匹も群がり、既に息絶えているであろう男を貪り喰っていた。あまりの衝撃にオレは声も出ない。寒さ以外で全身に鳥肌が立ったのは久しぶりだ。
まさか死んだ者だけが集まるはずの死後の世界で、こんな惨い死体を目にするとは思ってもみなかった。死後の世界で死ぬ巨躯の騎士。それを見詰める全裸の亡者。いったいこれはどういう構図だ。
もしかするとオレの死後の世界の認識は間違っているのか。人は死んで地獄に落ちた後に、再びそこで死ぬことがあるということか。オレの認識では死ぬことも出来ずに苦しみ続ける的な場所だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。では、既に死んでこの世界に来たのにも関わらず、ここで再び死んだ者はいったいどこへ行くのか。
オレも既に死んだ身だ。再びこの世界で死ぬならそれも許容できる。多分だが。でも、あんな気色悪い生物に喰われて死ぬのは御免だ。そもそも目の前に横たわる彼は服だけでなく立派な革鎧を身に着けているのに、どうしてオレは全裸なのだろうか。きっとオレが手にする盾と宝石はこの男の物に違いない。地獄に落ちてまで人の物を盗むオレはそれだけ徳が低い人間で、だからこその全裸と言うことか。
だったらそれでも仕方ない。オレは開き直ったように盾を振り回して巨大ナメクジを追い払った。巨大ナメクジは見た目はかなりグロテスクだが、動きが鈍く追い払うだけならどうにかなった。だが、また群がって来るとも限らない。オレは亡骸に手を合わせる素早くズボンと靴を失敬した。本当は革鎧の下に着ていた服も欲しかったのだが、血まみれになっていた上に、巨大ナメクジの粘液でベチョベチョでとても素手で触る気になれなかった。
ズボンも靴もかなり質の悪い物だったが贅沢は言っていられない。盾に結んでいた麻袋を腰のベルトに結び直し、追い払った巨大ナメクジが戻って来る前にその場を足早に立ち去った。
オレは左手で壁を触れ右手に盾を構えたまま走った。この方法の弱点は引き返せないことと、万が一ここに出口が存在するとしても、そこに到達するまでにかなりの遠回りをしなくてはいけないことだ。今はただこの先にゴールがあることを信じて走り続けるしかない。それに不思議なもので走っていると不安も薄れ気持ちも軽くなっていく。心の奥の方から力が湧いてくる。やはりオレは走るのが好なのだ。
真っ直ぐに駆け抜け左へ、また真っ直ぐに駆けては左へ。途中でいきなり天井からさっき見た巨大なナメクジのような生物が降ってきたり、地面から巨大なダンゴムシのような生物が這い出してきたり、足元に巨大な落とし穴が足元に出現したりもしたが、危機一髪のところで回避しながら足を止めずに走り続けた。次第に足も軽くなって来た。
デッドゾーンを越えてセカンドウィンドに入ったのだろう。ランをする人なら誰しも経験したことがあるはずだ。走り始めて暫くした辺りで呼吸が苦しくなり体も重く感じることがある。これは『デッドゾーン』と呼ばれ、その期間を越えて体が順応してくると楽に走れるようになってくる。これを『セカンドウィンド』と呼ぶ。
これらには個人差があるのだが、オレは比較的デッドゾーンの期間が短くセカンドウィンドを迎えるのが早い方だ。やがてどこまでも走って行けるような根拠のない万能感が湧いてくる。こうなったらもう走り続けるしかない。これ見よがしに宝箱らしきものが通りに置かれていたときも、不意に左手で触れていた壁が動いて隠し部屋らしきものが現れたときも、オレは目もくれずに走り続けた。
セカンドウィンドを向かえてから10キロは走り続けただろうか。途中で何度か蠢く何かを見掛けた気がしたがオレはひたすら走り続けていた。それから暫く走り続けた所で、突然オレが走り抜けたすぐ後ろの地面が隆起した。振動に足元がよろけながら振り向くと、そこには地面から這い出して頭をもたげる巨大ムカデの姿があった。
すぐに駆け出したオレに気付いた巨大ムカデが、蛇のように僅かに蛇行しながら追い掛けて来た。思ったより動きが素早く焦ったが、ペースアップしたオレの足には簡単に追い付けない様子だ。
全長2メートル以上はあろうかという巨大ムカデだ。普段ならあんな化物が現れたら、恐怖のあまり腰を抜かしていたに違いない。だが、体が温まっていたためか咄嗟に対応できたのと、湧き上がった万能感も少しは残っていたのかも知れない。立ち向かう気にはなれないが、このまま走り続ければ逃げきれる気がする。正に逃げるが勝ちと言うヤツだ。
思ったとおり巨大ムカデとの距離は次第に離れていき、何度か角を曲がったところで見えなくなった。ふと見ると視界の端に小さな『4.825』の数字を見付けた。地面に落ちているのではなく、まるで宙に浮くようにそこにある数字に手を伸ばしたが触れることが出来ない。頭を傾げながら次の角を左に曲がった所でオレは足を止めた。
行く手を塞ぐかのように3匹の蟻が佇んでいたのだ。茶色の赤色の縞模様を纏った子犬ほどの大きさのある巨大蟻だ。オレの存在にはまだ気付いていないようだが引き返すわけにもいかない。どうしたものかと曲がり角に身を潜めて考えていると、背後から迫り来る慌ただしい足音が聞こえてきた。巨大ムカデだ。
巨大ムカデと巨大蟻に挟み撃ちにされたらとても逃げきれない。オレは意を決して飛び出しそのままの勢いで走る。オレの存在に気付いた巨大蟻たちが威嚇するようにカチカチと牙を打ち鳴らしたのは、既にオレはその横を全力で駆け抜けた後だった。オレは脇目も振らずに駆ける。
確か仏教には八大地獄と呼ばれる罪の内容によって違った地獄が用意されていたはずだ。最初に見掛けた巨大ナメクジに始まり、その後の巨大ダンゴムシ、巨大ムカデ、巨大蟻と、どうやらこの地獄は巨大生物に襲われて命を落とす類の場所らしい。
地獄で裁きを受けるのがオレの使命だとするのなら、素直に殺されてやるべきなのかも知れない。だが、少しばかり納得しかねる部分もある。オレがここで巨大生物たちに喰い殺されのが定めなのならば、否応なしに巨大生物たちの巣窟に放り込むべきだ。何故オレに逃げる機会を与えるのか。
そこまで考えてオレは1つの答えに辿り着いた。もしかしてこれは敗者復活的な要素なのではないか。地獄で生き抜くという選択肢が存在するのではないかと。
気付かれないように、曲がり角からそっと巨大蟻たちの様子を窺う。コイツら全てを倒して生き抜けばその先に何かがあるのか。考えようによっては敗者復活と言うよりは、それ自体が罰ゲームのように思えなくもないが、復活の権利を掴み取るためと考えれば多少の無理も頷ける。
そんなことを考えていると牙を打ち鳴らし興奮する巨大蟻たちの向こうから、オレを追い掛けて来た巨大ムカデが現れそのままの勢いで巨大蟻たちを蹴散らして進んで来た。これには巨大蟻も面食らったようだが、すぐに起き上がって巨大ムカデに立ち向かう。突然、巨大ムカデと巨大蟻の争いが始まった。
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