フッチボウ!

藤沢五十鈴

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第一章

東京ラバーズ その⑧

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 仮設テントから姿をあらわした磯部はふたたびハンドマイクを手に取り、自身の周囲に集まってきた選手たちに声を放った。

「それでは、二次テストについての説明をいたします」
 
 二次テストは紅白戦形式でおこなわれる。
 
 テスト選手とラバーズのサテライト選手との混成チームを、年齢やキャリアを考慮した上でA・B・C・Dの各四チームに編成し、それぞれ四十分の紅白戦をおこなう。そう磯部は説明した。
 
 対戦の組み合わせはAチーム対BチームとCチーム対Dチームで、編成の結果、涼はAチームに入った。ポジションは希望どおりのボランチである。
 
 十代の涼が組みこまれたということは、同じチームには年齢的なバランスを取る意味でもベテラン選手が入るのはもっともであろう。その一人がこの男である。

「いよいよ、俺の真価を見せるときがきたな!」
 
 ふんふんと鼻息を噴きだしながら芝の上を闊歩する園田は、やはり紅白戦のために集まってきたほかの選手に鋭い眼光を投げつつ、小鼻をうごめかした。

「見てろよ。この紅白戦で、お前ら雑魚との格の違いというのものをまざまざと……」
 
 一瞬、園田の足がぴたりと止まった。三メートルほど前方に青いビブスを着けた涼を見つけたのだ。
 
 青色のビブスはAチームの選手をしめす色である。

「……もしかして、お前もAチームなのか?」

「はい、そうです」
 
 涼が微笑まじりに応じると、園田の顔になんとも複雑な表情(いろ)が広がったが、それも一瞬のことで、すぐに意味ありげな薄笑いがそれにとってかわった。

「たしかにドリブルはそこそこできるようだが、そんなものは実戦では何の役にも立たない。実戦ではなによりパスをメインとした連携プレーが欠かせない。ドリブルなんかのスタンドプレーに走られてはチームにとって迷惑千万だ。わかるな?」

「はい、わかります」

 真顔でチームプレーの重要性を説く園田が、そのじつ「ミスター自己中」と揶揄されるほどの個人プレー至上主義者であることを知らない涼は、素直にうなずくのだった。
 
 そのとき、赤いビブスを着けた西城が二人のもとにやってきた。

 赤色のビブスはBチームをしめす色だ。

「どうやら俺たち、戦うことになるようですね、ソノさん」

「赤色のビブス……ということは、ジョーはBチームか?」

「そうです。できれば同じチームでプレーしたかったですけど、まっ、しょうがないですね。戦うからには容赦しませんよ。俺に大量点取られてAチームが大敗したからって、あとで恨むのはなしですよ」
 
 さりげない西城の挑発に、園田がにやりと笑う。

「そいつは俺の台詞だな、ジョー。俺の変幻自在のスーパードリブルを止められないからって、Bチームの守備陣を責めるなよ。そいつは酷というものだ」
 
 今しがた涼に忠告した「スタンドプレーは厳禁だぞ」という話は、すでに園田の記憶からは完全に消去されているようだった。

「あっ、見てください、ソノさん!」
 
 ふいに西城が声をはりあげた。

「どうした、ジョー?」

「ほら、ヒデさんが幹部連中と何か話していますよ」

「なにぃ!?」
 
 園田と西城、ついでに涼を含めた三人が同時に視線を走らせた先では、永見が仮設テントの前で磯辺や瀬功といった幹部たちを相手に、身ぶり手ぶりを交えてなにやら熱心に話しかけている姿があった。
 
 どうやら一度だけでは物足りないらしく、幹部たちに二度目の自己アピールをしているようだった。
 
 園田と西城もそのことを察したのであろう。舌打ちし、苦々しげな声を漏らす。

「ヒデさんめ。自分の試合が後なのをいいことに、この機とばかりに自分を売りこんでいますよ」

「ヒデの奴、あいかわらず抜け目がないな」

「こうしちゃいられない。俺たちも行きましょうよ。試合までまだ時間がありますし」

「おおよ。ヒデだけにおいしい思いはさせねえ!」
 
 行く先々で無用なトラブルを起こしては、その度に解雇されてきた苦い経験があるだけに、チームスタッフ、とくにフロントの「ウケ」がいいことが長く現役生活を続けられる「秘訣」であることを身をもって知っている二人は、仮設テントに向かってわれ先にと駆けだしていった。
 
 一方、一人その場に残された涼は小さく息をついた。

 なぜかはわからぬが、二人が去ったことで場の空気に「清浄さ」が回復された気がしたのだ。

 気づけば自分が疲労感をおぼえていたことを知り、涼はもう一度息を吐きだそうとしたのだが、それより早くその肩を誰かがたたいた。

 それは赤いビブスを着けた伊原だった。

「あっ、伊原さん」

「よう。君はAチームか。俺はBチームだよ」

「伊原さんも試合に出るんですか?」

「ああ。プレーをしながらのほうが、選手の特徴なんかを細かく判別できるからな。審査員を兼ねて出場することになったのさ。ところで……」

 ひと呼吸おいて、伊原は話題を変えた。

「ポジションは、希望どおりのボランチか?」

「はい、そうです」

「そうか……」

 小さくうなずいた伊原の表情は、あきらかに何か物言いたげだった。

「それがどうかしたんですか?」

「いや、守備の面で君の負担が増えたり、人数が足りなくなる場面があるかもしれないと思ってな。まあ、とにかくがんばってくれ」

「えっ、もしかしてAチームは、選手の数が少ないとか?」

「いや、人数は同じだが、一人だけまったく守備をしない奴がいるからな、Aチームには。そいつの分の負担が、ボランチの君にかかるかもしれないと思ってな」

「それって、もしかして園田さんという人ですか?」

「あれ、どうしてわかった?」

「……いえ、なんとなくです」

 涼は声をくぐもらせて明確な返答を避けたが、どうやらこの短時間の接触で園田の性格だけではなく「プレースタイル」まで察したことに伊原は気づき、苦笑まじりに語をつないだ。

「なにしろ口を開けば『守備はディフェンダーの仕事だ』とか『攻撃こそ最大の防御なり』だの、屁理屈をこねては守備をさぼるからな、あいつは。どこにいってもその調子だから……」
 
 すぐに解雇(クビ)になるんだよ、とまでは伊原は口にしなかったが、涼がそれを察するのはむずかしいことではなかった。
 

「……いや、待てよ?」

 ふと心づいた伊原が、太い指であごをつまんだ。

「よくよく考えてみたらAチームだけじゃなくBチームにも一人、まったく守備をしない奴がいるな。そいつと園田と差し引きゼロで、人数的には互角になるから心配ないか」

「それって、もしかして西城さんという人ですか?」

「どうしてわかった?」

「……いえ、なんとなくです」
 
 またしても涼が声をくぐもらせたのとほぼ同時。紅白戦の主審を務める澤村の声がグラウンド内に響きわたった。

「それでは、Aチーム対Bチームの試合を始めます!」




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