フッチボウ!

藤沢五十鈴

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第三章

夢見る少女は大志を抱く その①

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 ……蘭は夢を見ていた。それはときどき見る夢だった。
  
 巨大なスタジアムに歓声が雷鳴のごとくこだましている。夢は必ずここから始まる。
  
 スタンドを埋める数万の人々。ゆらめく数多のチームフラッグ。

 舞台は決まって、世界最高峰の大会と謳われるヨーロツパ・チャンピオンズリーグの決勝戦だ。
  
 出場するクラブチームのひとつに涼の姿がある。

 同じチームが続くときがあれば、毎回、異なるときもある。
  
 涼が着ている見慣れないデザインのユニフォームに、今日はどこのチームかしらと蘭はいぶかったが、深くは考えない。

 どこのチームであろうと涼が世界の大舞台でプレーしていればそれでいいのだ。
 
 万雷の歓声と拍手が響きわたる中、審判団を先頭に両チームの選手たちがグラウンドに入場してくる。

 写真撮影が終わり、選手たちが各ポジションに散らばり、キャプテン同士が握手しあい、フラッグを交換する。

 やがて主審のホイッスルとともに試合が始まった。
 
 キックオフ直後、すぐに涼にボールがわたった。

 地軸を揺るがすような大歓声を浴びながら、得意の高速ドリブルでグラウンドを颯爽と駆けぬけていく。

 卓越したフェイントテクニックと、野生の豹を彷彿させるすばやい身ごなしで対戦チームの選手を翻弄し、たちまち相手ゴールへと迫っていった。

「行けぇーっ、涼!」
 
 椅子から飛びあがって蘭が叫ぶ。スタンドの観客も総立ちだ。
  
 やがてペナルティーエリアを突破した涼が、相手ゴールキーパーと一対一になった。
  
 必死の形相でゴール前から飛びだしてきたキーパーを、涼は軽やかな跳躍でなんなくかわし、無人となったゴールにシュートを放った。
  
 ところが、誰もが先制点と思った次の瞬間。涼の蹴ったボールはなぜか大きく枠をはずれてしまった。
  
 失望のため息とすさまじいブーイングが、巨大なスタジアムをごうごうと揺らす。

 そして試合終了のホイッスル――。
  
 スタンドの観客、さらにはチームメイトからも「お前のせいで負けたんだ!」となじられ、芝の上に両手をついてうなだれる涼。

 その傍らにはいつの間にか蘭が立っていた。
  
 今にも泣きだしそうな表情で、足下でうなだれる涼を必死に擁護する。

「どうして涼ばかり責めるのよ!」
 
 その蘭がふと横を見たとき、そこに涼の姿はなかった。
 
 かわりに、さっきまで着ていたユニフォームとスパイクが、芝の上に無造作に脱ぎ捨てられてあった。

「……涼?」
 
 音もなく忽然と姿を消した涼に蘭は驚き、あわてて周囲を捜した。
 
 しかし、周囲はおろかグラウンドのどこにも涼の姿はない。

「どこに行ったのよ。ねえ、涼!」
  
 蘭はもう一度叫んだ。しかし返事はない。

 そして夢は、ここで終わった……。

「――涼!」

「……なんだ?」

 どこからともなく声が返ってきたので、蘭はゆっくりと目を開けた。

 何度か瞬きしたあとにようやく焦点が定まったとき、その目に一番に映ったのはなぜか涼の顔だった。

 怪訝な顔つきでこちらを覗きこんでいる。

 寝起きの脳細胞がそれを認識したとき、蘭は完全に目が覚め、覚めると同時に驚き、悲鳴がその口から噴きあがった。

「きゃっ!」

「うわっ!」

 いきなり噴きあがった悲鳴に涼も驚き、あやうくひっくり返りそうになったが、そこは天性のアスリート。

 持ち前の柔軟な身体バランスを発揮してなんとか転倒だけは避けることができた。

 心臓が激しく脈打つのはさすがに抑えられなかったが。

「い、いきなり大声を出すなよ。驚くじゃないか」

 心臓のあたりを手で押さえながら涼が文句を言うと、ベッドに横たわったまま蘭が逆に文句を返してきた。

「お、驚いたのはこっちよ。声がしたと思ったら目の前に顔があるんだもん。誰だってびっくりするわよ!」

「お前が呼んだから返事しただけだ」

 涼がそう言うと蘭はゆっくりと半身をベッドから起こし、きょとんとした表情で涼の顔を正視した。

「私が? 涼を?」

「そうだよ」

 涼は小さくうなずき、

「いったい、何の夢を見ていたんだ?」

「そ、それは……」

 蘭はとっさの返答に窮し、おもわず声を詰まらせた。

 夢で見たことをそのまま話せばよさそうなものだが、なぜか蘭はそれを口にするのをためらった。

 なんとなく目覚めの悪い夢だったことも、その理由にあったかもしれない。

 蘭は沈黙し、涼の顔を横目づかいで見やった。

 視線で返答を求めている双子の兄に、さてなんと答えようかとごく短時間、思案したあげく口にしたのは次のような一語だった。

「わ、私の夕飯のおかずを涼がとったから、ちょっと怒っただけよ」

「ふうん……夢の中でも食べ物のことか。食欲旺盛でけっこうだな」

 それは皮肉というよりも本心から呆れている口ぶりであったので、それがかえって蘭の癇にさわったらしい。

 未来の代理人は両の眉をつりあげて、未来の顧客を睨みつけた。

「う、うるさいわね。だいたい、朝早くからレディの部屋に勝手に入ってくるなんて失礼じゃないの!」

「なにをぬかす。昨日『ちゃんと起こしてくれなきゃ承知しないからね』と、口うるさく言っていたのはお前だろうが。もう忘れたのか?」

「えっ……?」

 蘭はまたしてもきょとんとした表情で涼を見やった。

 半稼働状態の脳で20秒ほど考えた後、「そういえば、そんなこと言ったような気もするわね」と、頼んだことはおぼろげに思いだしたが、なぜそんなことを頼んだかまでは思いだせなかった。

 高校の入学式じゃないことはさすがにわかったが。

「ねえ、涼。今日、どこかに出かける用事でもあったっけ?」

「お前な……」




  
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