2 / 26
プロローグ
サンパウロの双星 その②
しおりを挟む「なんだ、なんの騒ぎだ?」
二人はソファーから立ちあがると、騒ぎを知って集まってきたほかの旅行客同様、フロアーのガラス造りの手摺りから身を乗りだしてそこから望む一階ロビーを眺めやった。
二人を含めた数多の視線の先には、ターミナルのエスカレーターを逆走して駆け降りるタンクトップとジーパン姿の二人組の男と、それを追いかける空港警備員の姿があった。
逃げる男たちの手には女性物と思える革張りのバッグや、やはり革張りのボストンバッグがある。
状況から推察するに、どうやら二人組の男はひったくりか置き引きらしい。
治安があまりよくないブラジル国内にあっては空港内といえどさほどめずらしい光景ではないが、それも地方にある警備の行き届いていない中小の空港ではという話で、さすがにグアルーリョス空港クラスの空港でこの種の犯行を目の当たりにするのは、涼もレイナウドも初めてのことだった。
「ひったくりかな、レイ?」
「どうやらそうみたいだが、しかし連中、あの手のことにかなり手慣れているな。このままだと逃げられるぞ」
レイナウドの指摘どおり、二人組の男たちはこの手の「仕事」に慣れているようだった。
利用客で混雑するターミナル内を流れるような足どりで逃げ続ける男たちに対し、それを追う空港警備員の足はどう見ても重く、そして遅い。
突然の騒動に戸惑う利用客と接触したり、床に足をとられて転んだりと、その距離は縮まるどころか離れるばかりだ。
一応、警備員たちは自動小銃を携帯しているのだが、この人混みの中ではむやみに発砲などできようもない。
むろん、逃走する二人の男がそれを計算に入れていること疑いなかった。
「リョウ、ボールだ!」
ふいにレイナウドが叫んだ。
涼は驚いたようにその顔を見返したが、すぐにその意図を諒解した。
なにしろ子供の頃から十年の付き合いである。
正義感の強いレイナウドが何を決意したか、それを察することは涼にとって容易なことであった。
言葉ではなく視線でごく短時間のうちに意思疎通をはかると、二人はボールを手に同時に床を駆った。
軽快にして躍動感あふれる動きで階段を一気に駆け降り、ほどなく一階ロビーに着いたとき。涼とレイナウドの視線の先で、ひったくりと思われる二人組の男は突然、左右二方向に分かれた。
一方はそのまま一階ロビーの出口へと向かっていたが、一方はなぜか別の階段から中二階を経てふたたび二階へと駆けあがっていった。
突然の別行動に戸惑う警備員に対し、逃げる男たちの足には迷いはない。
当然、逃走路やその手段などもあらかじめ決めていたのだろうが、それでもレイナウドには疑問がある。二人のうち一人はなぜ出口ではなく、わざわざ二階に上がったのだろうかと。
「あっちの男、どういうつもりだ。なんで二階に上がったんだろう?」
レイナウドの疑問に即座に涼が応じた。
「もしかしたら二階からペデストリアンデッキに出て、そこから逃げるつもりなんじゃないのか。ほら、外のバスターミナルに直接乗り入れできるようにつながっているからさ」
「……なるほど、そういうことか」
レイナウドは得心したようにうなずき、「あいかわらずたいした洞察力だよ」と内心で感嘆の声を漏らしたが、声に出してはこう言った。
「よし、俺は二階に逃げた男を狙う。お前は出口に向かっている男を狙え、リョウ!」
「わかった!」
涼とレイナウドがそれぞれボールを手にふたたび床を駆ったとき。二階に向かった男のほうはすでに階段を駆けあがり、そのまま手摺り沿いにフロアーを西に走りだしていた。
向かう方向には、外のバスターミナルと連結したペデストリアンデッキがある。
「やはりそうか……よし!」
レイナウドはすばやくボールを床におくと、そこから五歩ほど後方に退き、ふたたび二階の男に視線を投げた。
その視線の先で、男はまもなく通路の角にさしかかろうとしていた。レイの碧眼が鋭く光る。
「そう、ペテストリアンデッキに出るにはその角を曲がるしかない。早く来い……」
レイナウドが見つめる先で手摺り沿いの通路を走っていた男は、にわかにその快足をゆるめた。
さすがに速度を維持したまま、ほぼ直角の通路の角を曲がりぬけるというわけにはいかないらしい。
三メートルほど手前からスピードを落とし、小刻みなステップで角を曲がりきるとふたたび速度をあげようとした、その瞬前。レイナウドが猛然と床を駆った。
「そこだっ!」
次の瞬間、強烈すぎるレイナウドのキックがボールに炸裂した。
突然、鼓膜を刺激した、まるで何かが爆発したかのような烈しい異音に周囲の人々は仰天し、驚愕の視線を発生者たるレイナウドに注いだ。
それらの視線の先でレイナウドは黙したまま、ターミナルの宙空を猛烈な速度で上昇していくボールを見つめている。
「……なんだぁ?」
自らに迫る「異変」に男が気づいたのは、通路の角を曲がりぬけた直後だった。
その直前、男は頭だけを動かしてペデストリアンデッキに通じるガラス扉を通路の前方に、追いかけてくる警備員たちの姿を後方の階段上にそれぞれ視認し、自らの「仕事」の成功を確信していたのだが、ふと横を向いたとき。ターミナルの宙空を迫りくる白黒二色に彩られた物体が視界の端をかすめたのだ。
「えっ、ボール?」
と、気づいた次の瞬間には、男の身体はのけぞった姿勢で宙空を飛んでいた。
うなりをあげて飛んできたボールが男の横っ面に炸裂し、身体ごと吹き飛ばしたのだ。
通路の床を激しく五転六転したひったくりの男は、やがて白目をむいたままぴくりとも動かなくなった。
失神したその姿は一階にいるレイナウドには確認できようもなかったが、追いかけてきた警備員や周囲を取り囲む利用客たちの態度から、それを察することはたやすかった。
標的たるひったくり犯をもののみごとに吹き飛ばした後、まるで帰巣本能をもった動物のようにロビーの床を転がり戻ってきたボールを抱えあげると、レイナウドはゆっくりと視線を転じた。
「さてと、あっちはどうなっているかな?」
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる