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プロローグ
サンパウロの双星 その④
しおりを挟む正確に三十分後。涼は碧空の住人となっていた。
涼を乗せたヴァリグ・ブラジル航空の旅客機は定刻どおりにグアルーリョス空港を離陸し、一路、最初の経由地であるロサンゼルスをめざして飛び立っていった。
雲ひとつない碧空に溶けこむように上昇を続ける機体を、ターミナルビルの展望台からレイナウドが眺めていた。
その手には、出発前に交換しあったサッカーボールがある。
《親愛なるチームメイトのみんなへ。いつかまた会おう》
表面にマジックペンで書かれたその短い一文を見たとき。十年前の早春の日、初めて涼と出会ったときのことをレイナウドは思い起こした。
六歳の誕生日が過ぎてまもない一日、自宅近くに越してきた日本人の少年。
最初のうちは言葉が通じず、意思疎通も満足にできなかったが、グラウンドの上でひとたびボールを蹴りだせば言葉など必要なかった。
同じ年齢だというのにシュートもドリブルも、なによりボールの扱いに長け、本当に自分と同い年なのかと驚き、感心し、一方で悔しがり、陰で必死に練習に励んだことをレイナウド今でも鮮明に憶えている。
あの日から十年の月日が流れ、その間、涼とレイナウドはともに地元の名門サンパウロFCの下部組織に入った。
名門チームにつきものの熾烈なレギュラー獲得競争にも勝ち抜き、いくつもの試合と勝利を積みかさねていくうちに、いつしか二人はチームにあって「双星」と称されるまでの中心選手に成長した。
あと五年、いや三年ブラジルにとどまっていれば、ともにトップチームのプロ選手として活躍していただろうとレイナウドは思っている。
それだけに涼の帰国には心から残念であったが、一方で奇妙な楽しみをレイナウドは密かに抱いていた。
自分はむろんブラジルでプロ選手になるつもりだし、涼もまちがいなく日本でプロ選手になるだろう。
両国のサッカー界間の活発な交流からも、親善試合などで対戦する日が訪れる可能性はある。
そればかりか、ともにいつかは行く日が来るであろう欧州のプロリーグで対戦、ないし同じチームで一緒にプレーすることだって十分に考えられる。
そのとき、サッカー選手としてさらなる進化を遂げた自分を見せて、お前を驚かせてやる。
10年前、初めて出会ったときの自分がそうだったように……。
そんな思いが胸膈を満たすと、レイナウドは惜別の念よりも、むしろ奇妙な興奮を強く自覚するのだった。
「今度会うときはお前が驚く番だぞ、リョウ」
ふたたび見あげた視線の先の碧空に、もはや旅客機の姿はどこにもなかった。
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