拝啓、異世界の術者(マーリン)へ

waduka

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列車強盗

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 荷物の確認を終えた私は暇を持て余し、親子に話しかけるタイミングを探していた。
 いきなり異世界に連れてこられて、物怖じせずに話しかけるなんてどういう神経だと思うかもしれない。
 だがこれは私の精神の修行の賜物なのだ。
 二リットルコーラのペットボトルよりも太い神経の私たち一家を、向こうの世界ではよく驚かれ引かれたものだ。
(懐かしいなぁ。…ってまだここに連れてこられて目を覚ましてから数十分しか経ってないじゃない)
 早くも元の世界を懐かしんでいる自分を訝しむ。
 とにかく情報収集がしたい私は、ボックス席から少女の方へ顔を出そうとした。
 しかしその時。
 がくん!
 急に列車が大きく揺れた。
「きゃー!」
 隣のボックス席の小さな女の子があまりの衝撃に叫び声をあげた。
 揺れはすぐに通常通りになったが何かがおかしい。
 先ほどよりも明らかに列車の速度が速くなった。
 乗客もざわめきだした。
 そしてすぐに、まるで乗客たちの不安を答え合わせするかのように、後部車両のドアが勢いよく開いた。
 入ってきたのは見るからに粗野な大男だった。
「手を挙げろ!」
 これはシンプルにあれだ。
 列車強盗というやつだ。
「この列車は俺たちが乗っ取った!死にたくない奴は言うことを聞け!」
 男は体格に見合った大きい銃を両腕で構えている。
 私達乗客は両手を挙げたまま通路に押し込められ互いに腕を縛るよう指示された。
 大きな銃口は私達全体を向いている。
 身をよじって私が銃弾を避けれても誰か、最悪複数人は撃たれるだろう。
 可哀想に、目の前で子供が怯え母親に寄り添っている。
「余計な真似はするなよ」
 釘を刺すと、大男は前の車両に繋がるドアに背を向け、トランシーバーのようなものを取り出した。
「第三・第四・第五車両共に制圧完了」
 どうやらここは第三車両で、他の車両も同じように乗員乗客が捕われてしまったようだ。
 ここの車両を制圧したと報告したという事はリーダー及び目標は別車両だろう。
 という事はここにこれ以上この男の援軍が来る可能性は少ない。
 私の頭の中には大男の言うことを聞いて大人しくしているという選択肢はない。
 首を動かし車両内を今一度見渡す。
 大男の気はほとんど、泣きじゃくる子供と母親に注がれているようだ。
 後部車両にあるドア付近の大きいトランクは確かこの紳士の物だったな。
 幸い座席上の荷台に置いてある荷物はそのトランクだけのようだ。
 後部車両のドアの奥に手練れの気配がする。
 何者かはわからないが列車強盗の仲間では無さそうだ。
 考えにくいが、私と同じように列車強盗たちを討伐しようとしている者かもしれない。
 なんにせよ、このわからぬ気配はこの車両に入ってくるつもりのようだ。
 その物音を大男の陽動に使わせてもらおう。
(これならあれをこうしてこっちに行けば…)
 脳内シミュレーションを6通りほど確認する。
 これなら行けそうだ。
 あとはタイミングだな…。
 私はじっと待つことにした。
 数分後。
 後部車両のドアの奥の気配が微かに動いた。
(来る!)
 そしてドアが大きく上へ吹き飛ばされた。
 出てきたのは青い布に金糸が入ったボトムの長い足だった。
 重そうな黒いブーツがドアを蹴破ったのだろう。
「なんだ!?」
「きゃー!」
 大男の戸惑いの声は、車両中で起こった悲鳴にかき消された。
 目の前の小さな少女は一際大きな悲鳴を上げた。
「大丈夫だよ。目をつぶって10秒数えててご覧」
 私は仕込みナイフで自分の紐を切り、近くにいた子供に声をかけると荷台に手を掛け登った。
「…っひっく。1ぃ」
 泣きながら懸命に秒数を数える声が微かに聞こえた。
 振り返ると入ってきた青い服の男性は、通路に敷き詰められた人質に戸惑っている。
 私はそのまま荷台を伝って人質を避けながら大男の方へ向かう。
「2ぃ」
 引き金を引かれるより早く大男の後ろに着地する。
 振り返った大男は驚き目を見開いた。
「お前、縄はどうした!」
「切った」
 短く返答すると大男は今度こそ撃ってきた。
 ドンドンドン、と至近距離から飛び出してきた弾はしかし、全て避けた。
 実際、銃口さえ避けれたら躱すことなど難しくはないのだ。
 私に当たらなかった銃弾は天井に当たった。
「3,4ぃ」
 拙い声のカウントが心なしか早くなった。
「なんで当たらねえ!?」
「弾が私を避けてんじゃないのー」
 驚いたが大男はすぐに銃を捨て腰からナイフを取り出した。
 意外と機転が利く人間なのかもしれない。
「5ぉ、6、7ぃ」
 切り付けられたナイフを、車両の天井ぎりぎりまでふわりと跳び避ける。
 更に二撃が繰り出されるがそれも身をひねり避けつつ、相手を煽ることにする。
「武器に頼るなんて男らしくないんじゃない?」
「くそ!くそ!」
 怒りと焦りが出た大男は大きく殴りかかってきた。
 これこそ好機。
「はい、いただきまぁっす!」
「8、9」
 私は振りかぶってこられた丸太のような腕をつかみ、そのまま大男を誰もいないボックス席へ叩きつけた。
 いわゆる背負い投げである。
 もちろんある程度の重さは足に来たがなんのその。
「ぐはぁ!」
 背中を強かに打ち付けた大男はもはや虫の息。
「自分の体格を呪うんだね」
「10!」
「上手に数えられたね。目を開けてもいいよ」
 私は大男を抑えながら少女に声をかけた。
「うわぁーん!」
 優しく微笑んだつもりだったが、私と目が合ったとたん少女は再び泣き出してしまった。
(そう、きっとこの惨状が怖かったんだ。きっとそう、うん)
 私は無理やり自分を納得させることにした。
「こんな…、こんな女なんかにやられるなんて…」
「背中かなり打ってるからね、無理に動かそうとしちゃだめだよー」
 私の下でもぞもぞと脱走を試みる大男に釘を刺す。
「くそ…。こんな筈では…。エミリアすまない…」
 殊勝な顔をして呟いた大男を見やる。
 まぁ列車強盗に加担するほどの事情はあったようだ。
「助太刀できずすみませんでした」
 大男の事情に思いを馳せていると、金髪碧眼の男性が話しかけてきた。
「私は王国で騎士団長をしているアドニス・ニュートルです」
 さっき車両のドアを蹴破って入ってきた人だ。
 よく見ると随分整った顔立ちをしている。
 さらに長身で、アドニスさんに気付いた乗客の反応を見るとなかなか有名人のようだ。
「アドニス様だ!」
「あの英雄!」
「初めてこんな近くで見るわ!」
「凛々しくて逞しいのになんて優し気なお顔!」
「貴族や王子と言っても過言ではない気品が溢れているわ!」
(どうやら乗客の中にアドニスさんのファンが居るな)
 とにかく人気の御仁のようだ。
「いえいえ」
 他に返す言葉も思い浮かばず、返事をしながらアドニスさんに男を引き渡す。
 アドニスさんはその大男を、後部車両から出てきていた部下っぽい人に託していた。
(騎士団が乗っているってことは私はここまででいいのかしら)
 大男の口ぶりから察するに、リーダーはおそらく前の車両にいるのだろう。
 しかし私がわざわざ助けに行く義理もなければ、却って騎士団の邪魔になることもある。
 私はそっと端へよった。
「…?」
 だがアドニスさんも私についてきた。
「何か御用ですか?」
 言いにくそうなアドニスさんに私から声をかける。
「このように可憐なあなたに頼むのは実に申し訳ないのですが」
「…ええ」
(え、可憐って言った?ゴリラじゃなくて可憐て?私を?)
「列車強盗のリーダーの確保を手伝っていただきたいのです!」
 アドニスさんが頭を下げた。
 きらきらした金髪が重力に伴って下に落ちる。
 背が高いため、下げられたアドニスさんの表情は本当に申し訳なさそうで、『困っている人は助けなさい』という教訓が体に染みついている私は、また「えー」と思いながらも口ではいいですよ、と言っていた。
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