The World ~魔王が生まれた世界~

Lilly

文字の大きさ
3 / 6
序章

しおりを挟む
 喧噪けんそうとした街の中で、男の怒声が聞こえる。叫ぶというよりは唸る様な声色が広場に響き、街ゆく人々は何事だろうかとその男の周りに寄っていく。騒ぎになっている所から少し離れた所にある、噴水を囲む石垣に座り込んでいた男が、ため息を吐きながら立ち上がった。広場の方へ歩く途中、騒ぎに気を取られながらも市場の方へ歩いていく主婦たちをかき分け、すれ違う子供たちに微笑みかけながら男は、騒ぎの元凶へと近づく。太陽が照り付ける夏場の昼に、どうしてまあ、飲んだくれがこんな場所で騒いでいるのかは皆目見当がつかないが、酔っ払いが戯言をまき散らしながら他の酔っ払いに絡んでいた。
「だーからお前のダチがイカサマなんざしようからに、俺が叩きのめしてやろうって思ったんだって言ってんだろうが」
「んだと、さっぎがら聞いてれば、おらのダチがイカサマだあ? んなことあるめぇ田舎モンだがらっでバカにしてんのが!?」
「だったらおめぇのダチのポケット見せてみろちゅーに」
 イカサマだのなんだの、まったくもって平和なことだと男は呆れる。正直関わりたくはないと思う……が、それをどうこうするのが男の仕事でもあった。
「ねぇちょっとちょっと、お二人さん? 申し訳ないんだけどさぁ……こんな広場のしかも目立つ真昼間に喧嘩はやめてもらえないかな、子供たちや奥様方に迷惑でしょ」
「あん? 部外者は引っ込んで……っち、ロイドさんかよ」
 片方の男が勢いよく振り返るが、ロイドと呼ばれた男の姿を認知するや否や、さっきまでの勢いが弱くなる。終いには困った様子で酔っ払いは頭を掻いた。
「アンタが出てくると面倒くさくてかなわねぇ」
「それはお互い様ってやつだと思うけど」
「聖騎士軍の補佐官様が来たんじゃこりゃやってらんねぇや、やめだやめ……お前のダチは命広いしたな! 聖騎士様に感謝するこった」
 などと酔っ払いが言う。絡まれていた方の男は何が何だかと少々気まずそうではあったが、空気を読んでいるのかこれ以上何かを言うつもりはないらしい。ロイドは両手をパンパン、と叩いて「さあさあ、みんな普段の生活に戻って戻って」と大声で言った。
 酔っ払いは肩をすくめて広場の奥へと去っていき、それをみた絡まれていた男も、逆方向へと去っていった。野次馬をしていた街の人々も、さっきまでの騒動はまるで無かったんだという風に各々の生活へと戻る。
 ようやく騒ぎが落ち着いたことで、ロイドはこれ以上厄介ごとは勘弁だと元居た噴水の石垣へとむかった。
 炎天下の中、ロイドは滴る汗を拭って肌を焦がす太陽を苦々しく見上げる。太陽の表情はいつだって人間には厳しく、微笑むことはない。肌をじりじりと焦がして、焼いていく太陽がロイドはあまり好きではなかった。だがロイドの考えとは逆に、街にもそして今はもう辞めてしまった聖騎士軍内部の一部にも太陽信仰者は存在する。その肌を太陽に焼かせることを良しとしている連中だ。ロイドにとって肌をわざわざ焼いて痛い思いをしたり、肌の色を変えることこそがステータスだと思い込むのは信じられないもので、そもそも聖騎士軍の補佐官という堅くて、同時に手取りも中々に悪くない職業から、用心棒の様な仕事へと転職したのは、早いはなし軍人としての訓練がとにかく嫌になったからだ。
 元よりロイドはあまり外を出歩いたり運動をするのは好きではなかった。ただ好き嫌いと才能は別といったところなのか、ロイドにとって軍人であった頃の訓練は、簡単すぎるほどだった。剣を持たせれば誰よりも素早く、弓を持たせれば誰よりも正確に……体術の心得は勿論、動体視力だって自慢ではないが悪くはない。補佐官をやめてからも、酔っ払いの男が言ったようにロイドを聖騎士補佐官と呼ぶ街の人は多数いる。だがロイドからすればそれは過去の栄光、過去の肩書でしかなかった。
 もしも吟遊詩人の紡ぐ物語の中の人物なら、自分は間違いなく主人公である素質を持っていると思う。だがそれもこれも全部面倒くさいし、外で何かをするよりは室内で酒でもゆっくり飲みながら、酒場の女将としゃべっている方が有意義というものだ。
「ロイドじゃない、どうしたのこんな所で立ち尽くして」
 噂をすればなんとやら、ロイドのすぐ近くに酒場の女将が立っていた。
「やあマルチェッラ、今丁度だけど君の事を考えていたところだよ」
「ふうん、どうしてこんな所に? 貴方、太陽は嫌いだったと思ったけど」
「家にいるよりは涼しいからね、この時期は……それに噴水の近くならほら、涼しいし」
「なるほどね」
 買い物用の網籠をもって、彼女は柔らかく微笑んだ。好きではない太陽だが、一つだけロイドにとっていいことがあるといえば、彼女の長い金糸の髪が太陽の光によってキラキラと輝いて見えることだろうか? マルチェッラは、服装こそ質素ではあるが明確に美人であった。誰が見てもうらやむような美人……金色の長い髪を一つに束ね、キリッとした目には深みのある海色の青。思わずため息が出てしまう美貌――。
「仕入れの買い物?」
「お酒が少し切れてきたから、買い足すつもり」
「じゃぁ重たいものを持ってあげる」
「大丈夫よ、ロイドそれよりもお仕事は大丈夫なの?」
「問題ないさ、そもそも気楽やれるからこの仕事にしたんだし」
「まあ何もなければ見回ってればお金が入るわけだしね」
「はは、マルチェッラは相変わらず手厳しいね」
 穏やかに会話をしながら、ロイドはマルチェッラと歩幅を合わせて歩く。こんな素敵な女性が自分の婚約者だなんて自分はなんてツイているんだろうか! なんて考えながら。
「お店は繁盛してるね」
「おかげ様でね、今夜も飲みに来るつもり?」
「まあ、僕の婚約者が頑張ってる姿を見るのが好きだから」
「婚約者だからといって、無料にはしないわよ」
「わかってるさ!」
 くすくすとお互いを見つめあって笑いあう。こんな幸せな日々が続けばいいな、とロイドはぼんやりと思い描く。
 酒場を一緒に切り盛りをするのも楽しいかもしれない、子供ができたらその子供たちと一緒にお店を改築して、宿屋としても……子供は二人くらい、できれば女の子と男の子が良いな、そんな夢をみる。ロイドにとっての幸せとは、日々平凡であれ、それだけだった。
 エターリャ国旧王都エターリャはロイドの生まれ育ったエターリャ地方南部メーデル村とは違い、常に活気的だ。メーデルはその他の村々よりは裕福ではあったが、それでも首都たるエターリャと比べると暮らしは質素でのどかだ。だが、旧王都もずっと活気的だった訳では無い……あれは、ロイドが五歳になったばかりの頃の話だ。かつてエターリャは、唯一国家として大都市王都エターリャ国と呼ばれ近隣の村そのすべての人々が、一度は夢に見る都であった……それが崩された年のこと。ロイドはあまり覚えてはいないが、大人たちがざわざわとしていた事は覚えている。突然の崩御、そして現れた“魔王”という存在――。
「エターリャ王族の悲劇」
 そう呼ばれている歴史の中の闇。悲劇すぎるその日のことは、今でも国民の胸にはその痛ましい出来事として強く刻まれている。平和は崩され、王族達の大半は戦火に飲まれて死んでいった。王族を守る聖騎士軍は見たこともない不思議な力で一掃され、人ならざる存在の“魔王”によって国は魔王の配下となった。それは紛れもない侵略……エターリャ国王による統治は終わりをつげ、魔王による独裁政治の幕が上がった。唯一救いといっていいのが、その戦火の渦に巻き込まれたのは王族や聖騎士軍の人間ばかりで、一般国民の殆どがほぼ無傷でいたということだろうか。国は国としての効力を失い、王という指針を失った人々の生活は混乱と混沌に巻き込まれた。だが魔王が国を落としてから十年、魔王は何をするでもなく沈黙を守っている。
 絶望と恐怖、混乱……だが人間というものは弱いながらも強い生き物なのだろう。魔王が黙している間、人々は王都の再建を願った、そうして出来上がったのが旧王都エターリャだ。魔王の動きはよくわからない、だが魔王が今でもなお恐れられているのもまた事実だ。魔王は確かに沈黙を守っているが、人間よりもより強大な、それも得体の知れない技すら使うのだ。人々はそれを魔法と呼んでいるが、魔法がどういうものなのかを知る人間はだれ一人として存在しない。旧王都の聖騎士軍は何もこの十年、何もしなかったわけではない、時には聖騎士軍が動きそして民間の、主に王族の生き残りである勇者によって、魔王討伐へと暗黒の森の先にある魔王城へ向かったこともあった。しかし旅へ出た勇者たちも、その仲間たちも聖騎士軍も森の奥へとたどり着く前に魔王の配下である魔族達によって、あるいは理由も解らず忽然と消えたりとまともにたどり着いたという話を聞かない。次第に再建に力を入れていた者達も、沈黙を守っている以上は、と魔王討伐などは考えなくなった。討伐しなくとも街が不幸に見舞われることはなかったし、何より皆自分の家族の安息の方が大事だった。
 今でも稀に、国を手に入れようと野心抱いた青年や家族の敵を取るべく! といった様子で勇者が集まることは有るが、十年前と比べると遥かに減り旅立とうとする勇者は変わり者だと笑われる。そしてロイドもまた勇者なんてものになろうと思う人間は変わり者だと思っていた。そう、だが人の価値観は身に降り掛かって初めて動くものなのだ。それは誰にでもありゆる事……出会い、別れ、雫が滴り広がり波紋となる、それと同じようなこと。
 ロイドの平凡であった日々は懐かしの故郷、メーデル村から届いた一通の手紙によって終わりを告げた。人生とは、大半そういうものであり、知らず知らず人々は繋がるのた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

二度目の勇者は救わない

銀猫
ファンタジー
 異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。  しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。  それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。  復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?  昔なろうで投稿していたものになります。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...