6 / 6
序章
四
しおりを挟む
ハロルドの昔話から数刻がたった頃、辺りは暗闇に包まれていた。ロバの足並みはあいも変わらず元気で、速度が落ちることなく順調に道を進んでいた。ロイドはというと、長時間座っていたせいで尻がヒリヒリするという事態は持ってきていたピローにより免れていたが、似たような体勢でずっと座っているばかりなので、体中のあちこちがかたまって痛むようになってきた。こうも長時間何をすることもなく、時折ハロルドと会話をしたり、用を足したりする以外にはやることがないとなると、普段から運動が好きではないロイドも思い切り動きたくなる。部屋で埃をかぶっていた剣を使って剣術の練習をしてもいいし、なんならハロルドを抱えてトレーニングをしたっていい。そんなくだらない考えが浮かぶ程には、ロイドは暇を持て余していた。噂に聞くほどモンスターらしいモンスターも現れず、唯一それらしい影を見かけたと思えばただの野犬だった。ほかの犬よりは一回り大きいくらいの犬、それも大人しい。
「そろそろ休もう、マルガレーテも疲れたじゃろう」
そう言って、ハロルドが馬車を止める。ロバから荷台をはずし、手綱を木にくくりつけ草原に腰を下ろしたハロルドは、パイプを取り出してマッチで火を灯す。たばこやパイプは年寄りの楽しみじゃわい、とハロルドは煙を吐き出しながら言った。ロイドにはパイプの良さがわかりはしないが、それはきっと経験した事のある人にしかわからない良さなのだろう。酒もパイプもその辺は同じで、見かけたらすぐに嫌悪する人間もいるが、それは経験をしたことがない、あるいは経験したけれど自分には合わなかったという感情が呼び起こすものだ。いずれにせよ、ロイドにはその良さがわかりはしないが……それでもまあ憧れる気持ちがなくもない。
手頃な薪をかき集め、ハロルドから渡された少量の藁を混ぜつつ火をおこす。テントなんて上等なものはないし、そもそも荷物になるから持ってきてもいないので寝るときは寝袋だ。モンスターが突然襲ってくるかもしれない事を考えると野宿はできる限り避けたいが、ハーシェルまでの道中に村という村はない。お互いが交代しつつ眠りにつくのが一番の最善策だろう。そうこうして、眠りにつき交代で見張りをしているうちに朝が来る。出発したばかりの今にでも崩れそうな天候とは一転して、二日目の朝は乱暴で暴力的な太陽が天空から人間をせせら笑う様に見下ろしていた。
ハロルドとロイドのハーシェルへの旅は実に順調であった。暇だということを除けばモンスターに襲われることもなく、アクシデントや悪天候に見舞われることもなく実に順調に進んでいる。二人旅を続けるうちに、ハロルドとロイドはそれなりに会話をするようになったし初日や二日目までよりは暇すぎる時間も少しは減った。マルガレーテはハロルドがこまめに様子を見ていることもあってか、疲れを感じていない風な足取りで前へ前へと進む。ロイドとハロルド、そしてロバのマルガレーテの旅は、流れる時間のままに一日、また一日と進んでいった。その旅の間、太陽は遠慮容赦なく照り付けていたが、ずっと外に出ているとそれさえも慣れてくる。暑さや、皮膚の焦げ付く感覚は不愉快には変わりないがそればかりは仕方がないというもの。
「時に、ロイドさんや」
「なんですか」
「ハーシェルの偉い学者さんがの、言っておったんじゃが……エターリャが戦火に包まれてからしばらくして見つかったとか言われとるいにしえの預言書の解読が進んだらしい」
「ああ一時期話題になった古代書ですよね」
古代書――。
羊皮紙でもパピルスでもなく木材を含むどのパルプでもない紙で出来た数ページの本。見たこともない言語に、複雑な図式、美しい色のインク。紙なのにもかかわらず雨に濡れてしわくちゃになることもなく、少しばかり硬いそれがエターリャ城跡地で見つかったと騒ぎになったのもそう昔の話ではない。学者の話によれば、相当腕利きの画家と高い知能を持った人間によってつくられたものだろうと言う。古代書は解読をする為に、あまたの村々を渡り、ようやく古代文字に知識のある学者の元へとたどり着いた、というのがロイドの知っている話だ。
「学者曰く、あれは預言書らしい」
「預言書ですか」
「エターリャ王都はもしかすると、もしかしないでも魔王が襲来することは予測していたのかもしれんのう」
「というのは?」
「なんでも預言書の中には、魔王が君臨すること、そして勇者が誕生し魔王を討伐すると書いてあったらしい」
「魔王の討伐……」
「それが何年後なのか、何百年後なのかはわからん、何せいまだに解読途中じゃ、その勇者の名前じゃがロイドさん、あんたと同じらしいぞい」
「え、僕?」
「ロイド、魔王に打ち勝てる唯一のもの、勇者……」
ハロルドがにやにやと笑う。ロイドは肩をすくめて笑った。
「あり得ないですね、だって僕はそんな面倒なことしたくないですし」
「じゃろうな」
そんな話をしながらもロイドの乗った馬車はガタゴトと音を立てて進んでいく。覆い茂る草花がハーシェルへと近づく程少しづつ黄色い砂へと変わっていく。空気は乾燥しはじめ、暑さをより増長とさせた。
油断大敵とは古人の人は良く言ったもので、ロイドもハロルドも、マルガレーテも気を抜いていたその時――。
「マルガレーテ!!!」
叫び声がこだまする。グッと引いた手綱、そして驚いてずりずりと後ろへ下がろうとするマルガレーテ。後ろにいるロイドには今何が起こっているのかがまったくわからなかったが、ただ事ではなさそうだ。瞬時に剣を手に取った。荷台から飛び降り、ハロルドの方へ走ればそこには見たこともないモンスターがマルガレーテとハロルドを今にも襲い掛かろうとみている。
鋭い牙に研ぎ澄まされたツメ、頭に生えたツノ……虎に似ているが、虎ではない四足歩行のモンスターが丈夫そうな後ろ足で土を蹴っている。今にもとびかかりそうな様子のモンスターを目の前にしてロイドは、冷や汗をかいた。
ハロルドとマルガレーテの間にロイドが割り込むとモンスターはジッっとロイドを見据える。沈黙、そして風のざわめき。一歩でも先に動いた方が殺られるとでもいうように双方どちらも目線以外は動かさない。ドグン、ドクンとロイドの心臓が鳴る。
どうするんだ、考えろ……ロイド、お前は聖騎士軍で何を学んできたんだ? 心の中でロイドは自分を律する。モンスターといえども魔王とは違い魔法を使うわけではない。自分が見て知っている動物よりはサイズも凶暴性も違うが、動物と大きく変わる訳ではないはずだ。ゴクリ、と喉を鳴らす。モンスターは威嚇なのか唸り声をあげる……。剣で太刀打ちできるような相手だろうか……? だがこのまま動けば不利になるに違いない。
ふいに、モンスターが目線を外さないままじりじりと左の方へ動く。ロイドはもまたモンスターと直線上に並びながら右へと進んだ。お互いの間合いを確かめながら、ロイドは敵の隙を探す。だがモンスターだって頭が悪いわけではない、動きながらも隙の一つも見せず、ジッと見据えて襲い掛かる準備をしている。
ガコン、と突然大きな音がする。マルガレーテがモンスターから逃げようとその蹄で荷台を蹴った音だった。その刹那、ロイドがモンスターへと飛び掛かる。音につられてそちらを向いていたモンスターは急に飛び掛かってきたロイドに驚き、身をふるうがロイドの方が早かった。ロイドの剣がモンスターの視界を引き裂き、振り払う腕を避けてその腕へと突き立てる。
「グオオオォッ」と咆哮をあげたモンスターにロイドはすかさず剣を抜いて、脳天めがけて垂直に剣を突き刺した。ドシン、という音とともにモンスターが倒れる。どんな動物も、基本の構造は一緒だ、頭へ損傷を与えれば生きている事はできない。ぐったりとしたモンスターが本当に死んだかを確認するためにロイドはその頭を蹴り飛ばす。ぐったりとしてピクリとも動かないモンスターはもはや大きな死骸でしかなかった。ホッとしたのかロイドは、へたりと地面へ座り込む。軍人時代に訓練していたとは言え、こんな大きなモンスターを相手にしたのはこれが初めてだったのだ。やはり実践は訳が違う。
「大丈夫かい、ロイドさん」
マルガレーテを落ち着かせてハロルドが馬車から下りてくる。
「いや、なんとか大丈夫……」
「お前さん、見事な腕じゃな」
冷や汗をかいていたロイドに比べ、ハロルドは随分と落ち着いた様子で言った。
「わしも長年この道を通ってきておるし、何度かモンスターを討伐したこともあったが……こんな生き物は初めてみた」
「最近、活発になってきたって噂は本当だったんですね」
「そうみたいじゃ、立てるか?」
ハロルドの差し出した手をつかみロイドは立ち上がる。衣類についた土埃を払いながらロイドは安堵した。
「何もなかったみたいでよかった」
「……じゃがこのままこの場にいても危険じゃ、先を急ぐとしよう」
「そうですね……あ、まってください」
剣をモンスターから引き抜いて、ロイドはその体をじっくり見る。周りは何の気配もなく静かで、目の前にある獣が突然復活する様子もない。ロイドは剣でモンスターの柔らかい腹を引き裂いた。
「何をしてるんじゃ?」
「貴重な食料だと思って」
切り裂いた腹から血が地面へと流れだす。手馴れた様子でロイドはその腹を裂いて、厚い皮をはぎとって付いた埃を水で洗い流す。こんな時、ソルトを持ち歩いていてよかったと思いながらロイドは、手にした肉をソルトで揉んで大きな雑草の葉で包んだ。
「行きましょう」
「……軍人時代を思い出すようじゃ」
「限られた資源でしか生きてけないですからね」
それもまた一つの処世術というものだ。荷台にロイドが乗り込むのを確認して、ハロルドは手綱を引いた。ハーシェルまでの道のりはもうそう遠くはない。
モンスター出現地からしばらく進んだ先で、日が暮れてハロルドとロイドは今日の寝床を探す。乾燥地帯に完全に入りきったのか、砂と土ばかりで植物はあまりない。薪を集めるのにも一苦労だったが、なんとか火を起こすことができた。燃え盛る炎で倒したモンスターの肉を炙る。ロイドにとってもハロルドにとっても、おそらくマルガレーテにとっても久しぶりのごちそうだった。軍人時代は、こんな大物にお目にかかれたことはないがモンスターをこうやって食べることは珍しい事でもなかった。人によっては自分が倒した、それも得体のしれない生き物を食するなんて信じられないという人もいたが、肉は肉だしそれが弱肉強食というものだ。残酷だと言う人もいるだろう、だが逆にそれが失われた命への出来うる限りの供養なのではないのだろうか。共存ができない以上、そうする他に手段はないのだから。
火に炙られた肉汁が地面へとポタポタとこぼれる。虎モンスターの肉は少々筋肉質で硬くはあったが食べ応えはあり、味はどちらかというと鹿などに似ていた。ソルトで漬け込んで炙った肉だが、これならば鍋にいれてもおいしいかもしれない。
「なかなかのごちそうじゃの、ここらでエールでもクイッとしたいところじゃが、残念でならんの」
「エールもいいですけど葡萄酒とかもオススメですよ」
「葡萄酒は南東の方にあるランチュス産のものが一番じゃわい」
「確かにランチュスのものはおいしいですね、でもあそこはチーズもいいですよ」
「チーズ! わしはチーズに目がなくての……」
「あ、チーズありますよ」
「そりゃぁいい」
談笑をしながら、肉を食う。なんと贅沢なことか、その肉にチーズをのせて食べればより贅沢だ。ロイドとハロルドは久々のご馳走を心行くまで堪能した。さすがに酒はないが、いいものを食えば元気もでる。モンスターが現れた時の緊張感がいいスパイスにもなってよりおいしく感じる。ここ数日で一番楽しいとロイドは感じていた。
「明日にはハーシェルにつくが、いつ頃エターリャに帰る予定じゃ?」
「一応すぐにでも」
「良かったら帰りになっても馬車が捕まらんかったらわしが送っていってやろう」
「探す手間がはぶけて助かります」
「なあに、お前さんとわしの関係じゃからの」
ホッホッホと老人らしい笑い声をあげて、ハロルドはロイドの背中を叩いた。
「そろそろ休もう、マルガレーテも疲れたじゃろう」
そう言って、ハロルドが馬車を止める。ロバから荷台をはずし、手綱を木にくくりつけ草原に腰を下ろしたハロルドは、パイプを取り出してマッチで火を灯す。たばこやパイプは年寄りの楽しみじゃわい、とハロルドは煙を吐き出しながら言った。ロイドにはパイプの良さがわかりはしないが、それはきっと経験した事のある人にしかわからない良さなのだろう。酒もパイプもその辺は同じで、見かけたらすぐに嫌悪する人間もいるが、それは経験をしたことがない、あるいは経験したけれど自分には合わなかったという感情が呼び起こすものだ。いずれにせよ、ロイドにはその良さがわかりはしないが……それでもまあ憧れる気持ちがなくもない。
手頃な薪をかき集め、ハロルドから渡された少量の藁を混ぜつつ火をおこす。テントなんて上等なものはないし、そもそも荷物になるから持ってきてもいないので寝るときは寝袋だ。モンスターが突然襲ってくるかもしれない事を考えると野宿はできる限り避けたいが、ハーシェルまでの道中に村という村はない。お互いが交代しつつ眠りにつくのが一番の最善策だろう。そうこうして、眠りにつき交代で見張りをしているうちに朝が来る。出発したばかりの今にでも崩れそうな天候とは一転して、二日目の朝は乱暴で暴力的な太陽が天空から人間をせせら笑う様に見下ろしていた。
ハロルドとロイドのハーシェルへの旅は実に順調であった。暇だということを除けばモンスターに襲われることもなく、アクシデントや悪天候に見舞われることもなく実に順調に進んでいる。二人旅を続けるうちに、ハロルドとロイドはそれなりに会話をするようになったし初日や二日目までよりは暇すぎる時間も少しは減った。マルガレーテはハロルドがこまめに様子を見ていることもあってか、疲れを感じていない風な足取りで前へ前へと進む。ロイドとハロルド、そしてロバのマルガレーテの旅は、流れる時間のままに一日、また一日と進んでいった。その旅の間、太陽は遠慮容赦なく照り付けていたが、ずっと外に出ているとそれさえも慣れてくる。暑さや、皮膚の焦げ付く感覚は不愉快には変わりないがそればかりは仕方がないというもの。
「時に、ロイドさんや」
「なんですか」
「ハーシェルの偉い学者さんがの、言っておったんじゃが……エターリャが戦火に包まれてからしばらくして見つかったとか言われとるいにしえの預言書の解読が進んだらしい」
「ああ一時期話題になった古代書ですよね」
古代書――。
羊皮紙でもパピルスでもなく木材を含むどのパルプでもない紙で出来た数ページの本。見たこともない言語に、複雑な図式、美しい色のインク。紙なのにもかかわらず雨に濡れてしわくちゃになることもなく、少しばかり硬いそれがエターリャ城跡地で見つかったと騒ぎになったのもそう昔の話ではない。学者の話によれば、相当腕利きの画家と高い知能を持った人間によってつくられたものだろうと言う。古代書は解読をする為に、あまたの村々を渡り、ようやく古代文字に知識のある学者の元へとたどり着いた、というのがロイドの知っている話だ。
「学者曰く、あれは預言書らしい」
「預言書ですか」
「エターリャ王都はもしかすると、もしかしないでも魔王が襲来することは予測していたのかもしれんのう」
「というのは?」
「なんでも預言書の中には、魔王が君臨すること、そして勇者が誕生し魔王を討伐すると書いてあったらしい」
「魔王の討伐……」
「それが何年後なのか、何百年後なのかはわからん、何せいまだに解読途中じゃ、その勇者の名前じゃがロイドさん、あんたと同じらしいぞい」
「え、僕?」
「ロイド、魔王に打ち勝てる唯一のもの、勇者……」
ハロルドがにやにやと笑う。ロイドは肩をすくめて笑った。
「あり得ないですね、だって僕はそんな面倒なことしたくないですし」
「じゃろうな」
そんな話をしながらもロイドの乗った馬車はガタゴトと音を立てて進んでいく。覆い茂る草花がハーシェルへと近づく程少しづつ黄色い砂へと変わっていく。空気は乾燥しはじめ、暑さをより増長とさせた。
油断大敵とは古人の人は良く言ったもので、ロイドもハロルドも、マルガレーテも気を抜いていたその時――。
「マルガレーテ!!!」
叫び声がこだまする。グッと引いた手綱、そして驚いてずりずりと後ろへ下がろうとするマルガレーテ。後ろにいるロイドには今何が起こっているのかがまったくわからなかったが、ただ事ではなさそうだ。瞬時に剣を手に取った。荷台から飛び降り、ハロルドの方へ走ればそこには見たこともないモンスターがマルガレーテとハロルドを今にも襲い掛かろうとみている。
鋭い牙に研ぎ澄まされたツメ、頭に生えたツノ……虎に似ているが、虎ではない四足歩行のモンスターが丈夫そうな後ろ足で土を蹴っている。今にもとびかかりそうな様子のモンスターを目の前にしてロイドは、冷や汗をかいた。
ハロルドとマルガレーテの間にロイドが割り込むとモンスターはジッっとロイドを見据える。沈黙、そして風のざわめき。一歩でも先に動いた方が殺られるとでもいうように双方どちらも目線以外は動かさない。ドグン、ドクンとロイドの心臓が鳴る。
どうするんだ、考えろ……ロイド、お前は聖騎士軍で何を学んできたんだ? 心の中でロイドは自分を律する。モンスターといえども魔王とは違い魔法を使うわけではない。自分が見て知っている動物よりはサイズも凶暴性も違うが、動物と大きく変わる訳ではないはずだ。ゴクリ、と喉を鳴らす。モンスターは威嚇なのか唸り声をあげる……。剣で太刀打ちできるような相手だろうか……? だがこのまま動けば不利になるに違いない。
ふいに、モンスターが目線を外さないままじりじりと左の方へ動く。ロイドはもまたモンスターと直線上に並びながら右へと進んだ。お互いの間合いを確かめながら、ロイドは敵の隙を探す。だがモンスターだって頭が悪いわけではない、動きながらも隙の一つも見せず、ジッと見据えて襲い掛かる準備をしている。
ガコン、と突然大きな音がする。マルガレーテがモンスターから逃げようとその蹄で荷台を蹴った音だった。その刹那、ロイドがモンスターへと飛び掛かる。音につられてそちらを向いていたモンスターは急に飛び掛かってきたロイドに驚き、身をふるうがロイドの方が早かった。ロイドの剣がモンスターの視界を引き裂き、振り払う腕を避けてその腕へと突き立てる。
「グオオオォッ」と咆哮をあげたモンスターにロイドはすかさず剣を抜いて、脳天めがけて垂直に剣を突き刺した。ドシン、という音とともにモンスターが倒れる。どんな動物も、基本の構造は一緒だ、頭へ損傷を与えれば生きている事はできない。ぐったりとしたモンスターが本当に死んだかを確認するためにロイドはその頭を蹴り飛ばす。ぐったりとしてピクリとも動かないモンスターはもはや大きな死骸でしかなかった。ホッとしたのかロイドは、へたりと地面へ座り込む。軍人時代に訓練していたとは言え、こんな大きなモンスターを相手にしたのはこれが初めてだったのだ。やはり実践は訳が違う。
「大丈夫かい、ロイドさん」
マルガレーテを落ち着かせてハロルドが馬車から下りてくる。
「いや、なんとか大丈夫……」
「お前さん、見事な腕じゃな」
冷や汗をかいていたロイドに比べ、ハロルドは随分と落ち着いた様子で言った。
「わしも長年この道を通ってきておるし、何度かモンスターを討伐したこともあったが……こんな生き物は初めてみた」
「最近、活発になってきたって噂は本当だったんですね」
「そうみたいじゃ、立てるか?」
ハロルドの差し出した手をつかみロイドは立ち上がる。衣類についた土埃を払いながらロイドは安堵した。
「何もなかったみたいでよかった」
「……じゃがこのままこの場にいても危険じゃ、先を急ぐとしよう」
「そうですね……あ、まってください」
剣をモンスターから引き抜いて、ロイドはその体をじっくり見る。周りは何の気配もなく静かで、目の前にある獣が突然復活する様子もない。ロイドは剣でモンスターの柔らかい腹を引き裂いた。
「何をしてるんじゃ?」
「貴重な食料だと思って」
切り裂いた腹から血が地面へと流れだす。手馴れた様子でロイドはその腹を裂いて、厚い皮をはぎとって付いた埃を水で洗い流す。こんな時、ソルトを持ち歩いていてよかったと思いながらロイドは、手にした肉をソルトで揉んで大きな雑草の葉で包んだ。
「行きましょう」
「……軍人時代を思い出すようじゃ」
「限られた資源でしか生きてけないですからね」
それもまた一つの処世術というものだ。荷台にロイドが乗り込むのを確認して、ハロルドは手綱を引いた。ハーシェルまでの道のりはもうそう遠くはない。
モンスター出現地からしばらく進んだ先で、日が暮れてハロルドとロイドは今日の寝床を探す。乾燥地帯に完全に入りきったのか、砂と土ばかりで植物はあまりない。薪を集めるのにも一苦労だったが、なんとか火を起こすことができた。燃え盛る炎で倒したモンスターの肉を炙る。ロイドにとってもハロルドにとっても、おそらくマルガレーテにとっても久しぶりのごちそうだった。軍人時代は、こんな大物にお目にかかれたことはないがモンスターをこうやって食べることは珍しい事でもなかった。人によっては自分が倒した、それも得体のしれない生き物を食するなんて信じられないという人もいたが、肉は肉だしそれが弱肉強食というものだ。残酷だと言う人もいるだろう、だが逆にそれが失われた命への出来うる限りの供養なのではないのだろうか。共存ができない以上、そうする他に手段はないのだから。
火に炙られた肉汁が地面へとポタポタとこぼれる。虎モンスターの肉は少々筋肉質で硬くはあったが食べ応えはあり、味はどちらかというと鹿などに似ていた。ソルトで漬け込んで炙った肉だが、これならば鍋にいれてもおいしいかもしれない。
「なかなかのごちそうじゃの、ここらでエールでもクイッとしたいところじゃが、残念でならんの」
「エールもいいですけど葡萄酒とかもオススメですよ」
「葡萄酒は南東の方にあるランチュス産のものが一番じゃわい」
「確かにランチュスのものはおいしいですね、でもあそこはチーズもいいですよ」
「チーズ! わしはチーズに目がなくての……」
「あ、チーズありますよ」
「そりゃぁいい」
談笑をしながら、肉を食う。なんと贅沢なことか、その肉にチーズをのせて食べればより贅沢だ。ロイドとハロルドは久々のご馳走を心行くまで堪能した。さすがに酒はないが、いいものを食えば元気もでる。モンスターが現れた時の緊張感がいいスパイスにもなってよりおいしく感じる。ここ数日で一番楽しいとロイドは感じていた。
「明日にはハーシェルにつくが、いつ頃エターリャに帰る予定じゃ?」
「一応すぐにでも」
「良かったら帰りになっても馬車が捕まらんかったらわしが送っていってやろう」
「探す手間がはぶけて助かります」
「なあに、お前さんとわしの関係じゃからの」
ホッホッホと老人らしい笑い声をあげて、ハロルドはロイドの背中を叩いた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
二度目の勇者は救わない
銀猫
ファンタジー
異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。
しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。
それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。
復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?
昔なろうで投稿していたものになります。
貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる