The World ~魔王が生まれた世界~

Lilly

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序章

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 ガタゴトとロバの馬車が音を立てて道を走る。暗雲のせいで辺りの風景を楽しむことも出来ずに体が揺れ、そのたびふわり、ふわりと藁の香りが漂う。ロイドとおやっさんは始終無言で、聞こえる音といえば車輪が回るガラガラとした音とロバの蹄鉄ていてつが土を蹴る音くらいだ。馬ほど軽快ではないものの、荷物を持ちなれている訓練されたロバの足並みは安定しており、今にも雨が降りそうな悪天候の中でも怯むことなく走っている。前方にいるおやっさん……もとい、ハロルド・スチュアート卿は、愛想がいい方ではないのかロイドに何かを問いかけてくる事はなかった。暇つぶしに何かをすることもなく、眠ろうにもハロルドにだけ運転を任せて自分だけ眠ろうなどというのは図々しいことこの上ない。ロイドは面倒くさがり屋ではあったが、恥知らずではなかった。
 しかしながらそれにしても暇なのだ。読書をしようにもこの揺れでは気分が悪くなりそうだし、景色を楽しもうにも薄暗い、太陽は好きではないがこの時ばかりは太陽に少しくらいは顔を出して欲しいとさえ思う。旧王都から出たのが昼間だったのならば、今はおそらく夕方頃だろう。今がどんな時なのかはわからないが、少なくともロイドの腹の虫が空腹を訴えてきたからには夜も間近だ。ハロルドは、空腹を感じていないのだろうか? とロイドは思う。食料として持ってきたのはバゲットとチーズ、干し肉を少量、それからイモを乾燥させたチップスとリンゴだ。贅沢を言うならパスタやマオンネーズも持ってきたい所だったがパスタは水とソルトを大量に使う為、万が一水場に寄れない場合荷物になるしマオンネーズは、容器に入れて持ってくるにしては重たい。妥協に妥協を重ねて持ってこれたのがチーズくらいだ。リンゴくらいなら、今食べても差しさわりはないだろう、それに荷物が一つ減るし水分補給にもなる、とロイドは考えてカバンからリンゴを取り出す。
「おやっさん!」
「なんじゃ、急に怒鳴って」
「リンゴ、どうですか! 水分補給にもなりますし」
「見てわからんのか、今わしは馬車で走っておる! どうやって受け取るというんじゃ、急いでるのはロイドさんあんたじゃろう」
「お腹すかないんですか?」
 ロイドが尋ねると、はあ、仕方ないのうとハロルドの声が聞こえてロバの足音がゆっくりになり次第に止まった。
「よしよし、マルガレーテ……お前さんもお腹が空いたかい」
 ロバに話しかけるハロルドの元にロイドは荷台から下りて向かう。ロイドはペット等は飼ったことがないので動物に話しかける気持ちはわからないが、ハロルドにとってマルガレーテはおそらく家族の様なものなのだろう。だとしても言葉もわからない動物に、話しかけるなんていうのはやはり想像もつかないが……。
「それにしても噂に聞いてたよりは安全そうですね」
 ロイドが言うとハロルドは鼻で笑った。
「わしはロイドさんみたいにエターリャ直属の軍人騎士ではなかったが、これでもれっきとした軍人じゃったわい」
「そうなんですか」
「お前さんが赤子の頃には戦場に赴いたというものよ、もっともエターリャの王族はそのことを隠蔽しとったがね」
「隠蔽?」
「お前さんも噂には聞いたことあるじゃろう? 北部ジャパルネのことは」
 エターリャ国ジャパルネ村と聞けば殆どのエターリャ人が知っている村だ。突如に姿を消した村、歴史から忘れ去られた村、国家反逆を犯した村、魔族の隠れ家……様々な噂と憶測だけが存在する、実在したかも怪しい村、それがジャパルネ村だ。
「じゃあ本当に存在したんですか、そこは」
「無論だ、あの頃はエターリャにも王族がおって栄えていた……唯一国家であるエターリャがあんなちっこい村々に用事なんぞ何があるんかわかりゃせんが、わし達のような国お抱えでもなんでもない、自警団の様な自衛軍人は王命とあればどこにだって遣わされる、わしの家族はみな軍人じゃ」
「戦争なんて、ないのかと思ってましたよ魔王が攻めてくるまでは」
「いんや、確かにあったさ……まあその前の時代は父も祖父も一度だって戦争にはいかんかった……戦争に赴いたのはわしくらいじゃろうの、今から二十年くらい前の話……最近のようで昔の様にも感じる」
 ハロルドの話に、ロイドは耳を傾けるしかなかった。ロイドの世代にせよ、ハロルドの言うようにその前の世代にせよ、魔王による侵略が行われる前から千年以上、エターリャは唯一国家を絶対とし、どんな村々、街、そのすべてが王都直属以外の軍事力を有することがなかったと聞いている。当然、戦争なんていうものは起きないし、聖騎士軍というのは戦争の為というよりは、あくまで国を運営する上で、なにか有事の際に名目上存在する組織だと言われている。魔王の侵略によって、聖騎士軍の多くが壊滅状態になったのもある意味その平和慣れしてしまった現状故かもしれない、と言う者さえいる。だが、秘密裡に戦争が起きていたなんて、ロイドには信じられない話だった。少なくとも聖騎士軍に所属していた時、さまざまな歴史的文献を目にする機会があったが、そんな文献は一つとしてなかったのだから。話にも聞いたことがない、そんな話を聞かずにいられるだろうか? それは無理だ。
「あの時のわしは……疑問に思ったものじゃ、その村は貧しくてちっこくて、それでものどかな村で反逆などとてもじゃないが想像がつかんかった、その村が焼けて、笑顔は消え憎しみと苦痛の声が聞こえるのをロイドさん、あんたは想像できるか? いんや、無理じゃ……少なくとも今も昔も戦争に――いや、あれは戦争なんかではない、虐殺としか言えない有様だった、そんなものを想像できるもんか」
 轟々ごうごうと燃え盛る家々、子供も大人も泣き叫びながら逃げていく。罪のなさそうな民間人を刃で突き刺し、てかてかと赤い血が鈍く光る。女子供も関係なく、老人であろうと大人だろうと男だろうと家畜だろうと、その村にある全てを消し尽くすまで、戦わなければならない。人の命とは儚く、同時に尊いなどというのはまやかしなのだと知った。ハロルドは過去の幻影を目に宿しながら大きく息を吐く。
「軍人としてやらねばらなんかったことじゃが、あまりにも罪深い行いだとわしは思っている」
「……」
「恥ずかしい話じゃがな、わしは逃げたんじゃよ、その場から」
 ハロルドは、足をさすりながら静かに言った。
「その時に裏切り者だと揶揄されて、負ったこの足の古傷は今でも痛むし泣き叫ぶ村人の声は夢にまで見る」
 それからのハロルドの人生は常に裏切り者という汚名がついて離れなかったが、それでも必死に生きてきた。贖罪のつもりで、生きてきた。奇麗事かもしれないが、ハロルドにはそれ以外に成す術はなかったのだ。
「それからずっと裏切り者のハロルドと呼ばれていたが、まあそんな昔ばなしを知る人間はもうおらん」
「どうしてですか」
「わしが誰かにこの話をするのは初めてじゃからの、それにそのころの軍人は成し遂げた褒賞として王都から恩恵を受ける貴族として成り上がったが、それもこれもまあ魔王襲来以来、そのほとんどが死んだ」
 ハロルドの話にロイドは重々しい空気を感じる。こういった空気はどんな時でもどんな相手でも、あまりいい気分ではない。ロイドにとって戦争の話も魔王の話もそのどちらも、縁が遠く、何をどうのように言ってやれば良いのかわからないのだ。戦争の痛みにしても魔王によって遺族を奪われた悲しみにしても、ロイドにはわからない。わからないものは同情することも出来なければ慰める事もできないのだから。ただ、大変そうだと感じる他に何があるのだろうというのだろうか。上辺の言葉をかけてやればその相手の助けになるのだろうか? それは偽善というものではないのだろうか、とロイドは思ってしまう。それ故に、ロイドはハロルドの話にも真剣に耳を傾けるという事しかできなかった。
「老いぼれの話は終いじゃ、先を急ごう」
 ハロルドはマルガレーテを撫でて、再び手綱を手に持った。もうじき、夜が来るだろう。荷台の住みに乗り込んだロイドは考える。人はどうして、争うのだろうか? それは何をもってして始まるのだろうかと――。
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