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元魔王城(142〜)
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しおりを挟むしまった、心の準備をする時間を貰えばよかった──と、ミハルは後悔しないでもなかったが、ちらりと横目に見た仲間たちは武器や盾をしっかりと構え、陣形も整っており、存外まともな態勢で悪魔の登場を迎えたようだった。
ただ、ミハルたち三人の冒険者とレオハルト、そしてアルベルム兵士らは吸血鬼に血を奪われたせいで未だ酷い貧血状態にある。回復薬は小まめに飲み続けていたものの、やはり血液が増える訳ではなく、しかも気を失いかけるほど不味い回復薬である。彼ら貧血組は、もはや回復薬の瓶を見るだけで手の震えが止まらなくなる、いわゆる恐怖症に罹りつつある。
そんな彼らだが、アルベルム辺境伯グランツの手前、弱音を吐けない。代わりに勇者とプルェ・プティカへの期待が無限に肥大化している。
ときに魔王にも成り得る〈悪魔〉。とはいえ流石に打倒魔王の使命を帯びた勇者と、S級冒険者パーティー、そして悪魔の人形を腕に仕込んだグランツが力を合わせれば討伐は可能だろうと信じ切っている彼ら。それに、もしかしたらリンも加勢するかも知れない。リンは、吸血鬼との戦闘を経て格段に強くなった。気まぐれが玉に瑕だが、彼女がその気になれば心強いことこの上ない。今も目眩と吐き気に襲われている貧血組は、そのような甘い見通しに希望を抱きつつ、吐き気と目眩に負けじと足を踏ん張っているのだった。
安物の毛布や衣類、もしくは柔らかめのスライムなどと変わらない扱い方で革袋から出されて床に横たわった長い黒髪の悪魔からは、何故かちょろりとも魔力が感じられず、まるで息をしているようにも見えなかったので、最前列で構えていたエモリーと勇者はつい油断した。
それでもしもリュークがこの世で最も硬い泥団子を投げてやらなければ、二人とも今頃は両脚の膝から下を失っていたことだろう。
悪魔はグランツの太い腕を斬り落としたときと同じく、右手に魔力を纏わせて剣とした。それを目に見えない疾さで振りかぶったところへ泥団子が直撃し、悪魔の右腕を吹き飛ばしたのだ。腕を肘下からごっそり失った悪魔は、耳を劈く咆哮と紫がかった血飛沫を上げて姿を消した。
「何だ!? 悪魔はどこへ……逃げたのか?」
ロルトは呟き、目で悪魔を探す。
だが、部屋の隅まで見回しても悪魔の姿は見当たらない。
松明頼りの部屋は決して見通しが良いとは言えず、もしかすると暗がりに溶け込んでいるのかも知れない。それか、魔法で別の場所へ転移したのかも。
「いいえ、悪魔はまだこの部屋に居ます」
と、ロルトの思考を読んだかのように、或いは自身の不安定な見立てを確定させるかのように言ったアレクシアが、殆どレオハルトと同時に先ほど勇者が開けようとしていた出口側の扉の方を振り向いた。
「出口方面、扉の上方です!」
アレクシアより先にレオハルトが叫んだ。はっとしたメンバーは、直ぐに扉の上方へ視線を縫い付ける。
天井付近は殆ど真っ暗で、影などは見分けられない。しかし、やがてポタリと落ちてきた不気味な色の血が悪魔の所在を明らかにした。
血を垂らす不穏な闇が一行を見下ろしている。
ハンナは粟立った腕を擦って平常心を保とうとした。エモリーと勇者は今にも飛び掛かりたいところをロルトの背にせき止められている。
ヴンダーは、魔力を失っていたときと変わらぬ不甲斐ない怯え方でリンに抱き着いた。
アルベルム勢ではグランツをはじめとして、レオハルトやソロウたちは冷静さを失っていない。ただし、グランツの腕の様子は些か妙である。彼の右腕に宿るプーパが精一杯の喜びを表現しているのか、肘より先が伸び縮みして、ずっとタコ踊りしている。放任主義のグランツはそれを好きにさせているが、周りの兵士らは気が気でない様子。彼らは自然と防御陣形を広げるふりをして、さりげなく距離をとっている。
「姿が見えないのは危険です。まずは悪魔を影から引きずり出します。反撃に注意して下さい」
アレクシアが投擲用のナイフを構えた。その細腕で届くのかとギムナックは驚くが、S級冒険者に常識が通用しないのは重々承知している。
なんだ、俺だけでいいのに、と勇者が口を尖らせるのを、エモリーが肘で小突いて黙らせた。
音も立てずに飛んだナイフは、殆ど正確に悪魔の胸に当たって落ちた。普通のナイフでは、悪魔の薄皮一枚を傷付けることも出来ないのである。アレクシアは気にした様子もなく、腰から短刀を抜き放った。
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