88回の前世で婚約破棄され続けて男性不信になった令嬢〜今世は絶対に婚約しないと誓ったが、なぜか周囲から溺愛されてしまう

冬月光輝

文字の大きさ
34 / 46

34 アクター

しおりを挟む
 鬼才と呼ばれる名演出家、トーマス=レッドウッドの秘蔵っ子、レオル=トールマンは名優である。

 しかし、トーマスの圧倒的なリアリティの追求という作風に影響を受け過ぎた彼は、配役との一体感をトコトン追求するために如何なる無茶も厭わない人間であった。

 以前、猟奇的な殺し屋を演じることになった時など、公演中止が危ぶまれる状況にまで陥ったらしい。
 何があったのか非常に興味があったが、トーマスは苦笑いするだけで詳細は語ってくれなかった。

 今回の食い逃げ騒動も、再三、悪いことをするなと釘を刺されて、物語の舞台のイメージに近い当店に二人で足を運んだらしい。

 トーマスの誤算は、レオルのに役作りのための食い逃げは含まれていなかったことである。

 そう、レオル=トールマンは役者馬鹿な上に、単純に馬鹿であった。

 それでも彼を切らないのは、彼の演技の素晴らしさ、人を惹きつける魅力が唯一無二だからである。

 そう、レオル=トールマンは演劇という一点においては鬼才が認める天才なのだ。

 さて、そのレオルがここ【シルバーガーデン】で働きたいと申し出た。
 理由は役作りのためである。どうやら、次の舞台のお話が食い逃げで捕まった主人公の“ヒース”がそのレストランで働くというストーリーらしい。
 
 その“ヒース”役がレオルというわけだ。

 というか、この人、主演俳優なんだ……。

 まず、ケビンは反対した。

「冗談じゃない! こんな常識のねぇやつとマトモに働けるかよ!」

 とても人に向かって婚約破棄して来いとか言っていた人間の意見とは思えないが気持ちはわかる。

 そしてメリルリアは賛成した。

「トーマス=レッドウッド様の舞台に間接的とはいえ協力出来たとなれば良い宣伝になるはずですわ。お父様もお喜びになるはずです」

 さすがは、大貴族で豪商の娘。ちゃっかり経済的な効果まで計算するとは……。
 メリルリアは意外と計算高く、商才があるのだ。

 最後に料理長のリーナの意見も聞いてみた。

「えぇーとぉ、支配人の決定なら何でも従いますぅ」

 私に任せるとのこと。うーん、主体的な意見が聞きたかったのだが……。
 メリルリア、頼むからリーナを睨まないでくれ。



 そして、私の決定はというと……。

「では、来月の公演まで彼をウチでお預かりさせていただきましょう」

「そっそうかい。それは、僕としても助かるが……。いいのかな? 彼は、その、いや、よろしく頼む」

 トーマスはバツの悪そうな顔で頭を下げた。あー、色々とレオルのことで苦労してるんだなぁ。

「ルシアさん、ありがとうございます! ボク、頑張ります! レッドウッド先生、必ず掴んでみせますよ! そして、期待通りのヒース役を演じます!」

 レオルはペコリと頭を下げた。こうしてみると、素直で真面目そうに見えるのだが……。

「うん、レオルくん。その、ほどほどにね。ルシアさん、先にすまないとだけ、言わせてもらおう」

 トーマスは相変わらずの表情で私を見ていた。あれっ? これは、選択を誤ったかな?

「あーあ、俺ぁ、反対したからな。天眼を持つ俺は人を見る目だけは間違わねぇ――」

「そっか、じゃあケビンにレオルの教育をお願いしよう」

「なんでだよっ!」

 とりあえずケビンにレオルを任せようとすると彼は激昂して首を横に振った。

「天眼なら、なんとかなるだろ?」

「ならねぇよ! 反対した俺が、こいつの面倒見なきゃならない理屈がわかんねぇ」

「ほう、君は私に借りがあるのではないか? そうか、ケビンがここまで不義理だとは思わなかったよ」

「オメー、性格変わったか? くそっ、それを言われちゃ、従うしかねぇよ。レオル、みっちり扱いてやるからついてこいよ!」

 最近、ケビンの扱いに慣れてきた。彼はこれでも義理や情を大事にするタイプの人間だ。
 そこを突いてやると、割と素直になる。

「はいっ! あと、これからボクは“ヒース”としてこのレストランで働くので、“ヒース”と呼んでください」

 レオルはニコニコして返事をした。役になりきるためとはいえ、それは……。

「めんどくせーな。レオルでいいだろ、んなもん。よし、厨房を案内する。ついてこい、レオル!」

「…………」

「おい、レオル! どうしたんだ?」

「…………」

 レオルが完全に無視している。というより反応していないという方が正しいのか?

「ヒース!」

 ケビンはうんざりした顔で彼の役名を呼んだ。

「ん? オレを呼んだか? すまない、よろしく頼む……」

「だぁーっ、本当にめんどくせーぞ!」

 ケビンは頭を掻きむしって叫んだ。

 キャラまで変わっているし……。しかも、ちょっとばかり凛々しい表情になってる。名優なのは本当なのかも。

 ケビン、扱いにくいかもしれないが、頑張ってくれ。

「レッドウッド様、彼はいつもこんな感じなのでしょうか?」

 私は気まずそうな顔をしているトーマスに話しかけた。

「そうだね。役に成り切るために努力を惜しまないのは、彼の唯一の長所だから……。大体いつもこんな感じさ。ルシアさん、彼のことを改めてよろしく頼む。正直、助かったよ。これで僕も他のことに集中できる」

 疲れ切った表情のトーマスはそう言い残して、会計を済ませた。
 名演出家と世間からはもてはやされているが、苦労人なんだなぁ。

 かくして、鬼才をして天才俳優と呼ばれているレオルが新たに従業員として加わった、が、人手不足の問題は全く解決しなかったりする。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?

紅茶ガイデン
恋愛
「ライラ=コンスティ。貴様は許されざる大罪を犯した。聖女候補及び私の婚約者候補から除名され、重刑が下されるだろう」 ……カッコイイ。  画面の中で冷ややかに断罪している第一王子、ルーク=ヴァレンタインに見惚れる石上佳奈。  彼女は乙女ゲーム『ガイディングガーディアン』のメインヒーローにリア恋している、ちょっと残念なアラサー会社員だ。  仕事の帰り道で不慮の事故に巻き込まれ、気が付けば乙女ゲームの悪役令嬢ライラとして生きていた。  十二歳のある朝、佳奈の記憶を取り戻したライラは自分の運命を思い出す。ヒロインが全てのどのエンディングを迎えても、必ずライラは悲惨な末路を辿るということを。  当然破滅の道の回避をしたいけれど、それにはルークの抱える秘密も関わってきてライラは頭を悩ませる。  十五歳を迎え、ゲームの舞台であるミリシア学園に通うことになったライラは、まずは自分の体制を整えることを目標にする。  そして二年目に転入してくるヒロインの登場におびえつつ、やがて起きるであろう全ての問題を解決するために、一つの決断を下すことになる。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

悪役令嬢はSランク冒険者の弟子になりヒロインから逃げ切りたい

恋愛
王太子の婚約者として、常に控えめに振る舞ってきたロッテルマリア。 尽くしていたにも関わらず、悪役令嬢として婚約者破棄、国外追放の憂き目に合う。 でも、実は転生者であるロッテルマリアはチートな魔法を武器に、ギルドに登録して旅に出掛けた。 新米冒険者として日々奮闘中。 のんびり冒険をしていたいのに、ヒロインは私を逃がしてくれない。 自身の目的のためにロッテルマリアを狙ってくる。 王太子はあげるから、私をほっといて~ (旧)悪役令嬢は年下Sランク冒険者の弟子になるを手直ししました。 26話で完結 後日談も書いてます。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...