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34 アクター
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鬼才と呼ばれる名演出家、トーマス=レッドウッドの秘蔵っ子、レオル=トールマンは名優である。
しかし、トーマスの圧倒的なリアリティの追求という作風に影響を受け過ぎた彼は、配役との一体感をトコトン追求するために如何なる無茶も厭わない人間であった。
以前、猟奇的な殺し屋を演じることになった時など、公演中止が危ぶまれる状況にまで陥ったらしい。
何があったのか非常に興味があったが、トーマスは苦笑いするだけで詳細は語ってくれなかった。
今回の食い逃げ騒動も、再三、悪いことをするなと釘を刺されて、物語の舞台のイメージに近い当店に二人で足を運んだらしい。
トーマスの誤算は、レオルの悪いことに役作りのための食い逃げは含まれていなかったことである。
そう、レオル=トールマンは役者馬鹿な上に、単純に馬鹿であった。
それでも彼を切らないのは、彼の演技の素晴らしさ、人を惹きつける魅力が唯一無二だからである。
そう、レオル=トールマンは演劇という一点においては鬼才が認める天才なのだ。
さて、そのレオルがここ【シルバーガーデン】で働きたいと申し出た。
理由は役作りのためである。どうやら、次の舞台のお話が食い逃げで捕まった主人公の“ヒース”がそのレストランで働くというストーリーらしい。
その“ヒース”役がレオルというわけだ。
というか、この人、主演俳優なんだ……。
まず、ケビンは反対した。
「冗談じゃない! こんな常識のねぇやつとマトモに働けるかよ!」
とても人に向かって婚約破棄して来いとか言っていた人間の意見とは思えないが気持ちはわかる。
そしてメリルリアは賛成した。
「トーマス=レッドウッド様の舞台に間接的とはいえ協力出来たとなれば良い宣伝になるはずですわ。お父様もお喜びになるはずです」
さすがは、大貴族で豪商の娘。ちゃっかり経済的な効果まで計算するとは……。
メリルリアは意外と計算高く、商才があるのだ。
最後に料理長のリーナの意見も聞いてみた。
「えぇーとぉ、支配人の決定なら何でも従いますぅ」
私に任せるとのこと。うーん、主体的な意見が聞きたかったのだが……。
メリルリア、頼むからリーナを睨まないでくれ。
そして、私の決定はというと……。
「では、来月の公演まで彼をウチでお預かりさせていただきましょう」
「そっそうかい。それは、僕としても助かるが……。いいのかな? 彼は、その、いや、よろしく頼む」
トーマスはバツの悪そうな顔で頭を下げた。あー、色々とレオルのことで苦労してるんだなぁ。
「ルシアさん、ありがとうございます! ボク、頑張ります! レッドウッド先生、必ず掴んでみせますよ! そして、期待通りのヒース役を演じます!」
レオルはペコリと頭を下げた。こうしてみると、素直で真面目そうに見えるのだが……。
「うん、レオルくん。その、ほどほどにね。ルシアさん、先にすまないとだけ、言わせてもらおう」
トーマスは相変わらずの表情で私を見ていた。あれっ? これは、選択を誤ったかな?
「あーあ、俺ぁ、反対したからな。天眼を持つ俺は人を見る目だけは間違わねぇ――」
「そっか、じゃあケビンにレオルの教育をお願いしよう」
「なんでだよっ!」
とりあえずケビンにレオルを任せようとすると彼は激昂して首を横に振った。
「天眼なら、なんとかなるだろ?」
「ならねぇよ! 反対した俺が、こいつの面倒見なきゃならない理屈がわかんねぇ」
「ほう、君は私に借りがあるのではないか? そうか、ケビンがここまで不義理だとは思わなかったよ」
「オメー、性格変わったか? くそっ、それを言われちゃ、従うしかねぇよ。レオル、みっちり扱いてやるからついてこいよ!」
最近、ケビンの扱いに慣れてきた。彼はこれでも義理や情を大事にするタイプの人間だ。
そこを突いてやると、割と素直になる。
「はいっ! あと、これからボクは“ヒース”としてこのレストランで働くので、“ヒース”と呼んでください」
レオルはニコニコして返事をした。役になりきるためとはいえ、それは……。
「めんどくせーな。レオルでいいだろ、んなもん。よし、厨房を案内する。ついてこい、レオル!」
「…………」
「おい、レオル! どうしたんだ?」
「…………」
レオルが完全に無視している。というより反応していないという方が正しいのか?
「ヒース!」
ケビンはうんざりした顔で彼の役名を呼んだ。
「ん? オレを呼んだか? すまない、よろしく頼む……」
「だぁーっ、本当にめんどくせーぞ!」
ケビンは頭を掻きむしって叫んだ。
キャラまで変わっているし……。しかも、ちょっとばかり凛々しい表情になってる。名優なのは本当なのかも。
ケビン、扱いにくいかもしれないが、頑張ってくれ。
「レッドウッド様、彼はいつもこんな感じなのでしょうか?」
私は気まずそうな顔をしているトーマスに話しかけた。
「そうだね。役に成り切るために努力を惜しまないのは、彼の唯一の長所だから……。大体いつもこんな感じさ。ルシアさん、彼のことを改めてよろしく頼む。正直、助かったよ。これで僕も他のことに集中できる」
疲れ切った表情のトーマスはそう言い残して、会計を済ませた。
名演出家と世間からはもてはやされているが、苦労人なんだなぁ。
かくして、鬼才をして天才俳優と呼ばれているレオルが新たに従業員として加わった、が、人手不足の問題は全く解決しなかったりする。
しかし、トーマスの圧倒的なリアリティの追求という作風に影響を受け過ぎた彼は、配役との一体感をトコトン追求するために如何なる無茶も厭わない人間であった。
以前、猟奇的な殺し屋を演じることになった時など、公演中止が危ぶまれる状況にまで陥ったらしい。
何があったのか非常に興味があったが、トーマスは苦笑いするだけで詳細は語ってくれなかった。
今回の食い逃げ騒動も、再三、悪いことをするなと釘を刺されて、物語の舞台のイメージに近い当店に二人で足を運んだらしい。
トーマスの誤算は、レオルの悪いことに役作りのための食い逃げは含まれていなかったことである。
そう、レオル=トールマンは役者馬鹿な上に、単純に馬鹿であった。
それでも彼を切らないのは、彼の演技の素晴らしさ、人を惹きつける魅力が唯一無二だからである。
そう、レオル=トールマンは演劇という一点においては鬼才が認める天才なのだ。
さて、そのレオルがここ【シルバーガーデン】で働きたいと申し出た。
理由は役作りのためである。どうやら、次の舞台のお話が食い逃げで捕まった主人公の“ヒース”がそのレストランで働くというストーリーらしい。
その“ヒース”役がレオルというわけだ。
というか、この人、主演俳優なんだ……。
まず、ケビンは反対した。
「冗談じゃない! こんな常識のねぇやつとマトモに働けるかよ!」
とても人に向かって婚約破棄して来いとか言っていた人間の意見とは思えないが気持ちはわかる。
そしてメリルリアは賛成した。
「トーマス=レッドウッド様の舞台に間接的とはいえ協力出来たとなれば良い宣伝になるはずですわ。お父様もお喜びになるはずです」
さすがは、大貴族で豪商の娘。ちゃっかり経済的な効果まで計算するとは……。
メリルリアは意外と計算高く、商才があるのだ。
最後に料理長のリーナの意見も聞いてみた。
「えぇーとぉ、支配人の決定なら何でも従いますぅ」
私に任せるとのこと。うーん、主体的な意見が聞きたかったのだが……。
メリルリア、頼むからリーナを睨まないでくれ。
そして、私の決定はというと……。
「では、来月の公演まで彼をウチでお預かりさせていただきましょう」
「そっそうかい。それは、僕としても助かるが……。いいのかな? 彼は、その、いや、よろしく頼む」
トーマスはバツの悪そうな顔で頭を下げた。あー、色々とレオルのことで苦労してるんだなぁ。
「ルシアさん、ありがとうございます! ボク、頑張ります! レッドウッド先生、必ず掴んでみせますよ! そして、期待通りのヒース役を演じます!」
レオルはペコリと頭を下げた。こうしてみると、素直で真面目そうに見えるのだが……。
「うん、レオルくん。その、ほどほどにね。ルシアさん、先にすまないとだけ、言わせてもらおう」
トーマスは相変わらずの表情で私を見ていた。あれっ? これは、選択を誤ったかな?
「あーあ、俺ぁ、反対したからな。天眼を持つ俺は人を見る目だけは間違わねぇ――」
「そっか、じゃあケビンにレオルの教育をお願いしよう」
「なんでだよっ!」
とりあえずケビンにレオルを任せようとすると彼は激昂して首を横に振った。
「天眼なら、なんとかなるだろ?」
「ならねぇよ! 反対した俺が、こいつの面倒見なきゃならない理屈がわかんねぇ」
「ほう、君は私に借りがあるのではないか? そうか、ケビンがここまで不義理だとは思わなかったよ」
「オメー、性格変わったか? くそっ、それを言われちゃ、従うしかねぇよ。レオル、みっちり扱いてやるからついてこいよ!」
最近、ケビンの扱いに慣れてきた。彼はこれでも義理や情を大事にするタイプの人間だ。
そこを突いてやると、割と素直になる。
「はいっ! あと、これからボクは“ヒース”としてこのレストランで働くので、“ヒース”と呼んでください」
レオルはニコニコして返事をした。役になりきるためとはいえ、それは……。
「めんどくせーな。レオルでいいだろ、んなもん。よし、厨房を案内する。ついてこい、レオル!」
「…………」
「おい、レオル! どうしたんだ?」
「…………」
レオルが完全に無視している。というより反応していないという方が正しいのか?
「ヒース!」
ケビンはうんざりした顔で彼の役名を呼んだ。
「ん? オレを呼んだか? すまない、よろしく頼む……」
「だぁーっ、本当にめんどくせーぞ!」
ケビンは頭を掻きむしって叫んだ。
キャラまで変わっているし……。しかも、ちょっとばかり凛々しい表情になってる。名優なのは本当なのかも。
ケビン、扱いにくいかもしれないが、頑張ってくれ。
「レッドウッド様、彼はいつもこんな感じなのでしょうか?」
私は気まずそうな顔をしているトーマスに話しかけた。
「そうだね。役に成り切るために努力を惜しまないのは、彼の唯一の長所だから……。大体いつもこんな感じさ。ルシアさん、彼のことを改めてよろしく頼む。正直、助かったよ。これで僕も他のことに集中できる」
疲れ切った表情のトーマスはそう言い残して、会計を済ませた。
名演出家と世間からはもてはやされているが、苦労人なんだなぁ。
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