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37 ホープ
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「君の瞳よりも美しい光をオレは知らない――愛してる、君が欲しい……」
「ルシア様ぁ、言わずとも全て差し上げますわぁ……」
恍惚とした表情でメリルリアは私の顔を見つめていた。
なぜ、私がこのような恥ずかしい台詞を吐いているのかと言うと……。
「――メリル、台本を読んでるときに割り込んで来ないでもらえるかな?」
そう、私はトーマスの頼みを聞いて舞台に立つことを了承したのだ。
レオルが戻ってくるまでの代役として……。
劇団フォレストが公演を中止するかどうかの瀬戸際で、助けないという選択肢は私にはなかった。
「オメーもお人好しだなぁ。大体、そんな分厚い台本を覚えるだけでも一週間はかかりそうだぜ」
ケビンは半ば呆れ顔で私を見ていた。
「ああ、一応台本ならもう覚えたぞ。念のために最初から音読しているけど……」
「はぁ? まだ台本貰って1時間くらいしか経ってねぇじゃん。舞台って3時間近くあるんだろ?」
「まぁ、速読と瞬間記憶は得意だから……」
「特技いくつあるんだよ、オメーは……」
真面目に台本を覚えたら、ケビンにドン引きされた。解せぬ……。
「それでは、僭越ながらラブシーンの相手役はわたくしが……って、あれ? ルシア様、きっきっキスシーンがありますわ! 台本の書き直しを要求します!」
メリルリアは台本を流し読みしながら大声を上げた。
「そりゃ、キスシーンくらいあるよ。恋愛モノなんだし」
「でもでも、ルシア様がわたくし以外の女性と接吻など……、やはりバーミリオン家の全勢力を使ってでも阻止を……」
「別に演技なんだから、そこまで気にしなくても……」
「気にしますわぁ!」
私は憤慨しているメリルリアを何とか宥めようとする。
まさかキスシーンくらいでこんなに怒りだすと思わなかった。
「相変わらず騒がしいわねぇ。それならぁ、メリルちゃんがぁ、ルシアのキスシーンの練習相手になってあげたらどぉ?」
毎度のごとく唐突に現れたフィーナは悪戯を楽しむ子供のような笑顔でとんでもないことを提案した。
この人はどうして……。
「フィーナ様、ナイスアイデアですわ。さぁ、ルシア様、メリルは準備万端ですの……」
メリルリアが目を閉じる……。いやいや、それは駄目でしょ。
「あらぁ、たかが演技じゃなぁい。どうしたのかしらぁ」
「フィーナ様って、いい性格してんなー。敵に回したくねぇ……」
フィーナとケビンの声を聞き流しつつ、私はいつになく積極的なメリルリアをどう扱うべきか困惑していた。
キスできるかどうかで言うと、できる。
だけど――。
私は彼女の唇に人差し指を当てた……。
「るっルシア様?」
「メリル、私は一度、君の純真な心を弄んだ……。君は許してくれたが、これは許されることじゃあない。だからこそ、私は二度と君には不義理な態度は取りたくないんだ……」
それは、本心だった。あの日の償いは出来ないかもしれないが……。
「馬鹿ルシアねぇ。逆効果よぉ、多分それ……。やっぱあなたもあの人と似てるとこあるわぁ」
そこにフィーナが口を挟む。
えっ? 誠意のある態度を見せたつもりなんだけどな。
「ルシアちゃんって、男の扱いよりも女の扱いのほうが上手ぇよなぁ。ったく、その気がねぇなら残酷だぜ……」
ケビンも首を横に振りながらそんなことを言う。
残酷って、何かやったのか?
「身も心もルシア様にいつでも捧げられる覚悟が出来ましたわぁ。わたくしの事をこんなにも大事に想ってくださるなんて……」
「いや、そうじゃなくてだな――」
「わたくし、決めましたわ! ありとあらゆる手段を使って必ずやルシア様のお嫁さんになってみせますの!」
「えっと、メリル? 私の嫁って……、君は私の性別を知って――」
「愛があれば、そんなこと些細な話ですの」
「些細かなぁ?」
メリルリアの押しの強さには本当に参ってしまう。
この子は口説いてきたレオルをひと睨みで黙らせていたし、真っ直ぐな好意は本当に折れない。
でもなぁ、私にとっては性別は大きな問題なんだけど……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「くっ、後ろからは100体の熊。前からは200体のパンダ……。君を連れてここまで逃げたのは良いがこれまでのようだ……」
「よしっ! 完璧だよ、ルシアくん。いやぁ、驚いたな。レストランの支配人なのが不思議なくらいだ」
トーマスは拍手をしながら私の演技を褒めてくれた。
ブランクが250年くらいあったが、衰えてはないようだ。
そもそも、男装してたりしたのも演劇みたいなものだしな。
「レッドウッド先生、こんな美男子をどこから見つけてきたのですかー? ――レストランの支配人? うそぉ」
相手役の女優、ビビアンとの息も合ってきたし、これならなんとか上手くいくか。
バーミリオン伯爵に事情を話すと、彼はトーマス演出する舞台のファンらしく、上機嫌でレストランを休んで舞台に出演する許可を出してくれた。
その間の穴埋めは任せろと言ってくれたし、とりあえず一安心だ。
そして、今日は演出家トーマス=レッドによる演劇、“月下の逃亡者”の初日である。
今世で初めての舞台出演。
人助けのつもりで軽い気持ちで起こしたこの行動が、私の全部の人生を含めて最も大きな事件を引き起こすことになるとは思いもよらなかった――。
「ルシア様ぁ、言わずとも全て差し上げますわぁ……」
恍惚とした表情でメリルリアは私の顔を見つめていた。
なぜ、私がこのような恥ずかしい台詞を吐いているのかと言うと……。
「――メリル、台本を読んでるときに割り込んで来ないでもらえるかな?」
そう、私はトーマスの頼みを聞いて舞台に立つことを了承したのだ。
レオルが戻ってくるまでの代役として……。
劇団フォレストが公演を中止するかどうかの瀬戸際で、助けないという選択肢は私にはなかった。
「オメーもお人好しだなぁ。大体、そんな分厚い台本を覚えるだけでも一週間はかかりそうだぜ」
ケビンは半ば呆れ顔で私を見ていた。
「ああ、一応台本ならもう覚えたぞ。念のために最初から音読しているけど……」
「はぁ? まだ台本貰って1時間くらいしか経ってねぇじゃん。舞台って3時間近くあるんだろ?」
「まぁ、速読と瞬間記憶は得意だから……」
「特技いくつあるんだよ、オメーは……」
真面目に台本を覚えたら、ケビンにドン引きされた。解せぬ……。
「それでは、僭越ながらラブシーンの相手役はわたくしが……って、あれ? ルシア様、きっきっキスシーンがありますわ! 台本の書き直しを要求します!」
メリルリアは台本を流し読みしながら大声を上げた。
「そりゃ、キスシーンくらいあるよ。恋愛モノなんだし」
「でもでも、ルシア様がわたくし以外の女性と接吻など……、やはりバーミリオン家の全勢力を使ってでも阻止を……」
「別に演技なんだから、そこまで気にしなくても……」
「気にしますわぁ!」
私は憤慨しているメリルリアを何とか宥めようとする。
まさかキスシーンくらいでこんなに怒りだすと思わなかった。
「相変わらず騒がしいわねぇ。それならぁ、メリルちゃんがぁ、ルシアのキスシーンの練習相手になってあげたらどぉ?」
毎度のごとく唐突に現れたフィーナは悪戯を楽しむ子供のような笑顔でとんでもないことを提案した。
この人はどうして……。
「フィーナ様、ナイスアイデアですわ。さぁ、ルシア様、メリルは準備万端ですの……」
メリルリアが目を閉じる……。いやいや、それは駄目でしょ。
「あらぁ、たかが演技じゃなぁい。どうしたのかしらぁ」
「フィーナ様って、いい性格してんなー。敵に回したくねぇ……」
フィーナとケビンの声を聞き流しつつ、私はいつになく積極的なメリルリアをどう扱うべきか困惑していた。
キスできるかどうかで言うと、できる。
だけど――。
私は彼女の唇に人差し指を当てた……。
「るっルシア様?」
「メリル、私は一度、君の純真な心を弄んだ……。君は許してくれたが、これは許されることじゃあない。だからこそ、私は二度と君には不義理な態度は取りたくないんだ……」
それは、本心だった。あの日の償いは出来ないかもしれないが……。
「馬鹿ルシアねぇ。逆効果よぉ、多分それ……。やっぱあなたもあの人と似てるとこあるわぁ」
そこにフィーナが口を挟む。
えっ? 誠意のある態度を見せたつもりなんだけどな。
「ルシアちゃんって、男の扱いよりも女の扱いのほうが上手ぇよなぁ。ったく、その気がねぇなら残酷だぜ……」
ケビンも首を横に振りながらそんなことを言う。
残酷って、何かやったのか?
「身も心もルシア様にいつでも捧げられる覚悟が出来ましたわぁ。わたくしの事をこんなにも大事に想ってくださるなんて……」
「いや、そうじゃなくてだな――」
「わたくし、決めましたわ! ありとあらゆる手段を使って必ずやルシア様のお嫁さんになってみせますの!」
「えっと、メリル? 私の嫁って……、君は私の性別を知って――」
「愛があれば、そんなこと些細な話ですの」
「些細かなぁ?」
メリルリアの押しの強さには本当に参ってしまう。
この子は口説いてきたレオルをひと睨みで黙らせていたし、真っ直ぐな好意は本当に折れない。
でもなぁ、私にとっては性別は大きな問題なんだけど……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「くっ、後ろからは100体の熊。前からは200体のパンダ……。君を連れてここまで逃げたのは良いがこれまでのようだ……」
「よしっ! 完璧だよ、ルシアくん。いやぁ、驚いたな。レストランの支配人なのが不思議なくらいだ」
トーマスは拍手をしながら私の演技を褒めてくれた。
ブランクが250年くらいあったが、衰えてはないようだ。
そもそも、男装してたりしたのも演劇みたいなものだしな。
「レッドウッド先生、こんな美男子をどこから見つけてきたのですかー? ――レストランの支配人? うそぉ」
相手役の女優、ビビアンとの息も合ってきたし、これならなんとか上手くいくか。
バーミリオン伯爵に事情を話すと、彼はトーマス演出する舞台のファンらしく、上機嫌でレストランを休んで舞台に出演する許可を出してくれた。
その間の穴埋めは任せろと言ってくれたし、とりあえず一安心だ。
そして、今日は演出家トーマス=レッドによる演劇、“月下の逃亡者”の初日である。
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