落ちこぼれ兵士、補給係からやり直します

和ノ白

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第4話:届けられないパン

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 朝、オズワルドは地図を机に広げた。
 紙が擦れる音が、やけに大きく聞こえた。

「今日は前線への輸送だ。第三小隊」

 エドガーとトマスが地図を覗き込む。
 オズワルドの指が、街道をなぞった。

「ここから北へ二時間。途中に川がある。橋を渡った先が野営地だ」

「荷馬車は?」

「二台。食料と水。護衛を付けて運ぶ」

 そこで、オズワルドはエドガーを見た。

「初輸送だな」

「はい」

「難しい仕事じゃない」

 一拍。

「だが、時間を守れ。昼までに届かなきゃ、兵士は昼を食えん」

「……わかりました」

 その「わかりました」は、少し軽かったかもしれない。
 その時のエドガーは、まだ気づいていなかった。



 荷馬車に食料を積み込む。
 パンの入った麻袋、干し肉、水の樽。

 一つ一つ、数を確認する。
 帳簿と合っている。それだけで、どこか安心してしまう。

「全部だな?」

「ああ」

 トマスが荷台を軽く叩いた。

「よし。行こう」

 護衛の兵士が二人、馬上で待っている。
 エドガーは御者台に上がり、手綱を握った。

「初めてか」

「はい」

「焦るな。馬は急がせるもんじゃない。道さえ間違えなきゃいい」

「わかりました」

 馬が歩き出す。
 荷馬車がきしみ、車輪が回る。

 出発は、予定通りだった。



 街道は、思っていたより荒れていた。
 轍が深く、石が多い。馬は一歩一歩、慎重に足を置く。

 荷馬車が揺れるたび、エドガーは手綱を握り直した。

「大丈夫か!」

 後ろからトマスの声が飛ぶ。

「ああ!」

 声は返した。
 だが、馬の速度は上がらない。

 空を見上げる。
 太陽は、もうずいぶん高い。

 一時間。
 まだ川は見えない。

「もう少し急げないか」

 護衛の一人が並んできた。

「これ以上だと、荷が崩れます」

「……わかった。でも、時間がない」

 護衛は前を見た。
 エドガーも同じ方向を見る。

 ようやく、川が見えた。



 橋の手前で、馬が止まった。

 前方に、別の荷馬車。
 商人らしい男たちが、車輪を囲んでいる。

「何だ、あれは」

 護衛が馬を降り、商人に近づく。

「すみません。車輪が外れまして」

「どれくらいで動く」

「……三十分ほど」

「三十分?」

 舌打ちが落ちた。

 エドガーは御者台から降り、橋を見る。
 狭い。荷馬車一台で精一杯だ。

「迂回は……」

 言いかけて、止めた。

「無理だな」

 護衛が先に答えた。

「川を越えられるのは、ここだけだ」

 腕を組む。待つしかない、という姿勢。

 エドガーは空を見た。
 太陽は、ほぼ真上にあった。

 時間は、待ってくれない。
 それだけは、はっきりしていた。



 三十分後、ようやく道が空いた。

「急ぐぞ!」

 橋を渡り、街道を進む。
 だが、もう昼は過ぎている。

「……間に合わねえな」

 トマスの声が、後ろから聞こえた。

「ああ」

 手綱を引く。
 馬は応えようとするが、荷が揺れる。

 無理はできない。

 野営地に着いたのは、昼から一時間後だった。



 野営地は、静かだった。

 兵士たちは休憩している。
 エドガーが馬車を止めると、小隊長が歩み寄ってきた。

「遅いな」

「……すみません」

「もう昼は終わった」

 それだけ言って、荷台を見る。

「パンは?」

「あります。全部」

「配れ。腹を空かせた奴がいる」

 踵を返す背中は、怒ってはいなかった。
 それが、余計に堪えた。

 パンを配る。
 兵士たちは黙って受け取り、食べ始める。

 文句は出ない。
 ただ、疲れた顔だけが並んでいた。

 エドガーは、胸の奥がじくりと痛んだ。



 帰り道。

「仕方ないよ」

 トマスが言う。

「橋が塞がってたんだ」

「……でも、遅れた」

「誰も責めちゃいない」

「……そうだな」

 それでも、前を見たまま、エドガーは手綱を離さなかった。
 仕方ない、で済ませていい気がしなかった。



 詰所に戻ると、オズワルドが待っていた。

「遅かったな」

「橋が塞がっていて……」

「聞いている」

 小隊長から連絡が来ていたらしい。

「お前の判断ミスじゃない」

 一拍。

「だが、結果は同じだ」

「……はい」

「兵士は昼を食えなかった。午後の動きに影響が出た」

 帳簿が開かれる。

「次からは、橋が使えない場合も想定しろ。迂回路、代替手段」

「はい」

「出発を早めるのも一つだ。余裕を作れ」

「……はい」

 帳簿が閉じられる。

「補給が遅れたら、困るのは前線だ。それを忘れるな」

「忘れません」

 エドガーは頭を下げた。



 夜、ベッドに横になる。

 天井を見つめる。
 今日の道、橋、太陽の位置が、頭の中で何度も再生される。

 戦わない仕事だと思っていた。
 だが、失敗はちゃんと誰かに届く。

 補給係の仕事も、戦場の一部だ。

 エドガーは拳を握った。

 次は、遅れない。
 その「次」が、いつ来てもいいように。


※本作は本日22:20に第5話が続けて更新されます。

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