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第5話:必要とされた日
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翌朝、詰所の扉を開けたとき、まだ誰もいなかった。
エドガーは一瞬だけ立ち止まり、それから中へ入った。
帳簿を開く。
今日の輸送予定——第五小隊への武器補給。出発は午前八時。
地図を広げ、街道をなぞる。
昨日使えなかった橋。崩れやすい道。もし、また何か起きたら。
エドガーは鉛筆を取り、余白に線を書き足した。
街道を外れ、森沿いを通る細い道。遠回りだが、通れる。
「……ここなら」
独り言が、詰所に落ちた。
「早いな」
振り返ると、オズワルドが立っていた。
「おはようございます」
「もう準備か」
「はい。今日は……遅れたくないので」
オズワルドは地図を覗き込む。
「その線は」
「迂回路です。橋が使えなかった場合の」
「そうか」
それだけ言って、オズワルドは椅子に座った。
評価も、否定もない。だが、止めもしなかった。
◇
荷馬車に武器を積む。
剣二十本。槍十五本。盾十枚。
一本ずつ確認し、ずれないように固定する。
手つきは、前より少しだけ落ち着いていた。
「慎重だな」
トマスが笑う。
「昨日があったからな」
「気にしすぎだって」
「でも、気にしないと困るのは前線だ」
エドガーは荷台を軽く叩いた。
「今日は、ちゃんと届ける」
「はいはい」
トマスは肩をすくめたが、手は同じように丁寧だった。
◇
出発は予定通り。
空は晴れていて、道も乾いている。
一時間ほど進んだところで、前方に兵士が立っているのが見えた。
「止まれ!」
護衛が馬を進める。
「街道が崩れています」
兵士が指さす先で、道が陥没していた。
馬車が通れる幅はない。
「……またか」
護衛が唸る。
エドガーは、すでに地図を広げていた。
「迂回路があります」
「どこだ」
「ここです」
昨日、鉛筆で引いた線。
「遠回りだな」
「でも、通れます」
護衛は地図と道を見比べ、短く頷いた。
「よし。そっちへ回る」
エドガーは手綱を引いた。
荷馬車は静かに向きを変えた。
◇
迂回路は狭く、木の枝が荷台に擦れた。
それでも、進める。
一時間後、再び街道に戻った。
「助かったな」
護衛が言う。
「準備しておいたので」
「昨日のことが生きてるな」
エドガーは答えず、前を見た。
野営地は、もう近い。
◇
到着は、予定通りだった。
「今日は早いな」
小隊長が荷馬車を見る。
「武器は?」
「全部あります」
荷台を開ける。
兵士たちが剣を手に取り、刃を確かめる。
「助かる」
若い兵士が言った。
「昨日、訓練で剣が折れてさ」
「それは……」
「補給、間に合わないかと思ってた」
笑って、剣を腰に下げる。
「ありがとな」
その言葉は、軽かった。
だが、剣の重みと一緒に、確かに受け取った。
◇
詰所に戻ると、オズワルドが帳簿を閉じた。
「どうだった」
「遅れませんでした」
「街道が崩れてたそうだな」
「はい。迂回しました」
「……地図、見せろ」
差し出すと、オズワルドはしばらく無言で眺めた。
「昨日の失敗を、引きずってるな」
「……はい」
「だがな」
オズワルドは顔を上げた。
「お前がいなかったら、今日も遅れてた」
エドガーは息を呑んだ。
「橋が塞がっても、道が崩れても、考えて動いた。それで十分だ」
「でも、昨日は……」
「昨日も、だ」
オズワルドは言い切った。
「諦めなかった。それだけで、補給係としては合格だ」
帳簿を閉じ、立ち上がる。
「完璧じゃなくていい。届かない方が、よほど悪い」
◇
夜。
詰所の灯りが消えたあとも、倉庫には音が残っていた。
木箱を積み直す音。帳簿をめくる音。
エドガーは、明日の輸送分を確認していた。
誰に言われたわけでもない。
扉の外で、トマスが立ち止まる。
「……まだやってるのか」
「少しだけ」
「真面目だな」
エドガーは、帳簿から目を上げなかった。
「真面目じゃないと、足りなくなるから」
トマスは何も言わず、肩を叩いて去っていった。
詰所に残ったのは、帳簿と地図と、静かな灯りだけだった。
それでいい、とエドガーは思った。
※本作は本日22:30に第6話が続けて更新されます。
エドガーは一瞬だけ立ち止まり、それから中へ入った。
帳簿を開く。
今日の輸送予定——第五小隊への武器補給。出発は午前八時。
地図を広げ、街道をなぞる。
昨日使えなかった橋。崩れやすい道。もし、また何か起きたら。
エドガーは鉛筆を取り、余白に線を書き足した。
街道を外れ、森沿いを通る細い道。遠回りだが、通れる。
「……ここなら」
独り言が、詰所に落ちた。
「早いな」
振り返ると、オズワルドが立っていた。
「おはようございます」
「もう準備か」
「はい。今日は……遅れたくないので」
オズワルドは地図を覗き込む。
「その線は」
「迂回路です。橋が使えなかった場合の」
「そうか」
それだけ言って、オズワルドは椅子に座った。
評価も、否定もない。だが、止めもしなかった。
◇
荷馬車に武器を積む。
剣二十本。槍十五本。盾十枚。
一本ずつ確認し、ずれないように固定する。
手つきは、前より少しだけ落ち着いていた。
「慎重だな」
トマスが笑う。
「昨日があったからな」
「気にしすぎだって」
「でも、気にしないと困るのは前線だ」
エドガーは荷台を軽く叩いた。
「今日は、ちゃんと届ける」
「はいはい」
トマスは肩をすくめたが、手は同じように丁寧だった。
◇
出発は予定通り。
空は晴れていて、道も乾いている。
一時間ほど進んだところで、前方に兵士が立っているのが見えた。
「止まれ!」
護衛が馬を進める。
「街道が崩れています」
兵士が指さす先で、道が陥没していた。
馬車が通れる幅はない。
「……またか」
護衛が唸る。
エドガーは、すでに地図を広げていた。
「迂回路があります」
「どこだ」
「ここです」
昨日、鉛筆で引いた線。
「遠回りだな」
「でも、通れます」
護衛は地図と道を見比べ、短く頷いた。
「よし。そっちへ回る」
エドガーは手綱を引いた。
荷馬車は静かに向きを変えた。
◇
迂回路は狭く、木の枝が荷台に擦れた。
それでも、進める。
一時間後、再び街道に戻った。
「助かったな」
護衛が言う。
「準備しておいたので」
「昨日のことが生きてるな」
エドガーは答えず、前を見た。
野営地は、もう近い。
◇
到着は、予定通りだった。
「今日は早いな」
小隊長が荷馬車を見る。
「武器は?」
「全部あります」
荷台を開ける。
兵士たちが剣を手に取り、刃を確かめる。
「助かる」
若い兵士が言った。
「昨日、訓練で剣が折れてさ」
「それは……」
「補給、間に合わないかと思ってた」
笑って、剣を腰に下げる。
「ありがとな」
その言葉は、軽かった。
だが、剣の重みと一緒に、確かに受け取った。
◇
詰所に戻ると、オズワルドが帳簿を閉じた。
「どうだった」
「遅れませんでした」
「街道が崩れてたそうだな」
「はい。迂回しました」
「……地図、見せろ」
差し出すと、オズワルドはしばらく無言で眺めた。
「昨日の失敗を、引きずってるな」
「……はい」
「だがな」
オズワルドは顔を上げた。
「お前がいなかったら、今日も遅れてた」
エドガーは息を呑んだ。
「橋が塞がっても、道が崩れても、考えて動いた。それで十分だ」
「でも、昨日は……」
「昨日も、だ」
オズワルドは言い切った。
「諦めなかった。それだけで、補給係としては合格だ」
帳簿を閉じ、立ち上がる。
「完璧じゃなくていい。届かない方が、よほど悪い」
◇
夜。
詰所の灯りが消えたあとも、倉庫には音が残っていた。
木箱を積み直す音。帳簿をめくる音。
エドガーは、明日の輸送分を確認していた。
誰に言われたわけでもない。
扉の外で、トマスが立ち止まる。
「……まだやってるのか」
「少しだけ」
「真面目だな」
エドガーは、帳簿から目を上げなかった。
「真面目じゃないと、足りなくなるから」
トマスは何も言わず、肩を叩いて去っていった。
詰所に残ったのは、帳簿と地図と、静かな灯りだけだった。
それでいい、とエドガーは思った。
※本作は本日22:30に第6話が続けて更新されます。
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