落ちこぼれ兵士、補給係からやり直します

和ノ白

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第5話:必要とされた日

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    翌朝、詰所の扉を開けたとき、まだ誰もいなかった。
 エドガーは一瞬だけ立ち止まり、それから中へ入った。

 帳簿を開く。
 今日の輸送予定——第五小隊への武器補給。出発は午前八時。

 地図を広げ、街道をなぞる。
 昨日使えなかった橋。崩れやすい道。もし、また何か起きたら。

 エドガーは鉛筆を取り、余白に線を書き足した。
 街道を外れ、森沿いを通る細い道。遠回りだが、通れる。

「……ここなら」

 独り言が、詰所に落ちた。

「早いな」

 振り返ると、オズワルドが立っていた。

「おはようございます」

「もう準備か」

「はい。今日は……遅れたくないので」

 オズワルドは地図を覗き込む。

「その線は」

「迂回路です。橋が使えなかった場合の」

「そうか」

 それだけ言って、オズワルドは椅子に座った。
 評価も、否定もない。だが、止めもしなかった。



 荷馬車に武器を積む。
 剣二十本。槍十五本。盾十枚。

 一本ずつ確認し、ずれないように固定する。
 手つきは、前より少しだけ落ち着いていた。

「慎重だな」

 トマスが笑う。

「昨日があったからな」

「気にしすぎだって」

「でも、気にしないと困るのは前線だ」

 エドガーは荷台を軽く叩いた。

「今日は、ちゃんと届ける」

「はいはい」

 トマスは肩をすくめたが、手は同じように丁寧だった。



 出発は予定通り。
 空は晴れていて、道も乾いている。

 一時間ほど進んだところで、前方に兵士が立っているのが見えた。

「止まれ!」

 護衛が馬を進める。

「街道が崩れています」

 兵士が指さす先で、道が陥没していた。
 馬車が通れる幅はない。

「……またか」

 護衛が唸る。

 エドガーは、すでに地図を広げていた。

「迂回路があります」

「どこだ」

「ここです」

 昨日、鉛筆で引いた線。

「遠回りだな」

「でも、通れます」

 護衛は地図と道を見比べ、短く頷いた。

「よし。そっちへ回る」

 エドガーは手綱を引いた。
 荷馬車は静かに向きを変えた。



 迂回路は狭く、木の枝が荷台に擦れた。
 それでも、進める。

 一時間後、再び街道に戻った。

「助かったな」

 護衛が言う。

「準備しておいたので」

「昨日のことが生きてるな」

 エドガーは答えず、前を見た。
 野営地は、もう近い。



 到着は、予定通りだった。

「今日は早いな」

 小隊長が荷馬車を見る。

「武器は?」

「全部あります」

 荷台を開ける。
 兵士たちが剣を手に取り、刃を確かめる。

「助かる」

 若い兵士が言った。

「昨日、訓練で剣が折れてさ」

「それは……」

「補給、間に合わないかと思ってた」

 笑って、剣を腰に下げる。

「ありがとな」

 その言葉は、軽かった。
 だが、剣の重みと一緒に、確かに受け取った。



 詰所に戻ると、オズワルドが帳簿を閉じた。

「どうだった」

「遅れませんでした」

「街道が崩れてたそうだな」

「はい。迂回しました」

「……地図、見せろ」

 差し出すと、オズワルドはしばらく無言で眺めた。

「昨日の失敗を、引きずってるな」

「……はい」

「だがな」

 オズワルドは顔を上げた。

「お前がいなかったら、今日も遅れてた」

 エドガーは息を呑んだ。

「橋が塞がっても、道が崩れても、考えて動いた。それで十分だ」

「でも、昨日は……」

「昨日も、だ」

 オズワルドは言い切った。

「諦めなかった。それだけで、補給係としては合格だ」

 帳簿を閉じ、立ち上がる。

「完璧じゃなくていい。届かない方が、よほど悪い」



 夜。

 詰所の灯りが消えたあとも、倉庫には音が残っていた。
 木箱を積み直す音。帳簿をめくる音。

 エドガーは、明日の輸送分を確認していた。
 誰に言われたわけでもない。

 扉の外で、トマスが立ち止まる。

「……まだやってるのか」

「少しだけ」

「真面目だな」

 エドガーは、帳簿から目を上げなかった。

「真面目じゃないと、足りなくなるから」

 トマスは何も言わず、肩を叩いて去っていった。

 詰所に残ったのは、帳簿と地図と、静かな灯りだけだった。

 それでいい、とエドガーは思った。


※本作は本日22:30に第6話が続けて更新されます。

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