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祠に住まう鬼
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昔々、天界に住む鬼の里で、最悪な事件が起きた。
同族の鬼を何人も刀で切り、喰い、自分の親をも喰い殺し、鬼が数百人住んでいる一つの町を一人で殲滅させたのだ。
裁判の際、死刑執行の最中にその罪人の鬼が人の世に逃げ逃れ、姿をくらませたという話しはあやかしの世界では有名な話となった。
何年たってもまだ指名手配をされている。
人の世に逃げた鬼は、山奥の神社の祠に落ちた。
意識が薄れゆく中、一人の声を聞いた。
「おや、そこにいては風邪を引きますよ。もし、大・・・で・・────」
限界が訪れて目を閉じた。
笑顔の妹の姿を思い浮かべ、「今行く・・よ・・・」と心の中で言って、意識を手放した。
───「お兄ちゃん!起きて!おはようの、ぎゅー!」
「ふはっ 分かった起きるよ!リユン、くすぐったいよ」
甘えん坊の妹は、ぎゅっとするのが好きで、よく抱き締めてくる。
妹がいれば、毎日が幸せだった。
俺と妹は養子として医者の家にもらわれていった。そこの両親は、厳しい人たちで、言われたことをきちんとこなさなければならなかった。出来なかった場合や間に合わなかった場合が多く、毎日酷い虐待にあっていた。
それでも
妹も俺も毎日身を寄せあって、どんなときも笑顔を忘れず、ずっと一緒に隣で離れないように、何があっても離さないように、お互いに抱き締めあって存在を確かめあった。
自分はここにいるよ、と。
そんな日々は、ある時を境に終わりを告げた。
朝、いつものように起こしてくれるはずの妹の姿が、ない。見当たらない。
起きて、あちこち探して歩いた。診療所に行ってみると、妹が実験台にされて殺されていた。両親の手によって。
俺は泣いた。大きな声をあげて、泣いた。
妹を抱き締めるとあの温かかった温もりはなく、冷たくなっていた。顔には泣いた涙の後が残っていた。
「リユン・・・・・」
俺は、冷たくなった妹の体を抱きしめ、泣きながらその亡骸を食べた。本当は食べたくなかった。
でも約束したんだ。
もしどちらかが亡くなった時は、
その時は、 骨も残さないで。
全部、食べること。
鬼の能力は高い。食べたものを吸収する力がある。
妹の能力を吸収した俺は、妹を殺した両親をまず殺した。妹を見殺しにした人たちを、町を滅ぼした。
暴れて、警備隊に捕らえられ、裁判で死刑が即確定された。その日のうちに打ち首にされそうになり、逃げた。
まだ
まだやることがあるんだ。
妹を
弔いたい・・・。
人里に逃げた俺は、山に落ち、偶然見つけた祠で息耐えようとしていた。
疲れた・・・。
リユン・・・今、弔ってやるからな。
こんな兄ちゃんでごめんな。助けてやれなくて、居なくなったの気づかなくて、ごめんなぁ・・・・。
食べてごめんな。痛かっただろう。兄ちゃんも痛かったよ・・・。
もう、リユンに触れることができな─────
泣きながらゆっくり目を開けた。
「・・・・?」生きている・・・。ここは、何処だ?
カタン
誰か来た!物音のする方に体を動かそうとするが、全く動かない。体には沢山の包帯が巻かれていた。手当てをした後だった。 いったい誰が?
目だけ向けると、一人の男が笑顔でこう言った。
「おや、おはよう。今日も冷えるね」
まるで家族に話しかけるように俺に話しかけてきた。
「誰だ貴様!よくも・・・よくも俺を!助けたこと後悔させてやる。今すぐお前を喰ってやる!!」
動かない体に無理やり力を込めて、ガバッと起き上がった。すると男は、笑顔で「元気になった、良かった良かった」と言って、呑気に蜜柑を剥いて俺の口に放り込んだ。
「むぐっ」甘っ!なんだこの食べ物は!?
男が放り込んだ食べ物をむぐむぐと食べると、また涙がでてきた。「うぅっ・・リユンに、も・・・リユンにも、もっと・・・っ・・食べさ、せてっ、あげ・・た・・・かっ・・・たっ!」
男は、「よしよし」と、泣きじゃくる俺の背中を優しく撫でて抱き締めてくれた。
それが、この神社の宮司、ろうりゅうだ。
月日は流れ、ある噂が流れた。
「山奥の神社の裏にある祠には近づいてはならない。
そこには"祠に住まう鬼がいる"」 と。
山奥で険しい道のりとその噂のせいもあって、神社に近づく者はあまりいなかった。
その神社には、一人の宮司と、どこから現れたのか青年が一人。静かに、住んでいた。
月日は流れ────
宮司が亡くなり、数十年が経ったある日。
鳥居の前で大怪我をした女性が倒れているのを青年が発見し、看病をする。
──────────────────────
その神社の裏にある祠には噂があった。
"祠に住まう鬼がいる" と。
山奥にあるのとその噂のせいもあって、神社に近づく者はあまりいなかった。
一人の宮司と、どこから現れたのか青年が一人。
静かに、住んでいた。
月日は流れ───────
宮司が亡くなり、数十年が経ったある日。
鳥居の前で大怪我をした女性が倒れているのを青年が発見し、看病をする。
────────────────────
神社の周りには結界を張っているため妖達は入っては来ないが、何故か破られるときがしばしば。
だから、俺はここから離れることが出来ない。祠の掃除や業務を終えた後、いつも空を見て過ごす。
・・・もう町の景色もうろ覚えだ。人里に出たのはもう何年前だろうか。
だが、ここ最近この神社にもう一人、住人が増えたのだ。
名を、みずの。 女性。
生まれつき憑かれやすい体質で、人里での住まいはどうやら生きにくかった様だった。何があったのか、両目がほぼ潰されたような状態でこの神社の前で倒れているのを俺が発見し、招き入れた。
数日間の介抱の甲斐があってか、心身共に少しずつ回復し、両目もだんだんと見えるようになってきたようだ。
今でも何があったのか話してはくれない。だが、当時の体の状態から酷い扱いを受けていたのが見てとれる程、悲惨な状態だった。彼女が話してくれるまで触れないことにしている。
寡黙で口数は少なく表情もあまり動かない。いろんな顔が見たいと、驚かせたりふざけたりもしたがなかなかうまくいかないもので、どれも失敗に終わってしまった。
炊事洗濯など家事全般を黙々とこなす彼女に何度か「なにもしなくていいから、ゆっくり休んでおくれ」と断ったが、逆に断られてしまった。
「大丈夫ですので、・・・」の一言だけを言って。
このやり取りも、もうやらなくなった。俺から折れたのだ。何を言っても止めないから、諦めました・・・。
みずのが住みはじめて早一年と半月程経った。
ある日。
みずの様子が少しおかしいことに気づいた。
俺はよく、昼と夜の決まった時間に縁側に座り、昼にはお茶を、夜にはお酒を飲んでぼんやり空を眺めては一人で過ごすことが多い。
みずのが来てからは、二人でその時間を過ごすことが増えた。
何を話すわけでもない。何をするわけでもない。ただ隣に座って、一緒になってお茶を飲んで過ごす。
夜は、彼女は甘酒を嗜む程度に飲むくらい。この前お猪口一杯のお酒を飲んだだけで倒れてしまったのだから、あまり強くない様だとわかった。昼同様、何を話すわけでもない。何をするわけでもない。ただ隣に座って、一緒になって空を眺めてこの時間を過ごす。
俺は心地よいと感じるが、みずのはどう感じているのだろうか。と時折考えてしまう。
そんな日々だったが、この日は少し違った。
「ろうりゅうさん」
「・・・・へ?」
今日は、今まで呼ばれたことのない名前を呼ばれ、おかしな声が飛び出てしまった。
「あの・・・ろうりゅうさん?」
「あ、はい!なんでしょうか!?」
・・・・っっ!ビックリしたぁー!!
出会ってから今まで、彼女に名前を呼んでもらったことがないため、急なことで頭が追い付いていかなかった。今も追い付いてないけど。
「あの、どうしましたか・・・?」
「いえ・・・なんでも、ありません」
「?」
用もないのに名前を呼ぶなんて、どうしたんだろう、とこの時は少し引っ掛かっただけで特に気にもしなかったが、それが昼と夜の縁側に座った時によく名前を呼ぶようになった。名前だけ呼んで、返事をすれば、表情こそ動かないが、どこか安心したかのような雰囲気が彼女から流れ出る。
まるで───
俺の名前を呼んで
本当に俺であるのかを確かめるように
疑問から確信に変わったのは、小さな仕草からだった。
早朝、偶然にも彼女と廊下でばったり会った時、用を思いだし彼女の名前を呼ぶと、そろりとこちらを見てそそっと早足で部屋に戻っていったのだ。
いつもなら名前を呼ぶと、真っ直ぐにじっと目を見てそのまま見つめてこちらの話すのを待つのに、この怯えたような仕草。
どうやらみずのは何者かにまた取り憑かれているようだ。
「厄介な奴でなければいいが・・・」
廊下を歩きながら考える。
はて、どうしたものか・・・。
手がかりがなく迷っていると、みずのの部屋の前を通りかかった。ふすまが開いている。
もしや換気か。
何時も閉まっているふすまは珍しく全開に開けられており、縁側に布団が干されていた。
「そういえば、俺はいつもこの時間はここを通らないからな。今日は珍しい物を見たな」
いつも黙々と家事をこなす彼女は、どこか人間味が薄く、無表情なため動かされている人形のようだったが、このような一面を見ると、やはり人間味があるなと改めて思う。
「ふっ(笑) それにしても可愛いな」
あの日以来、初めて彼女の部屋を見たが、俺が当初用意したタンスが部屋の角に置かれているのと、戸の近くの壁には小さな机とろうそく。座布団一枚に干してある布団が一枚だけのすっきりとした部屋となっている。
俺が可愛いなと言ったのは、机の上に置かれている一冊の本だ。
意識を取り戻して声が出せるようになってから、初めて欲しいものを言ってきたのが、本である。
書庫から何も書いていない白紙の本を探し、書くものは書道道具しか家にはなかったため、一式用意し、渡した。
何を書いているのかわからないが、どうやら大事に使ってくれているようだった。
「表紙がボロボロではないか」月日が過ぎるのは早いものだな。
足元の影を見る。日が傾いてきている。
「もうそんな時間か。そろそろかな」
いつも座っている縁側に行くため、お茶の準備に取りかかることにした。
台所に行くと、既に先客がいた。
「みずの」
「・・・・・・・はい」
今の間。返事に迷っていたな。
「茶の準備をしてくれていたのか。ありがとう」
「はい・・・」
お盆には湯呑みが二つ、急須に茶の葉がお湯の中で踊っている。よい香りだ。今回は玄米茶か。
小皿には小さなおはぎが二つずつ乗せてあり、手作りだと見てわかる。(あんこに指の跡がある)
それらも二皿用意されており、綺麗に並べられていた。
「運ぶよ」
「あ・・ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「いえ・・・」
ふいっとそっぽを向き、足早に台所を出ていく彼女。
自分の部屋に戻っていったのか。
忍び足で彼女の後を追いかける。
(やはり。部屋に戻ったか)
何をしているのか覗くと、彼女は、机の上にある本を読みはじめた。
「あの方は、ろうりゅうさん」
不意に名前を呼ばれドキッとした。確認をしている?俺の名前を?何故?
しばらくパラパラと本をめくり、急にパタン閉じると彼女は立ち上がり、廊下に出ようとこちらに向かってきた。
(!! まずい!!)
慌てて反対方向の廊下を全速力で音を立てないように走った。台所に戻り、お盆を手に持って、いつもの縁側に急いで行き、座った。最初からそこにいましたよ、という雰囲気を醸し出しつつ茶を湯呑みに注ぐ。
とっとっとっとっ と彼女がこちらに歩いてきて隣に座った。
俺の顔をじっと見つめて、こう尋ねた。
「ろうりゅうさん」
「はい。なんでしょうか」
「いえ・・・なんでもありません」
「・・・・みずの」
「はい」自分の名前はわかるようだ。
「何か、ありましたか?」
「いえ、何もありません」
「そう、ですか・・・」
何かが変だ。
昼は何事もなく過ごし、夜も変わらず過ごした。
彼女の飲み物にお酒を少し混ぜたこと以外は。
彼女を抱き抱えて部屋に連れて行く。
「軽いな」ちゃんと食べているのだろうか。
俺と同じものを食べているはずなのに、こうも違うとは・・・どこかまだ治っていないところがあるのかもしれない。
彼女を抱え直し、空いた手でふすまを開ける。
ガタッ スー
部屋には、昼間干されていた布団が既に敷いてあった。
布団の上に彼女を降ろすと、布団からふわりとお日様の匂いが部屋に広がっていく。
「あぁ、優しい香りだな」
自然と笑みが溢れる。
が、それはすぐに消えた。
外に誰かが立っていたからだ。
「誰だ」
彼女に掛け布団をかけて部屋の外に出て、しっかりふすまを閉めた。会話が聞こえないように。
「お初にお目にかかります。我は天狗と言う。以後、お見知りおきを」
「何をしに来た。結界を破きおって」
「あんな甘チョロな結界など、一息でパチンだわ」
「童話の狼かよ」
「それよりも、彼女の寝顔を見に来たのだ。そこを退けてもらおうか」
「・・・何?」
「だから寝顔を見に来たのだ」
「何故彼女を知っている」
「あぁ、彼女は我のお気に入りなのだ。たまたま散歩をしていたところ、掃除をしていた彼女に挨拶をされてな。我に話しかける珍しさとこんな山奥の廃れた神社におなごが居る珍しさが気に入ってな。もう一度話せる機会を伺って、こうして訪れて来ておるのだ」
「挨拶・・・」また厄介な相手に話をかけたものだ。多分人間と間違えて挨拶をしたんだろうな。
「しかし、気に食わないこともあってな」
「何?」気に食わないこと?
「頭の中はお主のことを考えていることが多くてな、面白くないから記憶を少しずつ取って、徐々に我の方を振り向かせようと思うてな」
「な、何だと!」最近みずのの様子がおかしかったのは、天狗のせいだったのか!
天狗に向かって身構えた。
「だが、おかしいのだ。何度も記憶を盗っておるのに、お主の記憶が途切れぬのだ」
「なんだって?」
「新しくお主の記憶が出てくるのだ」
「・・毎日一緒に過ごしていれば、新しい記憶もできよう」
「まぁそうなのだろうが、それと同時に古い記憶もできておるのだ」
「古い記憶?」
「あぁ。お主とあの彼女が出会った頃の話だぞ。あれも記憶を盗ったはずなのだが、毎日新たにできておってな」
「まさか、あり得ない」
「彼女は想像をしているようだ」
「想像?」
想像?そもそも彼女はこの天狗によって毎日、俺の記憶だけを盗られているから俺の存在自体の記憶がないのだろう?
「もしかして彼女、日記か何か付けてないかい?」
「日記・・・・」
俺はハッとした。今日机の上に置いてあった本の存在を思い出した。
────じゃあ、あの俺の名前を呼んで確かめていたのは、本当に俺であるのかを確かめていたのではなく、日記に書いてある人物の名前が俺であるのか確かめるために名前を呼んでいたというのか。
「あれはもしや、日記・・・か?」
・・・もし、俺以外の者が「ろうりゅう」の名で返事をしたのなら、みずのはそのまま信じてしまうのだろうか
そう考えただけで、恐怖と寂しさが込み上げる。
それと同時に天狗に対しての怒りも込み上がる。
「やはり付けているのか。はぁ。これで謎が解けた。おかしいと思ったんだ。何もないところから想像なんてものは出来やしないのだ。ましてやお主の存在など最初から無いものとされておるのだからな」
「貴様・・っ!」
「だって無いに等しいだろう。お主は人間にこそ化けては居るが、基は鬼」
「黙れ」
何も知らないくせに
「我らの里の間でもお主は有名だぞ。同族の鬼を何人も刀で切り、喰い、自分の親をも喰い殺し、鬼が数百人住んでおった一つの町を一人で殲滅させた罪悪な鬼がいると。裁判の際、死刑執行の最中、その鬼が人の世に逃げ逃れたという話は最早伝説とされておる。何年たってもまだ指名手配されているくらいだ。それ程罪が重いのだろうな」
まぁ当たり前か、と言うようにお面越しで俺を見る。
「黙れ!」
何も知らないくせに!
「今からお主の所在を我らの里に知らせることもできる。お主はここにいてはいけない存在なのだ!さあ!わかったのなら、彼女をこちらに渡してもらおうか」
「誰が・・・・」
何も知らないくせに・・・
俺は天狗に向けて拳を振りかざし、勢いよく振り下ろす。何も持っていない拳は、空を切った音だけを残した。
ひゅん
「何をして・・、っ!?」
天狗の付けている面が音の鳴った後、額から左斜めに刀で切ったかのようにパカリと二つに割れて地面に落ちていった。
カラン カタン
「何も」
「お前まさか・・・」
俺が前に一歩出ると、天狗が後ろに一歩後退る。
「知らないくせに」
「刀を喰ったな!」
「よくも」
「おや。もしかして怒っちゃった?」
「貴様もあの町の奴らと同じ・・許さねぇ」
「!!」
ぞわりとするような黒い妖気が俺から出ているのを天狗が感じ取ったのか、翼を広げて空に舞い上がった。
「お主のその姿、それが本来の姿か」
人間の姿に似ても似つかない。
水に映る自分の容姿を見たことがある。
額には立派な角が二本生えており、細く天に真っ直ぐ伸びている。目は右が黄色、左が赤色の左右違った色の瞳。
顔には大きな傷痕があり、左目から左頬、口を通り首まで伸びて生々しく残っている。口には牙が二本。爪も尖り、体つきも違う。
そして危険を感じてしまう程の黒い膨大な妖力。
今やおぞましい姿だ。
妖術で変化を施しても、傷痕と目の色は変えられず、残ってしまう。
「その身、喰ろうてくれる!」
本気で天狗に跳び掛かろうと身構える。地面から数メートルの高さ。だがその高さなら、跳んで捕まえ喰える距離!
「まだそのような妖力が・・・そうか」
「二度と朝日を拝めぬようにしてくれる!」
「ふむ・・・。よし。我帰るわ」
「・・・・・・は?」
急に小さく手を上げてにっこりと笑い、急に体を方向転換をしたかと思うと、神社の外に勢いよく飛んでいき、あっという間に見えなくなった。
「何だったんだ、一体・・・」嵐のような奴だったな。
妖術で変化をし、人間に化ける。
閉めたふすまを少し開けて、中の様子を覗き見た。
「寝てる」
先の会話を聞かれてはいないなと安堵し、ふすまを静かに閉めた。
屋根に登り、空をぼんやり眺める。
大きな月が屋根と俺を淡い光で照らす。
思わず手をゆっくりと伸ばして掴もうとする。
届きそうなのに届かない。空を握って終わった。
金平糖をコロコロと口の中で転がし、ガリガリと噛む。
ガリガリと噛む音が心地よく耳に残る。
たまに口寂しくなると、こうやって金平糖や飴玉を齧り、音と感触で気を紛らわせることで何とかしてきた。
夢中で金平糖を齧った。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ
大丈夫。
今回も、何とかなる。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ
何とかなる。
「あの・・・ろうりゅうさん?」
下の方で不意に名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
「あ・・・・」
手元を見ると、血だらけの片方の手が見えた。
どうやら夢中で手も齧っていたようだ。
口許の自分の血を拭って、下にいる彼女の呼びかけに答えた。
「・・・・っ、な、何んですか?」
「あの・・先ほどの音」
「え・・音?」
「ガリガリと」
「あ・・・・・・・」
それは、金平糖と
俺の手の骨を齧ってる音 だよ
なんて、そんなこと言えない。
「金平糖を・・・食べていました」
「金平糖」
「ええ」
「・・・私にも一つ、頂けますか?」
「・・・・・」
何も言葉が出てこなかった。冷や汗が滲み出る。
「・・・・・」
「・・・・・」
「そう、ですか・・・」
彼女が去っていく足音が聞こえる。
これでいいんだ。
血だらけの手を服で拭う。
「はぁ・・・不味い」
口の中が血の味がする。毎回思う。不味い。
自分の血が穢れていることくらいわかっている。不味いのがその証拠だ。
「・・・・」
人差し指と中指が無くなっている。齧りかけの薬指が半分残っている状態を眺める。
どうすんだこれ・・・。再生には時間がかかる。そういえば前も夢中で齧りすぎたことあったな。その時は、あの人に怒られたっけ。
無くなった指を見て思い出を懐かしんでいると、屋根の端にカタンと音が聞こえた。
バッと視線を音のした方に向けると、みずのが無言で梯子を登って屋根の上を伝って俺の隣に座ってきた。
「!!!」
気づかれないよう慌てて自分の血塗れた手を見えないように体の横に隠し、膝を胸の前で立てて、血で汚れた服を隠した。
「ろうりゅうさん」
「なっ、なんでしょうか」
「・・・・・・」
無言で握った右手を俺の方に差し出した。
「?」
「・・・・・・・・どうぞ」
「あ。はい」
俺も手を差し出すと、彼女の小さな手から落ちたのは、コロンと二つの飴玉だった。
「あ・・飴玉?」
「金平糖と」
「これと?」もしかして交換ってこと?
「はい」
「もしかして、五月蝿かったですか?」
「・・いえ」
「あの・・・すみませんでした」
「だ、大丈夫です」
「そうですか・・・あ、金平糖は差し上げるので、どうかもうお休みになって下さい。今日は冷えます。風邪を引いてしまってはいけませんから」
「・・、あ、あの。このまま。もう少しいてはダメでしょうか」
「ダメでは無いですが・・・退屈ではありませんか?」
「いえ、何も退屈ではありません」
「何も」
「ええ、何も」
「・・・・・・そう、ですか」
俺と彼女は、しばらく屋根の上で金平糖や飴玉を食べながら、静かにただ座って大きな月を眺めて過ごした。
次の日。
俺は、みずのが家事をして部屋を離れていることを確認してから、忍び足で彼女の部屋に入った。
見ると、昨日と変わらないままの状態だった。
「日記は・・・これか」
机の上に置かれている本を手に取った。
勝手に読むのは気が引けるが、気になったのだ。
記憶が奪われたのに、想像で新たに記憶を作るほどの日記とはなんと書いてあるのかを。
本を手に、屋根の上に上がる。
一枚目を捲る。 パラ
秋。
やっとの思いで頼りの神社の前にたどり着く。
知らぬ人の匂いがする。その人は、私を助けてくれた。
何も聞かず、ただ静かに私のことを看病してくれた。
「秋・・、あ、しまった。ここに暦を表すものないからわからないのか。今度用意せねば」
俺は気にしたことはないが、何か書くのであれば、必要になってくるのだろう。
二枚目。
秋。
彼は、ろうりゅうさんと言う。
ここに住んでいると言っていたが、前の宮司さんは何処へ行かれたのだろうか。
うっすら見えた彼の影が怖い。
「俺の影・・・」
「隠しきれてないんじゃないの?」
急に隣から声が聞こえて、慌てて避けると、昨日現れた天狗がちゃっかり隣に座っていた。
「何をしに来た!」
「しぃー!みずの殿に聞こえてしまうぞ」
「あっ・・・、貴様!」
小声で話し、身構えた。
「そう怒るなって。記憶返しただろ。それに、我も気になってたんだよ。日記」
「だからって」
「ほら!早よ続き!早くしないとみずの殿が帰ってきてしまうぞ」
確かにと思い、天狗を無視することにした。
「・・・・ったく」
その場に座り、渋々再び本を開く。
隣に天狗がぴったり寄ってきた。
三枚目を捲る。 パラ
秋。
ろうりゅうさんは、とても優しい。
私の名前を呼んでくれる。たくさん沢山優しい声で呼んでくれる。この名前は好きではなかったけれど、ろうりゅうさんに呼ばれるのは、なんだか心地よくて好き。この名前も好きになれそうだ。
「知らないんだけど」
何故か恥ずかしくなって、顔を手で隠す。
何。そんなこと思ってくれてたの?
「彼女、案外心の中は饒舌なのよ」
「勝手に心の中を覗くなよ」
四枚目。
秋。
体が少しずつだが動かせるようになってきた。目も少しだけど、見えるようにはなってきた。
外から聞こえる。ろうりゅうさんは、よく縁側に座り、静かにお茶を飲んでいつも空を見てる。何を考えているのだろう。
「それは気になる。で、何考えてるの?」
「うるさい」
五枚目を捲る。 パラ
秋時々初雪。
歩けるまでに回復。ろうりゅうさんのおかげ。
ろうりゅうさんが寒いだろうと火鉢を部屋に用意してくれた。彼の影はまだ少し怖いけど、見慣れた。もう大丈夫。
夜も縁側に座って、お酒を飲んで空を見てる。何を考えているのだろう。
「何?夜も?それは気になる。で、何を考えてるの?」
「いちいちうるさいな」
「ちなみにお酒は何?」
「酒は、自家製だ」
「なんと!今度、いや、今日頂戴!」
「だんだん図々しくなってきたな」
六枚目。
冬。しんしんと降る雪。のち積もる。
だんだん見えるようになってきた。体ももう動かせる。
ただお世話になるのもよくないと思い、家事を申し出たところ、断られてしまった。まだ休んでいてもよいと言う。とても優しい人。
少しでもろうりゅうさんのお役に立ちたい。
私の出来ることは何かな…。
ろうりゅうさんの笑った顔が見たい。
神社の裏に祠を見つけた。
「みずの・・・」
また恥ずかしくなって、手で顔を隠す。
「優しい子だな」
「あぁ」
七枚目を捲る。 パラ
冬。雪がすっかり積もった。
今日は雪かきをした。沢山積んで山を作り、ろうりゅうさんは山の中心をあっという間に掘って、小さな家のようなものを作った。"かまくら"というものらしい。
中で火鉢をたいて、餅を焼いて食べた。美味しかった。
「いいなぁー、かまくら!何で我も呼んでくれなかったの!?」
「知らねぇよ!」
「今度は呼んでよ!」
「誰が呼ぶか!!」
「なぁ、最近のやつ読んでみようぜ」
「最近の・・・」
パラララララララララララ…………………パラ
ページを流すように捲り、三日前くらいの日でページを止めた。
夏。日がとても暖かい。洗濯日和。
布団を干した。お日様の匂いが好き。
あの人の傍を通ると、いつもお日様の匂いがする。
名前を聞くと、ろうりゅうさんという。表情が豊かな優しい人。
知らない人なのに、あの人の隣は何故だか落ち着く。
縁側の時間、好き。隣にいても怒らないでいてくれる。
今日も祠にお参りに行く。
「お日様の匂い?どれどれ」
天狗は急にスンスンと俺の匂いを嗅ぎはじめた。
「何んすんだよ!やめろ」
「あー、確かに。いい匂いだな。届かないお日様が近くに居るくらいのいい匂いと温かさ」
「抱きつくな!嗅ぐな!」
ジタバタと天狗の抱きついてくる腕から逃れるように抵抗をする。
「次の日は?」
「あ?次?」
パラ
夏。昨日よりも少し暑い。洗濯日和。布団を干した。
夜、ガリガリという音で起きた。
ろうりゅうさんが金平糖を食べていた音だった。
様子がおかしかったから、心配で勝手にきてしまったけれど、本当に良かったのだろうか・・・。寂しそうな哀しそうな顔。こういうときどうしたらいいのだろう。ただ傍にいることしか出来ない自分が情けなくなる。
「その手、食べたの?」
「再生するからいいんだよ」
「ふぅん あ、金平糖我も食べる。頂戴」
「誰がやるか。さっきから図々しいぞ」
離れろ!と、天狗の顔に手をついてグググと体から離そうと押す。
「いでででででで」
「は・な・れ・ろ!」
「いいではないか!我と主の仲だろぉ!」
「仲良くない!俺お前嫌いだ」
「ひどい!」
二つの影が少し傾きはじめる。
「俺は降りる」
「!我も降りる!!」
日記を元の場所に戻し、いつもの縁側に向かう。
トサッ
「ふぅ」
いつもの場所に座り、空を見上げる。
今日も
「今日も空は青いなぁ。快晴快晴」
「!!なんでお前が居んだよ」
「いいではないか。あ」
天狗がひょいと俺の横を見たので振り返ると、みずのがお盆を持って立っていた。
「?」
いきなりの来客、いや珍客が横に居ることに驚いていた。
無理もない。俺も驚いた。
「そちらの御方は?」
「我は烏天狗・・じゃなくて、ろうりゅう殿の友人のソカと申す。みずの殿、どうぞこれからもよろしく申し上げる」
「あ・・こちらこそよろしくお願いいたします。私はみずのと申します」
かしこまって座り、深々と頭を下げた。
「みずの、こやつは友人ではな むぐっ」
天狗の手が、いきなり口を抑えて塞いできた。
「みずの殿、我もこの席に同伴してもよろしいか?」
「え、ええ・・・ろうりゅうさんがよろしければですけど」
チラリと俺の方に視線を向けたみずのは、あることに気づいたという顔をした。
「っぷは!はぁ。みずの、どうした?」
やっと塞いできた手を退ける。
「ソカさんの湯呑みとお菓子が足りなくて・・・」
「・・・・・・・・」
ん?なんて?あのな、みずの。俺まだ許可してないよ。
「?あの・・どうされました?」
「ぶふっ・・ん゛ん゛、心配ご無用だよ、みずの殿。この椀でお茶を頼みます」
俺の心を読んだのか、みずのの反応が面白かったのか、天狗は体を震わせて笑いを堪えながら、懐から赤と黒塗りの雲を連想させるような不思議な紋様が施された手のひら程のお椀を出して、みずのに渡した。
「珍しいお椀ですね」
「あぁ、生まれたときに家族から各々一人一つ貰い受けるしきたりでね。世界に一つしかない一品物だよ」
「素敵なしきたりですね」
「そうなんですかね。我にはよくわかりませんが」
一瞬寂しそうな顔をして、すぐにニカッと笑った。
「・・・みずの。これでお茶を頼む」
「はい」
「一番茶がいいなー」
「贅沢言うな」
「え~」
「ソカさん、お菓子は私のをあげます」
今日はよもぎ餅だ。良い香りがする。
「みずの殿のは?」
「私は大丈夫です」
「じゃあ、半分こしようよ。そうしよう。それがいい」
「本当にいいのですか?」
「いいのいいの。半分こ、ね?」
「わかりました。では・・」
みずのは竹串を使って上手に半分に割って、皿ごと天狗に渡した。
「わぁい!ありがとうみずの殿!」
「こんな奴にあげなくてもいいのに」
「そういうわけには・・」
「はい」
俺は自分の分のよもぎ餅を竹串で半分に割り、みずのに渡した。
「ろうりゅうさん!?」
「どうぞ」
「でも・・・」
「いいのいいの。俺がそうしたいんだから」
「あの、ありがとうございます」
「どういたしまして」
笑顔で答えると、みずのもそれにつられてか、ほんの少し笑ったように見えた。
いい雰囲気だったのだが、
「我も混ぜてー」
こいつのせいで台無しになったけどな。
後ろで天狗が急に割り込んできたのだ。
「まったく・・・ほら」
残った餅をもう半分にし、天狗に渡した。
「え?」
天狗がキョトンとした顔で俺の方を見つめた。
「やるよ」
「我はもらったぞ」
「知ってる。だがさっき紙に包んで、懐に入れてたろ」
「・・バレてたか」
「それ、食べないんだろ?」
「あぁ、これを床に伏している弟に食べさせたくてな」
「なるほど。なら、これはソカが食べな」
「弟さん、早くよくなるといいですね。今度また作りますから、持っていってあげてください」
「みずの殿、ろうりゅう殿・・・ありがとう」
「ん。あ!おい!」
天狗は、俺の手から餅をパクリと直接食べた。
「んー!うまい!」
「それは良かったな」
俺も自分の餅を食べた。
うん、うまい!
わいわいと騒がしく縁側で、三人お茶を飲みながら過ごした。
夜。
ご飯を食べ終え、みずのは部屋に、天狗は里に帰っていった。二人と別れた俺は、神社の裏の祠に向かった。
俺の帰る場所。
「ふぅ・・・疲れた」
さくさくといつもの道を歩くと、祠が見えてきた。
トサッ
祠に着くと近くの石に座り、またぼーっと空を眺める。
「服、洗わないとな」
昨日血で汚してしまった服を洗わないと、染みになる。
祠に隠した服を取り出す。
さく さく さく さく さく
こちらに近づいてくる足音が聞こえる。
「!隠れるところ・・あ!」 ガサッ
とっさに木の上に跳んで身を潜めた。
こんな時間に誰だ?
様子を見ていると、やって来たのはみずのだった。
「!!」みずの?
祠の前にしゃがんで、持ってきた水の入ったバケツとタオル、小さいホウキと塵取りを使って掃除を始めたのだ。
いつも掃除をしてくれてたのは、みずのだったのか・・。
夜、祠に帰るといつも綺麗になっており、お供えのようにお菓子やご飯が置いてある。
昼に祠を掃除している俺よりも丁寧に掃除がされている。
ありがたい。だが、誰がいつも掃除をしてくれているのか疑問だった。それが今日ようやく分かったのだ。
「みずの・・・」
声をかけたいが、かけられない。
言えるわけがないのだ。
この祠に住んでいるのが、忌まわしき穢れた血の鬼であるということを───。
掃除を終えたみずのは、道具をまとめ、水で手を洗い、懐から桜餅を取り出し、祠の前に置いてお供えをした。
手を合わせてお祈りを始めた。
「・・・・・・」
何を祈っているのだろう。
もし
もし俺が神様だったら・・・、と思うが
俺は、鬼だ。
どんなに祠にお参りしても、そこに神様なんてもんはいないんだよ、みずの。────いるのは、化け物だ。
泣きそうになって涙が出そうな目をグッと堪えて我慢をした。
ごめんな、みずの 神様じゃなくて
しばらく見ていると、お祈りを終えたみずのがもと来た道を戻っていった。
居なくなったのを確認してから降りようと足を伸ばす。すると突然、空から何かが降ってきた。
慌てて木に捕まり、身を隠す。
今度はなんだ?
空から降りてきたのは、なんと天狗だった。
手には饅頭が二つ。祠の前に饅頭と小さな酒瓶を置いて天狗もお祈りをし始めた。
しばらく見ていると、不意に声をかけられた。
「おい、どこかに居るのだろ?でてこいよ」
祠を見つめたまま、天狗が俺を呼ぶ。
「・・・・・・・・」
ザッ
俺が地面に降りると、天狗がにっこりと笑い、こちらを向いた。
「盗み見るとは、お主も趣味が悪い」
「俺にそんな趣味ない。そもそも何をしている」
警戒をしつつ天狗のいる祠に近づく。
「何って、お参りさ」
「そこに神様は存在しない」
「あぁ、知ってる。鬼が住んでんだろ?お主が落ちた頃から知ってるさ」
「・・・・・」
知ってるなら、何故お祈りをする?
黙っていると、天狗が桜餅を手に取り、勝手に食べ始めた。
「おい」
「そう怒るな、情報料としてもらう」
「なんの情報だ」
ぐだらない情報なら喉元噛み千切ってやる!
「みずの殿のお願い事」
「な、なんだと」
「何て言ってたか、教えてやるよ」
「・・・・」そういえばこやつ、心が読めるのだったな。
「どうか、ろうりゅうさんがずっと笑顔でありますように。ずっと隣で一緒にいられますように、だとさ。心が綺麗すぎて我はドキドキしてしまった」
天狗は胸を抑えて、安心したような優しい笑顔をして目を閉じた。俺も目を閉じた。
みずのは本当に綺麗な心の持ち主だ。
「そうか・・みずのはそのように・・・」
「良かったな」
「・・・ん。情報料の追加だ」
俺は袂から小さな小瓶を取り出し、ふたを開けて数個の金平糖を紙にのせて包み、天狗に渡した。
「何の?」
「お前のは何なのか聞きたい・・・」
「は?はぁ・・・、贅沢なやつ」
「い、いいだろ!これやるから!」
「・・・・いいよ。我のは、早く弟の病が治りますように。元気になりますように、だ」
「何の病だ?」
「わからないが、鬼の作る薬がよく効くと風の噂で聞いてな。鬼の里には近づけないし、ましてや鬼の知り合いなど居らぬしで、鬼たちには頼みづらい。つまりお手上げだ」
天狗は、手を小さく挙げて降参のポーズをとった。
「鬼の作る薬」
「そうさ。何でも治ると言われているらしいが、風の噂だからな。本当かどうか・・・」
「そうか。教えてくれてありがとう。・・・何もしてやれなくてすまないな」
「いやいいんだ。情報料ももらったしな。さてっと。じゃあ、またな」
バサッバサバサ
翼を広げて空に舞い上がり、天狗は暗い空に溶けて消えていった。
「やるか・・・」鬼の作る薬。
天狗の言っていたその薬は、鬼の里で薬を作っていたのは、俺と俺の家族だったのだから。
罪滅ぼしとまではいかないが、「こんな俺でもできることがあるのなら」助かる命を救いたいと思う。
例え嘘でも、俺の友人と言ってくれた言葉に、少し心が救われた。その礼の代わりに────。
次の日から天狗は、毎日神社に遊びにくるようになった。
─────天狗の願いを聞いてから、密かに薬を作り、天狗に渡すと、次の日天狗の家族から深く感謝をされた。ソカの話を聞いた天狗達は、警戒しつつも好奇心で神社にやって来るようになった。みずのの優しさもあって、助けたり助けられたりして親交を深めていった。
俺とみずのと天狗のソカ。後に元気になり、神社に遊びにくるようになる弟も含め、仲良く賑やかな笑い声が神社から聞こえてくるようになった。
同族の鬼を何人も刀で切り、喰い、自分の親をも喰い殺し、鬼が数百人住んでいる一つの町を一人で殲滅させたのだ。
裁判の際、死刑執行の最中にその罪人の鬼が人の世に逃げ逃れ、姿をくらませたという話しはあやかしの世界では有名な話となった。
何年たってもまだ指名手配をされている。
人の世に逃げた鬼は、山奥の神社の祠に落ちた。
意識が薄れゆく中、一人の声を聞いた。
「おや、そこにいては風邪を引きますよ。もし、大・・・で・・────」
限界が訪れて目を閉じた。
笑顔の妹の姿を思い浮かべ、「今行く・・よ・・・」と心の中で言って、意識を手放した。
───「お兄ちゃん!起きて!おはようの、ぎゅー!」
「ふはっ 分かった起きるよ!リユン、くすぐったいよ」
甘えん坊の妹は、ぎゅっとするのが好きで、よく抱き締めてくる。
妹がいれば、毎日が幸せだった。
俺と妹は養子として医者の家にもらわれていった。そこの両親は、厳しい人たちで、言われたことをきちんとこなさなければならなかった。出来なかった場合や間に合わなかった場合が多く、毎日酷い虐待にあっていた。
それでも
妹も俺も毎日身を寄せあって、どんなときも笑顔を忘れず、ずっと一緒に隣で離れないように、何があっても離さないように、お互いに抱き締めあって存在を確かめあった。
自分はここにいるよ、と。
そんな日々は、ある時を境に終わりを告げた。
朝、いつものように起こしてくれるはずの妹の姿が、ない。見当たらない。
起きて、あちこち探して歩いた。診療所に行ってみると、妹が実験台にされて殺されていた。両親の手によって。
俺は泣いた。大きな声をあげて、泣いた。
妹を抱き締めるとあの温かかった温もりはなく、冷たくなっていた。顔には泣いた涙の後が残っていた。
「リユン・・・・・」
俺は、冷たくなった妹の体を抱きしめ、泣きながらその亡骸を食べた。本当は食べたくなかった。
でも約束したんだ。
もしどちらかが亡くなった時は、
その時は、 骨も残さないで。
全部、食べること。
鬼の能力は高い。食べたものを吸収する力がある。
妹の能力を吸収した俺は、妹を殺した両親をまず殺した。妹を見殺しにした人たちを、町を滅ぼした。
暴れて、警備隊に捕らえられ、裁判で死刑が即確定された。その日のうちに打ち首にされそうになり、逃げた。
まだ
まだやることがあるんだ。
妹を
弔いたい・・・。
人里に逃げた俺は、山に落ち、偶然見つけた祠で息耐えようとしていた。
疲れた・・・。
リユン・・・今、弔ってやるからな。
こんな兄ちゃんでごめんな。助けてやれなくて、居なくなったの気づかなくて、ごめんなぁ・・・・。
食べてごめんな。痛かっただろう。兄ちゃんも痛かったよ・・・。
もう、リユンに触れることができな─────
泣きながらゆっくり目を開けた。
「・・・・?」生きている・・・。ここは、何処だ?
カタン
誰か来た!物音のする方に体を動かそうとするが、全く動かない。体には沢山の包帯が巻かれていた。手当てをした後だった。 いったい誰が?
目だけ向けると、一人の男が笑顔でこう言った。
「おや、おはよう。今日も冷えるね」
まるで家族に話しかけるように俺に話しかけてきた。
「誰だ貴様!よくも・・・よくも俺を!助けたこと後悔させてやる。今すぐお前を喰ってやる!!」
動かない体に無理やり力を込めて、ガバッと起き上がった。すると男は、笑顔で「元気になった、良かった良かった」と言って、呑気に蜜柑を剥いて俺の口に放り込んだ。
「むぐっ」甘っ!なんだこの食べ物は!?
男が放り込んだ食べ物をむぐむぐと食べると、また涙がでてきた。「うぅっ・・リユンに、も・・・リユンにも、もっと・・・っ・・食べさ、せてっ、あげ・・た・・・かっ・・・たっ!」
男は、「よしよし」と、泣きじゃくる俺の背中を優しく撫でて抱き締めてくれた。
それが、この神社の宮司、ろうりゅうだ。
月日は流れ、ある噂が流れた。
「山奥の神社の裏にある祠には近づいてはならない。
そこには"祠に住まう鬼がいる"」 と。
山奥で険しい道のりとその噂のせいもあって、神社に近づく者はあまりいなかった。
その神社には、一人の宮司と、どこから現れたのか青年が一人。静かに、住んでいた。
月日は流れ────
宮司が亡くなり、数十年が経ったある日。
鳥居の前で大怪我をした女性が倒れているのを青年が発見し、看病をする。
──────────────────────
その神社の裏にある祠には噂があった。
"祠に住まう鬼がいる" と。
山奥にあるのとその噂のせいもあって、神社に近づく者はあまりいなかった。
一人の宮司と、どこから現れたのか青年が一人。
静かに、住んでいた。
月日は流れ───────
宮司が亡くなり、数十年が経ったある日。
鳥居の前で大怪我をした女性が倒れているのを青年が発見し、看病をする。
────────────────────
神社の周りには結界を張っているため妖達は入っては来ないが、何故か破られるときがしばしば。
だから、俺はここから離れることが出来ない。祠の掃除や業務を終えた後、いつも空を見て過ごす。
・・・もう町の景色もうろ覚えだ。人里に出たのはもう何年前だろうか。
だが、ここ最近この神社にもう一人、住人が増えたのだ。
名を、みずの。 女性。
生まれつき憑かれやすい体質で、人里での住まいはどうやら生きにくかった様だった。何があったのか、両目がほぼ潰されたような状態でこの神社の前で倒れているのを俺が発見し、招き入れた。
数日間の介抱の甲斐があってか、心身共に少しずつ回復し、両目もだんだんと見えるようになってきたようだ。
今でも何があったのか話してはくれない。だが、当時の体の状態から酷い扱いを受けていたのが見てとれる程、悲惨な状態だった。彼女が話してくれるまで触れないことにしている。
寡黙で口数は少なく表情もあまり動かない。いろんな顔が見たいと、驚かせたりふざけたりもしたがなかなかうまくいかないもので、どれも失敗に終わってしまった。
炊事洗濯など家事全般を黙々とこなす彼女に何度か「なにもしなくていいから、ゆっくり休んでおくれ」と断ったが、逆に断られてしまった。
「大丈夫ですので、・・・」の一言だけを言って。
このやり取りも、もうやらなくなった。俺から折れたのだ。何を言っても止めないから、諦めました・・・。
みずのが住みはじめて早一年と半月程経った。
ある日。
みずの様子が少しおかしいことに気づいた。
俺はよく、昼と夜の決まった時間に縁側に座り、昼にはお茶を、夜にはお酒を飲んでぼんやり空を眺めては一人で過ごすことが多い。
みずのが来てからは、二人でその時間を過ごすことが増えた。
何を話すわけでもない。何をするわけでもない。ただ隣に座って、一緒になってお茶を飲んで過ごす。
夜は、彼女は甘酒を嗜む程度に飲むくらい。この前お猪口一杯のお酒を飲んだだけで倒れてしまったのだから、あまり強くない様だとわかった。昼同様、何を話すわけでもない。何をするわけでもない。ただ隣に座って、一緒になって空を眺めてこの時間を過ごす。
俺は心地よいと感じるが、みずのはどう感じているのだろうか。と時折考えてしまう。
そんな日々だったが、この日は少し違った。
「ろうりゅうさん」
「・・・・へ?」
今日は、今まで呼ばれたことのない名前を呼ばれ、おかしな声が飛び出てしまった。
「あの・・・ろうりゅうさん?」
「あ、はい!なんでしょうか!?」
・・・・っっ!ビックリしたぁー!!
出会ってから今まで、彼女に名前を呼んでもらったことがないため、急なことで頭が追い付いていかなかった。今も追い付いてないけど。
「あの、どうしましたか・・・?」
「いえ・・・なんでも、ありません」
「?」
用もないのに名前を呼ぶなんて、どうしたんだろう、とこの時は少し引っ掛かっただけで特に気にもしなかったが、それが昼と夜の縁側に座った時によく名前を呼ぶようになった。名前だけ呼んで、返事をすれば、表情こそ動かないが、どこか安心したかのような雰囲気が彼女から流れ出る。
まるで───
俺の名前を呼んで
本当に俺であるのかを確かめるように
疑問から確信に変わったのは、小さな仕草からだった。
早朝、偶然にも彼女と廊下でばったり会った時、用を思いだし彼女の名前を呼ぶと、そろりとこちらを見てそそっと早足で部屋に戻っていったのだ。
いつもなら名前を呼ぶと、真っ直ぐにじっと目を見てそのまま見つめてこちらの話すのを待つのに、この怯えたような仕草。
どうやらみずのは何者かにまた取り憑かれているようだ。
「厄介な奴でなければいいが・・・」
廊下を歩きながら考える。
はて、どうしたものか・・・。
手がかりがなく迷っていると、みずのの部屋の前を通りかかった。ふすまが開いている。
もしや換気か。
何時も閉まっているふすまは珍しく全開に開けられており、縁側に布団が干されていた。
「そういえば、俺はいつもこの時間はここを通らないからな。今日は珍しい物を見たな」
いつも黙々と家事をこなす彼女は、どこか人間味が薄く、無表情なため動かされている人形のようだったが、このような一面を見ると、やはり人間味があるなと改めて思う。
「ふっ(笑) それにしても可愛いな」
あの日以来、初めて彼女の部屋を見たが、俺が当初用意したタンスが部屋の角に置かれているのと、戸の近くの壁には小さな机とろうそく。座布団一枚に干してある布団が一枚だけのすっきりとした部屋となっている。
俺が可愛いなと言ったのは、机の上に置かれている一冊の本だ。
意識を取り戻して声が出せるようになってから、初めて欲しいものを言ってきたのが、本である。
書庫から何も書いていない白紙の本を探し、書くものは書道道具しか家にはなかったため、一式用意し、渡した。
何を書いているのかわからないが、どうやら大事に使ってくれているようだった。
「表紙がボロボロではないか」月日が過ぎるのは早いものだな。
足元の影を見る。日が傾いてきている。
「もうそんな時間か。そろそろかな」
いつも座っている縁側に行くため、お茶の準備に取りかかることにした。
台所に行くと、既に先客がいた。
「みずの」
「・・・・・・・はい」
今の間。返事に迷っていたな。
「茶の準備をしてくれていたのか。ありがとう」
「はい・・・」
お盆には湯呑みが二つ、急須に茶の葉がお湯の中で踊っている。よい香りだ。今回は玄米茶か。
小皿には小さなおはぎが二つずつ乗せてあり、手作りだと見てわかる。(あんこに指の跡がある)
それらも二皿用意されており、綺麗に並べられていた。
「運ぶよ」
「あ・・ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「いえ・・・」
ふいっとそっぽを向き、足早に台所を出ていく彼女。
自分の部屋に戻っていったのか。
忍び足で彼女の後を追いかける。
(やはり。部屋に戻ったか)
何をしているのか覗くと、彼女は、机の上にある本を読みはじめた。
「あの方は、ろうりゅうさん」
不意に名前を呼ばれドキッとした。確認をしている?俺の名前を?何故?
しばらくパラパラと本をめくり、急にパタン閉じると彼女は立ち上がり、廊下に出ようとこちらに向かってきた。
(!! まずい!!)
慌てて反対方向の廊下を全速力で音を立てないように走った。台所に戻り、お盆を手に持って、いつもの縁側に急いで行き、座った。最初からそこにいましたよ、という雰囲気を醸し出しつつ茶を湯呑みに注ぐ。
とっとっとっとっ と彼女がこちらに歩いてきて隣に座った。
俺の顔をじっと見つめて、こう尋ねた。
「ろうりゅうさん」
「はい。なんでしょうか」
「いえ・・・なんでもありません」
「・・・・みずの」
「はい」自分の名前はわかるようだ。
「何か、ありましたか?」
「いえ、何もありません」
「そう、ですか・・・」
何かが変だ。
昼は何事もなく過ごし、夜も変わらず過ごした。
彼女の飲み物にお酒を少し混ぜたこと以外は。
彼女を抱き抱えて部屋に連れて行く。
「軽いな」ちゃんと食べているのだろうか。
俺と同じものを食べているはずなのに、こうも違うとは・・・どこかまだ治っていないところがあるのかもしれない。
彼女を抱え直し、空いた手でふすまを開ける。
ガタッ スー
部屋には、昼間干されていた布団が既に敷いてあった。
布団の上に彼女を降ろすと、布団からふわりとお日様の匂いが部屋に広がっていく。
「あぁ、優しい香りだな」
自然と笑みが溢れる。
が、それはすぐに消えた。
外に誰かが立っていたからだ。
「誰だ」
彼女に掛け布団をかけて部屋の外に出て、しっかりふすまを閉めた。会話が聞こえないように。
「お初にお目にかかります。我は天狗と言う。以後、お見知りおきを」
「何をしに来た。結界を破きおって」
「あんな甘チョロな結界など、一息でパチンだわ」
「童話の狼かよ」
「それよりも、彼女の寝顔を見に来たのだ。そこを退けてもらおうか」
「・・・何?」
「だから寝顔を見に来たのだ」
「何故彼女を知っている」
「あぁ、彼女は我のお気に入りなのだ。たまたま散歩をしていたところ、掃除をしていた彼女に挨拶をされてな。我に話しかける珍しさとこんな山奥の廃れた神社におなごが居る珍しさが気に入ってな。もう一度話せる機会を伺って、こうして訪れて来ておるのだ」
「挨拶・・・」また厄介な相手に話をかけたものだ。多分人間と間違えて挨拶をしたんだろうな。
「しかし、気に食わないこともあってな」
「何?」気に食わないこと?
「頭の中はお主のことを考えていることが多くてな、面白くないから記憶を少しずつ取って、徐々に我の方を振り向かせようと思うてな」
「な、何だと!」最近みずのの様子がおかしかったのは、天狗のせいだったのか!
天狗に向かって身構えた。
「だが、おかしいのだ。何度も記憶を盗っておるのに、お主の記憶が途切れぬのだ」
「なんだって?」
「新しくお主の記憶が出てくるのだ」
「・・毎日一緒に過ごしていれば、新しい記憶もできよう」
「まぁそうなのだろうが、それと同時に古い記憶もできておるのだ」
「古い記憶?」
「あぁ。お主とあの彼女が出会った頃の話だぞ。あれも記憶を盗ったはずなのだが、毎日新たにできておってな」
「まさか、あり得ない」
「彼女は想像をしているようだ」
「想像?」
想像?そもそも彼女はこの天狗によって毎日、俺の記憶だけを盗られているから俺の存在自体の記憶がないのだろう?
「もしかして彼女、日記か何か付けてないかい?」
「日記・・・・」
俺はハッとした。今日机の上に置いてあった本の存在を思い出した。
────じゃあ、あの俺の名前を呼んで確かめていたのは、本当に俺であるのかを確かめていたのではなく、日記に書いてある人物の名前が俺であるのか確かめるために名前を呼んでいたというのか。
「あれはもしや、日記・・・か?」
・・・もし、俺以外の者が「ろうりゅう」の名で返事をしたのなら、みずのはそのまま信じてしまうのだろうか
そう考えただけで、恐怖と寂しさが込み上げる。
それと同時に天狗に対しての怒りも込み上がる。
「やはり付けているのか。はぁ。これで謎が解けた。おかしいと思ったんだ。何もないところから想像なんてものは出来やしないのだ。ましてやお主の存在など最初から無いものとされておるのだからな」
「貴様・・っ!」
「だって無いに等しいだろう。お主は人間にこそ化けては居るが、基は鬼」
「黙れ」
何も知らないくせに
「我らの里の間でもお主は有名だぞ。同族の鬼を何人も刀で切り、喰い、自分の親をも喰い殺し、鬼が数百人住んでおった一つの町を一人で殲滅させた罪悪な鬼がいると。裁判の際、死刑執行の最中、その鬼が人の世に逃げ逃れたという話は最早伝説とされておる。何年たってもまだ指名手配されているくらいだ。それ程罪が重いのだろうな」
まぁ当たり前か、と言うようにお面越しで俺を見る。
「黙れ!」
何も知らないくせに!
「今からお主の所在を我らの里に知らせることもできる。お主はここにいてはいけない存在なのだ!さあ!わかったのなら、彼女をこちらに渡してもらおうか」
「誰が・・・・」
何も知らないくせに・・・
俺は天狗に向けて拳を振りかざし、勢いよく振り下ろす。何も持っていない拳は、空を切った音だけを残した。
ひゅん
「何をして・・、っ!?」
天狗の付けている面が音の鳴った後、額から左斜めに刀で切ったかのようにパカリと二つに割れて地面に落ちていった。
カラン カタン
「何も」
「お前まさか・・・」
俺が前に一歩出ると、天狗が後ろに一歩後退る。
「知らないくせに」
「刀を喰ったな!」
「よくも」
「おや。もしかして怒っちゃった?」
「貴様もあの町の奴らと同じ・・許さねぇ」
「!!」
ぞわりとするような黒い妖気が俺から出ているのを天狗が感じ取ったのか、翼を広げて空に舞い上がった。
「お主のその姿、それが本来の姿か」
人間の姿に似ても似つかない。
水に映る自分の容姿を見たことがある。
額には立派な角が二本生えており、細く天に真っ直ぐ伸びている。目は右が黄色、左が赤色の左右違った色の瞳。
顔には大きな傷痕があり、左目から左頬、口を通り首まで伸びて生々しく残っている。口には牙が二本。爪も尖り、体つきも違う。
そして危険を感じてしまう程の黒い膨大な妖力。
今やおぞましい姿だ。
妖術で変化を施しても、傷痕と目の色は変えられず、残ってしまう。
「その身、喰ろうてくれる!」
本気で天狗に跳び掛かろうと身構える。地面から数メートルの高さ。だがその高さなら、跳んで捕まえ喰える距離!
「まだそのような妖力が・・・そうか」
「二度と朝日を拝めぬようにしてくれる!」
「ふむ・・・。よし。我帰るわ」
「・・・・・・は?」
急に小さく手を上げてにっこりと笑い、急に体を方向転換をしたかと思うと、神社の外に勢いよく飛んでいき、あっという間に見えなくなった。
「何だったんだ、一体・・・」嵐のような奴だったな。
妖術で変化をし、人間に化ける。
閉めたふすまを少し開けて、中の様子を覗き見た。
「寝てる」
先の会話を聞かれてはいないなと安堵し、ふすまを静かに閉めた。
屋根に登り、空をぼんやり眺める。
大きな月が屋根と俺を淡い光で照らす。
思わず手をゆっくりと伸ばして掴もうとする。
届きそうなのに届かない。空を握って終わった。
金平糖をコロコロと口の中で転がし、ガリガリと噛む。
ガリガリと噛む音が心地よく耳に残る。
たまに口寂しくなると、こうやって金平糖や飴玉を齧り、音と感触で気を紛らわせることで何とかしてきた。
夢中で金平糖を齧った。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ
大丈夫。
今回も、何とかなる。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ
何とかなる。
「あの・・・ろうりゅうさん?」
下の方で不意に名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
「あ・・・・」
手元を見ると、血だらけの片方の手が見えた。
どうやら夢中で手も齧っていたようだ。
口許の自分の血を拭って、下にいる彼女の呼びかけに答えた。
「・・・・っ、な、何んですか?」
「あの・・先ほどの音」
「え・・音?」
「ガリガリと」
「あ・・・・・・・」
それは、金平糖と
俺の手の骨を齧ってる音 だよ
なんて、そんなこと言えない。
「金平糖を・・・食べていました」
「金平糖」
「ええ」
「・・・私にも一つ、頂けますか?」
「・・・・・」
何も言葉が出てこなかった。冷や汗が滲み出る。
「・・・・・」
「・・・・・」
「そう、ですか・・・」
彼女が去っていく足音が聞こえる。
これでいいんだ。
血だらけの手を服で拭う。
「はぁ・・・不味い」
口の中が血の味がする。毎回思う。不味い。
自分の血が穢れていることくらいわかっている。不味いのがその証拠だ。
「・・・・」
人差し指と中指が無くなっている。齧りかけの薬指が半分残っている状態を眺める。
どうすんだこれ・・・。再生には時間がかかる。そういえば前も夢中で齧りすぎたことあったな。その時は、あの人に怒られたっけ。
無くなった指を見て思い出を懐かしんでいると、屋根の端にカタンと音が聞こえた。
バッと視線を音のした方に向けると、みずのが無言で梯子を登って屋根の上を伝って俺の隣に座ってきた。
「!!!」
気づかれないよう慌てて自分の血塗れた手を見えないように体の横に隠し、膝を胸の前で立てて、血で汚れた服を隠した。
「ろうりゅうさん」
「なっ、なんでしょうか」
「・・・・・・」
無言で握った右手を俺の方に差し出した。
「?」
「・・・・・・・・どうぞ」
「あ。はい」
俺も手を差し出すと、彼女の小さな手から落ちたのは、コロンと二つの飴玉だった。
「あ・・飴玉?」
「金平糖と」
「これと?」もしかして交換ってこと?
「はい」
「もしかして、五月蝿かったですか?」
「・・いえ」
「あの・・・すみませんでした」
「だ、大丈夫です」
「そうですか・・・あ、金平糖は差し上げるので、どうかもうお休みになって下さい。今日は冷えます。風邪を引いてしまってはいけませんから」
「・・、あ、あの。このまま。もう少しいてはダメでしょうか」
「ダメでは無いですが・・・退屈ではありませんか?」
「いえ、何も退屈ではありません」
「何も」
「ええ、何も」
「・・・・・・そう、ですか」
俺と彼女は、しばらく屋根の上で金平糖や飴玉を食べながら、静かにただ座って大きな月を眺めて過ごした。
次の日。
俺は、みずのが家事をして部屋を離れていることを確認してから、忍び足で彼女の部屋に入った。
見ると、昨日と変わらないままの状態だった。
「日記は・・・これか」
机の上に置かれている本を手に取った。
勝手に読むのは気が引けるが、気になったのだ。
記憶が奪われたのに、想像で新たに記憶を作るほどの日記とはなんと書いてあるのかを。
本を手に、屋根の上に上がる。
一枚目を捲る。 パラ
秋。
やっとの思いで頼りの神社の前にたどり着く。
知らぬ人の匂いがする。その人は、私を助けてくれた。
何も聞かず、ただ静かに私のことを看病してくれた。
「秋・・、あ、しまった。ここに暦を表すものないからわからないのか。今度用意せねば」
俺は気にしたことはないが、何か書くのであれば、必要になってくるのだろう。
二枚目。
秋。
彼は、ろうりゅうさんと言う。
ここに住んでいると言っていたが、前の宮司さんは何処へ行かれたのだろうか。
うっすら見えた彼の影が怖い。
「俺の影・・・」
「隠しきれてないんじゃないの?」
急に隣から声が聞こえて、慌てて避けると、昨日現れた天狗がちゃっかり隣に座っていた。
「何をしに来た!」
「しぃー!みずの殿に聞こえてしまうぞ」
「あっ・・・、貴様!」
小声で話し、身構えた。
「そう怒るなって。記憶返しただろ。それに、我も気になってたんだよ。日記」
「だからって」
「ほら!早よ続き!早くしないとみずの殿が帰ってきてしまうぞ」
確かにと思い、天狗を無視することにした。
「・・・・ったく」
その場に座り、渋々再び本を開く。
隣に天狗がぴったり寄ってきた。
三枚目を捲る。 パラ
秋。
ろうりゅうさんは、とても優しい。
私の名前を呼んでくれる。たくさん沢山優しい声で呼んでくれる。この名前は好きではなかったけれど、ろうりゅうさんに呼ばれるのは、なんだか心地よくて好き。この名前も好きになれそうだ。
「知らないんだけど」
何故か恥ずかしくなって、顔を手で隠す。
何。そんなこと思ってくれてたの?
「彼女、案外心の中は饒舌なのよ」
「勝手に心の中を覗くなよ」
四枚目。
秋。
体が少しずつだが動かせるようになってきた。目も少しだけど、見えるようにはなってきた。
外から聞こえる。ろうりゅうさんは、よく縁側に座り、静かにお茶を飲んでいつも空を見てる。何を考えているのだろう。
「それは気になる。で、何考えてるの?」
「うるさい」
五枚目を捲る。 パラ
秋時々初雪。
歩けるまでに回復。ろうりゅうさんのおかげ。
ろうりゅうさんが寒いだろうと火鉢を部屋に用意してくれた。彼の影はまだ少し怖いけど、見慣れた。もう大丈夫。
夜も縁側に座って、お酒を飲んで空を見てる。何を考えているのだろう。
「何?夜も?それは気になる。で、何を考えてるの?」
「いちいちうるさいな」
「ちなみにお酒は何?」
「酒は、自家製だ」
「なんと!今度、いや、今日頂戴!」
「だんだん図々しくなってきたな」
六枚目。
冬。しんしんと降る雪。のち積もる。
だんだん見えるようになってきた。体ももう動かせる。
ただお世話になるのもよくないと思い、家事を申し出たところ、断られてしまった。まだ休んでいてもよいと言う。とても優しい人。
少しでもろうりゅうさんのお役に立ちたい。
私の出来ることは何かな…。
ろうりゅうさんの笑った顔が見たい。
神社の裏に祠を見つけた。
「みずの・・・」
また恥ずかしくなって、手で顔を隠す。
「優しい子だな」
「あぁ」
七枚目を捲る。 パラ
冬。雪がすっかり積もった。
今日は雪かきをした。沢山積んで山を作り、ろうりゅうさんは山の中心をあっという間に掘って、小さな家のようなものを作った。"かまくら"というものらしい。
中で火鉢をたいて、餅を焼いて食べた。美味しかった。
「いいなぁー、かまくら!何で我も呼んでくれなかったの!?」
「知らねぇよ!」
「今度は呼んでよ!」
「誰が呼ぶか!!」
「なぁ、最近のやつ読んでみようぜ」
「最近の・・・」
パラララララララララララ…………………パラ
ページを流すように捲り、三日前くらいの日でページを止めた。
夏。日がとても暖かい。洗濯日和。
布団を干した。お日様の匂いが好き。
あの人の傍を通ると、いつもお日様の匂いがする。
名前を聞くと、ろうりゅうさんという。表情が豊かな優しい人。
知らない人なのに、あの人の隣は何故だか落ち着く。
縁側の時間、好き。隣にいても怒らないでいてくれる。
今日も祠にお参りに行く。
「お日様の匂い?どれどれ」
天狗は急にスンスンと俺の匂いを嗅ぎはじめた。
「何んすんだよ!やめろ」
「あー、確かに。いい匂いだな。届かないお日様が近くに居るくらいのいい匂いと温かさ」
「抱きつくな!嗅ぐな!」
ジタバタと天狗の抱きついてくる腕から逃れるように抵抗をする。
「次の日は?」
「あ?次?」
パラ
夏。昨日よりも少し暑い。洗濯日和。布団を干した。
夜、ガリガリという音で起きた。
ろうりゅうさんが金平糖を食べていた音だった。
様子がおかしかったから、心配で勝手にきてしまったけれど、本当に良かったのだろうか・・・。寂しそうな哀しそうな顔。こういうときどうしたらいいのだろう。ただ傍にいることしか出来ない自分が情けなくなる。
「その手、食べたの?」
「再生するからいいんだよ」
「ふぅん あ、金平糖我も食べる。頂戴」
「誰がやるか。さっきから図々しいぞ」
離れろ!と、天狗の顔に手をついてグググと体から離そうと押す。
「いでででででで」
「は・な・れ・ろ!」
「いいではないか!我と主の仲だろぉ!」
「仲良くない!俺お前嫌いだ」
「ひどい!」
二つの影が少し傾きはじめる。
「俺は降りる」
「!我も降りる!!」
日記を元の場所に戻し、いつもの縁側に向かう。
トサッ
「ふぅ」
いつもの場所に座り、空を見上げる。
今日も
「今日も空は青いなぁ。快晴快晴」
「!!なんでお前が居んだよ」
「いいではないか。あ」
天狗がひょいと俺の横を見たので振り返ると、みずのがお盆を持って立っていた。
「?」
いきなりの来客、いや珍客が横に居ることに驚いていた。
無理もない。俺も驚いた。
「そちらの御方は?」
「我は烏天狗・・じゃなくて、ろうりゅう殿の友人のソカと申す。みずの殿、どうぞこれからもよろしく申し上げる」
「あ・・こちらこそよろしくお願いいたします。私はみずのと申します」
かしこまって座り、深々と頭を下げた。
「みずの、こやつは友人ではな むぐっ」
天狗の手が、いきなり口を抑えて塞いできた。
「みずの殿、我もこの席に同伴してもよろしいか?」
「え、ええ・・・ろうりゅうさんがよろしければですけど」
チラリと俺の方に視線を向けたみずのは、あることに気づいたという顔をした。
「っぷは!はぁ。みずの、どうした?」
やっと塞いできた手を退ける。
「ソカさんの湯呑みとお菓子が足りなくて・・・」
「・・・・・・・・」
ん?なんて?あのな、みずの。俺まだ許可してないよ。
「?あの・・どうされました?」
「ぶふっ・・ん゛ん゛、心配ご無用だよ、みずの殿。この椀でお茶を頼みます」
俺の心を読んだのか、みずのの反応が面白かったのか、天狗は体を震わせて笑いを堪えながら、懐から赤と黒塗りの雲を連想させるような不思議な紋様が施された手のひら程のお椀を出して、みずのに渡した。
「珍しいお椀ですね」
「あぁ、生まれたときに家族から各々一人一つ貰い受けるしきたりでね。世界に一つしかない一品物だよ」
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「え?」
天狗がキョトンとした顔で俺の方を見つめた。
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「それ、食べないんだろ?」
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「みずの殿、ろうりゅう殿・・・ありがとう」
「ん。あ!おい!」
天狗は、俺の手から餅をパクリと直接食べた。
「んー!うまい!」
「それは良かったな」
俺も自分の餅を食べた。
うん、うまい!
わいわいと騒がしく縁側で、三人お茶を飲みながら過ごした。
夜。
ご飯を食べ終え、みずのは部屋に、天狗は里に帰っていった。二人と別れた俺は、神社の裏の祠に向かった。
俺の帰る場所。
「ふぅ・・・疲れた」
さくさくといつもの道を歩くと、祠が見えてきた。
トサッ
祠に着くと近くの石に座り、またぼーっと空を眺める。
「服、洗わないとな」
昨日血で汚してしまった服を洗わないと、染みになる。
祠に隠した服を取り出す。
さく さく さく さく さく
こちらに近づいてくる足音が聞こえる。
「!隠れるところ・・あ!」 ガサッ
とっさに木の上に跳んで身を潜めた。
こんな時間に誰だ?
様子を見ていると、やって来たのはみずのだった。
「!!」みずの?
祠の前にしゃがんで、持ってきた水の入ったバケツとタオル、小さいホウキと塵取りを使って掃除を始めたのだ。
いつも掃除をしてくれてたのは、みずのだったのか・・。
夜、祠に帰るといつも綺麗になっており、お供えのようにお菓子やご飯が置いてある。
昼に祠を掃除している俺よりも丁寧に掃除がされている。
ありがたい。だが、誰がいつも掃除をしてくれているのか疑問だった。それが今日ようやく分かったのだ。
「みずの・・・」
声をかけたいが、かけられない。
言えるわけがないのだ。
この祠に住んでいるのが、忌まわしき穢れた血の鬼であるということを───。
掃除を終えたみずのは、道具をまとめ、水で手を洗い、懐から桜餅を取り出し、祠の前に置いてお供えをした。
手を合わせてお祈りを始めた。
「・・・・・・」
何を祈っているのだろう。
もし
もし俺が神様だったら・・・、と思うが
俺は、鬼だ。
どんなに祠にお参りしても、そこに神様なんてもんはいないんだよ、みずの。────いるのは、化け物だ。
泣きそうになって涙が出そうな目をグッと堪えて我慢をした。
ごめんな、みずの 神様じゃなくて
しばらく見ていると、お祈りを終えたみずのがもと来た道を戻っていった。
居なくなったのを確認してから降りようと足を伸ばす。すると突然、空から何かが降ってきた。
慌てて木に捕まり、身を隠す。
今度はなんだ?
空から降りてきたのは、なんと天狗だった。
手には饅頭が二つ。祠の前に饅頭と小さな酒瓶を置いて天狗もお祈りをし始めた。
しばらく見ていると、不意に声をかけられた。
「おい、どこかに居るのだろ?でてこいよ」
祠を見つめたまま、天狗が俺を呼ぶ。
「・・・・・・・・」
ザッ
俺が地面に降りると、天狗がにっこりと笑い、こちらを向いた。
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「俺にそんな趣味ない。そもそも何をしている」
警戒をしつつ天狗のいる祠に近づく。
「何って、お参りさ」
「そこに神様は存在しない」
「あぁ、知ってる。鬼が住んでんだろ?お主が落ちた頃から知ってるさ」
「・・・・・」
知ってるなら、何故お祈りをする?
黙っていると、天狗が桜餅を手に取り、勝手に食べ始めた。
「おい」
「そう怒るな、情報料としてもらう」
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ぐだらない情報なら喉元噛み千切ってやる!
「みずの殿のお願い事」
「な、なんだと」
「何て言ってたか、教えてやるよ」
「・・・・」そういえばこやつ、心が読めるのだったな。
「どうか、ろうりゅうさんがずっと笑顔でありますように。ずっと隣で一緒にいられますように、だとさ。心が綺麗すぎて我はドキドキしてしまった」
天狗は胸を抑えて、安心したような優しい笑顔をして目を閉じた。俺も目を閉じた。
みずのは本当に綺麗な心の持ち主だ。
「そうか・・みずのはそのように・・・」
「良かったな」
「・・・ん。情報料の追加だ」
俺は袂から小さな小瓶を取り出し、ふたを開けて数個の金平糖を紙にのせて包み、天狗に渡した。
「何の?」
「お前のは何なのか聞きたい・・・」
「は?はぁ・・・、贅沢なやつ」
「い、いいだろ!これやるから!」
「・・・・いいよ。我のは、早く弟の病が治りますように。元気になりますように、だ」
「何の病だ?」
「わからないが、鬼の作る薬がよく効くと風の噂で聞いてな。鬼の里には近づけないし、ましてや鬼の知り合いなど居らぬしで、鬼たちには頼みづらい。つまりお手上げだ」
天狗は、手を小さく挙げて降参のポーズをとった。
「鬼の作る薬」
「そうさ。何でも治ると言われているらしいが、風の噂だからな。本当かどうか・・・」
「そうか。教えてくれてありがとう。・・・何もしてやれなくてすまないな」
「いやいいんだ。情報料ももらったしな。さてっと。じゃあ、またな」
バサッバサバサ
翼を広げて空に舞い上がり、天狗は暗い空に溶けて消えていった。
「やるか・・・」鬼の作る薬。
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罪滅ぼしとまではいかないが、「こんな俺でもできることがあるのなら」助かる命を救いたいと思う。
例え嘘でも、俺の友人と言ってくれた言葉に、少し心が救われた。その礼の代わりに────。
次の日から天狗は、毎日神社に遊びにくるようになった。
─────天狗の願いを聞いてから、密かに薬を作り、天狗に渡すと、次の日天狗の家族から深く感謝をされた。ソカの話を聞いた天狗達は、警戒しつつも好奇心で神社にやって来るようになった。みずのの優しさもあって、助けたり助けられたりして親交を深めていった。
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