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拝啓 深緑の魔女様
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逃げきった場所には泉があった。
顔覗くと自分の顔だが少しおかしい…。
泉から人が!?
「なっ!君は、誰だ!?」
「俺は君だよ。見て分かるでしょう?」
言葉で惑わす泉の精(?)と俺を追いかける狂った男。
こんなことしてる場合じゃ……誰か助けてくれ!!(心の叫び)
やっと、魔女様に出会えた!
「なんだったんだ、一体…」
サワサワと風が木の葉を揺らす音がする。
「?」
横を向くと、泉が湧いている。
有難い!丁度喉が乾いていたんだ。
「なんて透明度の高い泉なんだ。底がはっきり見える」
泉を覗く。綺麗な水だと言うことは分かるが、飲めるかどうかは別だ。どんなに綺麗でも。
「参ったな…。!!」
泉を見つめていると、ふと気づく。
水面に映っている自分の顔、縮む前の自分の顔が映っているのだ。
「まさか!元に戻って!?」
自分の顔や身体を触り、手も見る。まだ小さいままだ。
いや待てよ。もしかして顔だけ元に戻ったとか!?だとすると、………うわ…気持ち悪ぅ。
最悪だ…と溜め息をついてまた水面を見る。やっぱり映っている、元の自分の顔が。
「これは、どうするかな」
水は妖しくて飲めないし、ここはなんて所なのかも知らんし…詰んだ。
場所ごとに名前があるようだ。
前のところは、“死者の切り株“。
さっきのところは、“待ち焦がれの木“。
じゃあ、ここは?
見渡しても誰もいない。当然か。
もう一度水面を見る。
「!!」
映った水面の顔がどんどん近づいてきて、水の中から俺の顔をした人が出てきた。
「なっ!君は、誰だ!?」
「俺は君だよ。見て分かるでしょう?」
喋り方、口調、仕草が俺そのものだ。
「見て分かるけど……俺じゃない」
「俺だよ」
「俺じゃない」
「むしろ君が俺じゃないんじゃないのか?」
「なんだと?」
「お前が俺の真似をしているんじゃないのかと言っているのだ」
「何を言って…。!!」
訳の分からない会話をしているうちに、いつの間にか奴は泉から全身が出ていた。
何か…まずい気がする。
「泉から出てきたお前が、俺である証拠はあるのか?」
何か策はないかと思案しつつ、時間稼ぎのため話を振る。「あるさ。だって俺はお前なのだからな」
「なら、俺の何を知っているというのか」
「俺の名は、ロン・ハロイン。齢24の178cm。家族構成は母マリン、妹のマリアの三人暮らし。30年前に父は他界。国王直属の第一騎士団に所属。花屋を営む平民から騎士になったきっかけは、家計と母親マリンの病気を治すための薬代を稼ぐため。身体能力と柔軟性は高い。出世には興味がない。魔法を生活に使うことはあるが、専門の知識は浅い。魔道士の友人を持つ。魔力を使うとき、人にはない首筋に紋様が浮かび上がる。そして、王命で魔女がいるのかどうか確かめてくるように言われてここに来た」
個人情報が奴の口からつらつらと漏洩されていく。
「すごいな…ほとんどあっている」
「・・・・・なに?ほとんどだと?」
奴は動揺した。俺の目を見て話してくるので、俺の思考を読み取って話していたのだろう。
「あぁ、花屋だけではない。花屋兼果物屋を営んでいる。あと、俺の父は健在だ。30年前に亡くなったのは、祖父だ」
「祖父…。そうか祖父か。お前、良いのか?訂正の情報を流して」
「あ、やべ」
「なんだ、ただの阿保か」
「うっせ」
「ふむ…では、話題を変えよう。お前に俺が偽物だという証拠を見つけてみよ」
「証拠?」
「そうだ」
「・・・・」
考えた。奴が俺に似てないところ…。
「・・・鞄」
「何?」
「鞄の中身を確認する」
「ほぅ、いいぞ」
鞄の中身を一つ一つ出していく。
短剣、地図、ペン、紙、式神数枚(連絡用)
食料(非常用干し肉)、着替え数枚、御守り、お金。
「あ!お前お守りがない!それが証拠だ!」
「なんだその巾着に入った物は?」
巾着袋の紐を解き、中身を取り出した。
「これは、ガラス玉だ」
「ガラス玉…」
色が付いてたり、中に模様が入ったキラキラしたガラス玉を三つ、手のひらに収める。
「これは祖父に教えてもらったお守りの代わりなんだ」
「祖父」
「まぁ、ただのおまじないなんだけどね」
「そのガラス玉なら…俺も持っている」
そう言って、池の中に手を入れて透明なガラス玉を取り出した。
「一つだけ?」
「あぁ」
「なら、それが証拠だな」
「・・・・・本来は、何個必要なのだ?」
「本来は五つなんだけど、そんなにお願い事してもって感じだから、三つだけ」
「三つだけ」
奴の顔がどこか遠くを見つめるような懐かしんでいるような顔で俺を見つめてきた。
「ガラス玉のおまじないの方法知ってるか?」
「知ってい・・・知らぬ」
「このガラス玉を太陽に照らしながらお願い事するんだ。二つはすぐに叶えられる事を。三つは目標としていることというか、すぐには叶えられない大切なお願い事をするんだ。願った後入れ物に入れて、大事に持ち歩く。あ、毎日陽の光を浴びせないといけないんだけどもね」
「そうか…。で?お前はなんて願ったんだ?」
「一つは、騎士になること。二つは、花と家族を大事にすること。三つは秘密だ」
「なぜだ」
「話してしまっては、効力がなくなるやもしれないだろ?」
「・・・・・」
「お前は、その一つのガラス玉になんてお願い事をしたんだ?」
「俺は、美味しいものが食べたいとか花がもっと咲きますようにとか毎日天気が晴れでありま」
「あははは笑 欲張りだなぁ、一つのガラス玉に一つだけだよ」
俺は思わず笑ってしまった。泉の精(?)でも人間のようにお願い事をするんだなとちょっと親近感が湧いたからだ。
笑っている俺の顔をポカンとした顔で見ていた奴は、ゆっくりとうつ向いてしまった。
あ、しまった!怒らせたか?(汗)
「ふっ…ふん!最後の質問だ。俺に花を摘んでこい。なんでもいい。もし俺が気にくわなければ、お前をその場で食うからな」
ふい と目を瞑り、顔を背けた。
「花?何でも良いのか?」
「あぁ」
周りを見渡す。沢山の種類の花が咲き誇っている。
何でもと言われてもなぁ…もしかして何か意味があるかもしれない。
そう思い、日記をこっそり開く。
パラパラと捲ると、黄色い花に目がいった。
「クロッカス。青春の喜び、切望、か。ん?他の色にも意味があるのか。紫が愛の公開、黄が私を信じて」
クロッカスは入れるとして、他に何を入れようか…。
泉の周りを見ると、季節関係なく色とりどりの何種類もの花が咲き誇っており、風に身を任せて気持ち良さそうに身体を揺らしている。
「ここは、花たちの楽園だな」
珍しい花も咲いている。今の季節なら絶対に無理なのに…。ここは、なんと不思議なところか………。
季節や時期を気にすることなく同じ様に並んで咲いている不思議な光景に心踊らせながら、考えて花を摘む。
「一輪とは言われてないし、なんなら花束にして渡すか?いや、ただ花束にしても面白くないしな…花冠でも作ろうか?」
プチプチと使う花を取り、器用に花を隙間なくぎゅっと詰めて編んでいく。
一つの花ではなく、数種類の花を取り入れた。
黄色いクロッカス、エキザカム、オトメギキョウ、パンジー紫色、ビオラ黄色、橙色、紫色、赤とピンクのゼラニウム…。
「よし!こんなもんかな?」
色とりどりの花冠が出来上がった。
「出来ました。どうぞ」
「これは?」
花冠を受け取ってじっと手元を見つめる。
「花冠。こうやって頭に被る…」
「それは知っておる。そうではなくて、何を考えて作ったのかを聞いておるのだ」
「んー…そうだなぁ。さっき少し話をしていて、ちょっとした親近感を感じたところがあってさ」
「親近感?お前が俺にか?」
「あぁ。俺の家族も俺もそう、花を愛しているところに。ガラス玉に花に関する事願ってただろ?祖父が言ってたんだ、花を愛でる奴に悪い奴は居ないってな。だから、花言葉に“私を信じてほしい“と“君がいて幸福“って意味を含んだ花を選んで花冠にしてみた。花たちに届くように」
それを聞いた奴は、ふわりと優しい笑顔浮かべて、花冠を見つめる。
おや?この様子は、お気に召した感じかな??
「まぁ、いいだろう。ここまで騙されなかったのはお前で二人目だな」
「二人目?もう一人いたのか?」
「あぁ、かなりの変わり者がな」
奴は優しい笑顔のまま、目を細めて懐かしむように遠くを見る。
「その人どうなったんだ?」
「ちゃんと魔女様のところに辿り着いたんじゃないのか?その後からも何度か俺のところを訪れては、何かと構ってくるしょうもない奴だったがな」そう言いつつも、口許は笑っている。楽しかったんだな。
「さて、証明できたことだし、一つ聞きたい。魔女様のところに行きたいのだが、どの道に行けばいい?」
思出話もいいけど、先を急ぎたい。
「逆に問うが、魔女様に会って何をしたい?」
「今のところ会うだけかな?魔女の生存確認のみの命しか聞いてないしな」
「そうか…。なら、これを持っていくがよい。きっと役に立つだろう」
奴は泉に手を入れてゆっくり持ち上げ、手に持っていたのは花だった。手を出し入れした泉は、ちゃぷ…という音と共に綺麗な輪の波を静かに描いて消えるを繰り返し流れていく。不思議な光景。
渡されたのは、青薔薇とツユクサ、三角草の三輪。
「今、魔女様が欲しがっている青薔薇があれば、入り口は見つけやすいだろう。赤い薔薇が左右対象に生えている場所が入り口の目印だからな。よく見ないとわからないから、探してみるとよい」
「ありがとう。で、この二輪は?」
「この二輪は、俺からお前に贈り物だ。魔女様にあげても喜ばれるから、好きにしてくれて構わない」
「ありがとう。泉の精だから、てっきりイタズラ好きかと勝手に思ってたよ」
「俺は、泉の精でもなんでもない。ただの醜い穢れた化け物さ…。これだってただの気まぐれに過ぎんかも知れんぞ。気なんぞすぐに変わる。ほら、さっさと行け」
そう言ってぐいぐいと俺を来た道と反対側の道に押し出す。
「わかった行くよ、押すなって。あ、そうだ。お前、名前とかあったりするのか?」
「名だと?そんなもの聞いてどうする」
「何となく気になってさ」
そう、何となく。何となくふと思ったのだ。多分親近感が湧いたからなんだろうけど、単純にどんな名前なのかも興味がある。
「………フィン」
「フィン」
「ある人間が勝手に俺に付けた名前だ。俺は本来、名など持ってはおらぬ」
「フィン。わかった、そう呼ばせてもらうよ。また寄ったときは、もっと花の話とかしような」
ニヒッと笑って言うとフィンは、お前も相当変わっておるなと溜め息を付いた。口許はほんの少し笑っている。
「俺からも質問を一つよいだろうか」
行こうとして三歩程歩いた時、後ろで声をかけられる。
「なんだ?」
振り向いてフィンの方を見る。
「お前の…祖父の名はなんと言う?」
「じいちゃんの?」
「あ、あぁ」
疑問はあったが、とりあえず質問に答える。
「フィル。フィル・ハロイン」
「フィル……ハロイン」
彼は名前を聞いたあと、大きく目を見開いて驚いた顔をしたが、すぐに真顔に戻り、「ありがとう」と一言言って手を小さく振って見送ってくれた。
祖父の名前を聞いてどうしたんだろうと不思議には思いつつ、俺も手を振り返して先を急いだ。
フィンは彼を見送った後、泉の側に座った。
水面に映る本当の自分の顔を見つめながら、独り言を漏らした。
「フィルよ、まさかお主の孫に会うとはな…縁とは不思議なものよ。しかも顔が瓜二つときた」
彼の顔と会話のやり取りが、前にここに来た祖父と似ていたため妙に重なってしまい、頭には懐かしい記憶が蘇っていた。
“「どうだ!?この花冠の出来映え。「信頼」と「君がいて幸福」という意味を込めて、お前と花たちに届くように作ったんだ!」“ 花を摘んでこいとは言ったが、花冠を作ってくるとは予想外だった。
いまだにあいつが作った花冠は、当時のまま瑞々しい状態で残っている。泉に手を入れてフィルが作った花冠を取り出して、先ほどロンが作った花冠と並べて眺める。
「本当に似ておるな…」口許が緩む。可笑しくて。
ガラス玉だってそうだ。
“「なぁ、ガラス玉のおまじないって知ってるか?」
「?なんだそれは。知らぬ」
「このガラス玉を太陽に照らしながらお願い事するんだ。二つはすぐに叶えられる事を。三つは目標としていることやすぐには叶えられない大切なお願い事をするんだ。願った後入れ物に入れて、大事に持ち歩く。それから、叶えるには条件があって、毎日陽の光を浴びせないといけないんだ」
「そうか。で?お前はなんと願ったのだ?」
「一つは、騎士になること。二つは、母を大事にすること。三つは秘密だ」
「なぜだ」
「話してしまっては、効力がなくなるかもしれないだろ?」
「・・・・・」
「そうだ!お前もやってみろよ。ほら、ガラス玉一つやるからさ」
「願ったところで叶うものでもあるまいし、くだらぬ」
「そう言わずにさ、何でもいいんだ。身近な事でも、自分がやれそうな事でも何でもいいんだ。願うことは生物誰でも平等に自由なんだから」
「何を言っておるのかわからぬが…そうだな…………美味しいものが食べたいとか花がもっと咲きますようにとか毎日天気が晴れでありま・・」
「あははは笑 お前それは欲張り過ぎだよ。一つのガラス玉に一つだけだよ」“
「花冠といい会話といい、写したように似ておるとは、笑かしてくれる」
くくく、と笑いが漏れる。
顔を見てフィル本人かと思ったが、どこか違う。彼のする祖父の話で気付き、名前を聞いて確信した。祖父はフィルだと。
あの日、ガラス玉に願いを込めた。
もらった日、何にするか迷って迷って気づいたときには夜になってしまい、フィルが帰ると言った時、初めてひどく寂しいと感じた。だから、彼が帰ったあと、月明かりにガラス玉を照らして願った。彼に、フィルにもう一度会いたいと。隣にずっといてほしいと、そう願った。
何度も来ていた彼は、その次の日からパタリと来なくなった。魔女様の話では、人間界に帰したと言う。まるで明日も来るかのように、またな!と笑顔で手を上げて帰っていった彼は、俺に何も言わずに人間界に帰っていったのか…。なんと……なんと寂しいことか……。
「フィル…」
孫の彼がフィルの生まれ変わりならどんなによかったか、とも思ったが、「私のガラス玉のまじないは叶わなかったが、別の縁で叶ったようだ。少しは信じてみようかな」とガラス玉を陽の光に照らし、キラキラとした泉の底のような綺麗な色を目を細めて眺めた。
あぁ、これから楽しいことが訪れるやも知れぬな。
「また会おう、フィルの孫よ」
トプン…
その声と一緒に泉の底にフィンは沈んで消えていった。
しばらく歩いているのに、なぜ薔薇の薔の字も見当たらないんだ!
振り出しに戻った気分・・・。
まっすぐ歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩い…であぁ―――!!もぅ!全部木、木、木、木、木、木、木ぃばっかりだよ!!
しかも途中の木で休もうとしたら変なものが歩いてて、怖くて息を殺しながら木の影に隠れ、ゆっくりその場から離れること計5回。今まで出会ったきた者が話のわかる者だったからまだ運が良く、マシな方だったが、この森にはそんな者たちばかりではない。話が通じず本能のままに動いて襲ってくる者もいる。
現に今がその時。なんてツイてないんだ!
ただ木の根に座って水を飲んでいると、肩をトントンと叩かれ、誰かいるのかと振り向いた。
近い距離にいた男はにっこり笑顔で、「あなだのにぐをぐれまぜんが?」しゃがれ声でうまく聞き取れなかったが、「貴方の肉」は聞き取れた。あ…これは、ヤバイ奴だ。
こちらもニッコリと返して、一目散に全速力で走って逃げた。
頼んだらくれると思っているのだろうか。んなわけねぇだろ!こいつもどこか狂っている!
やっと逃げ隠れて、今に至る。
ソロリと地面に伏せて、腕や足を使いながら腹ばいで一歩一歩ゆっくりと静かに匍匐前進。抜き足差し足忍び足……ペキッ
何か枝のような物を踏んだようだ。小さく音がなった。
「ぁっ」やべっ。
後ろを振り返ると、ちょうど目が合う。
お互い瞬き二回ほどした後だろうか、一気に走りだし、続きの命懸け鬼ごっこが始まる。
「あなだのにぐをぐだざいぃぃぃィぃィ!!!」
急いで木の影に隠れる。追い付いた男は立ち止まり、ギョロリと大きく見開いた目が俺を探す。
「くそ!しつけぇ!他の茂みに隠れるしか…っ、!!?」
俺は、男を気にしつつきょろきょろと周りを見回して隠れやすい茂みを探す。ちょうど木と木の間、何か黒い動くものがいたような?暗くてよく見えないが、何かいるのは確かだ。
頼むこちらに気づかないでくれ。冗談じゃない人数なかんて増やしてる場合じゃないんだ。
じっと息を殺して見ていると、人影が見えた場所に高さのある茂みがあることがわかってきた。
あそこに突っ込むしかない!動く影がいなくなった今なら!
迷っている暇などなかった。そこにめがけて全速力で走って茂みに突っ込んだ。途中、枝に引っ掛かり瞼を切って血が出てしまったが、構ってなどいられなかった。
後悔はない。ただ、突っ込んだ時にわかった。
この茂みはただの草じゃない。
刺の生えた濃い赤い薔薇の庭の一部だったのだ。
「いっでぇ!」
全身を刺が刺さったり擦れたりして傷だらけになっていく。一瞬の事なのに痛みはすぐにやってきた。
ボスッ! ドサッ
刺の中から勢いよく出て、草の上に落ちた。
血だらけの中、霞んだ目をゆっくり開けると、そこは別世界だった。
のどかな場所。泉で見た花の楽園よりも広い。花の香りが風に乗って香ってくる。
「庭…?」
血の流しすぎか、走って疲れたのか、頭が働かず瞼が落ちる。そのまま意識を手放してしまった。
────────────
───────────────
───────────・・・・・・・
「ん…」ここは…?
眠りから覚めるように目を開ける。
見えない片目を触ると包帯が巻かれていた。頭にかけて巻かれている。手足の他に全身にも巻かれた包帯は手当てがされた後だった。 いったい誰が?
見知らぬ場所、清潔感のある木のベッド、暖炉には火がついており、鍋が吊るしてある。何かを煮ているようだ。
見渡すと生活感のある部屋。誰か住んでいるのか。
スー
引き戸が音もなく開いた。
顔に面を付けた女の人が入ってきた。
「・・・・・」
背は150~160cmの間くらいの小柄。髪は深い緑色で腰の辺りまで伸びている。黒いマントがまとい、筆で書いたような葉の絵が描かれたお面を被っている。
「あの…ここは?」
「・・・・・・」
無言のまま鍋の蓋を開け、椀に盛り俺に渡してきた。
「えっと…野菜スープ?」
こくこくと頷き、優しい手付きで頭を撫でて部屋を出ていった。
喋れないのか?
とりあえずもらった野菜スープを一口飲む。
「あ、美味しい」
疲れた身体に染み渡る優しい味だ。
一口一口飲んでいくうちに身体がポカポカとしてきて、何だかまだ動けるような気がしてきた。
「あんなに走って疲れたのに、不思議なスープだ」
美味しいあまり全部たいらげてしまい、厚かましくもおかわりを自分でよそってしまった。
「動ける!よし!」
傷は…そんな都合よく治るわけないよな。
トンと床に足を着いた。キシキシと音がなる。
靴を探し、履こうとしてはたと気付く。
俺裸足だ!!
足の裏を確認するとくっきりと魔方陣が見える。
「………バレてないかなぁ」やらかした…。
気を失っていたとはいえ、いきなり正体バレるのはまずい。それに、多分ここは探していた魔女の家だ。まだちょっと確信が持ててないから多分で仮定するとして、少し見て回るか。
再度キョロキョロと部屋の中を見渡す。
「それにしてもすごいな…」
見渡す限り、ほとんどが木でできている。柱も壁も床も。
窓から見える景色は全部が緑で包まれている。
「どうなっているんだ?」
引戸を引くと階段が下に続いていた。
キシ…キシ…キシ…キシ…キシ…キシ…
木の根でできた階段を降りる。
裸足で歩いたら、気持ちいいんだろうなぁというくらい綺麗な根の階段を降りる。降りきった階段の右横を見ると、まだ階段が下に続いている。
「降りるのは後だな。先にこっちだ」
階段降りた数歩先に玄関が見える。ドアも木でできており、綺麗な色の花冠が一つドアノブにかけられている。
階段の左横、数歩歩いた先に引戸。
魔女来るなよと願いながら玄関を見つめつつ、左横に移動し、引戸を引いた。
そこには不思議な光景が繰り広げられていた。
台所には誰も立っていないのに、誰かが洗っているかのようにスポンジは勝手に動いて食器を洗い、流れている水で食器が自ら動いて洗剤を洗い流し、タオルがそれを拭く。綺麗になった食器達は宙を飛び食器棚に次々と収まっていく。
この一連の流れを繰り返している。
「どうなっているんだ…」
開いた口が塞がらない。驚きすぎて。
テーブルを見ると、こっちは別な動作が繰り広げられていた。
お茶の準備だろうか。お盆にコップが三つ。皿にはクッキーとパウンドケーキが盛り付けられている。
ティーポットの蓋がカチリと軽い音を立てて開き、蒸していた茶葉が網ごとフワリと浮いてお湯から取り出された。
良い色の紅茶が透明なティーポットから伺える。
ティーポットがフワリと浮き、お盆におさまった。ミルク、シュガーがテンテンと歩きだし、ティーカップの皿の上に乗る。今度はスプーンが踊るようにくるくると回りながら、フォークの入っていた器にカチャと音を立てて一つ一つ入っていった。
見ていて楽しくもあり不思議な光景にどうしていいかわからず、とりあえず引戸を閉めた。
スー パタン
「魔法だった。魔方陣なしであそこまでできるって相当だぞ」
ドキドキした胸を押さえながらもう一度見ようと引戸に手を掛けようとした瞬間、勢いよく引戸が勝手に開き、お盆がすごい早さで飛んできた。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ギリギリで避けた際に背中を向けてしまったのが運の尽き…。ギリギリで避けたお盆の持ち手の部分に服が引っ掛かり、そのままお盆に連れ去られて外に出ていった。
「なっ…!?」取れない!!
プラ~ンとぶら下がり、どこへ向かっているのかわからない。降りようとバタバタ暴れるがびくともしない。
「くっ!」
何も出来ずに庭の中をスイーと揺れることなく運ばれる。
「それにしても綺麗な場所だな」
わかっている。
わかってはいる。
感心している場合じゃないってことぐらい。でも運ばれている間中、通るところ通るところ珍しい花が咲き誇っているのが見える。きちんと手入れされている上に季節関係なく咲いている花が、絶対にこの花と並ぶことないんだろうなというあの花が、一緒になって咲いているこの光景。見過ごせるわけがない。
「花達の楽園」
妖精とかいてもおかしくない。
ドキドキワクワクしながら鑑賞していると、お盆がピタリと止まった。
「ん?止まった??」
きょろきょろすると、さっきのお面を被った女の人が泉で会ったフィンと何やら話をしている。
集中して耳を傾ける。
「フィン、よく来てくれた!聞いて!さっき男の子が庭に血だらけで落ちてたの!!もぅ私どうしたらいいかわからなくてとりあえず手当てしたけど、大丈夫かしら。あの子どこの子かしら。迷子だったら送らなきゃだし、捨てられてたら…なんて考えてたら悲しくなってきちゃって。フィン!もしそうだったら、私たちで親になってあげましょう!ね!?」
「ちょ、ちょっと、魔女様…。展開が早過ぎますね。私が訪れて早々そんな濃い話されても困るのですが…」
「だってぇ!」
いやめっっちゃ喋るなあの人!
早く下ろしてくれねぇかなと視線を送りつつ、二人のやり取りを見守る。
魔女が明るい人で良かったけど、まだ情報が薄いところもある。しばらく情報集めと様子見だな。
傷が治るまでいさせてもらえるように交渉してみるつもりだ。
お盆に気付き、俺に気付く魔女とフィン。
「んなっ…!?」
なんでいるんだ!??と言わんばかりの雰囲気が漂っている魔女と「お、先刻ぶり」と片手を上げて俺を下ろしてくれたフィン。
魔女は浮いているお盆を手に取り、テーブルに置いた。
「・・・ドウゾ」
三つの椅子の他にもう一つ、地面からメキメキと音を立てて木の枝が絡まり合い、立派な椅子が出来上がった。
「ありがとう…ございます」気まずいと言った方がいいのだろうか。おかしな空気が流れている。
顔覗くと自分の顔だが少しおかしい…。
泉から人が!?
「なっ!君は、誰だ!?」
「俺は君だよ。見て分かるでしょう?」
言葉で惑わす泉の精(?)と俺を追いかける狂った男。
こんなことしてる場合じゃ……誰か助けてくれ!!(心の叫び)
やっと、魔女様に出会えた!
「なんだったんだ、一体…」
サワサワと風が木の葉を揺らす音がする。
「?」
横を向くと、泉が湧いている。
有難い!丁度喉が乾いていたんだ。
「なんて透明度の高い泉なんだ。底がはっきり見える」
泉を覗く。綺麗な水だと言うことは分かるが、飲めるかどうかは別だ。どんなに綺麗でも。
「参ったな…。!!」
泉を見つめていると、ふと気づく。
水面に映っている自分の顔、縮む前の自分の顔が映っているのだ。
「まさか!元に戻って!?」
自分の顔や身体を触り、手も見る。まだ小さいままだ。
いや待てよ。もしかして顔だけ元に戻ったとか!?だとすると、………うわ…気持ち悪ぅ。
最悪だ…と溜め息をついてまた水面を見る。やっぱり映っている、元の自分の顔が。
「これは、どうするかな」
水は妖しくて飲めないし、ここはなんて所なのかも知らんし…詰んだ。
場所ごとに名前があるようだ。
前のところは、“死者の切り株“。
さっきのところは、“待ち焦がれの木“。
じゃあ、ここは?
見渡しても誰もいない。当然か。
もう一度水面を見る。
「!!」
映った水面の顔がどんどん近づいてきて、水の中から俺の顔をした人が出てきた。
「なっ!君は、誰だ!?」
「俺は君だよ。見て分かるでしょう?」
喋り方、口調、仕草が俺そのものだ。
「見て分かるけど……俺じゃない」
「俺だよ」
「俺じゃない」
「むしろ君が俺じゃないんじゃないのか?」
「なんだと?」
「お前が俺の真似をしているんじゃないのかと言っているのだ」
「何を言って…。!!」
訳の分からない会話をしているうちに、いつの間にか奴は泉から全身が出ていた。
何か…まずい気がする。
「泉から出てきたお前が、俺である証拠はあるのか?」
何か策はないかと思案しつつ、時間稼ぎのため話を振る。「あるさ。だって俺はお前なのだからな」
「なら、俺の何を知っているというのか」
「俺の名は、ロン・ハロイン。齢24の178cm。家族構成は母マリン、妹のマリアの三人暮らし。30年前に父は他界。国王直属の第一騎士団に所属。花屋を営む平民から騎士になったきっかけは、家計と母親マリンの病気を治すための薬代を稼ぐため。身体能力と柔軟性は高い。出世には興味がない。魔法を生活に使うことはあるが、専門の知識は浅い。魔道士の友人を持つ。魔力を使うとき、人にはない首筋に紋様が浮かび上がる。そして、王命で魔女がいるのかどうか確かめてくるように言われてここに来た」
個人情報が奴の口からつらつらと漏洩されていく。
「すごいな…ほとんどあっている」
「・・・・・なに?ほとんどだと?」
奴は動揺した。俺の目を見て話してくるので、俺の思考を読み取って話していたのだろう。
「あぁ、花屋だけではない。花屋兼果物屋を営んでいる。あと、俺の父は健在だ。30年前に亡くなったのは、祖父だ」
「祖父…。そうか祖父か。お前、良いのか?訂正の情報を流して」
「あ、やべ」
「なんだ、ただの阿保か」
「うっせ」
「ふむ…では、話題を変えよう。お前に俺が偽物だという証拠を見つけてみよ」
「証拠?」
「そうだ」
「・・・・」
考えた。奴が俺に似てないところ…。
「・・・鞄」
「何?」
「鞄の中身を確認する」
「ほぅ、いいぞ」
鞄の中身を一つ一つ出していく。
短剣、地図、ペン、紙、式神数枚(連絡用)
食料(非常用干し肉)、着替え数枚、御守り、お金。
「あ!お前お守りがない!それが証拠だ!」
「なんだその巾着に入った物は?」
巾着袋の紐を解き、中身を取り出した。
「これは、ガラス玉だ」
「ガラス玉…」
色が付いてたり、中に模様が入ったキラキラしたガラス玉を三つ、手のひらに収める。
「これは祖父に教えてもらったお守りの代わりなんだ」
「祖父」
「まぁ、ただのおまじないなんだけどね」
「そのガラス玉なら…俺も持っている」
そう言って、池の中に手を入れて透明なガラス玉を取り出した。
「一つだけ?」
「あぁ」
「なら、それが証拠だな」
「・・・・・本来は、何個必要なのだ?」
「本来は五つなんだけど、そんなにお願い事してもって感じだから、三つだけ」
「三つだけ」
奴の顔がどこか遠くを見つめるような懐かしんでいるような顔で俺を見つめてきた。
「ガラス玉のおまじないの方法知ってるか?」
「知ってい・・・知らぬ」
「このガラス玉を太陽に照らしながらお願い事するんだ。二つはすぐに叶えられる事を。三つは目標としていることというか、すぐには叶えられない大切なお願い事をするんだ。願った後入れ物に入れて、大事に持ち歩く。あ、毎日陽の光を浴びせないといけないんだけどもね」
「そうか…。で?お前はなんて願ったんだ?」
「一つは、騎士になること。二つは、花と家族を大事にすること。三つは秘密だ」
「なぜだ」
「話してしまっては、効力がなくなるやもしれないだろ?」
「・・・・・」
「お前は、その一つのガラス玉になんてお願い事をしたんだ?」
「俺は、美味しいものが食べたいとか花がもっと咲きますようにとか毎日天気が晴れでありま」
「あははは笑 欲張りだなぁ、一つのガラス玉に一つだけだよ」
俺は思わず笑ってしまった。泉の精(?)でも人間のようにお願い事をするんだなとちょっと親近感が湧いたからだ。
笑っている俺の顔をポカンとした顔で見ていた奴は、ゆっくりとうつ向いてしまった。
あ、しまった!怒らせたか?(汗)
「ふっ…ふん!最後の質問だ。俺に花を摘んでこい。なんでもいい。もし俺が気にくわなければ、お前をその場で食うからな」
ふい と目を瞑り、顔を背けた。
「花?何でも良いのか?」
「あぁ」
周りを見渡す。沢山の種類の花が咲き誇っている。
何でもと言われてもなぁ…もしかして何か意味があるかもしれない。
そう思い、日記をこっそり開く。
パラパラと捲ると、黄色い花に目がいった。
「クロッカス。青春の喜び、切望、か。ん?他の色にも意味があるのか。紫が愛の公開、黄が私を信じて」
クロッカスは入れるとして、他に何を入れようか…。
泉の周りを見ると、季節関係なく色とりどりの何種類もの花が咲き誇っており、風に身を任せて気持ち良さそうに身体を揺らしている。
「ここは、花たちの楽園だな」
珍しい花も咲いている。今の季節なら絶対に無理なのに…。ここは、なんと不思議なところか………。
季節や時期を気にすることなく同じ様に並んで咲いている不思議な光景に心踊らせながら、考えて花を摘む。
「一輪とは言われてないし、なんなら花束にして渡すか?いや、ただ花束にしても面白くないしな…花冠でも作ろうか?」
プチプチと使う花を取り、器用に花を隙間なくぎゅっと詰めて編んでいく。
一つの花ではなく、数種類の花を取り入れた。
黄色いクロッカス、エキザカム、オトメギキョウ、パンジー紫色、ビオラ黄色、橙色、紫色、赤とピンクのゼラニウム…。
「よし!こんなもんかな?」
色とりどりの花冠が出来上がった。
「出来ました。どうぞ」
「これは?」
花冠を受け取ってじっと手元を見つめる。
「花冠。こうやって頭に被る…」
「それは知っておる。そうではなくて、何を考えて作ったのかを聞いておるのだ」
「んー…そうだなぁ。さっき少し話をしていて、ちょっとした親近感を感じたところがあってさ」
「親近感?お前が俺にか?」
「あぁ。俺の家族も俺もそう、花を愛しているところに。ガラス玉に花に関する事願ってただろ?祖父が言ってたんだ、花を愛でる奴に悪い奴は居ないってな。だから、花言葉に“私を信じてほしい“と“君がいて幸福“って意味を含んだ花を選んで花冠にしてみた。花たちに届くように」
それを聞いた奴は、ふわりと優しい笑顔浮かべて、花冠を見つめる。
おや?この様子は、お気に召した感じかな??
「まぁ、いいだろう。ここまで騙されなかったのはお前で二人目だな」
「二人目?もう一人いたのか?」
「あぁ、かなりの変わり者がな」
奴は優しい笑顔のまま、目を細めて懐かしむように遠くを見る。
「その人どうなったんだ?」
「ちゃんと魔女様のところに辿り着いたんじゃないのか?その後からも何度か俺のところを訪れては、何かと構ってくるしょうもない奴だったがな」そう言いつつも、口許は笑っている。楽しかったんだな。
「さて、証明できたことだし、一つ聞きたい。魔女様のところに行きたいのだが、どの道に行けばいい?」
思出話もいいけど、先を急ぎたい。
「逆に問うが、魔女様に会って何をしたい?」
「今のところ会うだけかな?魔女の生存確認のみの命しか聞いてないしな」
「そうか…。なら、これを持っていくがよい。きっと役に立つだろう」
奴は泉に手を入れてゆっくり持ち上げ、手に持っていたのは花だった。手を出し入れした泉は、ちゃぷ…という音と共に綺麗な輪の波を静かに描いて消えるを繰り返し流れていく。不思議な光景。
渡されたのは、青薔薇とツユクサ、三角草の三輪。
「今、魔女様が欲しがっている青薔薇があれば、入り口は見つけやすいだろう。赤い薔薇が左右対象に生えている場所が入り口の目印だからな。よく見ないとわからないから、探してみるとよい」
「ありがとう。で、この二輪は?」
「この二輪は、俺からお前に贈り物だ。魔女様にあげても喜ばれるから、好きにしてくれて構わない」
「ありがとう。泉の精だから、てっきりイタズラ好きかと勝手に思ってたよ」
「俺は、泉の精でもなんでもない。ただの醜い穢れた化け物さ…。これだってただの気まぐれに過ぎんかも知れんぞ。気なんぞすぐに変わる。ほら、さっさと行け」
そう言ってぐいぐいと俺を来た道と反対側の道に押し出す。
「わかった行くよ、押すなって。あ、そうだ。お前、名前とかあったりするのか?」
「名だと?そんなもの聞いてどうする」
「何となく気になってさ」
そう、何となく。何となくふと思ったのだ。多分親近感が湧いたからなんだろうけど、単純にどんな名前なのかも興味がある。
「………フィン」
「フィン」
「ある人間が勝手に俺に付けた名前だ。俺は本来、名など持ってはおらぬ」
「フィン。わかった、そう呼ばせてもらうよ。また寄ったときは、もっと花の話とかしような」
ニヒッと笑って言うとフィンは、お前も相当変わっておるなと溜め息を付いた。口許はほんの少し笑っている。
「俺からも質問を一つよいだろうか」
行こうとして三歩程歩いた時、後ろで声をかけられる。
「なんだ?」
振り向いてフィンの方を見る。
「お前の…祖父の名はなんと言う?」
「じいちゃんの?」
「あ、あぁ」
疑問はあったが、とりあえず質問に答える。
「フィル。フィル・ハロイン」
「フィル……ハロイン」
彼は名前を聞いたあと、大きく目を見開いて驚いた顔をしたが、すぐに真顔に戻り、「ありがとう」と一言言って手を小さく振って見送ってくれた。
祖父の名前を聞いてどうしたんだろうと不思議には思いつつ、俺も手を振り返して先を急いだ。
フィンは彼を見送った後、泉の側に座った。
水面に映る本当の自分の顔を見つめながら、独り言を漏らした。
「フィルよ、まさかお主の孫に会うとはな…縁とは不思議なものよ。しかも顔が瓜二つときた」
彼の顔と会話のやり取りが、前にここに来た祖父と似ていたため妙に重なってしまい、頭には懐かしい記憶が蘇っていた。
“「どうだ!?この花冠の出来映え。「信頼」と「君がいて幸福」という意味を込めて、お前と花たちに届くように作ったんだ!」“ 花を摘んでこいとは言ったが、花冠を作ってくるとは予想外だった。
いまだにあいつが作った花冠は、当時のまま瑞々しい状態で残っている。泉に手を入れてフィルが作った花冠を取り出して、先ほどロンが作った花冠と並べて眺める。
「本当に似ておるな…」口許が緩む。可笑しくて。
ガラス玉だってそうだ。
“「なぁ、ガラス玉のおまじないって知ってるか?」
「?なんだそれは。知らぬ」
「このガラス玉を太陽に照らしながらお願い事するんだ。二つはすぐに叶えられる事を。三つは目標としていることやすぐには叶えられない大切なお願い事をするんだ。願った後入れ物に入れて、大事に持ち歩く。それから、叶えるには条件があって、毎日陽の光を浴びせないといけないんだ」
「そうか。で?お前はなんと願ったのだ?」
「一つは、騎士になること。二つは、母を大事にすること。三つは秘密だ」
「なぜだ」
「話してしまっては、効力がなくなるかもしれないだろ?」
「・・・・・」
「そうだ!お前もやってみろよ。ほら、ガラス玉一つやるからさ」
「願ったところで叶うものでもあるまいし、くだらぬ」
「そう言わずにさ、何でもいいんだ。身近な事でも、自分がやれそうな事でも何でもいいんだ。願うことは生物誰でも平等に自由なんだから」
「何を言っておるのかわからぬが…そうだな…………美味しいものが食べたいとか花がもっと咲きますようにとか毎日天気が晴れでありま・・」
「あははは笑 お前それは欲張り過ぎだよ。一つのガラス玉に一つだけだよ」“
「花冠といい会話といい、写したように似ておるとは、笑かしてくれる」
くくく、と笑いが漏れる。
顔を見てフィル本人かと思ったが、どこか違う。彼のする祖父の話で気付き、名前を聞いて確信した。祖父はフィルだと。
あの日、ガラス玉に願いを込めた。
もらった日、何にするか迷って迷って気づいたときには夜になってしまい、フィルが帰ると言った時、初めてひどく寂しいと感じた。だから、彼が帰ったあと、月明かりにガラス玉を照らして願った。彼に、フィルにもう一度会いたいと。隣にずっといてほしいと、そう願った。
何度も来ていた彼は、その次の日からパタリと来なくなった。魔女様の話では、人間界に帰したと言う。まるで明日も来るかのように、またな!と笑顔で手を上げて帰っていった彼は、俺に何も言わずに人間界に帰っていったのか…。なんと……なんと寂しいことか……。
「フィル…」
孫の彼がフィルの生まれ変わりならどんなによかったか、とも思ったが、「私のガラス玉のまじないは叶わなかったが、別の縁で叶ったようだ。少しは信じてみようかな」とガラス玉を陽の光に照らし、キラキラとした泉の底のような綺麗な色を目を細めて眺めた。
あぁ、これから楽しいことが訪れるやも知れぬな。
「また会おう、フィルの孫よ」
トプン…
その声と一緒に泉の底にフィンは沈んで消えていった。
しばらく歩いているのに、なぜ薔薇の薔の字も見当たらないんだ!
振り出しに戻った気分・・・。
まっすぐ歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて歩い…であぁ―――!!もぅ!全部木、木、木、木、木、木、木ぃばっかりだよ!!
しかも途中の木で休もうとしたら変なものが歩いてて、怖くて息を殺しながら木の影に隠れ、ゆっくりその場から離れること計5回。今まで出会ったきた者が話のわかる者だったからまだ運が良く、マシな方だったが、この森にはそんな者たちばかりではない。話が通じず本能のままに動いて襲ってくる者もいる。
現に今がその時。なんてツイてないんだ!
ただ木の根に座って水を飲んでいると、肩をトントンと叩かれ、誰かいるのかと振り向いた。
近い距離にいた男はにっこり笑顔で、「あなだのにぐをぐれまぜんが?」しゃがれ声でうまく聞き取れなかったが、「貴方の肉」は聞き取れた。あ…これは、ヤバイ奴だ。
こちらもニッコリと返して、一目散に全速力で走って逃げた。
頼んだらくれると思っているのだろうか。んなわけねぇだろ!こいつもどこか狂っている!
やっと逃げ隠れて、今に至る。
ソロリと地面に伏せて、腕や足を使いながら腹ばいで一歩一歩ゆっくりと静かに匍匐前進。抜き足差し足忍び足……ペキッ
何か枝のような物を踏んだようだ。小さく音がなった。
「ぁっ」やべっ。
後ろを振り返ると、ちょうど目が合う。
お互い瞬き二回ほどした後だろうか、一気に走りだし、続きの命懸け鬼ごっこが始まる。
「あなだのにぐをぐだざいぃぃぃィぃィ!!!」
急いで木の影に隠れる。追い付いた男は立ち止まり、ギョロリと大きく見開いた目が俺を探す。
「くそ!しつけぇ!他の茂みに隠れるしか…っ、!!?」
俺は、男を気にしつつきょろきょろと周りを見回して隠れやすい茂みを探す。ちょうど木と木の間、何か黒い動くものがいたような?暗くてよく見えないが、何かいるのは確かだ。
頼むこちらに気づかないでくれ。冗談じゃない人数なかんて増やしてる場合じゃないんだ。
じっと息を殺して見ていると、人影が見えた場所に高さのある茂みがあることがわかってきた。
あそこに突っ込むしかない!動く影がいなくなった今なら!
迷っている暇などなかった。そこにめがけて全速力で走って茂みに突っ込んだ。途中、枝に引っ掛かり瞼を切って血が出てしまったが、構ってなどいられなかった。
後悔はない。ただ、突っ込んだ時にわかった。
この茂みはただの草じゃない。
刺の生えた濃い赤い薔薇の庭の一部だったのだ。
「いっでぇ!」
全身を刺が刺さったり擦れたりして傷だらけになっていく。一瞬の事なのに痛みはすぐにやってきた。
ボスッ! ドサッ
刺の中から勢いよく出て、草の上に落ちた。
血だらけの中、霞んだ目をゆっくり開けると、そこは別世界だった。
のどかな場所。泉で見た花の楽園よりも広い。花の香りが風に乗って香ってくる。
「庭…?」
血の流しすぎか、走って疲れたのか、頭が働かず瞼が落ちる。そのまま意識を手放してしまった。
────────────
───────────────
───────────・・・・・・・
「ん…」ここは…?
眠りから覚めるように目を開ける。
見えない片目を触ると包帯が巻かれていた。頭にかけて巻かれている。手足の他に全身にも巻かれた包帯は手当てがされた後だった。 いったい誰が?
見知らぬ場所、清潔感のある木のベッド、暖炉には火がついており、鍋が吊るしてある。何かを煮ているようだ。
見渡すと生活感のある部屋。誰か住んでいるのか。
スー
引き戸が音もなく開いた。
顔に面を付けた女の人が入ってきた。
「・・・・・」
背は150~160cmの間くらいの小柄。髪は深い緑色で腰の辺りまで伸びている。黒いマントがまとい、筆で書いたような葉の絵が描かれたお面を被っている。
「あの…ここは?」
「・・・・・・」
無言のまま鍋の蓋を開け、椀に盛り俺に渡してきた。
「えっと…野菜スープ?」
こくこくと頷き、優しい手付きで頭を撫でて部屋を出ていった。
喋れないのか?
とりあえずもらった野菜スープを一口飲む。
「あ、美味しい」
疲れた身体に染み渡る優しい味だ。
一口一口飲んでいくうちに身体がポカポカとしてきて、何だかまだ動けるような気がしてきた。
「あんなに走って疲れたのに、不思議なスープだ」
美味しいあまり全部たいらげてしまい、厚かましくもおかわりを自分でよそってしまった。
「動ける!よし!」
傷は…そんな都合よく治るわけないよな。
トンと床に足を着いた。キシキシと音がなる。
靴を探し、履こうとしてはたと気付く。
俺裸足だ!!
足の裏を確認するとくっきりと魔方陣が見える。
「………バレてないかなぁ」やらかした…。
気を失っていたとはいえ、いきなり正体バレるのはまずい。それに、多分ここは探していた魔女の家だ。まだちょっと確信が持ててないから多分で仮定するとして、少し見て回るか。
再度キョロキョロと部屋の中を見渡す。
「それにしてもすごいな…」
見渡す限り、ほとんどが木でできている。柱も壁も床も。
窓から見える景色は全部が緑で包まれている。
「どうなっているんだ?」
引戸を引くと階段が下に続いていた。
キシ…キシ…キシ…キシ…キシ…キシ…
木の根でできた階段を降りる。
裸足で歩いたら、気持ちいいんだろうなぁというくらい綺麗な根の階段を降りる。降りきった階段の右横を見ると、まだ階段が下に続いている。
「降りるのは後だな。先にこっちだ」
階段降りた数歩先に玄関が見える。ドアも木でできており、綺麗な色の花冠が一つドアノブにかけられている。
階段の左横、数歩歩いた先に引戸。
魔女来るなよと願いながら玄関を見つめつつ、左横に移動し、引戸を引いた。
そこには不思議な光景が繰り広げられていた。
台所には誰も立っていないのに、誰かが洗っているかのようにスポンジは勝手に動いて食器を洗い、流れている水で食器が自ら動いて洗剤を洗い流し、タオルがそれを拭く。綺麗になった食器達は宙を飛び食器棚に次々と収まっていく。
この一連の流れを繰り返している。
「どうなっているんだ…」
開いた口が塞がらない。驚きすぎて。
テーブルを見ると、こっちは別な動作が繰り広げられていた。
お茶の準備だろうか。お盆にコップが三つ。皿にはクッキーとパウンドケーキが盛り付けられている。
ティーポットの蓋がカチリと軽い音を立てて開き、蒸していた茶葉が網ごとフワリと浮いてお湯から取り出された。
良い色の紅茶が透明なティーポットから伺える。
ティーポットがフワリと浮き、お盆におさまった。ミルク、シュガーがテンテンと歩きだし、ティーカップの皿の上に乗る。今度はスプーンが踊るようにくるくると回りながら、フォークの入っていた器にカチャと音を立てて一つ一つ入っていった。
見ていて楽しくもあり不思議な光景にどうしていいかわからず、とりあえず引戸を閉めた。
スー パタン
「魔法だった。魔方陣なしであそこまでできるって相当だぞ」
ドキドキした胸を押さえながらもう一度見ようと引戸に手を掛けようとした瞬間、勢いよく引戸が勝手に開き、お盆がすごい早さで飛んできた。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ギリギリで避けた際に背中を向けてしまったのが運の尽き…。ギリギリで避けたお盆の持ち手の部分に服が引っ掛かり、そのままお盆に連れ去られて外に出ていった。
「なっ…!?」取れない!!
プラ~ンとぶら下がり、どこへ向かっているのかわからない。降りようとバタバタ暴れるがびくともしない。
「くっ!」
何も出来ずに庭の中をスイーと揺れることなく運ばれる。
「それにしても綺麗な場所だな」
わかっている。
わかってはいる。
感心している場合じゃないってことぐらい。でも運ばれている間中、通るところ通るところ珍しい花が咲き誇っているのが見える。きちんと手入れされている上に季節関係なく咲いている花が、絶対にこの花と並ぶことないんだろうなというあの花が、一緒になって咲いているこの光景。見過ごせるわけがない。
「花達の楽園」
妖精とかいてもおかしくない。
ドキドキワクワクしながら鑑賞していると、お盆がピタリと止まった。
「ん?止まった??」
きょろきょろすると、さっきのお面を被った女の人が泉で会ったフィンと何やら話をしている。
集中して耳を傾ける。
「フィン、よく来てくれた!聞いて!さっき男の子が庭に血だらけで落ちてたの!!もぅ私どうしたらいいかわからなくてとりあえず手当てしたけど、大丈夫かしら。あの子どこの子かしら。迷子だったら送らなきゃだし、捨てられてたら…なんて考えてたら悲しくなってきちゃって。フィン!もしそうだったら、私たちで親になってあげましょう!ね!?」
「ちょ、ちょっと、魔女様…。展開が早過ぎますね。私が訪れて早々そんな濃い話されても困るのですが…」
「だってぇ!」
いやめっっちゃ喋るなあの人!
早く下ろしてくれねぇかなと視線を送りつつ、二人のやり取りを見守る。
魔女が明るい人で良かったけど、まだ情報が薄いところもある。しばらく情報集めと様子見だな。
傷が治るまでいさせてもらえるように交渉してみるつもりだ。
お盆に気付き、俺に気付く魔女とフィン。
「んなっ…!?」
なんでいるんだ!??と言わんばかりの雰囲気が漂っている魔女と「お、先刻ぶり」と片手を上げて俺を下ろしてくれたフィン。
魔女は浮いているお盆を手に取り、テーブルに置いた。
「・・・ドウゾ」
三つの椅子の他にもう一つ、地面からメキメキと音を立てて木の枝が絡まり合い、立派な椅子が出来上がった。
「ありがとう…ございます」気まずいと言った方がいいのだろうか。おかしな空気が流れている。
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