空中転生 - 落ちこぼれニート、空の上でリスポーンしました -

蜂蜜

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プロローグ

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「行ってらっしゃい」
「――」

 見送りの言葉をかけてくれた母の言葉に僅かに頷き、玄関のドアの取っ手に手をかける。
 微弱な力で取っ手を押し、外へ出る。

 外はもう、すっかり暗い。
 当たり前だ。もう日付が変わっているんだから。

 もう何か月も切れていない髪の毛のせいで、ただでさえ暗い視界が余計に暗い。
 というかだけだが。

 これからコンビニに行って、夜食用にホットスナックを買うことにしよう。
 ホットスナックは世界を救う。
 だって、無駄に料理なんかしなくても、金を出すだけで温かいものが食べられるんだ。
 ニートの俺にとって、あれほど革命的なものはない。

 ……ああ、クソ。
 雨が降ってきた。
 天気予報では今日は降らないんじゃないのかよ。
 これだから天気予報は信じられない。

「おいおっさん」
「あ?」
「ちょっち今金なくてさ。貸してくんね?」

 なんだこいつは。
 そんな舐めた態度で金せびって、もらえるとでも思っているのか。
 不労所得はこの世の絶対悪だ。
 自分で働いて稼げよ、ガキが。

 ……ニートの分際で、こんなこと言えねえか。

「俺も他人に配れるほど金があれば、こんな生活送ってないのにな」
「あん? なにぶつぶつ独り言ぼやいてんだ?
 いいから金よこせよ」
「今のが聞こえた上でまだせびるのは、バカとしか言いようがないな……」
「――るせえなァ!」

 頬に鈍い痛みが走る。
 金髪の少年はよろけて倒れた俺に馬乗りになって、俺の顔面を殴り続ける。

 俺はいつもこうだ。 
 いつも余計なことを言って相手を刺激して、痛い目に遭う。
 ……あの時も、そうだったな。

 怖い。痛い。恥ずかしい。
 こんなガキにいい年した男がタコ殴りにされるなんて光景、傍から見たら滑稽で仕方がないんだろうな。
 幸いこんな時間だから、周りに人はいない。
 ただ、痛いだけだ。
 でも、気を失わないようにしないと。
 身包み剝がされて、一文無しになってしまう。
 だからといって、やり返すわけにもいかない。
 暴行事件で逮捕されてムショ行きだ。
 いくら俺が童貞・アニオタ・無職の三拍子がそろった救いようがのないクソニートとは言っても、犯罪者にだけはなりたくない。

「――おい! 何やってる!」
「やべっ!」

 少年が殴る手を止めた。
 首を傾けてみると、警察官がこちらに向かって走ってきていた。
 少年は俺から離れ、逃げ出した。
 足をつかんで逃がさないようにしようとしたが、もう十年以上もまともに運動していない俺はいとも簡単に振りほどかれた。
 ああ、あいつを捕まえていれば警察官に感謝状とかもらえたりしたのかな。
 もらったところで何の得にもならないけど。

 俺はその後、警官に助けられて家まで送り届けられた。
 ファ〇チキ食いたかったな。
 というわけで、今日の俺の夜食はなくなってしまった。
 世間の認識上では「一日三食」が一般的だとされているが、俺の常識では「一日五食」が普通である。
 朝、昼、昼過ぎ、晩、深夜。
 こんなおかしな食生活だから、こんなに肉がついてしまったのか。
 ダイエットなんて始めても成功するはずないし。
 コンビニと本屋以外どこにもいかないし、別にこのままでもいい。

「あんた! 大丈夫なの!?」
「平気だよ」
「タオル持ってくるから待ってて!」

 母は慌てて洗面所へ駆けていった。
 こんなに没落した人生を送っている俺なのに、母は俺のことを大切に育ててくれている。
 俺が外出するときには必ず玄関まで見送ってくれるし、帰ってきたら必ず出迎えてくれる。
 優しさが痛いって、こういうことを言うんだろう。

 普通なら、俺を家から追い出すか、母が家を出ていくかしてもおかしくない。
 ちなみに父は、数年前に他界している。
 父は母とは違い、隙があれば「お前、働かないのか」と言ってくるような人物であった。
 俺みたいな人間に対する態度としては、父のほうが正しいのかもしれない。
 父が厳しかった分、母は俺に優しくしてくれるのだろう。

 母からタオルを受け取り、雨に濡れた頭と体を拭く。
 頬にできた傷が疼くが、痛みに耐えながら手を動かす。

「ありがとう」
「母さんは、ずっとあなたの味方だからね」
「――」

 母の言葉に涙が出そうになる俺は、タオルで顔を隠しながら自室へと上がった。
 頼むから、俺にそんなに優しくしないでくれ。
 俺は、あんな優しさを受ける資格のない人間だ。

「はぁ……」

 俺はどうして、こんな人間になってしまったのだろう。 
 小学生まではよかった。
 狂い始めたのは中学の時からだった。

 とんでもないクズ男から幼馴染を守っただけなのに。
 俺はいまだに、自分の非を認めていない。
 誰が何と言おうと、俺は悪くない。
 俺は、絶対に正しいことをした。

 それなのに、みんなは聞く耳を持とうとしなかった。
 そいつはクラスのリーダー的存在であり、隅のほうで本ばかり読んでいた俺とは真逆の存在だった。
 だから、俺の言うことよりもあいつが言うことのほうが正しいと思われるのは当然かもしれない。
 でも、そんなのっておかしいじゃないか。

 あの日から、俺はこの世界が嫌いになった。
 死にたいけどそんな勇気がなかった俺は、「隕石の一つでも落ちて世界が滅びてしまえばいいのに」と毎日のように思った。

 それから過激ないじめに発展し、俺は学校内での立場を失った。
 毎日上履きはゴミ箱の中にあるし、机には落書きがあった。
 それでも、俺はちゃんと学校へ行った。
 卒業だけはしたかったからな。

 ……ああ、思い出すだけでも嫌になる。
 もう寝よう。
 まだ今日はオ○っていないが、嫌なことを想起したせいで何もしたくなくなった。

 どうせ明日も何も変わり映えしないつまらん人生なんだから、寝ている間にぽっくり逝ったりしないかな。
 そんなわずかな……というか、あるはずもない一縷の望みにかけて、目を閉じた。

---

 ああ、今日も一日が始まってしまった。
 今日はナニをしよう。なんつって。

 というか、なんだか今日はやけに体が軽いな。
 昨日……正確には今日だが、あの金髪の少年に殴られたことで、体から邪念が飛んで行ったのかもしれない。
 だとしたら、彼には感謝せねば。

 さて、このまま横になっていては二度寝をしてしまう。
 二度寝常習犯の俺だが、たまには一発で起きてやろう。
 体を起こしてしまえば、眠気は飛ぶ。

 ……ん?
 体を起こせない。
 とんでもない圧力がかかっているかのように、体を動かすことができない。
 これは「二度寝をしなさい」という神のお告げなのだろう。
 仕方がない神様だな。ちょっとだけヨ。

 心地の良い風。少々強すぎる気はするが。
 真っ青な空。まばゆい太陽。
 こんなに明るくては、二度寝なんてできないじゃないか。はっはっは。

「いあいあいあ! だあー!」

(訳:いやいやいや! おかしいだろ!)

 やってる場合か!
 なんだ、この状況は!
 部屋のベッドで眠りについて、朝起きたら青空が広がっているなんてことあるわけないだろ。
 それに、なんだ、これ。全然呂律が回らない。
 そして、この風の強さと、異常なまでに強くからだにかかる圧力。
 俺は恐る恐る首を動かし、眼球を横に動かす。
 建物も街灯も、何もない。
 見渡す限り、空、空、空。

 これって、まさか――

「だや! あーーう!」

(訳:ここ、空!?)

 ど、どうする。
 置かれている状況的に、ここは上空で間違いなさそうだ。
 なんとか少しずつ身をひねってうつ伏せになることに成功したが、成功したところでどうする。
 
 いったい誰がこんなことを信じることができようか。いや、できない。
 これはきっと夢だ。目をこすれば目が覚めて、いつものとっ散らかった部屋に戻るに違いない。
 俺はゆっくりと自分の目をこすってみる。
 ……なんか、手、小っちゃくね?

「あー! うああああ!」

(訳:なんじゃこりゃああああ!)

 まるで赤ん坊のように小さな手。
 むちっとしていてかわいらしい。
 なんて言ってる場合ではない。
 何一つ状況が理解できないが、一旦整理しよう。

 俺は昨晩、確かに自室のベッドで寝た。
 そして目が覚めると、目の目には綺麗な青空。
 体は赤ん坊のように小さくなり、言葉を話すこともできない。

 整理しても全く理解できない!

 地面はどんどん近づいてきている。
 ……これ、詰みでは?

 いや、まだわからない。
 気が狂った母が俺をスカイハイダイビングに連れてきた可能性もある。
 それならパラシュートが展開するはずだし、大丈夫だ。

 ふぅ、よかった。
 とはならない。そんなわけがないだろう。

 とにかくなんとかしなければならない。
 でも、何もできないだろう。

 赤ん坊と化してしまった小さな体では、もはやどうすることもできない。
 いや、元の体でもどうすることもできないけど。

 これはきっと今度こそ、神のお告げなんだろう。
 まともに仕事を探そうともせず、堕落した生活を送っている俺に対しての、一種の「罰」。
 学生時代のことに関しては俺は悪くないと思っているが、高校を卒業してからの自分の生活は、今振り返ってみてもひどいものだ。
 毎日食っては寝ての繰り返しで、母の手伝いなんてここ数年全くしてこなかった。
 そんな人間が突然世に放たれても生きていけるわけがないと思っていたから、俺は仕事を探そうとしなかった。
 
 俺は、とんでもない親不孝者である。
 そんな俺を見ていられず、神様は俺をこうして殺すってわけだ。

 いいさ。ちょうど俺も死にたいと思っていたところだし。
 世界が滅びずに俺だけ死ねるなら、本望だ。

 死ぬのが怖いと思っていたが、直前になるとそうでもないんだな。
 しかも、こんなに高い空から落とすことで、人生を懺悔する時間までくれるなんて。
 神様はいい人だな。

 あの時見て見ぬふりをしていれば、俺はこんなにも怠惰な生活を送ることはなかったかもしれない。
 きっとみんなと同じように卒業して、大学に進学して、普通に仕事に就いて。
 人並みに、幸せを感じることができたかもしれない。

 でも、俺は間違った選択をしたとは思っていない。
 幼馴染はあのままあいつの手に堕ちて、人生が無茶苦茶になっていたに違いない。
 俺があの時彼女を守るために動いたことで、彼女らはその一週間後に破局した。
 幼馴染とその周りの全員からの好感度や信頼をすべて失った代わりに、俺は大切な幼馴染の人生を守り抜いたのだ。

 きっと今頃は、素敵な旦那さんを見つけて、幸せな人生を歩んでいることだろう。
 その相手が俺だったら、よかったのにな。
 
 俺なら、幸せにできたのに。
 彼女の笑顔は、俺の脳裏に焼き付いている。
 笑うとちょっとえくぼができるとことか、好きだったな。
 あの日以来一度も俺に向けることのなかった笑顔が願わくば、彼女の想い人に向けられることを祈って。

 俺はゆっくりと目を閉じ、その時を待つことにした。
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