2 / 81
第1章 幼・少年期 新たな人生編
第一話「赤ん坊、再起動」
しおりを挟む
目が覚めると、俺はベッドにいた。
ベッドはベッドでも、寝慣れたベッドではない。
「……いあーいえーおーあー!」
(訳:知らない天井だ……)
よし、言ってみたかったやつ。
いや、言えてはいないんだが。
俺は死んだのか?
死んだとしたら、それはもう壮絶な死に方だったろう。
地面に顔から激突し、トマトのようにグチャグチャに潰れたに違いない。
うわぁ……想像するだけで身の毛がよだつ。
でも、あんなクソみたいな人生に終止符を打ててスッキリした。
今は不思議と、体が軽い。
さっきとは違う意味で、宙に浮きそうなほどに。
「――!――・・・――!」
「――・!」
目の前で、長い金髪を一つにくくっている女性が声を上げた。
それに、短い黒髪に屈強そうな体を持っている男が呼応した。
どちらの言葉も、理解はできない。
何語だろうか。
少なくとも日本語ではないし、聞いたことがない言葉だ。
ここはどこだろうか。
死んだのだとしたら、ここは死後の世界か?
死後の世界にはこんな美男美女がいるのか。
もしかしたら、「年齢イコール彼女いない歴」の俺でも彼女の一人や二人出来るかもしれない。
それはそれとして、俺はまだ状況が理解出来ていない。
俺はやはりあの太った体型ではなく、小さな赤ん坊の体になっている。
正直元の体に戻して欲しいとは思わないが、突然赤ん坊になった意味が分からない。
自分の全身を確認する術は今のところないため手足の小ささから判断したが、ほぼ間違いないだろう。
それに、言葉を発しようとする全ての音が母音になってしまう。
物心がついていながら赤ん坊言葉を自分で発していると考えると、恥ずかしくなってくる。
「あー、うあー」
「――・――・・―――・―」
言葉が喋れないと、こうも不便なのか。
相手の言葉も理解できないとなると、いよいよコミュニケーションがとれない。
ジェスチャーをしようにも、俺は何故か幼児退行しているからな。
「・――・―――・」
金髪の女性は俺に微笑みかける。
めちゃくちゃ可愛いな、この人。
日本人を貶す訳ではないが、日本人とは違って彫りが深く、眼球は澄んだ青色。
まるで西洋人のような顔立ちだ。
……おい待て待て、何しようとしてる。
女性は俺の股間部に手を伸ばしていた。
いつの間にかつけられているオムツを取り外し、俺の小さな小さなポークビッツが露わになってしまった。
まずい。
こんな美女に股間を触られてしまったら、俺の立派なポークビッツが立派な子ゾウになってしまう。
俺が今まで読んできた数々のエ○漫画でも、幼児をしごく展開はなかったぞ。
違う!俺はウンコもオシッコもしてない!
俺はただ――、
「あーー!」
名前を聞きたかっただけなんだぁぁぁぁ!
「――・・―――」
俺の魂の叫びが通じたのか、俺のオムツに何も付いていないのを見て、女性はオムツを戻した。
ふぅ……危なかった。
まあオムツを履かされて服を着せられているということは、俺は既に裸を見られたんだろうから、そこまで気にすることは無いか。
そうなってくると、俺は全裸で死んだことになる。
良かった、赤ん坊の体で。
あの体の全裸死体を見られたら死にたくなるだろう。
とりあえず、しばらく様子を見ることにしよう。
---
二ヶ月が経った。
そろそろ日本のあの家が恋しい。
これがホームシックというやつか。
俺はこの二ヶ月で、大体の状況を理解した。
まず第一に。
どういうわけか、俺は死んでいなかったらしい。
スカイハイダイビングよりも高いんじゃないかってぐらいの高さから落ちたのに、俺は生きている。
今俺は、助けてくれたのであろう美女と美男の子供として育てられている。
彼女から産まれてきたわけではないが、どうやら俺はこの家の子供として生きていくことになったらしい。
何の代価も払わずにこんな美女の乳を拝み、ましてや吸えるなどまるで夢のようだ。
と思ったが、俺はずっと粉ミルクを飲まされている。
やはり期待はしない方がいいな。
期待通りにならなかった時の悲しさといったら。
そしてこの二ヶ月で、何となく言語が理解できるようになってきた。
女性の名前はロトア、男性の名前はルドルフ。
そして俺の名前は、ベル。
フルネームは「ベル・パノヴァ」。
部分的にではあるが、何の話をしているのかくらいは分かる。
それに、少しだけ喋れるようにもなった。
とは言っても、日本語でいう「ぶーぶ」「わんわん」を始めとする幼児語程度だが。
しかし、ここがどこであるかは未だに分からない。
二人の見た目を見るに、西洋のどこかだろうか。
でも、俺はどういう原理でそんなところまで飛ばされたのだろうか。
それも、赤ん坊の状態まで戻されて。
外の様子を確認したいのだが、まだせいぜい寝返りを打つことができるくらいにしか動くことが出来ない。
ハイハイでも出来るようになれば、そこにある窓から外を覗けるのに。
確か生後六ヶ月くらいでハイハイが出来るようになるって聞いたことがあるから、それまで待たなければならない。
あと四ヶ月。長いなぁ。
これはあくまで、俺がまだ生後間もないと仮定した場合だが。
「ベル~、可愛いでちゅね~」
「ぶっ」
ああ、最悪だ。
一日一回以上、ルドルフにキスをされるという罰ゲームつきだ。
一ヶ月が約三十日、それが四ヶ月……
俺は最低でも百二十回、こいつにキスをされなければならない。それも口に。
耐えるんだ俺。
外の世界を見るために、この罰ゲームを耐え忍ぶのだ。
心頭滅却。
心を無にすれば、なんてことはない。
---
半年が経過した。
俺の予想通り、ハイハイが出来るようになった。
つい二週間くらい前に習得したのだが、ようやくハイハイが出来るようになったということが嬉しすぎるがあまり、外の世界を確認するという目的を忘れていた。
だがよく考えてみれば、あの窓は赤ん坊の俺からしてみれば高い位置にある。
つかまり立ちはまだ出来ないため、どうにかして方法を考えなくてはならない。
赤ん坊でありながら二十一歳の頭脳を持つ俺の脳を存分に使って、あそこに登ってみせる。
とりあえず、あそこに都合よく踏み台があるからあそこに登って――、
「ベルー」
頭脳を働かせていた俺を、ロトアは軽く抱き上げた。
ロトアは抱っこが上手だから、されていて心地がいい。
ルドルフからのキスははっきりいって嬉しくは無いが、ロトアからのキスは大歓迎だ。
口にされた時は、思わず舌を出しそうになった。
気持ちの悪い赤ん坊だと思われたくないという気持ちが勝ってくれたおかげで踏みとどまれたが。
「ロトアー。
すまん、タオルを置いといてくれるか」
「はーい」
外にいるルドルフの要求にロトアが応えると、ロトアは俺を窓枠に置いて、洗面所の方へ向かった。
おいおい、俺は仮にも生後六ヶ月の赤ん坊だぞ。
こんな高い場所に置いて……
「――っ!」
俺は外を見て、思わず息を呑んだ。
目の前には、何か長いものを振り回しているルドルフの姿があった。
凝視してみると、あれは……剣か?
木剣だ。あれは木剣だ。
あんな物騒なもの振り回して、危ないな。
西洋は今戦時中なのか?
それなら、俺はタイムスリップをしたということなのか?
「はぁっ!」
「っ!」
……いや、違う。
もしここが戦時中のヨーロッパならば、木剣から雷のようなものが出るはずがない。
薄々勘づいてはいたのだ。
ボタンもないのに風呂が一瞬で沸いたり、折れていた観葉植物が目を離した隙に綺麗になおっていたり。
普通ではありえないことが、沢山起きているのだ。
現実世界では、絶対に起きないことが。
あり得るはずがないと自分に言い聞かせていたが、もうこれは確定したと言っていいだろう。
ここは、俺のよく知る世界ではない。
――俺は、異世界に来てしまったらしい。
そうなれば、俺はどうして異世界に来てしまったのだろうか。
いつものようにベッドに入って、眠りについた。
となると、本当に眠っている間に死んでしまったのだろうか。
そういうことなら頷け……はしないが、合点はいく。
いやはや、まさか俺が見てきたたくさんの異世界アニメが現実になるとは。
理解した途端、めちゃくちゃテンション上がってきた。
……でも、母のことが気掛かりだ。
母はいつも、俺の部屋に朝食を持ってきてくれた。
普段通り部屋に向かって俺を起こそうとした時、俺の体が冷たくなっていたのだとしたら。
母は泣き崩れてしまうだろう。
こんな人間だが、母のことは大好きだ。
そんな大好きな母を置いて、俺はこの世界に来てしまった。
……俺はどうして、こんなにのんきにしていられるんだ。
あっちの世界で死んだなら、俺はもう二度とあの世界に戻ることはできない。
もう二度と、あの家に帰ることはできない。
もう二度と母さんの飯も食えないし、母さんの顔も見られない。
散々迷惑だけかけて、最期は「さよなら」も言わずにいなくなってしまった。
俺はどこまで親不孝者なんだ。
母さんは俺にたくさん与えてくれたのに、俺は何も返せなかった。
何も返せないまま、あの家に一人、置いてきてしまったのだ。
「……っ」
目頭がみるみるうちに熱くなっていく。
声を上げて泣くと勘違いさせてしまうため、静かに泣くことにした。
もっと頑張ればよかった。
少しずつでもいいから、母さんに恩返しがしたかった。
「行ってらっしゃい」「おかえり」と言ってくれる母さんを、無視したり。
二人きりになるのが気まずいからという理由で、作ってくれた飯を一緒に食べようとしなかったり。
俺は本当に、彼女の子供だったのだろうか。
これじゃ「鳶が鷹を生む」ではなく、「鷹が鳶を生む」じゃないか。
ああ、やり直したい。
全部一から、やり直したい。
あの世界で、あの人の息子として生まれて、精いっぱい頑張って恩返しをしてあげたい。
でも、それはもう……叶わない。
俺は、死んだのだから。
「――」
――それなら、俺はこの世界でやり直す。
なんの面白みもなくて、ただひたすらに親のすねをかじり続けていたあの人生に終止符を打ってしまったのなら、俺はこっちの世界で頑張って生きていくしかない。
転生という形で二度目の人生を送ることができるなんて、こんなに夢のような話はないだろう。
ベル・パノヴァとしての第二の人生を、本気で生きてみようと思う。
人生を終える最期に振り返った時に、「楽しかった」と思えるような人生を、俺は送って見せる。
「ごめんねー、ベル。
こんなとこに置いちゃって」
本当だ。
落ちて頭を打って死んでしまったらどうするんだ。
真っ当に生きる決意をしてから数分で死んでしまうところだったんだぞ。
「どこも怪我してないわよね?
よしよし、可愛い子ね」
ロトアは俺の頬にキスをした。
やはり……やはりキスは、全てを解決する!
俺は全てを許した。
見る限りだと、ルドルフは剣を、ロトアは魔法を使っていた。
つまり、その二人の子である俺は剣にも魔法にも優れたとんでもハイスペック小僧になる可能性を秘めている。
異世界ものならありがちな、主人公最強パターン。
もしや身をもって体験出来るんじゃなかろうか。
「お疲れ様、ルドルフ」
「ああ、ありがとう。
窓の方を見たら、ベルが俺のことをじっと見ていたから、可愛くて戻ってきちまった」
そこはもっとやる気出して剣を振れよ。
やはり、可愛さは罪なのね。
俺はまだ生後六ヶ月のゼロ歳児。
つまり、今後の頑張り次第では十分に前回の人生の挽回ができるというわけだ。
「ただいまー、ベル。
パパがかっこよかったんでちゅかー」
「ふふっ」
挽回だけで終わってはいけない。
前の人生なんて忘れてしまうくらい、素晴らしい人生を送ろうじゃないか。
母に返せなかったものを、この人たちに返すんだ。
注いでもらった愛も、与えられたものも、全部全部。
俺は、愛されて然るべき人間になるんだ。
ベッドはベッドでも、寝慣れたベッドではない。
「……いあーいえーおーあー!」
(訳:知らない天井だ……)
よし、言ってみたかったやつ。
いや、言えてはいないんだが。
俺は死んだのか?
死んだとしたら、それはもう壮絶な死に方だったろう。
地面に顔から激突し、トマトのようにグチャグチャに潰れたに違いない。
うわぁ……想像するだけで身の毛がよだつ。
でも、あんなクソみたいな人生に終止符を打ててスッキリした。
今は不思議と、体が軽い。
さっきとは違う意味で、宙に浮きそうなほどに。
「――!――・・・――!」
「――・!」
目の前で、長い金髪を一つにくくっている女性が声を上げた。
それに、短い黒髪に屈強そうな体を持っている男が呼応した。
どちらの言葉も、理解はできない。
何語だろうか。
少なくとも日本語ではないし、聞いたことがない言葉だ。
ここはどこだろうか。
死んだのだとしたら、ここは死後の世界か?
死後の世界にはこんな美男美女がいるのか。
もしかしたら、「年齢イコール彼女いない歴」の俺でも彼女の一人や二人出来るかもしれない。
それはそれとして、俺はまだ状況が理解出来ていない。
俺はやはりあの太った体型ではなく、小さな赤ん坊の体になっている。
正直元の体に戻して欲しいとは思わないが、突然赤ん坊になった意味が分からない。
自分の全身を確認する術は今のところないため手足の小ささから判断したが、ほぼ間違いないだろう。
それに、言葉を発しようとする全ての音が母音になってしまう。
物心がついていながら赤ん坊言葉を自分で発していると考えると、恥ずかしくなってくる。
「あー、うあー」
「――・――・・―――・―」
言葉が喋れないと、こうも不便なのか。
相手の言葉も理解できないとなると、いよいよコミュニケーションがとれない。
ジェスチャーをしようにも、俺は何故か幼児退行しているからな。
「・――・―――・」
金髪の女性は俺に微笑みかける。
めちゃくちゃ可愛いな、この人。
日本人を貶す訳ではないが、日本人とは違って彫りが深く、眼球は澄んだ青色。
まるで西洋人のような顔立ちだ。
……おい待て待て、何しようとしてる。
女性は俺の股間部に手を伸ばしていた。
いつの間にかつけられているオムツを取り外し、俺の小さな小さなポークビッツが露わになってしまった。
まずい。
こんな美女に股間を触られてしまったら、俺の立派なポークビッツが立派な子ゾウになってしまう。
俺が今まで読んできた数々のエ○漫画でも、幼児をしごく展開はなかったぞ。
違う!俺はウンコもオシッコもしてない!
俺はただ――、
「あーー!」
名前を聞きたかっただけなんだぁぁぁぁ!
「――・・―――」
俺の魂の叫びが通じたのか、俺のオムツに何も付いていないのを見て、女性はオムツを戻した。
ふぅ……危なかった。
まあオムツを履かされて服を着せられているということは、俺は既に裸を見られたんだろうから、そこまで気にすることは無いか。
そうなってくると、俺は全裸で死んだことになる。
良かった、赤ん坊の体で。
あの体の全裸死体を見られたら死にたくなるだろう。
とりあえず、しばらく様子を見ることにしよう。
---
二ヶ月が経った。
そろそろ日本のあの家が恋しい。
これがホームシックというやつか。
俺はこの二ヶ月で、大体の状況を理解した。
まず第一に。
どういうわけか、俺は死んでいなかったらしい。
スカイハイダイビングよりも高いんじゃないかってぐらいの高さから落ちたのに、俺は生きている。
今俺は、助けてくれたのであろう美女と美男の子供として育てられている。
彼女から産まれてきたわけではないが、どうやら俺はこの家の子供として生きていくことになったらしい。
何の代価も払わずにこんな美女の乳を拝み、ましてや吸えるなどまるで夢のようだ。
と思ったが、俺はずっと粉ミルクを飲まされている。
やはり期待はしない方がいいな。
期待通りにならなかった時の悲しさといったら。
そしてこの二ヶ月で、何となく言語が理解できるようになってきた。
女性の名前はロトア、男性の名前はルドルフ。
そして俺の名前は、ベル。
フルネームは「ベル・パノヴァ」。
部分的にではあるが、何の話をしているのかくらいは分かる。
それに、少しだけ喋れるようにもなった。
とは言っても、日本語でいう「ぶーぶ」「わんわん」を始めとする幼児語程度だが。
しかし、ここがどこであるかは未だに分からない。
二人の見た目を見るに、西洋のどこかだろうか。
でも、俺はどういう原理でそんなところまで飛ばされたのだろうか。
それも、赤ん坊の状態まで戻されて。
外の様子を確認したいのだが、まだせいぜい寝返りを打つことができるくらいにしか動くことが出来ない。
ハイハイでも出来るようになれば、そこにある窓から外を覗けるのに。
確か生後六ヶ月くらいでハイハイが出来るようになるって聞いたことがあるから、それまで待たなければならない。
あと四ヶ月。長いなぁ。
これはあくまで、俺がまだ生後間もないと仮定した場合だが。
「ベル~、可愛いでちゅね~」
「ぶっ」
ああ、最悪だ。
一日一回以上、ルドルフにキスをされるという罰ゲームつきだ。
一ヶ月が約三十日、それが四ヶ月……
俺は最低でも百二十回、こいつにキスをされなければならない。それも口に。
耐えるんだ俺。
外の世界を見るために、この罰ゲームを耐え忍ぶのだ。
心頭滅却。
心を無にすれば、なんてことはない。
---
半年が経過した。
俺の予想通り、ハイハイが出来るようになった。
つい二週間くらい前に習得したのだが、ようやくハイハイが出来るようになったということが嬉しすぎるがあまり、外の世界を確認するという目的を忘れていた。
だがよく考えてみれば、あの窓は赤ん坊の俺からしてみれば高い位置にある。
つかまり立ちはまだ出来ないため、どうにかして方法を考えなくてはならない。
赤ん坊でありながら二十一歳の頭脳を持つ俺の脳を存分に使って、あそこに登ってみせる。
とりあえず、あそこに都合よく踏み台があるからあそこに登って――、
「ベルー」
頭脳を働かせていた俺を、ロトアは軽く抱き上げた。
ロトアは抱っこが上手だから、されていて心地がいい。
ルドルフからのキスははっきりいって嬉しくは無いが、ロトアからのキスは大歓迎だ。
口にされた時は、思わず舌を出しそうになった。
気持ちの悪い赤ん坊だと思われたくないという気持ちが勝ってくれたおかげで踏みとどまれたが。
「ロトアー。
すまん、タオルを置いといてくれるか」
「はーい」
外にいるルドルフの要求にロトアが応えると、ロトアは俺を窓枠に置いて、洗面所の方へ向かった。
おいおい、俺は仮にも生後六ヶ月の赤ん坊だぞ。
こんな高い場所に置いて……
「――っ!」
俺は外を見て、思わず息を呑んだ。
目の前には、何か長いものを振り回しているルドルフの姿があった。
凝視してみると、あれは……剣か?
木剣だ。あれは木剣だ。
あんな物騒なもの振り回して、危ないな。
西洋は今戦時中なのか?
それなら、俺はタイムスリップをしたということなのか?
「はぁっ!」
「っ!」
……いや、違う。
もしここが戦時中のヨーロッパならば、木剣から雷のようなものが出るはずがない。
薄々勘づいてはいたのだ。
ボタンもないのに風呂が一瞬で沸いたり、折れていた観葉植物が目を離した隙に綺麗になおっていたり。
普通ではありえないことが、沢山起きているのだ。
現実世界では、絶対に起きないことが。
あり得るはずがないと自分に言い聞かせていたが、もうこれは確定したと言っていいだろう。
ここは、俺のよく知る世界ではない。
――俺は、異世界に来てしまったらしい。
そうなれば、俺はどうして異世界に来てしまったのだろうか。
いつものようにベッドに入って、眠りについた。
となると、本当に眠っている間に死んでしまったのだろうか。
そういうことなら頷け……はしないが、合点はいく。
いやはや、まさか俺が見てきたたくさんの異世界アニメが現実になるとは。
理解した途端、めちゃくちゃテンション上がってきた。
……でも、母のことが気掛かりだ。
母はいつも、俺の部屋に朝食を持ってきてくれた。
普段通り部屋に向かって俺を起こそうとした時、俺の体が冷たくなっていたのだとしたら。
母は泣き崩れてしまうだろう。
こんな人間だが、母のことは大好きだ。
そんな大好きな母を置いて、俺はこの世界に来てしまった。
……俺はどうして、こんなにのんきにしていられるんだ。
あっちの世界で死んだなら、俺はもう二度とあの世界に戻ることはできない。
もう二度と、あの家に帰ることはできない。
もう二度と母さんの飯も食えないし、母さんの顔も見られない。
散々迷惑だけかけて、最期は「さよなら」も言わずにいなくなってしまった。
俺はどこまで親不孝者なんだ。
母さんは俺にたくさん与えてくれたのに、俺は何も返せなかった。
何も返せないまま、あの家に一人、置いてきてしまったのだ。
「……っ」
目頭がみるみるうちに熱くなっていく。
声を上げて泣くと勘違いさせてしまうため、静かに泣くことにした。
もっと頑張ればよかった。
少しずつでもいいから、母さんに恩返しがしたかった。
「行ってらっしゃい」「おかえり」と言ってくれる母さんを、無視したり。
二人きりになるのが気まずいからという理由で、作ってくれた飯を一緒に食べようとしなかったり。
俺は本当に、彼女の子供だったのだろうか。
これじゃ「鳶が鷹を生む」ではなく、「鷹が鳶を生む」じゃないか。
ああ、やり直したい。
全部一から、やり直したい。
あの世界で、あの人の息子として生まれて、精いっぱい頑張って恩返しをしてあげたい。
でも、それはもう……叶わない。
俺は、死んだのだから。
「――」
――それなら、俺はこの世界でやり直す。
なんの面白みもなくて、ただひたすらに親のすねをかじり続けていたあの人生に終止符を打ってしまったのなら、俺はこっちの世界で頑張って生きていくしかない。
転生という形で二度目の人生を送ることができるなんて、こんなに夢のような話はないだろう。
ベル・パノヴァとしての第二の人生を、本気で生きてみようと思う。
人生を終える最期に振り返った時に、「楽しかった」と思えるような人生を、俺は送って見せる。
「ごめんねー、ベル。
こんなとこに置いちゃって」
本当だ。
落ちて頭を打って死んでしまったらどうするんだ。
真っ当に生きる決意をしてから数分で死んでしまうところだったんだぞ。
「どこも怪我してないわよね?
よしよし、可愛い子ね」
ロトアは俺の頬にキスをした。
やはり……やはりキスは、全てを解決する!
俺は全てを許した。
見る限りだと、ルドルフは剣を、ロトアは魔法を使っていた。
つまり、その二人の子である俺は剣にも魔法にも優れたとんでもハイスペック小僧になる可能性を秘めている。
異世界ものならありがちな、主人公最強パターン。
もしや身をもって体験出来るんじゃなかろうか。
「お疲れ様、ルドルフ」
「ああ、ありがとう。
窓の方を見たら、ベルが俺のことをじっと見ていたから、可愛くて戻ってきちまった」
そこはもっとやる気出して剣を振れよ。
やはり、可愛さは罪なのね。
俺はまだ生後六ヶ月のゼロ歳児。
つまり、今後の頑張り次第では十分に前回の人生の挽回ができるというわけだ。
「ただいまー、ベル。
パパがかっこよかったんでちゅかー」
「ふふっ」
挽回だけで終わってはいけない。
前の人生なんて忘れてしまうくらい、素晴らしい人生を送ろうじゃないか。
母に返せなかったものを、この人たちに返すんだ。
注いでもらった愛も、与えられたものも、全部全部。
俺は、愛されて然るべき人間になるんだ。
32
あなたにおすすめの小説
転生したら王族だった
みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。
レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる