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第1章 幼・少年期 新たな人生編
第十一話「’’幸せ’’の意味」
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「……! ……て! ……ル!」
「うーん……」
遠くからエリーゼの声が聞こえる……
俺を呼んでいるのか……?
「――起きなさい!ベル!!」
「おわぁっ!?」
エリーゼの大声に、飛び上がるように目が覚めた。
まだ朝早いのにそんな大声を出したら近所迷惑になるだろう。
「どうかしましたか?」
エリーゼはぺたん座りをして、俺を見ていた。
髪はボサボサで、寝巻きもグシャグシャだ。
それもそのはず。
エリーゼは、寝相が悪いなんてレベルじゃない。
何度も顔を蹴られ、なんか重いなと思えば体のどこかが乗っかっている。
エリーゼまるごと俺の上にいた時だってあった。
そのせいで、ちゃんと寝れたのは二時間くらい。
ゆっくり安眠できる日は来るのだろうか。
「別に、どうもしてないけど」
「それじゃ、二度寝としゃれこみますね。おやすみなさい」
「……二度寝?」
「ああ、王女のエリーゼは、もしかしたら経験したことが無いかもしれませんね。
二度寝はいいですよぉ……。
目が覚めて体を起こして、まだ起きる時間じゃなかったらこうやって横になって……すや……」
「起きなさい!」
「ぐえっ?!」
エリーゼが俺の体の上に飛び乗ってきた。
ご褒美なんかじゃない。ぐるじい。
「重い」なんて決して言えないから、「軽くない」。
もう、何でだよ。
二度寝こそ至高だというのに。
エリーゼはしたことがないからこの気持ちよさは分からないだろうな。
ふと目が覚めて、それが起きる予定時刻よりも早かった時の嬉しさといったら。
寝るのが一番幸せを感じられる時間なのだ。
「ベル。あたし、やってみたいことがあるの」
「やりたいこと?」
---
ただいま、午前六時。
俺たちは、外を歩いている。
「エリーゼのしたかったことって、散歩だったんですか?」
「そうよ。ほら、昨日話したでしょ。
あたしは一人でいるといつ誰に何をされるか分からないから、迂闊に外出するなって言われてたの。
だから、早起きして外を散歩するなんてこと出来なかったわ」
「王族も大変ですね」
「あたしが王権争いから身を引いたってことは、もう国中に知られているわ。
だから、あたしに恨みを持つ人間ももう居ないってわけね」
ウチにいれば、まず安全なのは間違いない。
特級魔術師のロトアに『剣帝』のルドルフ。
誰が来ても負ける気がしない。
「普通の人ができて当たり前のことが出来なかった、ってことは多いでしょうね」
「まさにその通りね。
ある日早く目が覚めて部屋の窓から外を見ると、散歩してる人が居たの。
それを見て、羨ましいって思っちゃったわ」
「夢が叶って、良かったですね」
「そうね」
柔らかく微笑むエリーゼ。
鳥籠に囚われた鳥みたいなものだったんだろうな。
エリーゼの場合、死なないために囚われざるを得なかったみたいなところはあるけど。
そういえば、リベラはどうなったのだろうか。
王宮の用心棒兼エリーゼの師匠。
エリーゼが城を出たことで剣術の稽古の必要はなくなったけど、まだ用心棒としての仕事は続けるのだろうか。
「そういえば、リベラータさんはどうなったんですか?」
「リベラなら、あたしが王宮を出る時に『給料が半分になった……』って落ち込んでたから、用心棒を続けてるんじゃないかしら」
なるほど。
剣術の稽古がなくなったことによって用心棒の仕事のみになったから、給料は必然的に減るのか。
うわ、可哀想。
どのくらい貰っていたのかは置いといて、半分削られるってのはかなり痛手なんだろうな。
俺は働いたことがないからあんまり分からないが。
「あっ見て! 真っ赤な鳥!」
「わー」と言いながら鳥の方へ歩いていくエリーゼを見て、急に微笑ましくなった。
エリーゼがこうして王宮を出たことは、正解だったのかもしれない。
王宮にいた頃のエリーゼがどうだったかは見たことがないから知らないが、今のエリーゼはとてものびのびとしているように思える。
俺がもしもこの家庭じゃなくて王族に転生したとしたら、俺も国を治めるということに興味を持つのだろうか。
王様になるなんて普通に無理なんだが。
国民がよりよい生活を送るために色々動かなくちゃならないし、何か失敗したら国民から総叩きにあうだろうし。
「ねえっ! 見てっ!
手に乗ったわ!」
「人懐っこい鳥ですね。普通なら逃げますよ」
エリーゼは嬉しそうに鳥を見せびらかしてくる。
カメラがあるなら、是非ともこの光景を写真に収めたい。
よく見ると、エリーゼの髪の色と鳥の色が全く同じだ。
燃えるような紅い色。
見ていて惚れ惚れする美しさだ。
「可愛いわねー」と指で鳥を撫でながらニコニコ笑うエリーゼ。
クソ、羨ましいぜ。
頼むからそこ変わってくれ。
俺もエリーゼになでなでされたい。
頼んだらやってくれそうだけどな。
ああ見えて結構優しいし。
「エリーゼ。僕のことも撫でてください」
「何言ってるの?」
「冗談です」
無理だった。
殴られなかっただけマシか。
それにしても、早起きして散歩するってのも悪くないな。
充実してる感があって、清々しい気分になれる。
「あたし、こういう雰囲気好きなのよね。
まだ人間が活動してない、物静かな感じ」
「分かりますよ。ガヤガヤしてる所も嫌いじゃないですけど、ずっと居ると疲れてしまうので。
たまにこうやって静かな場所に行くのも悪くないですね」
歩き出したエリーゼの手には、まだ赤い鳥が乗っている。
雀くらいのサイズのその鳥は、エリーゼに懐いたかのようにビクともしない。
凄いな。野生動物をここまで手懐けるとは。
可愛い女の子が大好きなんだろう。
俺と一緒だな。
オスの鳥とは限らないが。
現在、季節は秋。
月でいうと十月だ。
こういう肌寒いくらいの気温が一番ちょうどいいんだよな。
心地いい風に吹かれて、横には美少女。
なんて充実した人生なんだ。
「ベルは、何か夢とかあるの?」
「これまた急ですね」
「頭に浮かんだ疑問はすぐに言葉にしないと忘れちゃうもの」
夢、か。
言われてみれば、この五年間……いや、前世を含めると二十六年間、夢なんて抱いたことはなかったかもしれない。
夢、夢か…………。
「……幸せな生活を送ること、ですかね」
「何よそれ。おもしろくないわね」
「そんなこといわれても……」
確かに、面白みがない夢かもしれない。
でも、これは紛れもない本心だ。
前世の俺は、「幸せとは何か」が分からなくなっていた。
いじめが始まる前までは、めちゃくちゃ可愛い幼馴染がいて、絶対にその子と一緒になれると思っていた。
だが、理想と現実は非情にもかけ離れていた。
彼女は、絵に描いたようなクズ男に引っ掛かってしまった。
彼氏だった男は、自分と彼女のハ〇撮りを欲しがっている男子生徒に配ろうとしていたのだ。
俺はその動画データを盗み、家に持って帰って破壊した。
それがバレたことがきっかけで、俺はいじめられ始めた。
主犯はもちろんその彼氏だった男で、共犯はその周りの大多数。
俺は、自分のしたことが正しいと、そう主張したかったのに。
報復が怖くて、誰にも言い出せなかった。
言い出せていれば、また違ったのかもしれない。
主犯の生徒から殴られ、蹴られ、
周りの生徒は男女問わずそれを助長し、
幼馴染の女の子からも、嫌われた。
何も知らない彼女に、腹を立てたことも何度もあった。
でも、俺の中に残っていた彼女に対する好意が抑止力となってくれたおかげで、俺は彼女を傷つけなくて済んだ。
余計なことをしなければ、あんな人生を歩むことはなかった。
彼女の幸せと引き換えに、俺は幸せの意味すら分からなくなってしまった。
「エリーゼは、『幸せ』って何だと思いますか?」
「幸せ、ね。言われてみれば、考えたこと無かったわ。
そうね……強いて言うなら、当たり前の生活を当たり前に送れることじゃないかしら」
「お、いいこと言いますね」
エリーゼの言葉は、意外と核心を突いていると思う。
俺はあの日から、当たり前の生活が送れなくなってしまった。
高校を卒業するまでは何とか耐えていたが、卒業後は社会に出るのが怖くなって、家に引きこもってしまうようになった。
職にも就かず、家でゲームをするかアニメを見るかの毎日。
当時の俺はそれこそが「幸せ」だと思っていたが、今となってはそれは「偽りの幸せ」だったと思える。
外の世界が怖くなり、暗い部屋じゃないと落ち着けなくなった。
成人式に行こうものなら、何を言われ、何をされていたかわかったもんじゃない。
あの時、見て見ぬふりをしていれば、人並みには幸せを感じられていただろう。
幸せの意味を見失うことも、きっとなかった。
それを再び見つける前に俺は謎の死を遂げ、この世界に転生してきた。
「ていうか、将来の夢がそれなら、今は幸せじゃないってこと?」
「……」
俺は言葉に詰まる。
言われてみれば、確かにそうだ。
俺は今、幸せじゃないのだろうか。
優しくて可愛いお母さんと、強くて頼りになるお父さん。
そして隣には、「幼馴染」と呼ぶべき少女。
俺はこの状況をもってしても、幸せだと思えないのだろうか。
さっき「充実した人生だ」だなんて言ったが。
わからない。
幸せって、なんなのだろうか。
「あっ、鳥が!」
「飛んで行っちゃいましたね」
エリーゼの手から離れなかった鳥は、空に向かって羽ばたいていってしまった。
俺とエリーゼは飛んでいった鳥を目で追ったあと、互いに顔を見合わせた。
「……エリーゼ。その手についてるのってなんですか?」
「手?」
エリーゼは鳥の乗っていた手を見る。
そこには、小さな茶色い何かが乗っている。
これって、もしかして。
「何よこれ」
「多分鳥のウンチですね」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ! とって! とりなさいよ!」
「ちょっ! その手で近づいてこないでください!」
「お願い! お願いだからぁ!」
「デコピンで弾けばいいじゃないですか!」
「そんなことしたらこっちの指にもうんちがつくでしょ!
とらないならお父様に言いつけるわよ!」
「何でですか! ウンコしたのはあの鳥でしょう?!」
幸せとは何かを真剣に考えている時に、あの空気の読めない鳥は……
エリーゼは頭がおかしくなってしまったのか、「あはははは」と笑いながら追いかけてくる。
ウンコを手に付けたまま笑いながら追いかけてくるって、普通に怖いんだが。
「早く洗ってくれないと、あんたの身体中に塗りたくってやるわよ!」
「わかりましたから!
洗いますから、追いかけてこないでくださいよ!」
エリーゼは、幼馴染にあたる人物になる。
俺は前世で幼馴染を守った代わりに、自分の人生が崩壊してしまった。
………………決めた。
――俺はこの子を、幸せにする。
俺はこの子が大好きだ。
命を救われたその日から、俺はこの子に惚れ込んでしまった。
この子を幸せにして、俺も幸せになる。
前世であれだけ苦しんだ俺に、そのくらいの権利はあるはずだ。
「なんで止まってくれないんですか!」
「あんたが止まったらあたしも止まるわ」
「信じきれません!」
「じゃあ一生追いかけ続けてやるわ」
「ひぃぃ!」
今日初めて、俺に夢ができた。
後ろを振り返ると、気味の悪い笑みを浮かべたエリーゼの顔が見える。
……この笑顔を守りたいかと言われれば、素直に頷けはしないが。
俺もこの子も、最後には笑っていられる人生を送れるように頑張ろう。
「わっ!」
エリーゼはあからさまに突出している石に躓き、転んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「……あっははははは!」
………さっき言ったことは、訂正させて欲しい。
俺は今、すごく幸せだ。
「うーん……」
遠くからエリーゼの声が聞こえる……
俺を呼んでいるのか……?
「――起きなさい!ベル!!」
「おわぁっ!?」
エリーゼの大声に、飛び上がるように目が覚めた。
まだ朝早いのにそんな大声を出したら近所迷惑になるだろう。
「どうかしましたか?」
エリーゼはぺたん座りをして、俺を見ていた。
髪はボサボサで、寝巻きもグシャグシャだ。
それもそのはず。
エリーゼは、寝相が悪いなんてレベルじゃない。
何度も顔を蹴られ、なんか重いなと思えば体のどこかが乗っかっている。
エリーゼまるごと俺の上にいた時だってあった。
そのせいで、ちゃんと寝れたのは二時間くらい。
ゆっくり安眠できる日は来るのだろうか。
「別に、どうもしてないけど」
「それじゃ、二度寝としゃれこみますね。おやすみなさい」
「……二度寝?」
「ああ、王女のエリーゼは、もしかしたら経験したことが無いかもしれませんね。
二度寝はいいですよぉ……。
目が覚めて体を起こして、まだ起きる時間じゃなかったらこうやって横になって……すや……」
「起きなさい!」
「ぐえっ?!」
エリーゼが俺の体の上に飛び乗ってきた。
ご褒美なんかじゃない。ぐるじい。
「重い」なんて決して言えないから、「軽くない」。
もう、何でだよ。
二度寝こそ至高だというのに。
エリーゼはしたことがないからこの気持ちよさは分からないだろうな。
ふと目が覚めて、それが起きる予定時刻よりも早かった時の嬉しさといったら。
寝るのが一番幸せを感じられる時間なのだ。
「ベル。あたし、やってみたいことがあるの」
「やりたいこと?」
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ただいま、午前六時。
俺たちは、外を歩いている。
「エリーゼのしたかったことって、散歩だったんですか?」
「そうよ。ほら、昨日話したでしょ。
あたしは一人でいるといつ誰に何をされるか分からないから、迂闊に外出するなって言われてたの。
だから、早起きして外を散歩するなんてこと出来なかったわ」
「王族も大変ですね」
「あたしが王権争いから身を引いたってことは、もう国中に知られているわ。
だから、あたしに恨みを持つ人間ももう居ないってわけね」
ウチにいれば、まず安全なのは間違いない。
特級魔術師のロトアに『剣帝』のルドルフ。
誰が来ても負ける気がしない。
「普通の人ができて当たり前のことが出来なかった、ってことは多いでしょうね」
「まさにその通りね。
ある日早く目が覚めて部屋の窓から外を見ると、散歩してる人が居たの。
それを見て、羨ましいって思っちゃったわ」
「夢が叶って、良かったですね」
「そうね」
柔らかく微笑むエリーゼ。
鳥籠に囚われた鳥みたいなものだったんだろうな。
エリーゼの場合、死なないために囚われざるを得なかったみたいなところはあるけど。
そういえば、リベラはどうなったのだろうか。
王宮の用心棒兼エリーゼの師匠。
エリーゼが城を出たことで剣術の稽古の必要はなくなったけど、まだ用心棒としての仕事は続けるのだろうか。
「そういえば、リベラータさんはどうなったんですか?」
「リベラなら、あたしが王宮を出る時に『給料が半分になった……』って落ち込んでたから、用心棒を続けてるんじゃないかしら」
なるほど。
剣術の稽古がなくなったことによって用心棒の仕事のみになったから、給料は必然的に減るのか。
うわ、可哀想。
どのくらい貰っていたのかは置いといて、半分削られるってのはかなり痛手なんだろうな。
俺は働いたことがないからあんまり分からないが。
「あっ見て! 真っ赤な鳥!」
「わー」と言いながら鳥の方へ歩いていくエリーゼを見て、急に微笑ましくなった。
エリーゼがこうして王宮を出たことは、正解だったのかもしれない。
王宮にいた頃のエリーゼがどうだったかは見たことがないから知らないが、今のエリーゼはとてものびのびとしているように思える。
俺がもしもこの家庭じゃなくて王族に転生したとしたら、俺も国を治めるということに興味を持つのだろうか。
王様になるなんて普通に無理なんだが。
国民がよりよい生活を送るために色々動かなくちゃならないし、何か失敗したら国民から総叩きにあうだろうし。
「ねえっ! 見てっ!
手に乗ったわ!」
「人懐っこい鳥ですね。普通なら逃げますよ」
エリーゼは嬉しそうに鳥を見せびらかしてくる。
カメラがあるなら、是非ともこの光景を写真に収めたい。
よく見ると、エリーゼの髪の色と鳥の色が全く同じだ。
燃えるような紅い色。
見ていて惚れ惚れする美しさだ。
「可愛いわねー」と指で鳥を撫でながらニコニコ笑うエリーゼ。
クソ、羨ましいぜ。
頼むからそこ変わってくれ。
俺もエリーゼになでなでされたい。
頼んだらやってくれそうだけどな。
ああ見えて結構優しいし。
「エリーゼ。僕のことも撫でてください」
「何言ってるの?」
「冗談です」
無理だった。
殴られなかっただけマシか。
それにしても、早起きして散歩するってのも悪くないな。
充実してる感があって、清々しい気分になれる。
「あたし、こういう雰囲気好きなのよね。
まだ人間が活動してない、物静かな感じ」
「分かりますよ。ガヤガヤしてる所も嫌いじゃないですけど、ずっと居ると疲れてしまうので。
たまにこうやって静かな場所に行くのも悪くないですね」
歩き出したエリーゼの手には、まだ赤い鳥が乗っている。
雀くらいのサイズのその鳥は、エリーゼに懐いたかのようにビクともしない。
凄いな。野生動物をここまで手懐けるとは。
可愛い女の子が大好きなんだろう。
俺と一緒だな。
オスの鳥とは限らないが。
現在、季節は秋。
月でいうと十月だ。
こういう肌寒いくらいの気温が一番ちょうどいいんだよな。
心地いい風に吹かれて、横には美少女。
なんて充実した人生なんだ。
「ベルは、何か夢とかあるの?」
「これまた急ですね」
「頭に浮かんだ疑問はすぐに言葉にしないと忘れちゃうもの」
夢、か。
言われてみれば、この五年間……いや、前世を含めると二十六年間、夢なんて抱いたことはなかったかもしれない。
夢、夢か…………。
「……幸せな生活を送ること、ですかね」
「何よそれ。おもしろくないわね」
「そんなこといわれても……」
確かに、面白みがない夢かもしれない。
でも、これは紛れもない本心だ。
前世の俺は、「幸せとは何か」が分からなくなっていた。
いじめが始まる前までは、めちゃくちゃ可愛い幼馴染がいて、絶対にその子と一緒になれると思っていた。
だが、理想と現実は非情にもかけ離れていた。
彼女は、絵に描いたようなクズ男に引っ掛かってしまった。
彼氏だった男は、自分と彼女のハ〇撮りを欲しがっている男子生徒に配ろうとしていたのだ。
俺はその動画データを盗み、家に持って帰って破壊した。
それがバレたことがきっかけで、俺はいじめられ始めた。
主犯はもちろんその彼氏だった男で、共犯はその周りの大多数。
俺は、自分のしたことが正しいと、そう主張したかったのに。
報復が怖くて、誰にも言い出せなかった。
言い出せていれば、また違ったのかもしれない。
主犯の生徒から殴られ、蹴られ、
周りの生徒は男女問わずそれを助長し、
幼馴染の女の子からも、嫌われた。
何も知らない彼女に、腹を立てたことも何度もあった。
でも、俺の中に残っていた彼女に対する好意が抑止力となってくれたおかげで、俺は彼女を傷つけなくて済んだ。
余計なことをしなければ、あんな人生を歩むことはなかった。
彼女の幸せと引き換えに、俺は幸せの意味すら分からなくなってしまった。
「エリーゼは、『幸せ』って何だと思いますか?」
「幸せ、ね。言われてみれば、考えたこと無かったわ。
そうね……強いて言うなら、当たり前の生活を当たり前に送れることじゃないかしら」
「お、いいこと言いますね」
エリーゼの言葉は、意外と核心を突いていると思う。
俺はあの日から、当たり前の生活が送れなくなってしまった。
高校を卒業するまでは何とか耐えていたが、卒業後は社会に出るのが怖くなって、家に引きこもってしまうようになった。
職にも就かず、家でゲームをするかアニメを見るかの毎日。
当時の俺はそれこそが「幸せ」だと思っていたが、今となってはそれは「偽りの幸せ」だったと思える。
外の世界が怖くなり、暗い部屋じゃないと落ち着けなくなった。
成人式に行こうものなら、何を言われ、何をされていたかわかったもんじゃない。
あの時、見て見ぬふりをしていれば、人並みには幸せを感じられていただろう。
幸せの意味を見失うことも、きっとなかった。
それを再び見つける前に俺は謎の死を遂げ、この世界に転生してきた。
「ていうか、将来の夢がそれなら、今は幸せじゃないってこと?」
「……」
俺は言葉に詰まる。
言われてみれば、確かにそうだ。
俺は今、幸せじゃないのだろうか。
優しくて可愛いお母さんと、強くて頼りになるお父さん。
そして隣には、「幼馴染」と呼ぶべき少女。
俺はこの状況をもってしても、幸せだと思えないのだろうか。
さっき「充実した人生だ」だなんて言ったが。
わからない。
幸せって、なんなのだろうか。
「あっ、鳥が!」
「飛んで行っちゃいましたね」
エリーゼの手から離れなかった鳥は、空に向かって羽ばたいていってしまった。
俺とエリーゼは飛んでいった鳥を目で追ったあと、互いに顔を見合わせた。
「……エリーゼ。その手についてるのってなんですか?」
「手?」
エリーゼは鳥の乗っていた手を見る。
そこには、小さな茶色い何かが乗っている。
これって、もしかして。
「何よこれ」
「多分鳥のウンチですね」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ! とって! とりなさいよ!」
「ちょっ! その手で近づいてこないでください!」
「お願い! お願いだからぁ!」
「デコピンで弾けばいいじゃないですか!」
「そんなことしたらこっちの指にもうんちがつくでしょ!
とらないならお父様に言いつけるわよ!」
「何でですか! ウンコしたのはあの鳥でしょう?!」
幸せとは何かを真剣に考えている時に、あの空気の読めない鳥は……
エリーゼは頭がおかしくなってしまったのか、「あはははは」と笑いながら追いかけてくる。
ウンコを手に付けたまま笑いながら追いかけてくるって、普通に怖いんだが。
「早く洗ってくれないと、あんたの身体中に塗りたくってやるわよ!」
「わかりましたから!
洗いますから、追いかけてこないでくださいよ!」
エリーゼは、幼馴染にあたる人物になる。
俺は前世で幼馴染を守った代わりに、自分の人生が崩壊してしまった。
………………決めた。
――俺はこの子を、幸せにする。
俺はこの子が大好きだ。
命を救われたその日から、俺はこの子に惚れ込んでしまった。
この子を幸せにして、俺も幸せになる。
前世であれだけ苦しんだ俺に、そのくらいの権利はあるはずだ。
「なんで止まってくれないんですか!」
「あんたが止まったらあたしも止まるわ」
「信じきれません!」
「じゃあ一生追いかけ続けてやるわ」
「ひぃぃ!」
今日初めて、俺に夢ができた。
後ろを振り返ると、気味の悪い笑みを浮かべたエリーゼの顔が見える。
……この笑顔を守りたいかと言われれば、素直に頷けはしないが。
俺もこの子も、最後には笑っていられる人生を送れるように頑張ろう。
「わっ!」
エリーゼはあからさまに突出している石に躓き、転んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「……あっははははは!」
………さっき言ったことは、訂正させて欲しい。
俺は今、すごく幸せだ。
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