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第2章 少年期 邂逅編
第四十四話「いざ、デュシス大陸へ」
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三十分もしないうちに、船は出航した。
「わっはぁぁぁ! 海! 海よ!」
「海なら毎日のように見てたじゃないですか」
「違うの! あれは海だけど、こっちは本物の海なの!」
偽物の海って何だろうか。
船に乗ったことがないエリーゼにとって、大海原は壮観だろう。
俺も、こんなに広い海を生で見た記憶はない。
感動すら覚える。
ちなみに、俺はランスロットに、エリーゼはシャルロッテに肩車をしてもらっている。
俺達の背丈では、一望するのは難しいのだ。
「綺麗ですね……」
「久しぶりにちゃんと海風に当たりました……」
「景色に浸るのもいいが、油断はするなよ」
「油断? 何が危険だって言うのよ?」
「一か月も乗っていれば、嵐に巻き込まれる可能性だってありますからね」
「それもそうだが、海にももちろん、出るところには魔物が出るぞ」
「わ、忘れてました……」
シャルロッテは分かりやすく落胆する。
そうか、すっかり忘れていた。
どうして海の上が安全だと思ったのだろうか。
海の魔物といえば、クラーケンやサーペントが代表例だな。
他にも、俺の知らない魔物がいそうだ。
船酔いでもして戦闘不能になったらどうしよう。
流石にゲロリながら戦うのは無理だぞ。
「すぐに戦いになったりしますかね?」
「この辺りには、まだ出ないだろう」
なら、もう少しこの景色を楽しめそうだ。
楽しめるうちに楽しんでおかなければ。
いつ、気分が悪くなるか分からないしな。
「わっ! 揺れてるわっ!
あはは!」
「暴れたら落ちちゃいますよ!」
エリーゼはシャルロッテの頭上でゆらゆらと体を揺らす。
実際に船は揺れたが、これはきっとわざとだろう。
落ちたらシャレにならないぞ、これ。
こんな沖合に身を投げ出してしまえば、まず助からないだろう。
奇跡的に生きていても、いずれ魔物が襲ってくる。
うお、今タマがヒュンってした。
「ご飯とかって、どうなるんですか?」
「お酒は飲めないのでしょうか……」
「大丈夫だ。一日三食、ちゃんと食べ物は出る。
あれだけ高い金を払ったのだ。
いいものが食べられるだろう」
「それ、本当でしょうね」
「ああ。170年の勘がそう言っている」
フラグにフラグを立てるな。
最低限食べられて、ある程度美味しかったら十分だ。
庶民の味でいいのよ。
これから、一か月という長い長い船旅が始まる。
デュシス大陸はどんなところなのだろうか。
今からワクワクが止まらないぜ。
うーむ、でも一か月も船に乗りっぱなしか。
マジでやることないな。
ラゾンにいる時は、暇になれば町へ遊びに出れば良かったが、ここは海のど真ん中だ。
この船の上で、何とか時間を潰すほかないのだ。
しかも、デュシス大陸がゴールではない。
デュシス大陸から、更に中央大陸に渡らなければならない。
気が遠くなる旅だな、全く。
「もうじき、昼食の時間だろう」
「海産物祭りですかね」
「私は魚が大好きなので困りませんけど」
「いい加減飽きそうだわ……」
大の刺身好きである俺でも、流石に海産物ばかりでは飽きる。
もう既に、ラゾンにいた時から飽きは来ていた。
「肉が恋しくなることはない」とか言ったが、
今俺はとても肉が恋しい。
ミノタウロスの肉が食べたい。
デュシス大陸に着いたら、まずは焼肉パーティーだな。
---
日はもう水平線に沈みつつある。
美しい茜空を眺めながら、他愛もない話をして笑い合う。
まるで青春のような、そんな時を過ごす。
……はずだったのだが。
「ヴォエエエエエエエエ!」
人生、そんなに上手くはいかない。
とはいっても、この声は俺のものではないが。
「大丈夫ですか? エリーゼ」
「ええ……だいじょうっ……オエッ」
昼食を食べてから少し経った頃。
エリーゼに異変が出始めた。
あんなに楽しそうにはしゃいでいたエリーゼは、
まるで人が変わってしまったかのように船の奥に引っ込んでしまった。
理由を聞いたところ、「気持ち悪いわ」と今にも出てしまいそうな声で訴えてきた。
そしてトイレに連れて行った途端、盛大に嘔吐したのだ。
もう、トイレと甲板を何往復もしている。
「無理せず休みましょう。
まだ船旅は長いですから」
「そうね……」
俺はエリーゼを連れて、再び甲板へ戻った。
それにしても、腹が減った。
昼食は、豪華とまではいかないながら、しっかり食べられた。
しっかり食べられたとはいっても、食事はなんとパンのみ。
そりゃ、乗客全員の一カ月分の食事なんて、そんなもんだよな。
ご馳走を期待するんじゃなかった。
船の奥からではあるが、見える景色はとても美しい。
海風に当たりながらたそがれたい。
今は動けないから、エリーゼが落ち着いたらもう一度甲板に出るか。
「『ヒール』」
「うーん……」
治癒魔法は、気休めにしかならない。
元来、治癒魔法は外傷を癒すもの。
病気などといった体の内部の異変を治すことはできない。
それでも、かけてもらうだけで少し違うらしい。
「どうですか? さっきよりはマシになりましたか?」
「……ええ」
エリーゼの額に手を当てながら、そう尋ねる。
俺も今のところは大丈夫だが、いつ船酔いに陥ってもおかしくない。
なんたって、一か月も船に揺られっぱなしだからな。
先ほどまでのエリーゼを見ていると、怖くてたまらない。
どうか船酔いだけはやめてください。
「……エリーゼ?」
肩に寄りかかっていたエリーゼは、俺の膝に頭をのせて体を横に倒した。
脂汗でエリーゼの体はベトベトだ。
不思議と嫌な感じはしない。
「……ごめんなさい」
「? 何がですか?」
「迷惑、かけてるから」
「……大丈夫ですよ。
シャルロッテ達に任せきりにするわけにはいきませんからね。
僕だって介抱くらいできます」
「そうじゃないわ」
「?」
介抱の件ならば、仕方のないことだ。
と思ったが、どうやら違うらしい。
何か迷惑をかけられるようなことをされたっけか。
「ベルはいつもあたしに優しくしてくれるのに、あたしはベルに酷いことを言ったり、したりするじゃない」
あぁ……なるほど。
確かに、俺からエリーゼに手を出したことはないけど、
エリーゼはよく俺を殴ったり、罵声を浴びせたりする。
大体俺が発端だったりするけど。
「こういう時にそばにいてくれるのに、あたしのせいで、いつかいなくなったりするんじゃないかって思うと、怖いの」
エリーゼは震える声でそう言った。
それは嘔吐感からなのか、はたまた……。
「僕は、いなくなったりしませんよ」
「……本当?」
「もちろんです」
「でも、いつも酷いことしてるのよ?」
「それも含めて、エリーゼという人間ですからね」
「……」
仰向けで俺の目を見るエリーゼの目が、僅かに揺らいだ。
「エリーゼ、僕は何とも思ってませんよ」
「なん、とも?」
「僕は、あなたが僕が嫌いであんなことをしているわけではないと知ってますから」
嫌いな人間とわざわざ関わりに行くような人間はまずいない。
そんなことをするってことは、もはや好きだろう。
エリーゼは、俺と一緒に居たがる時がある。
そこだけ見ても、俺に嫌悪感があるわけではないのは確かだ。
そりゃ、殴られたり蹴られたりした時は痛い。
少なくとも嬉しいなんてことはない。
「僕達は、家族のようなものです。
もう何年もずっと一緒にいるんです。
なので、エリーゼがどんな人間なのか、僕なりに理解したつもりです」
「……」
「ただでさえ、突然環境が変わってストレスが蓄積してるんです。
僕に気を遣うなんてことは、しなくていいんですよ」
「ベル……」
エリーゼは、声を震わせながら目に涙を浮かべた。
おいおい、らしくないぞ。
いつもの照れ隠しはどこにいったんだ。
「エリーゼは、エリーゼらしくいてください。
僕は、そんなエリーゼが好きなので。
急にいい子になられても、エリーゼらしさがなくなってしまっては嫌ですしね」
エリーゼは、俺の腹部に顔をうずめた。
くすぐったい。
「分かったわ。ありがとう」
俺の大好きなエリーゼは、そのままでいて欲しい。
よく汚い言葉で罵ったり、よく手足が出たりするけど、
たまに出るデレがとんでもなく可愛いのだ。
そのギャップが失われてしまうのは嫌だよ。
…………まあ、できれば暴力の頻度は減らしてくれるとありがたいかもだが。
---
出発して、丸一日経った。
昨晩は、波が荒かったためか船の揺れが激しく、あまり眠れなかった。
今は穏やかに前進しているため、エリーゼの調子も悪くはなさそうだ。
「あの、エリーゼ?」
「なによ」
「どうして僕の上に乗ってるんですか?」
「別にいいじゃない」
別にいいけどさ。
あまり動かないでいただけるとありがたい。
俺のアレがソレなことになったら言い訳ができない。
まだ9歳の俺のアレは小さな小さなものではあるが。
だとしても、エリーゼももう12歳。
小学六年生の歳なら、もうある程度のことは知っていてもおかしくない。
それに、少しづつ発育が進んでいるのだ。
日々鍛錬を積んできたエリーゼの体は、男ならば誰でも目を奪われるようなナイスバディになるだろう。
今でさえ、お尻がいい感じに仕上がってきている。
動かれたらまずいです。まずいですよ。
「エリーゼの体調が良さそうで何よりですね」
「船酔いしない人間はいいわね。
シャルロッテも味わってみるといいわ」
「遠慮しておきます。
昨日のエリーゼの姿を見て、つくづく私の体質に感謝しましたよ」
エリーゼは「なんですって」と言ってシャルロッテを睨む。
鋭い目つきに突き刺され、シャルロッテは少し驚いてみせた。
「今日から一週間は、波が安定するらしい」
「そうなんですか。
良かったですね、エリーゼ」
「その先はどうなのよ」
「大しけだ」
「またお願いするわ、ベル」
「へい……」
なら、この一週間を全力で楽しむしかないか。
楽しむと言っても、これと言ってやることはないが。
「にしても、退屈ですね」
「まだ二日目なのに、耐えられる気がしませんよ私」
「ならば、デュシス大陸の話をしよう」
お、興味深そうな話だ。
長い期間滞在することになるであろうデュシス大陸の情報は、知っておいた方がいいだろう。
地理や歴史は学生時代から好きだったし。
「ボレアス大陸に獣人の森があると言ったが、デュシス大陸にも、獣人がいる」
「え、そうなんですか?」
「そうですよ。
この世界には、二種類の獣人がいます。
一つは犬系、もう一つは猫系です」
何だ、それは。
性格の話か?
ツンデレか甘えん坊って話か?
「何が違うのよ?」
「単純に、犬に似ているか猫に似ているかの話だ。
あとは、性格の違いも顕著に表れている。
犬系は温厚、猫系は獰猛な奴が多い」
やっぱりそういうことだったのか。
思った通りだった。
「それで、デュシス大陸にいる獣人はどっちなんですか?」
「犬系だ」
お、これは嬉しいな。
個人的に、猫よりは犬の方が好きだ。
猫も可愛くてすごく好きだが、犬は特段に可愛い。
獣人の中にも、種類はあるのだろうか。
ポメラニアンとか、マンチカンとか。
犬で飼うならポメラニアンがいいな。
猫なら、そうだな……
「温厚な性格で知られている犬系獣人だが、過去に戦争が起こったことがある」
「戦争?」
「亜人戦争ですね」
物騒な世の中だな。
まあ、日本でも昔は戦争がしょっちゅう起こっていたから似たようなものか。
でも、亜人戦争なんて初めて聞いたな。
有名な戦争なら知ってるはずだが。
「人族が侵略しようとしたことがきっかけで、獣人達が猛反発したのだ。
そして、獣人の長が殺害されたことがきっかけで降伏し、終結した」
「激しい戦争だったんですか?」
「かなり大きな戦争に発展した。
だが、圧倒的な数と武力の差に、為す術なく敗戦した。
今は周辺国とは同盟を結んでいるから、睨み合いもなくなったがな」
「確か、戦争自体は半年も続かなかったんだったわよね?」
「え、エリーゼは知っているんですか?」
「当然じゃない。
仮にも一国の王女よ。
他の国のことを勉強するのは当たり前なの」
え……。
知らないの、俺だけ……?
おかしい。
有名な戦争なら、絶対知っているんだけどな。
俺の膝の上に乗っているエリーゼは、顔をこちらに向けてクスクスと笑っている。
こいつ……。
背後からくすぐってやろう。
――覚悟ォ!
「ちょっ、やんっ……!」
「――」
あ、まずい。
エリーゼの声に、俺の息子が起床した。
おはよう、ベルジュニア。昨夜はよく眠れたかい?
「な、何か大きくなったわよ……?」
「さ、さて!
戦争の話なんてやめて、海でも眺めましょう!
ははは。綺麗な海だなー」
「どこを見て言っているのだ……?」
俺の身長では、一人で海を見ることは叶わない。
俺の視界には、船体しか映っていないのである。
「死にたいです、師匠」
「急にどうしたんですか……?」
誰か、俺を殺してくれ。
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第二章 少年期 「邂逅編」 -終-
次章
第三章 少年期 「ミリア編」
「わっはぁぁぁ! 海! 海よ!」
「海なら毎日のように見てたじゃないですか」
「違うの! あれは海だけど、こっちは本物の海なの!」
偽物の海って何だろうか。
船に乗ったことがないエリーゼにとって、大海原は壮観だろう。
俺も、こんなに広い海を生で見た記憶はない。
感動すら覚える。
ちなみに、俺はランスロットに、エリーゼはシャルロッテに肩車をしてもらっている。
俺達の背丈では、一望するのは難しいのだ。
「綺麗ですね……」
「久しぶりにちゃんと海風に当たりました……」
「景色に浸るのもいいが、油断はするなよ」
「油断? 何が危険だって言うのよ?」
「一か月も乗っていれば、嵐に巻き込まれる可能性だってありますからね」
「それもそうだが、海にももちろん、出るところには魔物が出るぞ」
「わ、忘れてました……」
シャルロッテは分かりやすく落胆する。
そうか、すっかり忘れていた。
どうして海の上が安全だと思ったのだろうか。
海の魔物といえば、クラーケンやサーペントが代表例だな。
他にも、俺の知らない魔物がいそうだ。
船酔いでもして戦闘不能になったらどうしよう。
流石にゲロリながら戦うのは無理だぞ。
「すぐに戦いになったりしますかね?」
「この辺りには、まだ出ないだろう」
なら、もう少しこの景色を楽しめそうだ。
楽しめるうちに楽しんでおかなければ。
いつ、気分が悪くなるか分からないしな。
「わっ! 揺れてるわっ!
あはは!」
「暴れたら落ちちゃいますよ!」
エリーゼはシャルロッテの頭上でゆらゆらと体を揺らす。
実際に船は揺れたが、これはきっとわざとだろう。
落ちたらシャレにならないぞ、これ。
こんな沖合に身を投げ出してしまえば、まず助からないだろう。
奇跡的に生きていても、いずれ魔物が襲ってくる。
うお、今タマがヒュンってした。
「ご飯とかって、どうなるんですか?」
「お酒は飲めないのでしょうか……」
「大丈夫だ。一日三食、ちゃんと食べ物は出る。
あれだけ高い金を払ったのだ。
いいものが食べられるだろう」
「それ、本当でしょうね」
「ああ。170年の勘がそう言っている」
フラグにフラグを立てるな。
最低限食べられて、ある程度美味しかったら十分だ。
庶民の味でいいのよ。
これから、一か月という長い長い船旅が始まる。
デュシス大陸はどんなところなのだろうか。
今からワクワクが止まらないぜ。
うーむ、でも一か月も船に乗りっぱなしか。
マジでやることないな。
ラゾンにいる時は、暇になれば町へ遊びに出れば良かったが、ここは海のど真ん中だ。
この船の上で、何とか時間を潰すほかないのだ。
しかも、デュシス大陸がゴールではない。
デュシス大陸から、更に中央大陸に渡らなければならない。
気が遠くなる旅だな、全く。
「もうじき、昼食の時間だろう」
「海産物祭りですかね」
「私は魚が大好きなので困りませんけど」
「いい加減飽きそうだわ……」
大の刺身好きである俺でも、流石に海産物ばかりでは飽きる。
もう既に、ラゾンにいた時から飽きは来ていた。
「肉が恋しくなることはない」とか言ったが、
今俺はとても肉が恋しい。
ミノタウロスの肉が食べたい。
デュシス大陸に着いたら、まずは焼肉パーティーだな。
---
日はもう水平線に沈みつつある。
美しい茜空を眺めながら、他愛もない話をして笑い合う。
まるで青春のような、そんな時を過ごす。
……はずだったのだが。
「ヴォエエエエエエエエ!」
人生、そんなに上手くはいかない。
とはいっても、この声は俺のものではないが。
「大丈夫ですか? エリーゼ」
「ええ……だいじょうっ……オエッ」
昼食を食べてから少し経った頃。
エリーゼに異変が出始めた。
あんなに楽しそうにはしゃいでいたエリーゼは、
まるで人が変わってしまったかのように船の奥に引っ込んでしまった。
理由を聞いたところ、「気持ち悪いわ」と今にも出てしまいそうな声で訴えてきた。
そしてトイレに連れて行った途端、盛大に嘔吐したのだ。
もう、トイレと甲板を何往復もしている。
「無理せず休みましょう。
まだ船旅は長いですから」
「そうね……」
俺はエリーゼを連れて、再び甲板へ戻った。
それにしても、腹が減った。
昼食は、豪華とまではいかないながら、しっかり食べられた。
しっかり食べられたとはいっても、食事はなんとパンのみ。
そりゃ、乗客全員の一カ月分の食事なんて、そんなもんだよな。
ご馳走を期待するんじゃなかった。
船の奥からではあるが、見える景色はとても美しい。
海風に当たりながらたそがれたい。
今は動けないから、エリーゼが落ち着いたらもう一度甲板に出るか。
「『ヒール』」
「うーん……」
治癒魔法は、気休めにしかならない。
元来、治癒魔法は外傷を癒すもの。
病気などといった体の内部の異変を治すことはできない。
それでも、かけてもらうだけで少し違うらしい。
「どうですか? さっきよりはマシになりましたか?」
「……ええ」
エリーゼの額に手を当てながら、そう尋ねる。
俺も今のところは大丈夫だが、いつ船酔いに陥ってもおかしくない。
なんたって、一か月も船に揺られっぱなしだからな。
先ほどまでのエリーゼを見ていると、怖くてたまらない。
どうか船酔いだけはやめてください。
「……エリーゼ?」
肩に寄りかかっていたエリーゼは、俺の膝に頭をのせて体を横に倒した。
脂汗でエリーゼの体はベトベトだ。
不思議と嫌な感じはしない。
「……ごめんなさい」
「? 何がですか?」
「迷惑、かけてるから」
「……大丈夫ですよ。
シャルロッテ達に任せきりにするわけにはいきませんからね。
僕だって介抱くらいできます」
「そうじゃないわ」
「?」
介抱の件ならば、仕方のないことだ。
と思ったが、どうやら違うらしい。
何か迷惑をかけられるようなことをされたっけか。
「ベルはいつもあたしに優しくしてくれるのに、あたしはベルに酷いことを言ったり、したりするじゃない」
あぁ……なるほど。
確かに、俺からエリーゼに手を出したことはないけど、
エリーゼはよく俺を殴ったり、罵声を浴びせたりする。
大体俺が発端だったりするけど。
「こういう時にそばにいてくれるのに、あたしのせいで、いつかいなくなったりするんじゃないかって思うと、怖いの」
エリーゼは震える声でそう言った。
それは嘔吐感からなのか、はたまた……。
「僕は、いなくなったりしませんよ」
「……本当?」
「もちろんです」
「でも、いつも酷いことしてるのよ?」
「それも含めて、エリーゼという人間ですからね」
「……」
仰向けで俺の目を見るエリーゼの目が、僅かに揺らいだ。
「エリーゼ、僕は何とも思ってませんよ」
「なん、とも?」
「僕は、あなたが僕が嫌いであんなことをしているわけではないと知ってますから」
嫌いな人間とわざわざ関わりに行くような人間はまずいない。
そんなことをするってことは、もはや好きだろう。
エリーゼは、俺と一緒に居たがる時がある。
そこだけ見ても、俺に嫌悪感があるわけではないのは確かだ。
そりゃ、殴られたり蹴られたりした時は痛い。
少なくとも嬉しいなんてことはない。
「僕達は、家族のようなものです。
もう何年もずっと一緒にいるんです。
なので、エリーゼがどんな人間なのか、僕なりに理解したつもりです」
「……」
「ただでさえ、突然環境が変わってストレスが蓄積してるんです。
僕に気を遣うなんてことは、しなくていいんですよ」
「ベル……」
エリーゼは、声を震わせながら目に涙を浮かべた。
おいおい、らしくないぞ。
いつもの照れ隠しはどこにいったんだ。
「エリーゼは、エリーゼらしくいてください。
僕は、そんなエリーゼが好きなので。
急にいい子になられても、エリーゼらしさがなくなってしまっては嫌ですしね」
エリーゼは、俺の腹部に顔をうずめた。
くすぐったい。
「分かったわ。ありがとう」
俺の大好きなエリーゼは、そのままでいて欲しい。
よく汚い言葉で罵ったり、よく手足が出たりするけど、
たまに出るデレがとんでもなく可愛いのだ。
そのギャップが失われてしまうのは嫌だよ。
…………まあ、できれば暴力の頻度は減らしてくれるとありがたいかもだが。
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出発して、丸一日経った。
昨晩は、波が荒かったためか船の揺れが激しく、あまり眠れなかった。
今は穏やかに前進しているため、エリーゼの調子も悪くはなさそうだ。
「あの、エリーゼ?」
「なによ」
「どうして僕の上に乗ってるんですか?」
「別にいいじゃない」
別にいいけどさ。
あまり動かないでいただけるとありがたい。
俺のアレがソレなことになったら言い訳ができない。
まだ9歳の俺のアレは小さな小さなものではあるが。
だとしても、エリーゼももう12歳。
小学六年生の歳なら、もうある程度のことは知っていてもおかしくない。
それに、少しづつ発育が進んでいるのだ。
日々鍛錬を積んできたエリーゼの体は、男ならば誰でも目を奪われるようなナイスバディになるだろう。
今でさえ、お尻がいい感じに仕上がってきている。
動かれたらまずいです。まずいですよ。
「エリーゼの体調が良さそうで何よりですね」
「船酔いしない人間はいいわね。
シャルロッテも味わってみるといいわ」
「遠慮しておきます。
昨日のエリーゼの姿を見て、つくづく私の体質に感謝しましたよ」
エリーゼは「なんですって」と言ってシャルロッテを睨む。
鋭い目つきに突き刺され、シャルロッテは少し驚いてみせた。
「今日から一週間は、波が安定するらしい」
「そうなんですか。
良かったですね、エリーゼ」
「その先はどうなのよ」
「大しけだ」
「またお願いするわ、ベル」
「へい……」
なら、この一週間を全力で楽しむしかないか。
楽しむと言っても、これと言ってやることはないが。
「にしても、退屈ですね」
「まだ二日目なのに、耐えられる気がしませんよ私」
「ならば、デュシス大陸の話をしよう」
お、興味深そうな話だ。
長い期間滞在することになるであろうデュシス大陸の情報は、知っておいた方がいいだろう。
地理や歴史は学生時代から好きだったし。
「ボレアス大陸に獣人の森があると言ったが、デュシス大陸にも、獣人がいる」
「え、そうなんですか?」
「そうですよ。
この世界には、二種類の獣人がいます。
一つは犬系、もう一つは猫系です」
何だ、それは。
性格の話か?
ツンデレか甘えん坊って話か?
「何が違うのよ?」
「単純に、犬に似ているか猫に似ているかの話だ。
あとは、性格の違いも顕著に表れている。
犬系は温厚、猫系は獰猛な奴が多い」
やっぱりそういうことだったのか。
思った通りだった。
「それで、デュシス大陸にいる獣人はどっちなんですか?」
「犬系だ」
お、これは嬉しいな。
個人的に、猫よりは犬の方が好きだ。
猫も可愛くてすごく好きだが、犬は特段に可愛い。
獣人の中にも、種類はあるのだろうか。
ポメラニアンとか、マンチカンとか。
犬で飼うならポメラニアンがいいな。
猫なら、そうだな……
「温厚な性格で知られている犬系獣人だが、過去に戦争が起こったことがある」
「戦争?」
「亜人戦争ですね」
物騒な世の中だな。
まあ、日本でも昔は戦争がしょっちゅう起こっていたから似たようなものか。
でも、亜人戦争なんて初めて聞いたな。
有名な戦争なら知ってるはずだが。
「人族が侵略しようとしたことがきっかけで、獣人達が猛反発したのだ。
そして、獣人の長が殺害されたことがきっかけで降伏し、終結した」
「激しい戦争だったんですか?」
「かなり大きな戦争に発展した。
だが、圧倒的な数と武力の差に、為す術なく敗戦した。
今は周辺国とは同盟を結んでいるから、睨み合いもなくなったがな」
「確か、戦争自体は半年も続かなかったんだったわよね?」
「え、エリーゼは知っているんですか?」
「当然じゃない。
仮にも一国の王女よ。
他の国のことを勉強するのは当たり前なの」
え……。
知らないの、俺だけ……?
おかしい。
有名な戦争なら、絶対知っているんだけどな。
俺の膝の上に乗っているエリーゼは、顔をこちらに向けてクスクスと笑っている。
こいつ……。
背後からくすぐってやろう。
――覚悟ォ!
「ちょっ、やんっ……!」
「――」
あ、まずい。
エリーゼの声に、俺の息子が起床した。
おはよう、ベルジュニア。昨夜はよく眠れたかい?
「な、何か大きくなったわよ……?」
「さ、さて!
戦争の話なんてやめて、海でも眺めましょう!
ははは。綺麗な海だなー」
「どこを見て言っているのだ……?」
俺の身長では、一人で海を見ることは叶わない。
俺の視界には、船体しか映っていないのである。
「死にたいです、師匠」
「急にどうしたんですか……?」
誰か、俺を殺してくれ。
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※小説家になろうにも投稿
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
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地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
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