空中転生 - 落ちこぼれニート、空の上でリスポーンしました -

蜂蜜

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第3章 少年期 ミリア編

第五十八話「絶望の刃、希望の雷」

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 ---ベル視点---



 斬った。
 絶対に斬った。

 間違いなく、手応えはあった。
 斬ったのは、腕のはず。
 俺の感覚が正しければ、片腕を斬り落としたはずだ。

 それなのに――、

「――何でだよ」

 ネプの腕は、全くの無傷だった。
 どこからどう見ても、傷一つない。
 まるで全く俺の攻撃が無意味だったみたいじゃないか。

「クソっ――」
「待って、ベル!」
「!?」
「……あいつの腕、見て」

 言われるまま、ネプの腕を見る。
 腕が、どうかしたのか。
 もしかして、少しは手傷を与えられたのか?

「――っ」

 ……俺が今見ている光景は、果たして現実なのだろうか。
 悪い夢とかじゃ、ないんだろうか。

 俺が斬ったはずの腕。
 そして、もう片方の腕。
 腕の皮膚が裂け、内側から鱗と鉤爪が這い出す。
 誰がどう見たって、人間の腕ではない。

 ――両腕が、「龍」になっている。

「我の最大の権能、『龍腕りゅうわん』。
 我にここまでさせたのは、貴様らの他には数えられるくらいしかおらぬ」

 俺の攻撃は一切効いていない、ということだな。
 あの龍腕とかいう権能が、俺の渾身の一撃を無に帰したわけだ。

「もう一度だけ、チャンスをやろう。
 今ここで命乞いをすれば、一撃で楽に殺してやる」
「結局殺すなら、命乞いなんてしても意味ないでしょ!」
「ならば、いたぶりながら殺してやってもよいのだぞ?」
「――」

 気味の悪い笑みだ。
 見ているだけで虫酸が走る。

 命乞いをしたところで、確実に命は助からない。
 こいつは今、はっきりと「殺す」と言った。
 ひと思いに殺ってもらうのが、一番楽なのかもしれない。
 だがもちろん、そう簡単に死ぬわけにもいかないんでね。

「エルシア」
「分かってるよ」

 俺は片手に握っていた『風龍剣』をエルシアに返し、懐から杖を抜く。

「ハハッ。まだ我とやり合うつもりか?
 楽に殺してやると言っているだろうに」
「生憎、まだ死にたくはないので」
「どう足掻こうと、貴様らが向かう先は死だ。
 これだけ猶予を与えているというのに、まだ分からぬのか」

 ネプは呆れたように、手を額に当てた。
 龍のような、禍々しい手を。

「一つだけ聞かせろ」
「なに?」
「貴様らがそこまでして戦うことに、何か意味があるのか?
 そこまでして我と戦い続ける理由が、分からないのだ」

 ネプは攻撃をしてくる素振りも見せない。
 今奇襲をかければ……とか考えたが、無駄だろうな。
 あいつは、人間じゃない。

 あの手を見たら分かる。
 ネプは、人間ではない別の生命体か何かなのだろう。
 竜人族のランスロットでも、腕が龍になることはなかったし。

「お前が、許せないからだよ」
「ほう? 何故だ?」
「言わないと分からないその残念な脳みそ……同情するよ」
「我は何か、間違ったことをしたのか?」
「――この街の惨状を見て、それでも自分の犯した過ちが分からないのか?!」

 こいつは、頭が悪いなんて次元じゃない。
 脳みそが頭に詰まってないのだ。

「これだけ街を壊して!
 これだけ人を殺しても!
 お前は! 自分が何をしたのかが分からないのか?!」
「さてな。我は、必要以上に物事を考えない質なのだ」
「――ッ!」

 エルシアが、先陣を切って飛び出そうとする。
 俺はそれを、すんでのところで止めた。

「ベルっ……?」
「無闇に動いても、勝ち筋は見えません。
 一旦、落ち着いてください」
「ベルだってあんなに叫んでたじゃん……」
「そっ、それは……」
「我の目の前で耳打ちか? 良い度胸だな」

 うるせえな。
 イチャついたら悪いかよ。
 何だ?
 妬みか? お?
 そんな性格じゃ女も寄り付かないだろうよ。
 「貴様のためだ」とか言って暴力でもふるっていそうだ。

「質問は以上だ」
「――」
「――さらばだ、小僧、小娘」
「来るっ――」

 ネプは、半笑いで攻撃態勢に入る。
 俺たちは、ネプの接近に身構えた。
 が、ネプはその場から動かない。

「――噓でしょ!?」
「エルシア!」

 俺達の間合いに、ネプの姿はない。
 それどころか、ネプはさっきよりも俺達から距離をとっている。
 ネプの代わりに、何かが伸びてきている。

 あれは――、

「――腕だよ」

 ネプの腕が、『龍腕』が、俺達に向かって凄い速度で伸びてきている。

「――はっ!」

 エルシアの剣に、龍腕はあっけなく斬り落とされた。
 しかし、再生して伸びてくる。

「ベル! 後ろに下がってて!」
「分かりました!」

 俺では、太刀打ちできない。
 あのクネクネした気持ち悪い腕は、縦横無尽に動き回りながら、俺達を攻撃してくる。
 少なくとも、俺の魔術の精度ではあの腕の攻撃に対応することはできない。

「ほら、どうした?
 その場に留まっているだけでは、貴様の体力が尽きていくだけだぞ?」
「くぅ……!」

 まずい。
 このままだとジリ貧だ。
 あの感じだと、ネプはほとんど消耗していない。
 実際、俺達が与えた攻撃といえば、さっきの俺の『雷脚』しかないし。
 そして、それも完治しているときた。

 2対1なのに、どうしてここまで押されてるんだ。
 そりゃ、単純な実力差しかないわけだが。

 何か方法を考えなければならない。
 俺とエルシアの、命が懸かってるんだ。

「エルシア。僕が『せーの』と言ったら、後ろに飛び退いてください」
「何かっ……! 思いついたの?」
「やってみる価値はあります」

 俺は杖に魔力を込め、杖先へゆっくりとそれを流す。
 ついでに、脚にも。

「行きますよ。
 ――せーの!」
「はいっ!」

 俺の合図とともに、エルシアは後ろに飛び退いた。
 それと同時に、俺は叫んだ。

「『雷脚』!」

 さっきよりももっと速く、ネプに突撃する。
 思っているよりも遠いが、
 思っているよりも速く、ネプに到達してしまう。

 まさに、稲妻のような速度で、

「はぁぁっ!」

 ネプの顔面に、火魔法を炸裂させた。
 ちゃんと、攻撃が入った。

「小癪なッ……!」
「余裕ぶっこいてるくせに、僕に対しては無警戒なんですか?
 心外ですね」
「図に乗るなよ、小僧!」
「ぁ……!」

 エルシアに攻撃していた龍腕は、物凄い勢いで俺を締め上げた。
 受けたこともないような凄まじい力が、気道を塞ぐ。

「ぁ……ぁ……!」

 声が出ない。
 とんでもない力で、首を絞められている。
 杖を取り出したいのに、太い龍腕のせいで懐に手が入らない。

「『蒼竜そうりゅういななき』!」

 龍の咆哮のような風の刃が、エルシアの剣から放たれた。
 心なしか、斬撃が竜のようにも見えた。
 目には目を、竜には竜を、か。

 危ないところだったが、助かった。

 ネプの顔には、火傷の痕が残っている。
 再生できるのは腕だけらしい。
 俺が使ったのは、「フレイム」だ。
 つまり、無詠唱でも使える初歩魔法である。

「調子に……乗るなァァァァァ!」
「ぐっ……!」

 鼓膜が破れそうなくらいの叫び。
 さながら魔獣の咆哮だな。

 耳を塞いでいるもなく、ネプの龍腕が俺達に襲い掛かってくる。

「――!」

 それは、二本だけではなかった。
 八本ほどの龍腕が、四方八方から襲ってくる。

「任せて!」

 エルシアはまた俺の前に立ちはだかり、二本の大剣、『風龍剣』を振り回す。
 しかし、みるみるうちにエルシアの体の傷は増えていく。
 
 八本の腕の攻撃を全て防ぐなんて、相当強い戦士じゃないと無理だ。
 エルシアもかなりの手練れだが、流石にすべては防ぎきれない。

 どうする。
 エルシアが力尽きるのは時間の問題だ。
 少しでもエルシアの手が止まれば、二人そろって即死は免れないだろう。

 何か打開策はないか。
 ああ、頭が回らない。
 エルシアは、いつ力尽きるか分からないんだぞ。

 何か、何か、何か――――

「――『雷爆サンダーブラスト』!」

 背後から、聞きなじみのある声が聞こえた。
 そして、頭上を雷魔法は飛んで行った。
 それはネプに一直線に向かっていき、大きな爆発を起こした。

 何度も見たことのある、雷魔術。
 それを得意とする魔術師など、俺の知っているうちでは一人しかいない。

「お待たせしました、ベル」
「――――シャルロッテ!」

---


 少し前。

「シャルロッテさん! こっちこっち!」
「はい!」

 シャルロッテは、頬張っていたパンを口に詰め込んで、手招きする方へ向かう。
 そこには、担架に乗せられた人たちが四人、横たわっていた。

「酷い怪我ですね。
 瓦礫の下敷きにでもなったのでしょうか……。
 あっ、こっちは火傷が酷い……」

 治癒魔法を使えるシャルロッテは、避難所に来てからは過労に見舞われている。
 ほとんど魔力は使っていなかったため、温存はしてある。
 しかし、ただでさえ満足な食事がとれていないし、睡眠もほとんどとれていない。
 魔力云々の話ではなく、本人の体力がかなり限界に近付いているのだ。

 それでも、シャルロッテは献身的に治療に取り組んでいる。
 事実、この避難所でまだ死者は出ていない。
 運ばれてきた人間も、まだ誰一人として命を落としたことはない。

 (さっきの雷……遠いようで近いような……)

 エリーゼに背を向けて、怪我人の方へ歩き出した瞬間に鳴り響いた、落雷のような轟音。
 それが、シャルロッテにとってかなり気掛かりであった。
 空はかなりの晴天。
 暑い夏であれば、晴天の中で雷鳴の音が聞こえることは珍しくないが、
 現在のミリアはそれほど気温が高いわけでもない。

「癒しの光よ、痛みを包みて穢れを祓え。
 その輝き、命へと還れ――『エクストラ・ヒール』」

 怪我の程度に応じて、使う治癒魔法の階級を変える。
 当然だが、階級が上がるほど、使う魔力量は増える。
 なりふり構わず階級の高い魔法を使っていたら、すぐに魔力は尽きる。

 シャルロッテの最大魔力量は、常人を遥かに凌駕している。
 ポテンシャルとしては、十分に特級魔術師になれるものを持っている。
 だが、己の魔力を過信してはならないのだ。

「……ふぅ。すみません。
 少し外に用事があるので、行ってきます」
「外に? さっきの雷を聞いただろう?
 今外に出るのは危険だよ」
「……行かなきゃ、ならないんです」

 シャルロッテは制止を振り切って、避難所を飛び出した。

 (あの音……! 間違いない……!)

 シャルロッテは、確信があった。

 天大陸からデュシス大陸に渡る船の中で、ベルと交わした会話。

* * *

「独自の魔術?」
「はい。まだ名前は決めてないんですけど、
 足に雷魔力を流して、一気に爆発させる。
 そうすることで、とんでもない速さで動けると思うんです」
「確かに、近接型魔術師において、動くスピードというのは大事になってきますけど……。
 そんなこと、可能なんですか?」
「デュシス大陸に着いて、また冒険者活動が始まったら、試してみるつもりです。
 僕の見立てでは、落雷みたいな大きな音と共に、稲妻のように速く動けるはずです」
「そう上手く行きますかね?」
「弟子の可能性を信じてくださいよ、師匠」
「……だから、師匠は恥ずかしいのでやめてください」

* * *

 その時のことを、シャルロッテははっきりと覚えていた。
 偶然の異常気象で発生した、ただの落雷かもしれない。

 それでも、少しでも可能性があるなら、行かないわけにはいかない。

 もし勘違いだったなら、また避難所に戻ればいい。

 (そばにいてと言ったのは私なのに、エリーゼを置いてきてしまいました……)

 シャルロッテは走りながら、そんなことも考えた。
 ただの魔術師であるため、走る速度は普通の人と変わらない。

 落雷の音がした方へ、シャルロッテは自分の出せる全速力で向かった。

---

「良かった……無事だったんですね、シャルロッテ!」
「ええ、なんとか」
「あなたは?」
「シャルロッテです。彼の仲間です」
「増援に来てくれたの? 助かるよ!」

 ベルは、目頭が熱くなる。
 初めて、仲間が無事であることが分かったのだ。

「次から次へと、我の邪魔をするなァ!」
「させないよ!」

 激昂するネプに、エルシアが突撃する。
 八本の腕を斬り刻みながら、ネプへ突っ込んでいく。

「ベル、あれは?」
「九星執行官です。
 第九位、『海王』ネプ」
「九星……どうしてこんなところに……」

 情報共有をする二人の先で、エルシアは剣を振り回す。
 『風龍剣』特有の、細かい風の斬撃の発生。
 これが、かなり効果的に働いている。

 ネプの龍腕は、斬っても斬っても再生する。
 これを細かく斬り刻むことで、僅かながら再生を後らせることができるのだ。
 この僅かな差が、極限状態の戦闘においては鍵になってくる。

「『蒼嶺そうれいとどろき』!」

 剣の周りに渦巻く蒼い気流。
 淡く光る剣身を、エルシアは力いっぱいに振り抜いた。

 放たれた一閃は、ただの風ではない。
 風よりも速く、音を置き去りにした。

 その斬撃は、八本の龍腕を悉く斬り刻んだ。
 そして、ネプの姿が露わになった。

「――『烈風一閃れっぷういっせん』!」

 その一瞬の糸口を逃すまいと、エルシアは更に速度を上げた。

 だが――、

「――ふはッ!」

 ネプは、不気味に笑った。
 満面の笑みともいえるほどの、笑顔。

 そして――、

「ハァァァァァァァ!」

 ネプの顔面の前に出てきた二本の龍腕から、青白い光線が放たれた。

 エルシアは、至近距離にいる。
 避けようが、ない。

「エルシアぁぁぁぁぁ!」
「大丈夫だよ!」

 叫ぶベルに、そう応えるエルシア。
 目と鼻の先ほどの距離から放たれた光線を、
 エルシアは、斬った。

 二つに分かたれた光線は、瓦礫の山をまとめて消し炭にした。
 もしあれが当たっていたら、と考えると、ベルは肝が冷える感覚に襲われた。

「何だと?!」
「甘く見たね、わたしを!」
「――ッ!」
「がっ……!」

 ついに首を捉えようかというところで、ネプはエルシアの横腹を蹴り飛ばした。

「エルシア! あぶっ……ごはっ!」
「ごめんっ、大丈夫?」
「治癒します!」

 飛ばされたエルシアを受け止めようとしたベルは、エルシアの尻に押しつぶされた。
 シャルロッテは治癒魔法を唱え、負傷が激しいシャルロッテを治癒する。

「攻撃魔法も使えて、治癒魔法も使えるんだ。器用だね」
「いえいえ」

 柔らかく微笑むシャルロッテ。
 エルシアは再び立ち上がり、剣を構えた。

「エルシア。時間を稼げますか?」
「稼ぐだけなら、いくらでも大丈夫だよ」
「奴を、観察したいんです」

 ベルはそう言って、ネプを凝視する。
 多すぎる腕のせいで中々観察するのは難しいが、目を大きく開いて、ネプの隅から隅まで、舐め回すように見る。

「はぁぁぁぁっ!」

 エルシアの雄叫びは、もはやベルの耳には入っていない。

「エルシアさん! 下がって!」
「はいっ!」
「――『バニッシュボルト』!」

 シャルロッテの詠唱も、聞こえない。
 ベルは完全に、ゾーンに入っているのだ。

 ネプの腕、脚、胴、首。
 舐め回すように、下からも上からも、何度も見つめる。

「ハハッ!」
「くぅっ……!」

 まるでこの戦闘を楽しんでいるかのように笑うネプ。
 それと対峙するエルシアの表情は見えない。
 だが、確実に消耗が激しく、限界が迫っていることは明らかである。
  
「――――!」

 ベルは息を呑んだ。
 土煙で、はっきりとした姿は見えない。
 しかし、土煙の中でもひと際目立った赤色。
 見間違いではなく、確実に見た。

「――――目だ」

 そう、ぽつりと呟いた。
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