空中転生 - 落ちこぼれニート、空の上でリスポーンしました -

蜂蜜

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第4章 少年期 アラキア編

第六十七話「『月神』ルナディア」

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 三日後。
 無事、リンドに到着した。
 いや、無事ではないか。

 二日目だっただろうか。
 もはやもう見慣れてしまったカエルの魔物が、エルシアの寝込みを襲おうとした。
 その時の見張りは俺だったんだが、うっかり居眠りをしてしまっていた。
 ランスロットが気づいてくれなければ、どうなっていたことやら。
 今日は、エルシアは丸一日口をきいてくれなかった。

 御者はどうやら報酬の額に納得してくれたらしい。
 そしてなんと、馬車を丸ごと譲ってくれた。
 ランスロットは俺達の事情を話したらしく、
 御者が半分の値段で馬車を売ってくれた。
 なんていい人なんだ。

 たっぷりとお金が残った俺達は、贅沢に一人一部屋の宿をとった。
 まあ滞在するのは一日だけだしな。
 エリーゼは少しだけ駄々をこねたが、渋々頷いてくれた。
 普通に部屋に来ればいいのに。

 現在はもう、月が天高く昇っている時間帯だ。
 さて、ナニをしよう。なんつって。

 ……凄くデジャヴュを感じた。
 目が覚めたらまた赤ん坊になって空から落ちるとかないよな。

 第一、俺の息子はまだ育っていない。
 せいぜい10歳のモノだ。
 まだ毛も生えそろっていないケツの青いガキだ。

 何故か分からないが、中々眠れない。
 外に出て、街を散策してみようか。

 ……またデジャヴュを感じた。
 衛兵に捕らえられて投獄されそうだ。

「ベル。少しいいか」
「ランスロットさん? どうぞ」

 ドアを二回ノックして、ランスロットが部屋に入ってきた。
 毎度のことながら、武装していないランスロットを見るのは新鮮で面白い。

「どうかしましたか?」
「今後の展望だ」
「なるほど」

 他の二人には、まだ話していないらしい。
 というか、もう寝てしまったから話せなかったとのこと。

「明日、ひと月分の食料を買い込んで、馬車に積む」
「ひと月!?」
「エリーゼに言われて、気が付いたのだ。
 ミリアの復興活動に費やした十か月は決して無駄ではなかったが、
 その分お前たちを送り届けるのが遅れてしまったのも事実だ。
 だから、これからは急ピッチで旅をすることにした」
「なるほど」
「明日出発してからは、一か月はどの集落にも寄らずに大陸中心部まで行く。
 まあ、何かあれば寄ることもあるかもしれないがな」

 実質一か月、馬車に乗りっぱなしってことか。
 大体馬車の速度は時速50キロくらいだ。
 一か月走り続ければかなり進めるだろう。
 馬車ごと譲ってくれたから御者の負担もなくなったし。

「一か月進んだ後は、どこかの街に寄るんですか?」
「街というか、森だな」
「森、ですか」
「獣族の森だ」

 獣族の森っていうと、犬系獣族だな。
 猫系の獣族はボレアス大陸にいるから、接触する機会はないかもな。
 犬の方が好きだからちょっと嬉しいかも。

 それに、勉強してきた獣人語を試してみるいい機会だ。
 実はコツコツ勉強していたから、大体話せるようになった。
 流石に、竜人語との両立は大変だったな。

「懸念すべきは、雨季と被らないかだな」
「雨季? もう少し遅いはずでは?」
「この辺りの雨季は早いのだ。
 早い所だと、もう二週間ほどしたら雨季に入る所もある」

 どうやらここは、俺の常識が通用しない大陸らしい。
 だが、雨季と被ったら何がまずいんだろうか。
 雨が降るだけじゃないのか?

「雨季になると、それはもう雨がよく降る。
 すると、洪水が発生する。
 これが厄介なのだ」
「そんなに大洪水になるんですか?」
「森の下の方は全て水に飲まれるからな」
「やばいじゃないですか!」
「だから、獣族は水が上がってこない高さに家を作って暮らしているのだ。
 地面にそのまま家を建てれば、一年もしないうちに流されてしまう」

 水害はもう懲り懲りだ。
 家が流されるとかいう言葉をもう耳にしたくない。

 やっぱり、民族によって文化が違うというのは面白いものだな。
 その環境に適応するために工夫を凝らしているんだから、立派なもんだ。

「ランスロットさんは、獣人語が話せるんですか?」
「ああ、話せる」

 マジかよ。
 獣人語は人間語に近い、方言のようなものだと聞いたことはある。
 日本で言うと、津軽弁みたいなもんか。
 あれは本当に理解できない。

「エルシアは分かりませんが、エリーゼは獣人語なんて話せませんよ。
 コミュニケーション取れますかね」
「最悪、お前と俺で通訳をすればいい」
「簡単に言ってくれますね……」

 通訳ってどんだけ難しいか、知ってて言っているのだろうか。
 言葉を聞いて、それを瞬時に別の言語に変換、翻訳して伝える。
 テレビなんかでプロの通訳を見た時、感銘を受けたほどだ。

 まあ、自分の勉強の成果を試せると考えればいいか。
 勉強嫌いなエリーゼだが、一か月で少しでも獣人語を教えておこう。
 エリーゼは獣族に会ってみたいと言っていたから、もしかしたらやる気を見せてくれるかもしれない。

「またトラブルに巻き込まれないといいですね」
「万が一巻き込まれても、俺がお前たちを守る。
 命に代えてもな」
「……ランスロットさんは、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

 俺はずっと気になっていた。
 元は全く見ず知らずの子供だった俺達に、どうしてここまで尽くしてくれるのか。

「お前達が、俺を救ってくれたからだ」
「僕達が、ランスロットさんを?」

 救ったなんて覚えはないんだが。

 どちらかというと、救われたのは俺達の方だ。
 ランスロットがあの時に助けてくれなかったら、俺達は今頃大地に還っていただろう。

「過去犯した過ちから、俺は何度も自殺を考えた。
 そんな時に現れたのが、ベルとエリーゼだった。
 俺を見ても恐れることなく、受け入れてくれた」
「エリーゼは、最初は怖がってましたけどね」
「そうだったな。
 だが、今となっては俺を慕ってくれていると思っている」
「僕も、同じですよ。
 ランスロットさんは戦士としても、そして一人の人間としても、尊敬しています」
「……お前の俺に対するその接し方で、どれだけ俺が救われていることか」

 ……きっと、ランスロットは昔から、優しさを知らなかったんだろう。

 同族の大量殺戮という大罪を犯して、誰からも相手にされなくなってしまった。
 そしてソガント族の村を追放され、100年以上も大陸を流浪した。
 そんな時に、俺達が現れたと。

 あの時、救われたのは俺達だけじゃなかったのだ。
 救って、救われたんだ。

「お前はいい子供だ、ベル。賢くて、強い。
 エリーゼも、少しわがままなところもあるが、そこもまた可愛いところだ」
「分かってますね、ランスロットさん」
「もう、一年も一緒にいるのだ。
 もはや、家族のようなものだろう」

 ランスロットの言う通りだな。
 一年間、毎日同じ時を共有している。
 まあ、ミリアでは何日間か会わない時もあったが。

「もう夜も遅い。
 早く寝て、明日の朝に備えるとしよう」
「そうですね。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」

 ランスロットは立ち上がり、俺の部屋を後にした。

 明日から、また長旅が始まるのだ。
 とっとと寝て、気持ちの良い朝を迎えようじゃないか。

---

 グッドモーニング、マイワールド。
 あの後、死ぬように眠った。
 というか、一回死んだんじゃないかというレベルですぐに寝落ちした。

 それで……。

「……で、ここはどこだ?」

 いや、どこだよここ。
 しかも全然朝じゃねぇし!
 また攫われたっていうのか?

 空を見上げると、綺麗な満月が俺を見ていた。
 体を起こして周りを見渡す。

「――!」

 俺は思わず、息を吞んだ。
 目の前に広がっているのは、綺麗な湖だ。
 神々しささえ感じる青白い光が、その湖から放たれている。
 もしかして、これが「ルナディア湖」ってやつか。
 意図せず観光に来てしまった。

「――目が覚めましたか」

 聞こえたのは、女の声。
 鈴の音のような、揺れるような綺麗な声だ。

「あの、どちら様でしょうか?
 あと、どこにいるんですか?」
「ここに居ますよ」

 うおっ!
 びっくりした!

 真っ青な髪の毛を、両耳の辺りでクルンと巻いている。
 キリッとした青い眉に、キリっと上がった眦。
 一言でいえば、絶世の美女だ。
 今まで見てきたどの女性よりも、美しいという言葉が似合う。
 クレオパトラを初めて見た人とかこんな気持ちだったんだろうな。

 いや、エリーゼが一番かわいいけども。

「――余は、『月神』ルナディアです」
「るっ、ルナディア!?」

 あ、やべ。
 驚きのあまり呼び捨てにしてしまった。
 『七神』ともあろうお方を呼び捨てにするなんて、まずいことをしてしまっただろうか。

「どうして、こんなところに?」
「余は、たまにこうしてこの湖で月光を浴びるのです。
 定期的に満月の光を浴びないと、この『月光剣』は使い物にならなくなってしまいますから」

 そう言って、ルナディアは剣を見せてくれた。

「触ってみますか?」
「えっ、そんな。いいんですか?」
「減るものではないので」

 なら、体を触っても文句は言わないってことか。
 ルナディアは肩と腹を出して、胸元だけ隠している。
 締め付けられていて苦しそうだから、解放してあげたい。
 下心とかは、一切ないぞ。
 ないぞ。

「凄い……」
「この世界にこの一本しか存在しない剣です。
 余も、もうこの剣を使い始めてから何十年も経ちます」

 え?
 ってことは、この人ももしかして結構歳がいっているのか?
 シャルロッテみたいな感じで、長命族ってことか?

「僕は、何でこんなところにいるんですか?
 寝ていたはずですけど」
「余が、貴方を気に入ったから、連れてきました」
「やってること誘拐じゃないですか」
「それは……ごめんなさい」

 まあ、こんな美女に誘拐されるなら許せるか。
 どんな誘拐のされ方をしたんだろうか。
 変なことをされていないだろうか。
 変なことの一つや二つくらいはされててもいいけどな。

「その代わりと言ってはなんですが……。
 見返りに、何でも一つ欲しいものを与えます」
「何でも、一つ?」

 あなたが欲しいです。
 なんて言ったら、こんなに優しい目もゴミを見るような目に変わるのだろうか。
 いざ軽蔑の目で見られたら普通に傷つくんだよな。

「例えば、何があるんですか?」
「そうですね……過去には、この剣を求める人も多くいましたが」
「流石にそれは、ダメですよね」
「これを失えば、いよいよ余が戦う術がなくなってしまいますから」

 少し笑いながら、ルナディアは『月光剣』を見つめる。
 金色に光り輝くその剣は、見ていてとても惚れ惚れする。
 そりゃ、できることならこの剣が欲しいが。
 いやでも、俺は剣術が使えないしな。

「そうですね……余が与えられる能力ですか……。
 例えば、『月詠眼つくよみがん』はいかがですか?」
「何ですか、それ?」
「簡単に言えば、未来が見える『魔眼』です」
「魔眼……」

 これまた厨二心がくすぐられる響きだ。
 しかも、未来予知ができる目ときた。
 これは、貰えるなら貰っておいた方がいいな。

「それにします」
「分かりました。では、こちらに来て下さい」
「どうやってその目を授かるんですか?」
「貴方の眼球を取り出して、月詠眼を埋め込みます」
「やめときます!」
「えっ」

 俺は即答した。
 あまりに早い返事だったためか、ルナディアは大きな目を丸くした。

「どうしてですか!」
「そこまでして欲しくないです!」
「でっ、ですが、一瞬の痛みに耐えれば、貴方は未来予知ができるようになるんですよ?」
「いいえ! 大丈夫です!
 痛いのは嫌いなので!」

 せっかくの機会だったが、やめておこう。
 眼球を取り出すなんて、聞いただけで目ん玉が飛び出そうだ。

「では、戦闘に直接役立つ『能力』を一つお教えしましょう」
「能力、ですか?」
「ええ。剣術は使えますか?」
「使えません。一応、魔術は雷聖級ですが」
「わぁ……! その歳で雷聖級とは、驚きましたね」

 そうだろう。
 シャルロッテ師匠のおかげだ。
 いずれは神級魔術師になる予定です。

「それなら、魔術を教えましょう」
「お願いします」

 ルナディアは優しい笑顔で手招きをしている。
 導かれるままにルナディアの元へ歩いていく。

「それでは、失礼します」
「えっ?」

 俺の返事を待たずして、ルナディアは手を伸ばした。
 俺の目に。

「ギャアァァァァァァァ!」

 左目に激痛が走った。
 ジタバタともがくが、全然動けない。
 なんて力だ。
 逃げられない。

「あまり騒ぐと人が来ますよ。
 大人しくしてください」
「大人しくしろって言う方が無理だろ!
 何すんだギィアァァァァァァァ!」

 ものもらいが出来た時の100億倍痛い。
 だって、眼球取り出して目をはめてるんだろ? これ。

「はい、終わりました。
 よく頑張りましたね。よしよし」
「そんなんじゃ足りません。
 抱き締めてください」
「はい、これでいいですか?」

 柔らかい。
 痛みが全て飛んだ。
 いや、それは嘘だ。
 めちゃくちゃ左目が痛い。

「ゆっくり、目を開けてごらんなさい」

 そう言われ、俺は恐る恐る目を開ける。
 すると、

「み、見えません」
「あ、術をかけるのを忘れていました」

 右半分しか見えない。
 ちゃんと目はついてるのだろうか。

「――『月神』ルナディアの力を以て、この者に『月蝕』の権能を授ける」
「――」

 ルナディアの声と共に、頭が柔らかな熱に包まれる感覚を覚える。
 反射的に目を閉じて、それを受け入れる。

「今度こそ、大丈夫なはずです。
 目を開けてごらんなさい」

 今度こそ大丈夫なんだろうな。
 俺はゆっくりと目を開ける。

 すると、さっきとは違ってちゃんと目が見えるようになった。
 でも、何か見えにくいな。
 左の方だけ異常にぼやけるというか。

 地面には小さな血だまりができている。
 これ、全部俺の目から出た血か。
 生臭さで少し気分が悪くなってきた。

「数日は慣れないかもしれませんが、我慢してくださいね」
「僕は何の能力を授かったんですか?」
「『月蝕』です」
「何ですか、それ?」
「月が出ている間は、魔力が著しく増大します。
 別名、『月の加護』ですね」
「そんなものがあるんですね」
「今考えました」

 何だそれは。
 見かけによらず、意外と人間っぽい一面もあるんだな。

「でも、月が出ている間だけなんですか?」
「そうですね。
 ですが、日中に弱体化するなんてことはないので、安心してください」

 なるほど。
 単純に、強くなれたってことか。
 でも、それだけか。
 正直、味わった痛みに見合ってないような気がする。
 それこそ、痛みに耐えた褒美に『月光剣』が欲しい。

「僕の目、どうなってるんですか?」
「左目は、赤色になっています」
「それ、充血してるわけじゃないですよね?」
「いえいえ。 それは『月蝕眼』。
 一種の『魔眼』ですよ」

 待てよ。
 つまりだ。
 俺は、オッドアイになったということか。
 ちょっと嬉しいな。

 だが、エリーゼ達にはどう説明しようか。
 『月神』に会って魔眼を授かったと言っても、信じてくれるかどうか。

「月が出る夜に魔術を使うと、その目が赤く光ります。
 それが、魔力が増大しているというサインです」
「……本当でしょうね」
「余は人生で、嘘をついたことがありません」

 得意げに胸を張るルナディア。
 どうだかねぇ。

「では、余はそろそろ行きます
 少しの間相手をしてくださり、ありがとうございました。
 また逢えた日には、その魔眼の感想を聞かせてください」

 そう言って、ルナディアは目の前から消えた。
 ドップラー効果を残して、文字通りどこかへ消えた。
 本当に神様みたいな人だったな。
 やり方は全然神様じゃなかったけど。
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