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八章御三家と球技大会とアンチ王道

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「やめだ」

 矢崎が静かに呟く。

「え……」
「オレはやめる。一抜けた」
「やめ、る?え?」
「だから、オレは試合をやめるって言ってんだ」
「え、ええええ!?」

 突然の中断発言に唖然とするSクラス一同と観客達。

「そんな……な、なぜ……ここまできたのに」
「仕事が急に入ったみたいでな。今スマホから連絡あったみたいだ。もう時間切れ。あとはお前らに任せるわ。勝とうが負けようが好きにしろ」と、吐き捨てて踵を返していく矢崎。
「ちょ……や、矢崎さん!?お待ちください~!」

 矢崎は手を振ってコートから出て行き、久瀬も何食わぬ顔で後に続いて出て行く。それを追いかける山本チビら下僕達。

「ど、どうなってんだ矢崎直は……」

 Eクラスの面々も困惑している様子で呆気にとられている。魔王様矢崎の気分屋発言に右往左往される下僕達の慌てぶりが他人事ながら笑えるものだ。

「甲斐、なんか知ってるか?」
「いや。あいつも忙しいんじゃないの」

 健一に問われて俺は知らないふりを装った。親友の健一といえど本当の事など言えるはずがない。付き合っている事すら誰にも内緒にしているしな。 

 それにしても……

『勝たせてくれたら次回俺を好きにしていいから』

 つい、思い付きでそう言っちまったけど、まさかそれだけでアイツが引き下がるとは思ってもみなかった。いくらお遊びの球技大会といえど、一応真剣勝負だったし、キス券かかってたしな。

 この発言一つで天下の俺様何様矢崎様が退いてくれたのだから、好きにしていい発言の効果は絶大だったのかもしれない。いやぁ、なんか今更だけど、そんな事を言ってしまって少し怖気付いていたりしてる、かも。その言葉を真に受けて、今頃矢崎は有頂天になっている事だろうしな。

 だってその発言イコールセクロスしていいってOKしちまったようなものだ。

 という事は次回、俺の尻処女は矢崎のものになり、いろいろされる事になるわけで。そう思うと不安と期待のドキドキカウントダウンが始まるわけだ。ううう。

 それだけ、アイツに抱かれてもいいと思うほどには直を好きになっちまったんだよな。恋愛感情ってのは不思議なもんだよ。人生なにが起こるかわからんもんだね。


 その後、当然ながら矢崎と久瀬がいなくなったSクラスなど相手にならず、俺はEクラスのみんなと点数を量産して優勝を勝ち取ったのであった。

 これで男子の食堂のタダ券ゲットだぜ!まずいもやし料理ばかりの昼飯から晴れておさらばだ!バンザーイ!

 堂々とEクラスも食堂を利用する事ができるのだと思うと感動で涙が……ぐすんっ。てことで、毎日ステーキ御前やらクソ高いのばかり注文して大宴会開いちゃうもんねー。今までの不遇で貧乏なEクラスとは今日でお別れじゃ。明日から本気出すぜ。

 


 ちなみに、もう一方の女子の方はというと――……

「うるああああ!!馬鹿悠里と爆乳女と化け物女死ねぇええーっ!」
「私は妹ちゃんには負けないんだからあああ!!」
「甲斐さまのキスはわたくしがいただくのですぅうう!!」
「あーまじ疲れる。だるー」
「ぬおああああ!!甲斐ぐううううんん!!」

 未来の強烈なアタックを悠里がレシーブし、こぼれたボールを友里香ちゃんが再度アタックすると、篠宮がそれをレシーブ。またこぼれたボールを花野が強烈なバックアタックをし、未来がレシーブする……っていう流れが延々と続き、追加点からの同点を繰り返してはや数時間――コレ、いつまでたっても終わらなくね?ていうか終わんの?

「死闘だな……」

 俺はその並々ならぬ殺伐とした空気を見て顔を引きつらせた。どちらも一歩も譲らない戦いがかれこれ数時間も続いているのだ。おっかねえー。

 いやだって女子の皆の顔がもう疲労で鬼のようというか、もはや可愛い年頃の女の子っていう顔ではないよねアレ。どう見ても大悪魔……いや、ヴェノムかエイリアンみたいな顔面して戦う漢女オトメとかいう顔である。一体誰得だ。

 ここまでくるとこちらが恐くなってくるというか、冷静になってくるというか、そろそろその顔面と試合やめない?って言いたくもなる。

「運動音痴の花野でさえあれだけの秘められた才能を開花させたんだ。それだけお前が好きだって証明だろ。いやぁ愛されてんな~甲斐は」
「そーだな。モテる男は辛いよなぁ。俺達なんてモテないし~。でもあ~んなゴリラみたいな怖え女達に好かれるくらいならモテなくていいし~」
「だな。あーうらやましいったらありゃしない。俺達はし~。あーモテなくてよかったー!だーははははは!!」
「……てめえらな」

 普段、悠里や篠宮に声すらかけられない臆病者の非モテEクラス男子達が、ここぞとばかりに俺に仕返しでもするみたいな嫌味の連発をしてくる。

 顔は美少女が多いEクラス女子達だが、俺を巡ってのあんな恐ろしい女共の一面を垣間見てからモテても嬉しくないと言いたいのだろう。

 たしかに今のEクラス女子達は顔面ヴェノムかエイリアンのゴリラ女達だ。可愛さとは程遠いし、花野なんてゴリラどころか化け物である。だがな、目的は不純とはいえ、優勝目指して頑張っているのにその言い草はないだろうと思うよ。所詮は顔かよ!と。モテなくてよかったーとかどの口が言うんだか。あー後で女子達にボコボコにされても知らんぞ、と。試合終わったらばらしたろ。

「なあ、この試合今日中に終わるのか?」
「さあ……?」

 あれから、17時をまわっても決着がまったくつかず、下校時間を過ぎても試合は続けられ、結局20時過ぎに埒が明かないと判断した生徒会達は、開星二年Eクラスと百合ノ宮の一年Sクラスの同時優勝を取り決めたのであった。

 よかったな、女子達よ。ゴリラみたいな顔面で戦ったかいがあっただろ。

「で、キス券もらえるMVPは誰になったのさ」
「それがわからないんだよね。食堂無料券はくれたけどキス券については何の情報もなくて……」
「なにそれー!がんばったのにー!!」
「ムッキー!!そうだよ!こっちはすっげえ顔面して戦ったのに馬鹿らしくなってくるわ!最悪ーっ!」




 *



「ひどいじゃない!直くんてば球技大会の日にだけぼくらに仕事押し付けるなんてっ!」
「ほんと、マジ直ってばありえないし!」

 数日後、穂高と拓実が怒った顔でオレの前に姿を見せた。オレがこいつらにいろいろ邪魔されないように仕事を根回ししておいたおかげで、こいつらが球技大会ででしゃばる事を未然に防ぐことができた。

 こいつらがいたら、オレの甲斐に余計なちょっかいを出すのが目に見えているし、少しでも甲斐に悪い虫がつかないようにするにはまずは身近な奴らから排除しておかないとな。これからも根回しを秘書の久瀬に頼んでおこう。

「そういえばキス券ってどうなったの?」
「ん、ああ。あれは理事長がテキトーに考えたホラらしいな」

 ハルは先程その情報を馬鹿理事長から聞いたらしい。

「え……ホラ?」
「こうでもしないと球技大会が盛り上がらないとの理由で、口から出まかせらしい」
「うわーなにそれ。バカらしー。それなら参加しなくてよかったかも。骨折り損のくたびれ儲けになるところだったじゃない」
「でも……オレは参加して後悔はないな」

 可愛い恋人のお許しも出たことだし、甲斐のそばにいられただけでも嬉しかったからな。

「……は、ちょっとなんかあったの直。嬉しそうにしちゃって。もしかして甲斐ちゃんと……薄情しなよ」
「やだね。参加していない奴に教える義理はない。じゃあな三馬鹿」

 背後から恨めしそうに睨んでくる拓実と穂高とハルの視線を愉快そうに浴び、オレは優越感に浸りながらその場を後にした。

 今からその可愛い恋人に会いに行く。あまり時間はないけれど、限られた時間内での逢瀬に幸福感を感じたい。

 *
 
 その夜、俺は球技大会の疲れもそこそこにあるが、今は胸が躍って疲れも吹き飛んでいた。

 大好きな恋人から電話があって、少しの時間だけならあえると聞いて外に出た。妹の未来や両親には猫の世話に出かけてくるという口実でだ。

 猫の家は人目もつかない場所だし、四天王が絡んでいる場所だからこそ学校の者も裏の人間も立ち寄りにくい。待ち合わせ場所としては最適で、二人だけの隠れ家としても指定しやすい。

 猫の世話は本当の事だから嘘ではないんだけど、世話のついでに恋人(しかも男)に会いに行くなんて言えないし、ましてや妹の未来に知られでもしたら面倒だ。

 隠したいわけではないけど、今しばらくはこの関係を内緒にしておきたい。世間体から見て同性同士禁断の愛と言われている関係だからな。

 煩わしい外野にも文句にも邪魔されず、今は大好きなアイツと幸せなひと時に浸っていたいんだ。
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