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2.十年前の初恋(1)

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「放せ!放してよッ!!」

 襟袖を鷲掴みにされている少年は当然嫌がっていて手足をばたつかせている。

「放すもんかよ。お前みたいな上玉逃すはずがないだろ」

 げへへへと、鼻息の荒そうなキモイ男が少年を担ぎ上げている。

「綺麗な美少年っていやぁその手の世界じゃ高く売れるしよ」
「しかもこんな高そうな服着ててよ、服だけで結構な値打ちもんだぜ。おい、ずた袋用意しろ」
「へい」

 そのまま辻馬車の荷台に少年を放り込んでずた袋に入れられそうな時、私は猛然と男共向かって走った。そして跳躍し、

「何しとんじゃてめえらあああ!!」
「ぎょべへえっ!」

 思いっきり一匹の男の背中にドロップキックをくらわした。男の一人はカエルがつぶれたような声をあげて倒れる。少年も地面に落ちて尻もちをつく。私の蹴りは大の男でも通用する威力だ。イノシシや熊相手でもこの蹴りは有効なのだ。追い払う時には自慢の蹴りは大変重宝している。

「なんだこのガキは!」

 突然現れた私に戸惑う男共。人相が明らかに悪いし善人とは言いがたい顔つきだ。よって悪人とみなした。

「おまえら!ここら辺をうろついている人買い共だな!子供をさらうなんて許さんぞ!」
「この、ガキ!」

 男共が雪崩のように襲い掛かってくるが、私は畑の肥料代わりにと拾っておいたとっておきのものを取り出す。

「唸れ剛速球!近所に住んでる最凶に臭い牛の糞攻撃だぁあーーっ!!」

 その凶器の物質を男共に向かって投げつけた。その言葉通り、近所にうろついている野良牛の糞である。これまた最凶に臭くて耐性がない人間が間近で嗅ぐと失神する程の威力だ。見た目はただの激臭の糞だが、でも畑を作る時に肥料にするには最適で重宝されるので、農村部住まいである私の村では貴重な物なのだ。

「ぎゃああ!きったねえーーー!!」
「うげええええーー!くっせぇええええ!」
「くそっ!あのガキい!おぼえてろよーー!!」

 男共はあまりの臭さに耐えきれず、フンまみれの中奇声をあげて逃げて行った。

「二度と来るな腰抜け野郎共!次に来た時は村名物のオリーブオイル買って行けよな!」

 そうして撃退してからすぐに少年の様子を確認すると、私は一瞬だけ思考が止まった。
 夕日色に染まった少年があまりに綺麗で、私は見惚れてしまった。繊細で艶のあるプラチナゴールドは夕日に反射し、綺麗な深紅の瞳は夕日の色と絶妙に重なって見える。

 泥臭い世界で生きてきた私にとって、その美しさの次元は今までのモノと全く違って見えていた。畑違いの珍しい存在を見ているような、大げさだけどこの世のモノとは思えないような、そんな感覚に近かった。だって、村でもこんな綺麗な男の子を見た事がなかったから。この村周辺には有り得ない程の羽振りのよい格好をしていて、一目見て貴族だろうと察する。

 宝石のような深紅の瞳から大きな雫を絶え間なく零し、あまりに怖かったのだろう。恐怖からやっと解放されて、脱力して涙腺が緩くなっている様子だ。可哀想に。あんな気持ちの悪い連中に連れさらわれそうになったのだ。女じゃなくても怖かったはずだ。
 

『キミ、大丈夫?けがはない?』

 声をかけると、少年はごしごしと涙を拭いて顔をあげた。

『あ、あの……あ、ありがとう……』

 うわ可愛い!私以上に女の子みたいだっ。惚れるわこれ。

『どういたしまして。おれはこの辺に住んでるんだけど……ボウヤはどこから来たの?』
『ボウヤ……。ボウヤって年じゃないんだけど……。きみと同じくらいだと思う』
『あーそ、そうだよね。ごめんごめん。おれより小さいしつい……』
『小さい……』

 私より5センチほど身長が小さい少年はそれに対して不満そうだった。そりゃあボウヤなんて言われておまけに低身長を突っ込まれたら腹立つよね。ごめんね。おまけに第一印象が女の子だと思ってしまったなんて言ったらさらに機嫌を悪くしそうだ。ちなみに男としている時は一人称はちゃんと使い分けている。

『きみはさっきの連中に捕まる前は迷子になったの?』
『な、なってない。自分から抜け出した』
『抜け出した?』

 少年はもごもごと何か言いたげに口ごもっている。

『っ……抜け出したら、道がわからなくなって、あの男達がいて捕まっちゃって』
『それを迷子になったって言うんじゃないの』
『ちがう!迷子じゃないっ!』

 男の子は顔を赤くしてぷんぷん怒り出した。怒る顔も可愛い。

『ああ、ごめんごめん。怒らせちゃって。行く当てがなくて連中に誘拐されそうになってたと』
『行く当てがないワケじゃない、よ……。帰りたくないからわざとはぐれて……一人になりたくて……』
『ふーん、そっか。じゃあ、とりあえずウチにくる?』
『え……』
『ほら、ここら辺夜になると物騒だからさ、きみの保護者のむかえがくるまでウチにいなよ。そんなナリじゃまたさっきみたいなのに狙ってくださいって言ってるようなもんだ』

 という事で、行く当てがなさそうな少年を貧乏な我が家へ招待する事にした。村より少し離れた外れのオンボロ小屋だけど、それなりに広いと思う。ちゃんと部屋は分かれてるし、二階だってあるんだから。

 男の子を連れてきた事にオジーは驚いていたが、お前が家に男を連れて来るとは世も末だなんだと言っていた。男としているからそりゃあ男友達の方が多いに決まってるじゃないか。って返したら、なんかオジーにため息を吐かれてしまった。なんでやねん。

『まだ聞いてなかったけど、キミ名前は?』
『……ノア』

 ぼそりと答えた。この地方では珍しい名前なので、きっと帝都に住む人間だろう。

『ノア君、か。おれはカーリィ。カーリィ・ヒューズっていうんだ』

 にっこり最高の笑顔を見せて自己紹介をしたら、ノア君はどうしてか固まっていた。なんでそんな反応なんだろう。なんか変な事したかな私。でもなんかノア君の顔が見る見るうちに赤くなってきているし、きっといろいろ不安だから疲れてるのかも。と、勝手に解釈した。この時の私ってバカだと思う。
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