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3.十年前の初恋(2)

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『ノア君。メシが出来た所だから一緒に食べよう。帝都暮らしじゃ馴染がない食べ物かもしれんが、この地方の山で獲れる鶏ゴリラを入れたゴリラシチューじゃ』
『口にあわなかったらゴメン。おれがよく作る貧乏メシの一つなんだ』

 私が作ったゴリラシチューとパンを皿によそい、料理一式を乗せたおぼんをノア君の前に置く。まるで不思議なものを見るかのような視線でシチューを眺めている。

 大丈夫、毒なんて間違っても入れたりはしないよ。山菜等の見極め方はオジーとかに嫌程叩きこまれているし、味見は何度もしたんだ。裕福な家には馴染みない食べ物かもしれないけどたぶん美味しいはず。彼はおそるおそるスプーンを手に持ち、シチューとゴリラ鶏一切れをすくってゆっくり口に入れた。

『こんなの……食べたことない』
『え……』

 まずかった?と、嫌な風にどきりとしたけど、ノア君は瞬く間にぱあっと表情を綻ばせて言う。

『美味しい』――って。
『そ、そっか!もー驚かせないでよ。口に合わないかと思ったよ』
『ご、ごめん……』

 でも、美味しいと言ってくれたのはとても嬉しい。

『カーリィの作った料理は、コックが作る料理より……美味しい……』
『え……コック?』

 きみの家にはそんなものがいるのか。やはりいい所のお坊ちゃんなんだな。いやはや、貴族の人って普段どんなの食べているんだろ。想像つかんわい。

『……もっと、食べたい』

 ノア君の目がキラキラ輝いている。相当このシチューがお気に入りになったらしい。何度も何度もおかわりを要求してきた。最初はお上品に音を立てないように食べていたけど、お替りをし始めてから緊張感が抜けたかのようにがつがつ食べだして驚いた。今まで我慢してたのかな。貴族様って家でも作法を強要されそうだもんな。それを見て、こちらもいろんな緊張感が解けて気軽に話せるようになった。

『ノア君さえよければ、迎えが来るまでここで泊まっていきなよ』
『うむ、そうじゃ。子供一人は心配じゃからの。それまでここにいなさい』
『あ、ありがとぅ……』

 ノア君は顔を赤くさせて照れている。
 素直にお礼を言えるならやさしい子だろう。村に住んでいる口の悪いガキよりかは立派だと思う。

『ノア君て何歳なの?』
『……9歳』
『え、9歳って……おれより一つ年上じゃないか。身長的にてっきり年下かと思ってたよ!あ……ごめん』

 ノア君が私と初めて会った時のような不満な顔をした。どうやら年上なのに私より低身長な事が気にくわないようだ。でもこればかりは仕方がない。私のが5センチ程高いもんな。しかも女だし。君の方が女みたいなんて言ったらさらに不機嫌になって落ち込みそうなので黙っている事にする。

『まあまあ、そんな睨まないでよ。仕方のない事なんだから』
『ハア……女の子より低身長なのが屈辱だよ……しかも……女の子に守られたし……』

 ノア君はずーんと頭に岩を乗せたように落ち込んでいる。いや、それより……

『ノア君……おれの事、女だってわかるの?』
『え、あー……まあ、なんとなくわかる、よ』

 私は驚いた。ノア君は私が女な事に最初から気づいていたようだ。出会ったばかりなのに見抜くなんてすごくない?女っ気なんて全然出してなかったのにどうしてわかったんだろう。

『……なんとなく、仕草とか体型とかで……』
『それだけでわかるものなの?』
『……わかるよ。そういうの、よく見てるから』
『へぇ……』


 その夜、とりあえずノア君は私と一緒な部屋で寝る事になった。
 この時はまだ子供同士だったから一緒に寝るなんて別になんでもなかったし、私も異性として意識していなかったのもあるんだけど、今思うと見ず知らずの異性と一緒に寝るってすごい事をしていたものだ。たとえ、子供同士で自分より小さな男の子だったとしても、大胆な事をしていたよね。ノア君はきっと戸惑っていただろうなぁ。

『カーリィ、何作ってるの』

 ノア君が行水からあがってくると、ロウソク一本の灯りを頼りに私は作業をしていた。

『裁縫で人形を作っているんだ。亡くなった母ちゃんがよくやってたんだけど、なかなかうまくいかなくて。でも楽しくて』
『ふーん』

 亡くなった母ちゃんは縫物でいろんな物を作って商売をしていたらしい。手袋や帽子などは勿論の事、結構な腕前で洋服すらも数日で作っていた。そんな母ちゃんから私は裁縫を教えてもらったんだけどうまくいかなくて、下手くそな小物しか未だに作れない。料理や家事は得意なんだけど、縫物だけは不得意だ。手先が不器用なんだろうな。

『ねえ……』

 私の作業をじっと見ていたノア君が物欲しそうに言う。

『ん?』
『俺にもなんか作ってほしい』

 ノア君はもじもじしながら要求してきた。恥ずかしそうに頬を赤くさせながら。可愛すぎない?天使かこの子。

『……いい、けど、下手くそだよ?たぶん売り物にもならないくらいボロボロだよ?』
『それでもいい。手作りの贈り物なんてもらったことないから……』

 その顔は寂しげに陰を残していた。手作りのものにこだわってるのかな。

『……そう、なんだ。じゃあ、キミのお迎えが来るまでになんか作っておくよ』
『うん、楽しみにしてる……』

 しばらく作業に没頭し、両手をぐっと伸ばす。なんとか出来上がった所でふと振り返ると、布団の上で丸くなって熟睡しているノア君がいた。規則正しい寝息が聞こえてくる。

 私の寝るスペースが少ないけどまあいいか。くっついて寝ればいいよね。彼を起こさないようにそっと隣で横になる。

 それにしても寝顔……可愛い。さすが大事に育てられているお貴族様だ。今も相当な美少年だけれど、成長したらさらに大人っぽさがプラスされた美男子に成長しそう。異性としては少し興味がある。まるで絵本やお伽話に出てくる王子様のような――そんな姿になったノア君を一瞬だけ想像した。

『ははうえ……やだ……』
『ノア君……?』
『ひとりに……しないで……ひとりぼっちはやだ………』

 ノア君が寝言で私に縋りながら呟いた。よく聞き取れなかったけど、とても寂しそう。
 泣いてるの?寂しいの……?私はなんとも言えなくなり切なくなった。

 キミはお母さんがいないのかな。母親の事を呼んでいたけど、もうそばにいないのかな。
 深い事情はわからないけれど、私は子供心ながらノア君が寂しくならないように、穏やかな眠りにつけるようにと彼を抱きしめた。泣いている子をあやすように、ひたすら「大丈夫、大丈夫」と、耳元で繰り返して背中をずっとさすってくっついた。

 効果があったのか、次第にノア君は静かになり、やがては穏やかな寝息に変わっていた。私も知らぬ間に眠っていた。

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