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24.アラン様と呼ぶ
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あんな情熱的なキスをしあった翌日、ノア君の部屋を一番最後に訪れた。できれば会いたくなかったので不在でいてほしかったが、願いも虚しく彼の姿が飛び込んできた。
「カーリィ、あいたかった」
ノア君は仕事の書類を片付けていた最中らしく、私が来た途端に尻尾を振る子犬のように待ちわびて抱きしめられた。鼻には彼の優しい肌とシャンプーの匂いが香る。あの金木犀の香りはしない。
それでも顔をあわせたくなかった。仕事なので仕方なく訪れるしかなかった。婚約者がいるのにそんな嬉しそうな顔をされても嬉しくはない。私の事を好きだと言っていたけれど、婚約はするんだなって底意地の悪い嫌味まで言いそうになった程だ。
たとえ立場上仕方なかったとはいえ、婚約するなんて聞きたくなかった。醜い嫉妬だとわかっていても、幸せなんて長くは続かないとわかっていても、今は彼が誰かのものになるなんて考えたくなかった。
ノア君の都合も考えないで最低だ、私。
それでも――そんな風に期待させるような態度なんてとってほしくはない。むしろ、突き放してくれればいいのに。諦めきれないよ。期待させないでほしいよ。
「アラン様」
私は両手で力いっぱい彼を突き飛ばした。ノア君が嫌いな名前であえて他人行儀を装って呼んだ。
「お戯れが過ぎます」
「カーリィ……?」
茫然としているノア君から困惑の様子がこちらに伝わる。私は無表情で顔をあげた。こうするしかないって。だって、昨日のようなやりとりが続けば、私は本当にノア君から離れがたくなる。もっともっと好きになってしまう。
伯爵令嬢にいちいち嫉妬して、もっと醜くなるのが目に見えている。そうなれば、いつか本当に離れ離れになった時、今以上に悲しくなって傷つく思いをしてしまうのは明白だ。
なんの由緒もない平民掃除婦が、国中の女の子の憧れである皇太子様と結ばれるはずなんてない。身分差の恋なんて所詮は都合のいいお伽話だけの世界なのだ。ならば今のうちにちゃんと諦めて、嫌われて、幻滅されて、割り切った方がいい。
もっと好きになる前に、距離を置かなければ。
シンデレラにはなれない。せいぜいすれ違いの末に悲恋となる人魚姫で十分。
「婚約者がいらっしゃるのに、無粋な真似はやめてください」
期待させないでほしい。身分違いでどうせ一緒にはなれない。別の人と結婚するのに。そう目線で訴えかけた。
「カーリィ、俺は婚約者になんて興味はないよ。俺はお前だけしか目に入らない。愛しいのはお前だけ。そもそも婚約も正式に契りを結んだわけでもないのに、令嬢の女が勝手に新聞各社に言っているだけなんだ」
焦ったノア君が私に縋りつくように近寄るが、私はまた一歩後ろに下がる。それにショックを受けるノア君。何がどうであれ、私はもうノア君と今まで通りに接する事は出来ない。
「それでも近々婚約のご準備をされて、半年後にはご成婚されると聞きました。こんな風に私にくっついて周りに誤解を与えてはいけません。だから、求愛されても困ります」
「カーリィっ……ちがう、ちがうって言ってる。あの女のせいで「アラン様」
私がその名前で呼ぶとノア君の顔が一層傷ついた顔をする。
「やめろ。その名前で俺を呼ぶなっ。カーリィにだけは呼ばれたくないっ」
「アラン様」
それでも私はその名前を呼び続ける。
「やめろって言ってるだろ!っカーリィ、カーリィっ。やめてくれよ……やめて」
哀切を含んだように切なく私を呼ぶ声に胸が苦しくなるが、私は目線を合わせて淡々とした態度で返した。
「もう私には関わらないでください。私はただの一介の掃除婦であなたは皇太子様。普通ならこうして話す事はおろか関わることもない事」
「かー……りぃ………」
茫然自失の顔のノア君……いや、アラン様を私は一瞥して頭を下げた。
「清掃を開始いたしますのでどうか別室でお待ちください」
きっとノア君は深く傷ついた顔をしているだろうと思う。あれだけ好きだと言われて、キスされた事は幸せだったのに。目の前のいろんな壁が大きすぎてあっけなく吹き飛ぶ。
それでもこれでよかったと思うしかない。なんだろうとどうだろうと、彼と結ばれる事は絶対にないんだから。
視線をずっと床にしたままノア君の顔を見ないようにして、ふらつく足どりに鞭打って掃除用具を取りに行こうとする。
「……嫌い、なのか……俺が」
搾り出すような、悲しみを孕んだノア君の低い声が聞こえてびくりとする。
「嫌いなのかッ……!」
私の背後から肩をぎゅっと強く掴まれる。反射的に振り返ると、悲痛な表情が目に入り私の胸に罪悪感が広がる。
「………っ」
そのまま私の肩を突き飛ばして無理やり壁に追いやった。背中を少し打ったけれど、痛みなんかよりノア君の言動に怖くなった。
キスができそうなくらい顔を近づけられて、顎を掴んで無理にでもこちらを向かせようとさせられる。
「俺の顔を見て言え、カーリィ」
「っ――」
「好きか嫌いか答えろって言ってンだよッ!!」
ものすごい殺気を含んだ怒鳴り声に怯む。辛そうな表情のノア君の顔を見ていられない。
「の、あく……」
「逃げないでくれ、カーリィ。俺をひとりにしないで……」
怒りのノア君の声が徐々に震えて掠れ、涙声になっていく。
「やっとあえたのに……。十年も想いを我慢したのに。お前に会えなくて気が狂いそうで……また離れられたら今度こそ俺は……どうにかなっちまう……っ」
「カーリィ、あいたかった」
ノア君は仕事の書類を片付けていた最中らしく、私が来た途端に尻尾を振る子犬のように待ちわびて抱きしめられた。鼻には彼の優しい肌とシャンプーの匂いが香る。あの金木犀の香りはしない。
それでも顔をあわせたくなかった。仕事なので仕方なく訪れるしかなかった。婚約者がいるのにそんな嬉しそうな顔をされても嬉しくはない。私の事を好きだと言っていたけれど、婚約はするんだなって底意地の悪い嫌味まで言いそうになった程だ。
たとえ立場上仕方なかったとはいえ、婚約するなんて聞きたくなかった。醜い嫉妬だとわかっていても、幸せなんて長くは続かないとわかっていても、今は彼が誰かのものになるなんて考えたくなかった。
ノア君の都合も考えないで最低だ、私。
それでも――そんな風に期待させるような態度なんてとってほしくはない。むしろ、突き放してくれればいいのに。諦めきれないよ。期待させないでほしいよ。
「アラン様」
私は両手で力いっぱい彼を突き飛ばした。ノア君が嫌いな名前であえて他人行儀を装って呼んだ。
「お戯れが過ぎます」
「カーリィ……?」
茫然としているノア君から困惑の様子がこちらに伝わる。私は無表情で顔をあげた。こうするしかないって。だって、昨日のようなやりとりが続けば、私は本当にノア君から離れがたくなる。もっともっと好きになってしまう。
伯爵令嬢にいちいち嫉妬して、もっと醜くなるのが目に見えている。そうなれば、いつか本当に離れ離れになった時、今以上に悲しくなって傷つく思いをしてしまうのは明白だ。
なんの由緒もない平民掃除婦が、国中の女の子の憧れである皇太子様と結ばれるはずなんてない。身分差の恋なんて所詮は都合のいいお伽話だけの世界なのだ。ならば今のうちにちゃんと諦めて、嫌われて、幻滅されて、割り切った方がいい。
もっと好きになる前に、距離を置かなければ。
シンデレラにはなれない。せいぜいすれ違いの末に悲恋となる人魚姫で十分。
「婚約者がいらっしゃるのに、無粋な真似はやめてください」
期待させないでほしい。身分違いでどうせ一緒にはなれない。別の人と結婚するのに。そう目線で訴えかけた。
「カーリィ、俺は婚約者になんて興味はないよ。俺はお前だけしか目に入らない。愛しいのはお前だけ。そもそも婚約も正式に契りを結んだわけでもないのに、令嬢の女が勝手に新聞各社に言っているだけなんだ」
焦ったノア君が私に縋りつくように近寄るが、私はまた一歩後ろに下がる。それにショックを受けるノア君。何がどうであれ、私はもうノア君と今まで通りに接する事は出来ない。
「それでも近々婚約のご準備をされて、半年後にはご成婚されると聞きました。こんな風に私にくっついて周りに誤解を与えてはいけません。だから、求愛されても困ります」
「カーリィっ……ちがう、ちがうって言ってる。あの女のせいで「アラン様」
私がその名前で呼ぶとノア君の顔が一層傷ついた顔をする。
「やめろ。その名前で俺を呼ぶなっ。カーリィにだけは呼ばれたくないっ」
「アラン様」
それでも私はその名前を呼び続ける。
「やめろって言ってるだろ!っカーリィ、カーリィっ。やめてくれよ……やめて」
哀切を含んだように切なく私を呼ぶ声に胸が苦しくなるが、私は目線を合わせて淡々とした態度で返した。
「もう私には関わらないでください。私はただの一介の掃除婦であなたは皇太子様。普通ならこうして話す事はおろか関わることもない事」
「かー……りぃ………」
茫然自失の顔のノア君……いや、アラン様を私は一瞥して頭を下げた。
「清掃を開始いたしますのでどうか別室でお待ちください」
きっとノア君は深く傷ついた顔をしているだろうと思う。あれだけ好きだと言われて、キスされた事は幸せだったのに。目の前のいろんな壁が大きすぎてあっけなく吹き飛ぶ。
それでもこれでよかったと思うしかない。なんだろうとどうだろうと、彼と結ばれる事は絶対にないんだから。
視線をずっと床にしたままノア君の顔を見ないようにして、ふらつく足どりに鞭打って掃除用具を取りに行こうとする。
「……嫌い、なのか……俺が」
搾り出すような、悲しみを孕んだノア君の低い声が聞こえてびくりとする。
「嫌いなのかッ……!」
私の背後から肩をぎゅっと強く掴まれる。反射的に振り返ると、悲痛な表情が目に入り私の胸に罪悪感が広がる。
「………っ」
そのまま私の肩を突き飛ばして無理やり壁に追いやった。背中を少し打ったけれど、痛みなんかよりノア君の言動に怖くなった。
キスができそうなくらい顔を近づけられて、顎を掴んで無理にでもこちらを向かせようとさせられる。
「俺の顔を見て言え、カーリィ」
「っ――」
「好きか嫌いか答えろって言ってンだよッ!!」
ものすごい殺気を含んだ怒鳴り声に怯む。辛そうな表情のノア君の顔を見ていられない。
「の、あく……」
「逃げないでくれ、カーリィ。俺をひとりにしないで……」
怒りのノア君の声が徐々に震えて掠れ、涙声になっていく。
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