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41.最後の一晩

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 その夕刻、メイド長と私は令嬢の豪邸を訪れていた。自分の給料からいくらかを出して、城下で売っている流行りの菓子折りを持参して玄関のチャイムを鳴らす。

 正式な婚約の儀を結んでいないながらも、殿下とは噂が多々あがる影響力のある伯爵家だから謝罪だけはしておけと言われての訪問だった。


「ファンティーヌ様。この度は大変申し訳ありませんでした」
「私の教育が行き届いていなかったばかりに……」

 豪勢な一階の応接間に通されて、開口一番に二人して土下座での謝罪から始まった。そんな私達の誠心誠意の謝罪も、ファンティーヌ嬢には届いているのかいないのか、こちらをつまらぬものと冷めた視線で見おろしていた。

「本当にそうだわ。まさか慰めてくれたあなたがアラン様を横取りなんて。やってくれるわね」

 泥棒猫とでも言わんばかりな敵意の眼差しが向けられる。

「……そう、言われても仕方がない事をしました……」
「陰で笑っていたんでしょう?私がアラン様をお慕い申している横でアラン様といい関係になっている事に優越感を抱きながら」
「そんな事はございません!」
「じゃなかったら、どうしてアラン様に手を出したんですの。どうしてよりにもよって皇太子様なの。泣いている私を裏切るような真似をして……あなたには失望しましたわ」
「……本当に、申し訳、ありませんでした……っ」

 ひたすら彼女に頭を下げる事しかできなかった。弁解の余地なんてない。調子に乗った自分が悪いのだ。

「まあいいですわ。あなたはもう二度と皇宮では働けない。アラン様と逢う事もない。十分罰を与えたと言ってもいいでしょう。普通なら皇宮どころか国外追放処分と言い渡したいところですが、将来の皇妃として、国母として、時には寛大な心で処遇を決めるのも私の役目。あなたが二度とアラン様と関わらないで済むならもう何も言いませんわ」
「っ……寛大な処遇、ありがとうございます」
「ありがとうございます……」

 メイド長が私に代わり頭を深く下げた。私もまた頭を下げる。終始、ファンティーヌ嬢の鋭い視線に私は居た堪れない気持ちだった。

「あなたはアラン様の心を奪った罪深い人。私相手ではいくら頑張ってもあの方は全く振り向かなかったのに、どうしてあなたにだけ……ほんと、どうして。羨ましいわ。……憎らしいほどに」

 ファンティーヌ嬢は悔しさからか目を潤ませている。好きな人に振りむいてもらえない悲しさと、鋭くこちらに向ける猜疑心をその表情いっぱいに露にしていた。


「さあ、もう用はないでしょう。出て行ってくださいませ。泥棒猫の顔なんて金輪際見たくないんですの」
 
 令嬢の一言に執事と侍女達から半ば無理やり追い出されたのだった。



 その晩、女子寮の自室の片づけを行いながら時計を眺めた。もうすぐ深夜の1時過ぎだ。あらかた荷物を運び出し、あとは床のモップがけと棚を拭くだけ。早く終わらせないと、明日やってくる別の新人の子に部屋の引き渡しができない。

 私のクビが決まってから、もう新しい子が次々と掃除婦として雇われてくるらしい。重労働だからこそ出入りが激しい職場だから無理もないが、ここで過ごした事がもう過去の出来事になっていくと思うと寂しさはある。

 私の初恋の記憶も思い出になるんだ――……。

 そうふと考えていたら、ハッとしてノア君の事を思い出した。昼間にずっと待ってるって言っていたけど、本当にまだ待っているのかな。さすがにこんな時間だし、外は雪だってしんしんと降って積もってきている。待っているはずなんてないだろう。朝から隣国へ出発だって話だから、そんな暇なんて……

 それでも、ノア君は一途に私をいつも想ってくれている人だった。俺様で意地悪かと思いきや、いつも私を優先して、寂しがりやで、可愛くて、けな気な人。

 ノア君に最後だけは……逢いたい。

 私は残りの床拭きを恐ろしい速さで終わらせて、すぐに女子寮を後にした。


 寒い。凍えるように寒い夜だ。中庭とはいえ外なのでそれなりに雪も積もっている。さすがに深夜遅くだし、見張りや衛兵も雪で警備はおろそかでほとんどいない。広い中庭は季節によっていろんな花や木々が彩るが、今はその花も木々も雪に覆われて一面銀世界。こんな雪の中に誰かいるなんて……と、思いながらも足を進めるのを止めない。

 真っ白で何もない雪道に足跡をつけて辺りを確認すると、向こうの方に建っている小屋から小さな明かりが見えた。庭師が泊まり込みで作業をするための簡易宿泊所だったはず。今はこの寒い季節で泊まり込みはないはずなのに。

 もしかして――と、胸を高鳴らせながら雪の中を駆けた。

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