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6話
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レオニードの庇護の下で一晩を明かしたリディアは、翌朝、毅然とした態度でクラウゼル伯爵家に戻った。彼女が屋敷を飛び出したことは大騒ぎになっていたようで、門をくぐると両親とセリーナが血相を変えて駆け寄ってきた。
「リディア! 一体どこに行っていたの! どれだけ心配したと思っているの!」
母がヒステリックに叫ぶが、その声には娘を案じる響きよりも、世間体を気にする焦りの音が混じっている。リディアはもはや、その不協和音に心を乱されることはなかった。
「少し、考え事をしておりました。ご心配をおかけしましたわ、お母様」
冷静に返すリディアの落ち着き払った様子に、両親は戸惑いの表情を浮かべる。そんな中、セリーナが心配そうな顔でリディアの腕を取った。
「お姉様、本当によかった……! どんなに心細かったことでしょう。さあ、お部屋でゆっくり休んで」
その声は、相変わらず甘く、そして嘘に満ちていた。リディアはセリーナの瞳を真っ直ぐに見つめる。以前ならこの偽りの優しさに縋っていただろう。だが、今の彼女には、その声の裏で鳴り響く悪意の音がはっきりと聴こえていた。
(心配しているふりをしながら、心の中では私が戻ってきたことに舌打ちしているのね、セリーナ)
リディアは平静を装い、かすかに微笑んだ。
「ありがとう、セリーナ。でも、大丈夫よ。昨夜、少し頭が冷えたの。アラン様の仰ることも、もっともだと思ったわ」
「え……?」
予想外の言葉に、セリーナの瞳がわずかに揺れる。その声に、ほんの一瞬、焦りの雑音が混じったのをリディアは聞き逃さなかった。
「私、アラン様のためにも、この『呪い』を克服しようと思うの。そのためには、まず原因を突き止めなければ。ねえ、セリーナ。私が『音色の魔女』だなんて酷い噂、いつから流れるようになったのかしら? あなたなら、何か知っているんじゃない?」
リディアはわざと無垢な表情で問いかける。セリーナは一瞬言葉に詰まったが、すぐに悲しげな顔を作った。
「そ、そんな……私には何も……。お姉様がそんな風に呼ばれているなんて、私も胸が痛みますわ」
見事な演技。だが、その声は恐怖と動揺でひどく揺らぎ、不快な不協和音を奏でている。
「そう。残念だわ。あなたなら力になってくれると思ったのに」
リディアはそう言って、あっさりと彼女から身を離した。セリーナの嘘を逆手に取り、少しずつ情報を引き出す。反撃の序曲は、静かに奏でられ始めた。
その日の午後、リディアはレオニードに密かに連絡を取った。彼にセリーナの反応を伝えると、レオニードは「予想通りだな」と短く応じた。
「俺の情報網を使おう。君を貶める噂が、いつ、誰によって、どのように広められたのか。その発信源を特定する」
「ありがとうございます、辺境伯様」
「礼は、君が君自身の力で真実を掴んだ時に聞こう」
レオニードの静かだが力強い支援を背に、リディアは固く決意を新たにする。もう、偽りの旋律に惑わされることはない。これから始まるのは、真実を暴くための、彼女自身の戦いだった。
「リディア! 一体どこに行っていたの! どれだけ心配したと思っているの!」
母がヒステリックに叫ぶが、その声には娘を案じる響きよりも、世間体を気にする焦りの音が混じっている。リディアはもはや、その不協和音に心を乱されることはなかった。
「少し、考え事をしておりました。ご心配をおかけしましたわ、お母様」
冷静に返すリディアの落ち着き払った様子に、両親は戸惑いの表情を浮かべる。そんな中、セリーナが心配そうな顔でリディアの腕を取った。
「お姉様、本当によかった……! どんなに心細かったことでしょう。さあ、お部屋でゆっくり休んで」
その声は、相変わらず甘く、そして嘘に満ちていた。リディアはセリーナの瞳を真っ直ぐに見つめる。以前ならこの偽りの優しさに縋っていただろう。だが、今の彼女には、その声の裏で鳴り響く悪意の音がはっきりと聴こえていた。
(心配しているふりをしながら、心の中では私が戻ってきたことに舌打ちしているのね、セリーナ)
リディアは平静を装い、かすかに微笑んだ。
「ありがとう、セリーナ。でも、大丈夫よ。昨夜、少し頭が冷えたの。アラン様の仰ることも、もっともだと思ったわ」
「え……?」
予想外の言葉に、セリーナの瞳がわずかに揺れる。その声に、ほんの一瞬、焦りの雑音が混じったのをリディアは聞き逃さなかった。
「私、アラン様のためにも、この『呪い』を克服しようと思うの。そのためには、まず原因を突き止めなければ。ねえ、セリーナ。私が『音色の魔女』だなんて酷い噂、いつから流れるようになったのかしら? あなたなら、何か知っているんじゃない?」
リディアはわざと無垢な表情で問いかける。セリーナは一瞬言葉に詰まったが、すぐに悲しげな顔を作った。
「そ、そんな……私には何も……。お姉様がそんな風に呼ばれているなんて、私も胸が痛みますわ」
見事な演技。だが、その声は恐怖と動揺でひどく揺らぎ、不快な不協和音を奏でている。
「そう。残念だわ。あなたなら力になってくれると思ったのに」
リディアはそう言って、あっさりと彼女から身を離した。セリーナの嘘を逆手に取り、少しずつ情報を引き出す。反撃の序曲は、静かに奏でられ始めた。
その日の午後、リディアはレオニードに密かに連絡を取った。彼にセリーナの反応を伝えると、レオニードは「予想通りだな」と短く応じた。
「俺の情報網を使おう。君を貶める噂が、いつ、誰によって、どのように広められたのか。その発信源を特定する」
「ありがとうございます、辺境伯様」
「礼は、君が君自身の力で真実を掴んだ時に聞こう」
レオニードの静かだが力強い支援を背に、リディアは固く決意を新たにする。もう、偽りの旋律に惑わされることはない。これから始まるのは、真実を暴くための、彼女自身の戦いだった。
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