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3話
しおりを挟む「もし差し支えなければ、名前を教えてくれないか。僕はレオンハルト。皆からはレオンと呼ばれている」
レオンと名乗った青年は、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。私は一瞬ためらったが、静かに名を告げた。
「……サラ、と申します」
身分を明かす気にはなれず、ただ名前だけを口にする。レオンはそれ以上は追及せず、ただじっと私の顔を見つめた。その真摯な眼差しに、居心地の悪さを感じる。
「サラ。君は、自分の価値をまったくわかっていないようだね」
「価値、ですって……?」
思わず、聞き返してしまった。私に、価値などあるものか。侯爵家の面汚しで、誰からも必要とされていない、空っぽの存在。それが私だ。ハイルやイザベラにすら、財産目当てでしか見られていない。
「ああ、そうだ。君のその記憶は、どんな権力や富にも勝る、唯一無二の武器になる。使い方次第では、国さえ動かせるほどのな」
レオンの言葉は、まるで雷のように私の心を打ち抜いた。武器。私のこの呪われた記憶が、武器になるというのか。
いつも私を苦しめるだけの忌まわしい能力。忘れたい過去を何度も突きつけてくるだけの、無用の長物。それが、私を守り、戦うための、武器に? そんなこと、考えたこともなかった。
「……馬鹿なことを仰らないで。これは、呪いですわ。辛い記憶から逃れることすら許されない……」
「見方を変えるんだ、サラ。それは呪いじゃない、天賦の才だ。例えば、貴族間の古い土地の権利書。その記述の僅かな矛盾を見つけるだけで、莫大な富が動く。忘れ去られた法律を掘り起こせば、政敵を失脚させることだってできる。君にはそれができるんだ」
レオンは、まるで世界で最も美しい宝石を見るかのような目で、私を見ていた。
その瞬間、私の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。ずっと孤独だった。誰にも理解されず、自分の存在価値さえ見失っていた。そんな私を、初めて他人が認めてくれた。この忌まわしい記憶に「価値がある」と、「武器になる」と言ってくれた。
「……う、っ……ひっく……」
声を殺して嗚咽する私を、レオンはただ静かに見守っていた。やがて涙が枯れる頃、私の心の中には、絶望とは違う、熱い感情が芽生え始めていた。
怒りだ。私を虐げ、利用し、裏切った者たちへの、どうしようもないほどの激しい怒り。
(そうよ……。なぜ、私ばかりがこんな目に遭わなければならないの? なぜ、ただ耐えて、泣いているだけなの?)
もう、泣いているだけなのは終わりだ。誰かの言いなりになって、ただ耐え忍ぶだけの人生はもうたくさんだ。
ハイル。イザベラ。継母。そして、無関心を貫く父。私からすべてを奪い、私を踏みつけにして笑う者たち。
顔を上げると、レオンが心配そうに私を覗き込んでいた。私は涙の痕が残る頬をそのままに、彼に向かってはっきりと告げた。
「レオン様。もし、わたくしのこの記憶が本当に武器になるというのなら……」
私は固く拳を握りしめる。爪が食い込む痛みさえ、今の私には心地よかった。
「それを使って、私から奪ったものすべての代償を、彼らに払ってもらいますわ。私の記憶のすべてを懸けて」
その言葉を聞いたレオンは、一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて満足そうに、そしてどこか楽しそうに口の端を吊り上げた。
「面白い。実に面白いじゃないか、サラ。いいだろう、君の復讐劇、僕も一枚噛ませてもらうよ。君の刃が曇らぬよう、僕が最高の砥石になってあげよう」
彼の力強い言葉が、私の決意をさらに固くさせた。
夜明けの光が図書館の窓から差し込み、私の足元に長い影を落とす。それはまるで、過去の私との決別の証のようだった。私の反撃は、今、この瞬間から始まるのだ。
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