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はじめての作曲依頼
豪華絢爛カンタービレ家
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大砲宮殿は玄関も豪華絢爛。城と呼んでも差し支えないほど。ドーム状の天井には目を凝らしても全貌がわからないのに絵が施されている。
「ピアニー・ストーリー殿! 遠くからようこそいらっしゃいました! 私がこの御殿の主、マシュー・カンタービレでございます!」
今年70歳となると思えない英気溢れた恰幅のある男が出迎えた。やや腹は出ているが大股急ぎ足で動いても全く息を切らさない。
フォルテが一歩前に出て、挨拶をする。
「フォルテッシモ・シュバルツカッツェでございます。私の従者であるピアニー・ストーリーが招待されたということで厚かましくも参上仕りました」
この挨拶は牽制。すでに勝負は始まっている。
「……ピアニー・ストーリーでございます。本日はご招待いただき誠にありがとうございます」
慣れぬヒールで身を屈める。今にもぽっきりと膝が折れて転倒してしまいそうだった。
「どうぞどうぞ、中へ。お茶やケーキ、何でもありますぞ」
マシューが手招きする。
フォルテが先頭、次にピアニー、最後尾がアレグロで中へと進む。
廊下の壁際にはマシューの従者がずらりと並んで待機している。
(この感覚は全員生きた人間か。ゴーレムは一体もいない。金かかってんな)
フォルテは大砲宮殿の内情視察を始める。
「ピアニー殿、ご覧ください! この壺を! ドレイク大陸の中央山間部で発見された骨董品でございます! なんと推定5000年も前に実際に使われていた代物! これをオークションで落とすにはなかなか骨が折れましてね」
「は、はあ……」
「この絵画もぜひご覧ください! かの不滅の魔女メディを描いたとされる壁画の一部でございます。この禍々しさの中にある何とも言えぬ美しさ。まさしく伝承通り! ささ! お近くに! なんだったら触ってもらっても構いません!」
「すごい、ですね……」
廊下を歩いているだけであれよあれよと美術品、骨董品が現れ、まるで 美術館を歩いているよう。
音楽関連以外にはピンとこないピアニー。美術品を自慢された場合の気の利いた返事が乏しい。
マシューはそれでもピアニーに付きっきり。立場的には貴族であるフォルテには一切話しかけない。
(かの悪名高いシュバルツカッツェ家をガン無視するとは……さすが軍人だけあって度胸があるな)
貴賓室まで遠い。十五分も歩き続けているが到着する気配が全く見えない。
(思っていた通りだ。ただ茶を飲んで終わりではない。俺が来て正解だったな)
フォルテはマシューの狙いに確信を持ち始めた頃、
「あなた。次はどんな女を連れ込んだのですか」
宝石が散りばめられた黄金の扉が開いたかと思うと小柄な婦人がドレスの裾を引きずりながら優雅に現れる。化粧はしているものの顔のシワは隠せていない、いや隠していない。化粧は最低限に抑えられ、ほとんどすっぴんに近い。ドレスも御殿と比べれば地味に映る。しかし言葉に重み、穏やかな目つきに有無を言わせない貫禄があった。そして何故か右肩には大きな白いオウムを乗せていた。
「女なんてとんでもない! このお方はご客人ですぞ!」
七英雄の一人であるマシューも彼女のオーラに当てられてタジタジになってしまう。
「いい加減聞き飽きた言い訳ね。もっと他に思い浮かばないわけ?」
「今度の今度は本当でございます!」
「どうかしら。それで、あなたはなんて名前なの?」
鋭い眼光にピアニーは固まってしまう。
「あ、あの、私は……私は……」
「この者はピアニー・ストーリー。私の従者でございます。マリネ夫人」
フォルテがピアニーの前に立つ。
貴婦人の名前はマリネ・カンタービレ。マシューに連れ添うこと四十年もの貴婦人の中の貴婦人。社交界の荒波を乗り越えてきた女傑。ドナタ・ソナタの財務大臣の姉でもあり、旦那のマシューもなかなか頭が上がらない。
「いきなり出て来て何、あなた」
「紹介が遅れました。お初にお目にかかります。フォルテッシモ・シュバルツカッツェでございます。従者が失礼を働いたと感じたならばなんなりと私にお申し付けください」
「ああ、黒猫卿の……あなたが招待したの?」
「いいえ。私が招待したのはピアニー殿のみです」
上官に睨まれたかのようにピシッと敬礼する。
「ふうん……そう……」
品定めするかのような眼差し。
フォルテは許しを得るまでじっと床を見続ける。
「ゆっくりしていきなさいな」
スカートを翻し歩き去っていくマリネ夫人。
「……ふう」
重圧から解放されたフォルテはすらりと背筋を伸ばす。
「すみません、ぼっちゃま……私また失敗をしてしまいました……」
しょんぼりとするピアニー。
「厳しいことを言うぞ。宮廷音楽家を目指すつもりならまず慣れろ。作法だけじゃない。空気や貴族の人柄。どれも初めての体験だろうがとにかく飲み込め」
「はい、かしこまりました……」
ピアニーにとって本当に厳しいことだった。貴族の生活とはまるで縁のない田舎暮らし。たった一人の夫人のオーラに心が折れそうになってしまった。
フォルテの説教は続く。
「お前が不器用なのはよくわかっている。だから存分に俺を頼れ。それくらいならできるだろ」
「……ぼっちゃま」
ピアニーはまだまだ自分に自信を持てない。それはいくら偉大な人物に評価されたとしても。しかしフォルテとならば信頼できる人が側にいてくれたなら不思議とできる気がしてきた。
「おほん! おほん!」
マシューは鍛えられた肺を生かして大きな咳払いをする。
「……どうやらワイフは寝起きだったようで。お気になさらず。来賓室はもうすぐそこです、ピアニー殿。フォルテ殿」
「ピアニー・ストーリー殿! 遠くからようこそいらっしゃいました! 私がこの御殿の主、マシュー・カンタービレでございます!」
今年70歳となると思えない英気溢れた恰幅のある男が出迎えた。やや腹は出ているが大股急ぎ足で動いても全く息を切らさない。
フォルテが一歩前に出て、挨拶をする。
「フォルテッシモ・シュバルツカッツェでございます。私の従者であるピアニー・ストーリーが招待されたということで厚かましくも参上仕りました」
この挨拶は牽制。すでに勝負は始まっている。
「……ピアニー・ストーリーでございます。本日はご招待いただき誠にありがとうございます」
慣れぬヒールで身を屈める。今にもぽっきりと膝が折れて転倒してしまいそうだった。
「どうぞどうぞ、中へ。お茶やケーキ、何でもありますぞ」
マシューが手招きする。
フォルテが先頭、次にピアニー、最後尾がアレグロで中へと進む。
廊下の壁際にはマシューの従者がずらりと並んで待機している。
(この感覚は全員生きた人間か。ゴーレムは一体もいない。金かかってんな)
フォルテは大砲宮殿の内情視察を始める。
「ピアニー殿、ご覧ください! この壺を! ドレイク大陸の中央山間部で発見された骨董品でございます! なんと推定5000年も前に実際に使われていた代物! これをオークションで落とすにはなかなか骨が折れましてね」
「は、はあ……」
「この絵画もぜひご覧ください! かの不滅の魔女メディを描いたとされる壁画の一部でございます。この禍々しさの中にある何とも言えぬ美しさ。まさしく伝承通り! ささ! お近くに! なんだったら触ってもらっても構いません!」
「すごい、ですね……」
廊下を歩いているだけであれよあれよと美術品、骨董品が現れ、まるで 美術館を歩いているよう。
音楽関連以外にはピンとこないピアニー。美術品を自慢された場合の気の利いた返事が乏しい。
マシューはそれでもピアニーに付きっきり。立場的には貴族であるフォルテには一切話しかけない。
(かの悪名高いシュバルツカッツェ家をガン無視するとは……さすが軍人だけあって度胸があるな)
貴賓室まで遠い。十五分も歩き続けているが到着する気配が全く見えない。
(思っていた通りだ。ただ茶を飲んで終わりではない。俺が来て正解だったな)
フォルテはマシューの狙いに確信を持ち始めた頃、
「あなた。次はどんな女を連れ込んだのですか」
宝石が散りばめられた黄金の扉が開いたかと思うと小柄な婦人がドレスの裾を引きずりながら優雅に現れる。化粧はしているものの顔のシワは隠せていない、いや隠していない。化粧は最低限に抑えられ、ほとんどすっぴんに近い。ドレスも御殿と比べれば地味に映る。しかし言葉に重み、穏やかな目つきに有無を言わせない貫禄があった。そして何故か右肩には大きな白いオウムを乗せていた。
「女なんてとんでもない! このお方はご客人ですぞ!」
七英雄の一人であるマシューも彼女のオーラに当てられてタジタジになってしまう。
「いい加減聞き飽きた言い訳ね。もっと他に思い浮かばないわけ?」
「今度の今度は本当でございます!」
「どうかしら。それで、あなたはなんて名前なの?」
鋭い眼光にピアニーは固まってしまう。
「あ、あの、私は……私は……」
「この者はピアニー・ストーリー。私の従者でございます。マリネ夫人」
フォルテがピアニーの前に立つ。
貴婦人の名前はマリネ・カンタービレ。マシューに連れ添うこと四十年もの貴婦人の中の貴婦人。社交界の荒波を乗り越えてきた女傑。ドナタ・ソナタの財務大臣の姉でもあり、旦那のマシューもなかなか頭が上がらない。
「いきなり出て来て何、あなた」
「紹介が遅れました。お初にお目にかかります。フォルテッシモ・シュバルツカッツェでございます。従者が失礼を働いたと感じたならばなんなりと私にお申し付けください」
「ああ、黒猫卿の……あなたが招待したの?」
「いいえ。私が招待したのはピアニー殿のみです」
上官に睨まれたかのようにピシッと敬礼する。
「ふうん……そう……」
品定めするかのような眼差し。
フォルテは許しを得るまでじっと床を見続ける。
「ゆっくりしていきなさいな」
スカートを翻し歩き去っていくマリネ夫人。
「……ふう」
重圧から解放されたフォルテはすらりと背筋を伸ばす。
「すみません、ぼっちゃま……私また失敗をしてしまいました……」
しょんぼりとするピアニー。
「厳しいことを言うぞ。宮廷音楽家を目指すつもりならまず慣れろ。作法だけじゃない。空気や貴族の人柄。どれも初めての体験だろうがとにかく飲み込め」
「はい、かしこまりました……」
ピアニーにとって本当に厳しいことだった。貴族の生活とはまるで縁のない田舎暮らし。たった一人の夫人のオーラに心が折れそうになってしまった。
フォルテの説教は続く。
「お前が不器用なのはよくわかっている。だから存分に俺を頼れ。それくらいならできるだろ」
「……ぼっちゃま」
ピアニーはまだまだ自分に自信を持てない。それはいくら偉大な人物に評価されたとしても。しかしフォルテとならば信頼できる人が側にいてくれたなら不思議とできる気がしてきた。
「おほん! おほん!」
マシューは鍛えられた肺を生かして大きな咳払いをする。
「……どうやらワイフは寝起きだったようで。お気になさらず。来賓室はもうすぐそこです、ピアニー殿。フォルテ殿」
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