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はじめての作曲依頼
ピアニーの演奏とフォルテの計算違い
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「どうですかな、処女作にしては良い出来だとは思うのですが」
マシューに感想を聞かれるもフォルテはひどい頭痛に襲われ、それどころではない。
「あ、あの、あの、あの、とても! 情熱的な、物語だと! 思います!」
ピアニーは顔を真っ赤にしながらも律儀に感想を伝える。顔が赤いのは台本の中に濃厚なベッドシーンがあったからだ。
「そうですか、そうですか! 情熱が伝わりましたか!」
自作小説の感想を聞いてガッツポーズをする七英雄の一人。
「ご主人様」
マシューの左に立っていたクールなメイドが声をかける。彼の右側に回り、ソファーに身を乗り出してそっと耳打ちをする。
「ん、準備が整ったか。わかった。最終チェックに行く」
マシューはソファから立ち上がり、
「歓談中に席を外すことになってしまい申し訳ない。すぐに戻ります故、好きなようにお過ごし下され」
初めての感想をもらって嬉しいのか、少しスキップ気味に部屋を出ていく。
扉が閉まり、ピアニー、フォルテ、アレグロの三人だけになる。
静まる来賓室。
ぽつりとフォルテが呟く。
「……もうちょっと、欲望を隠せ」
「……願望がだだ漏れでしたな」
「完全な私小説じゃねーか」
批評タイム。立場上、面と向かっては言えないのが実に惜しい。
「ま、まだ、私小説と決まったわけじゃないですから!」
「誰がどう見ても欲望だだもれの私小説だよ! マッシュがマシュー、マリンバがマリネ、侍女長がさっきのメイド! 現実と虚構の区別できなくなってんのか、色ボケじじい!」
「ぼっちゃま、口が過ぎますよ」
「そうです、アレグロ様の言うとおりです。ぼっちゃまにだってこのような夢物語を一度だって考えたことはないんですか」
「……そう言われるとまあ……」
今朝、そういう妄想をした。
「じゃあピアニー、お前はどうなんだ。どんな夢物語を妄想したことあるんだ?」
「私ですか!?」
「フォローするってことはそういう妄想したことあるんだろ? 言ってみ?」
「……これは子供の頃の話なんですが」
話を始めるピアニーに対し、フォルテは、
(あ、言うんだ)
と思った。
「そ、その……宮廷音楽家になった私を想像しておりました。夢をかなえた私はいろいろな苦労をするんですが、それを私だけに優しくしてくれる王子様がかっこよく助けに来てくれて」
「子供か、お前は! こっちまで恥ずかしくなるような話をするな!」
「だから子供の頃の話って言ったじゃないですか、もう!」
マシューの脂っこい肉料理の後はピアニーの溢れるほどの砂糖を詰め込んだような紅茶。舌が狂いそうになる。
「お待たせしました! ピアニー殿! ぜひこちらを!」
マシューが颯爽と帰ってくる。
またも美術品の自慢かと思われたが違う。
「これは……!」
ピアニーが好反応を示す。ソファから立ち上がると真っ先に駆け寄る。
大きな車輪付きの台に乗って運ばれてきたのは巨大なピアノ。
「正真正銘最新式のピアノでございます。こちらに注目してください」
得意げに鍵盤蓋を開く。
「白が52、黒が36」
「合わせて88鍵も!?」
「ええ、今までとは比べ物にならないほど音の表現が可能になりました」
「なるほど……」
ピアニーはうっかり指で触れそうになる。
「っといけない!」
我に返って両手を胸の前で組む。
「いけません、もう少しで使用料が発生するところでした……」
「使用料とは?」
「何でもありません、こちらの話です……おほほ」
過去の失敗が蘇る。笑ってごまかす。
「演奏していただいて結構ですよ。まさかピアニストを前に自慢だけで終わらせるほど私はケチではありません。それと調律もなんら問題ございません。国一番の調律師に頼んでありますので。あの演奏会とは違うのです」
サプライズはピアノだけではない。
「ピアニー殿。こちらの椅子を使ってください」
「この椅子は?」
「これも最新式の優れもの。なんとハンドルを回すことで高さを調節できるのです」
「……すごい。これならいろんな身長の人、男でも女でも子供でも一つの椅子で対応できるんですね」
「どうぞどうぞ、遠慮せずに座ってください」
「うわ、なにこれ、クッションがふかふかです!」
あれよあれよとピアノ前にまんまと座らせらた。
目の前にニンジンをぶら下げらた馬。
まさに今のピアニーの状況。
「ぼ、ぼっちゃま……」
おもちゃをねだる子供のような顔。
「ったく……まんまと術中にはまりやがって……やっぱ子供じゃねえか……好きにしろ」
そんな顔をされたら駄目とは言えない。
フォルテの許しを得ると早速演奏を始める。
夫婦が庭先で愛を囁き合うかのような爽やかな旋律。
かと思えば突然の嵐のように吹き荒れる。まるで二人を引き裂くかのような悲愴を感じさせる。
フォルテとアレグロは気付く。
「おい、これ……」
「おやおや、少々まずいことになりましたな……」
嵐は止んだ。しかし以前のような温かさはなく、淡々とした静寂が過ぎていく。
手ですくい上げた砂のように音もなくさらりさらりと落ちていく情景が見える。
手の中に最後に残るは黄金の粒。
その黄金の粒を、粒を……。
「……だめです……ここまでです……」
ぴたりと演奏は止む。
来賓室は静寂に包まれる。
椅子がずれる音。
「とても素晴らしいピアノでした。このような最新式のピアノに触れることは滅多にございません。良き勉強をさせていただきました」
ピアニーは優雅にお辞儀する。
「……」
マシューは口をあんぐりと開き、信じられないといった表情。
「……あの、どうかされましたか? もしや、私、また失礼を!?」
ピアニーはフォルテを見る。
「やってくれたな……」
フォルテは頭に手を抑えて唖然としている。
「私の知らない貴族の作法に触れちゃったんですか!? 何をしでかしたんですか、私!?」
「……ピアニー殿」
マシューはようやく言葉を取り戻す。
「今のはひょっとして私の書いた演劇の付随音楽でしょうか……?」
「はい、そうですが……」
「楽譜もなしに……もう完成させたのですか!?」
「いいえ、完成なんてとんでもありません。まだまだ詰めなくてはいけない箇所が山ほどあります。読みながら組み立てていたので……あ、もしかして、こんな未完成な曲を弾いたのがまずかったのでしょうか!?」
フォルテは真実を告げる。
「違う。逆だ。お前の演奏は上等だ。問題なのは上等すぎることだ。マシュー様はこの短時間で怪物級のクオリティを生み出したお前のポテンシャルに驚愕してるんだよ」
「でもおぼっちゃま、さっきよくもやってくれたなって」
「よくもとまでは言ってない。しかしここから大変だぞ」
「何が大変なんですか……?」
「それはもうまもなくわかる。そうでしょう、マシュー様」
「ええ、ええ、フォルテ殿の仰る通りですな。段階を飛ばさずにはおられません」
マシューがピアニーの前で膝まづく。
「ピアニー殿。先程から矢継ぎ早に、いえ装填早に大変恐縮なのですがまたもやお願いがございます」
「な、なんでしょう」
「我がカンタービレ家の専属音楽家になっていただけないでしょうか」
マシューに感想を聞かれるもフォルテはひどい頭痛に襲われ、それどころではない。
「あ、あの、あの、あの、とても! 情熱的な、物語だと! 思います!」
ピアニーは顔を真っ赤にしながらも律儀に感想を伝える。顔が赤いのは台本の中に濃厚なベッドシーンがあったからだ。
「そうですか、そうですか! 情熱が伝わりましたか!」
自作小説の感想を聞いてガッツポーズをする七英雄の一人。
「ご主人様」
マシューの左に立っていたクールなメイドが声をかける。彼の右側に回り、ソファーに身を乗り出してそっと耳打ちをする。
「ん、準備が整ったか。わかった。最終チェックに行く」
マシューはソファから立ち上がり、
「歓談中に席を外すことになってしまい申し訳ない。すぐに戻ります故、好きなようにお過ごし下され」
初めての感想をもらって嬉しいのか、少しスキップ気味に部屋を出ていく。
扉が閉まり、ピアニー、フォルテ、アレグロの三人だけになる。
静まる来賓室。
ぽつりとフォルテが呟く。
「……もうちょっと、欲望を隠せ」
「……願望がだだ漏れでしたな」
「完全な私小説じゃねーか」
批評タイム。立場上、面と向かっては言えないのが実に惜しい。
「ま、まだ、私小説と決まったわけじゃないですから!」
「誰がどう見ても欲望だだもれの私小説だよ! マッシュがマシュー、マリンバがマリネ、侍女長がさっきのメイド! 現実と虚構の区別できなくなってんのか、色ボケじじい!」
「ぼっちゃま、口が過ぎますよ」
「そうです、アレグロ様の言うとおりです。ぼっちゃまにだってこのような夢物語を一度だって考えたことはないんですか」
「……そう言われるとまあ……」
今朝、そういう妄想をした。
「じゃあピアニー、お前はどうなんだ。どんな夢物語を妄想したことあるんだ?」
「私ですか!?」
「フォローするってことはそういう妄想したことあるんだろ? 言ってみ?」
「……これは子供の頃の話なんですが」
話を始めるピアニーに対し、フォルテは、
(あ、言うんだ)
と思った。
「そ、その……宮廷音楽家になった私を想像しておりました。夢をかなえた私はいろいろな苦労をするんですが、それを私だけに優しくしてくれる王子様がかっこよく助けに来てくれて」
「子供か、お前は! こっちまで恥ずかしくなるような話をするな!」
「だから子供の頃の話って言ったじゃないですか、もう!」
マシューの脂っこい肉料理の後はピアニーの溢れるほどの砂糖を詰め込んだような紅茶。舌が狂いそうになる。
「お待たせしました! ピアニー殿! ぜひこちらを!」
マシューが颯爽と帰ってくる。
またも美術品の自慢かと思われたが違う。
「これは……!」
ピアニーが好反応を示す。ソファから立ち上がると真っ先に駆け寄る。
大きな車輪付きの台に乗って運ばれてきたのは巨大なピアノ。
「正真正銘最新式のピアノでございます。こちらに注目してください」
得意げに鍵盤蓋を開く。
「白が52、黒が36」
「合わせて88鍵も!?」
「ええ、今までとは比べ物にならないほど音の表現が可能になりました」
「なるほど……」
ピアニーはうっかり指で触れそうになる。
「っといけない!」
我に返って両手を胸の前で組む。
「いけません、もう少しで使用料が発生するところでした……」
「使用料とは?」
「何でもありません、こちらの話です……おほほ」
過去の失敗が蘇る。笑ってごまかす。
「演奏していただいて結構ですよ。まさかピアニストを前に自慢だけで終わらせるほど私はケチではありません。それと調律もなんら問題ございません。国一番の調律師に頼んでありますので。あの演奏会とは違うのです」
サプライズはピアノだけではない。
「ピアニー殿。こちらの椅子を使ってください」
「この椅子は?」
「これも最新式の優れもの。なんとハンドルを回すことで高さを調節できるのです」
「……すごい。これならいろんな身長の人、男でも女でも子供でも一つの椅子で対応できるんですね」
「どうぞどうぞ、遠慮せずに座ってください」
「うわ、なにこれ、クッションがふかふかです!」
あれよあれよとピアノ前にまんまと座らせらた。
目の前にニンジンをぶら下げらた馬。
まさに今のピアニーの状況。
「ぼ、ぼっちゃま……」
おもちゃをねだる子供のような顔。
「ったく……まんまと術中にはまりやがって……やっぱ子供じゃねえか……好きにしろ」
そんな顔をされたら駄目とは言えない。
フォルテの許しを得ると早速演奏を始める。
夫婦が庭先で愛を囁き合うかのような爽やかな旋律。
かと思えば突然の嵐のように吹き荒れる。まるで二人を引き裂くかのような悲愴を感じさせる。
フォルテとアレグロは気付く。
「おい、これ……」
「おやおや、少々まずいことになりましたな……」
嵐は止んだ。しかし以前のような温かさはなく、淡々とした静寂が過ぎていく。
手ですくい上げた砂のように音もなくさらりさらりと落ちていく情景が見える。
手の中に最後に残るは黄金の粒。
その黄金の粒を、粒を……。
「……だめです……ここまでです……」
ぴたりと演奏は止む。
来賓室は静寂に包まれる。
椅子がずれる音。
「とても素晴らしいピアノでした。このような最新式のピアノに触れることは滅多にございません。良き勉強をさせていただきました」
ピアニーは優雅にお辞儀する。
「……」
マシューは口をあんぐりと開き、信じられないといった表情。
「……あの、どうかされましたか? もしや、私、また失礼を!?」
ピアニーはフォルテを見る。
「やってくれたな……」
フォルテは頭に手を抑えて唖然としている。
「私の知らない貴族の作法に触れちゃったんですか!? 何をしでかしたんですか、私!?」
「……ピアニー殿」
マシューはようやく言葉を取り戻す。
「今のはひょっとして私の書いた演劇の付随音楽でしょうか……?」
「はい、そうですが……」
「楽譜もなしに……もう完成させたのですか!?」
「いいえ、完成なんてとんでもありません。まだまだ詰めなくてはいけない箇所が山ほどあります。読みながら組み立てていたので……あ、もしかして、こんな未完成な曲を弾いたのがまずかったのでしょうか!?」
フォルテは真実を告げる。
「違う。逆だ。お前の演奏は上等だ。問題なのは上等すぎることだ。マシュー様はこの短時間で怪物級のクオリティを生み出したお前のポテンシャルに驚愕してるんだよ」
「でもおぼっちゃま、さっきよくもやってくれたなって」
「よくもとまでは言ってない。しかしここから大変だぞ」
「何が大変なんですか……?」
「それはもうまもなくわかる。そうでしょう、マシュー様」
「ええ、ええ、フォルテ殿の仰る通りですな。段階を飛ばさずにはおられません」
マシューがピアニーの前で膝まづく。
「ピアニー殿。先程から矢継ぎ早に、いえ装填早に大変恐縮なのですがまたもやお願いがございます」
「な、なんでしょう」
「我がカンタービレ家の専属音楽家になっていただけないでしょうか」
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