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はじめての作曲依頼

英雄の終わり4

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 エルフが仕事を終えて、村に帰ろうとした時だった。

「やあ、エルフ君。また会ったね」
「マシュー様。今日は珍しいですね。一日に二度も会うなんて」
「そういう日もあるさ。これから暇かい」
「えっと……あんまり暇じゃないというか」
「ぜひ君と二人きりで話がしたい。一緒に来てもらおうか」

 がしりと腕で首を掴む。逃亡を断ち切るように。

「は、はい……」

 エルフは従順に連行される。
 そして連行された場所は、

「ここは……なんですか?」
「私の寝室だよ。今現在のね」
「こんな……狭い場所が? それに布団もない」

 そこは布の仕切りがされただけの空間。
 地面に蟻が行列を作っている。

「布団? ここにあるだろう」
「それはただの布です。嘘でしょ、私の家よりもひどい」
「お、ようやく自分のことを話してくれたか。私は君の考える物語も聞きたいが、君自身の話も聞きたいんだ。だからここまで来てもらった」
「私の話なんてつまらないです。聞くだけ無駄です」
「君が話すことに意義があるんだ。信用してくれ。私との仲じゃないか」
「いいえです。やはり話せません」
「それでは……答え合わせしてもらおうか」
「答え合わせ、ですか」

 マシューは深呼吸する。そして見出した真実を突きつけていく。

「まず君は家族がいないね。そして身寄りもいない。裁縫道具が必要ないと以前言った。しかし女にとって裁縫道具は貴重品。家族に女性がいないとしても親戚に融通、もしくは村の誰かに渡すだけでも喜ばれるだろうに君は選ばなかった」
「それは……そうですね。確かに家族や親戚はいません。村の誰かに渡すのも有りだったかなと後悔することはあります」
「本当か? 君はこの村に何かを差し出そうと一度でも考えたことがあるのか?」
「……何を疑われているのですか? マシュー様、怖いですよ」
「エルフ君。正直に答えたまえ。君はこの村を出たかったんじゃないか?」
「まさか小説でそう書いてたから僕自身もそう思っているとお考えですか? フィクションとリアル、区別されたほうがいいですよ」
「じゃあ、なんで君はこの森を脱出しなかった? 家族や身寄りもいない。そして君は森の外に興味がある。君がここに残る理由は何だい?」
「それは…………」

 エルフは答えに悩む。誤魔化そうと考えているのか、それとも理由を考えていなかったのか。

「答えが出ないのならそれでいい。次の質問だ。これは君の事柄じゃないが、ぜひとも聞いておきたい。ずっと聞きたかったことなんだ」
「なんですか。私のことじゃないなら話しやすいでしょう」
「それではぜひお答え願いたい。村長とそれに順ずるグループはどこに消えた」
「え…………っと…………首都のほうでないですか」
「それならば我々とすれ違うはずだ。エルフとは言え同じ二足歩行。険しい谷だ。山道は限られている」
「それでは逆側の国境を超えたのでないですか」
「いや、むしろそっちのほうがありえないのだ。国境結界は侵入を検知するし、侵出も検知する。管理者に問いただしたが一人たりともなかった」
「そんなの私に聞かれたって知りませんよ! 忽然と消えたんです! どこに行くかわからないです! ひょっとしたら知らない裏道を通ったかもしれないでしょう!」
「それはそうだ。だけど違和感があるんだ。なんで果実酒を置いていったのか。権力者とは欲が深いものでね、ぜいたく品をそうやすやすと手放さなさいのだ。私はいくつもの戦場を渡ってきたが欲に目がくらみ合理的な判断を取れない者ばかりだ」
「それも私の知ったことではありません。たまたま村長がそのように判断しただけではないですか」
「それもそうだ。君の言うとおりだ」
「もう帰ってもよろしいですか。ねちっこい質問ばっかであまり良い気持ちがしませんので」
「それでは君の話に戻そう」
「まだあるのですか!」
「あるとも。君は一人で猪を一夜で十頭も狩った日があった」
「はいです。それがなにか」
「光魔法を使ったと言った。これに嘘偽りはないね」
「はいです。ありません」
「いいや、嘘だ。獣の目をくらませるほどの光魔法があれば丘の上からでも見えるはずだ。私はずっと見ていたんだ。夜の森を、寝ずにね」

 マシューは丘の上に陣地を布いてからは昼夜逆転の生活を始めた。
 彼は夜目がきく。幼少から予報にない流れ星を探すように訓練している。
 そして敵国が動くとするなら夜と睨んでいた。幻影魔法が必要なのは太陽が昇る昼の時間帯。千人規模もの野営を覆い隠すとなると多くの魔術師が必要となる。攻めに転じる場合は最大限の火力を用意するのが定石。幻影魔法を解き、攻撃にリソースを回すと考えていた。

 エルフは愕然とする。マシューの優れた目にではなく、彼の行いに。

「あなたは……偉い人なのに、夜の番をするのですか……そんな……森ではありえない」

 エルフの森は基本的に厳格な年功序列。目上の言うことを忠実に守らなければいけない。そして長く続く年功序列は必ず腐敗し、組織を私物化する。産卵の役割を果たさない女王アリが集団のトップに立つようなもの。

「否定しないということは、やはり君だけが獲ったものじゃないんだね」
「いいえ、いいえです。あれは全部私が」
「では問おう! 狩りが成功した後はどうやって猪を村まで運んだ! 光魔法しか使えないはずの君が! 暗闇の中、一人でどうやって! 魔物にも襲われずに!」
「ひっ」

 マシューは態度を急変させ、恫喝する。巨体を生かし、軍人仕込みの大声で脅す。
 人慣れしてないエルフには効果てきめんであった。今まで一切の怒りを見せなかった、少しでも心を許した相手が激怒し迫ってくる。結果、腰が抜けて地べたに尻もちをつく。

「……協力者がいるはずなんだ……だけど君はその協力者を私たちに教えられないし隠さないといけない。そう、協力者に頼まれたのだろう」
「いいえです、いいえです。私は……何も隠してはいません……違う。私は……僕は……悪くない……悪く、ないんです……」

 泣き崩れるエルフ。地面に向かった嗚咽を吐く。

「エルフ君、きみは……敵国から送り込まれたスパイなんだね……」
「う、うう、ごめん、なさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 良心の呵責に堪えられず白状し、心から謝罪する。
 真実にたどり着いた。
 なのにマシューの心は晴れなかった。
 真実は常に尊く、光を与えるものではない。
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