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涙が出るほどのご馳走
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入れ替わりにばあやが入ってくる。
炊きたての米の匂いと共に。
「お待たせしました、姫様」
漆塗りのお膳を乙姫の前に置くとご馳走を並べていく。
一合の麦飯、ワラビやヤマウドなどの山菜とワカメの味噌汁、サザエの刺身にカツオのたたき。漬物にたくあんが五切れ。
ぐううううう。
広間の端から端にまで届くほどの大きな腹の虫が鳴る。
「お姫さん……あんたがそんな鬼のような人とは思わなかったぜ……空腹の人間の前でご馳走を……こりゃあ石抱きよりひでえ拷問だよ」
「しばし待て。お前の分もじきに来るからな」
「えええ!? 俺の分もあるんですかい!?」
「そんなに驚くことか?」
「いや俺はてっきり何ももらえないと」
冗談抜きで飯抜きと考えていた。手枷をはめられた囚人の身。水を出されるだけでも破格の扱いだと心得ている。
なのに、
「嫌いなものは今のうちに申しておけよ。出したものを残されては互いの身にならないからな」
「嫌いなものなんてとんでもねえ。毒がある食べ物以外なんでもありがたく頂戴する性分さ」
本当に桃源郷に迷い込んだような扱いに戸惑ってしまう。
頬をつねる代わりに無精ひげをぼさぼさと掻く。痛みからして夢ではない。
(調子が狂うな……)
暇つぶしに欄間の竜を眺めていようかと思ったがふと気付く。
乙姫が正座のまま、膝に手を置き続けていることに。
「……先に食べてくれてもいいんですよ」
「いいや。待つよ。それが私の流儀だ」
そう言って視線を落とす。
特にかつおのたたきを凝視している。
(……何も悪くないのに罪悪感を覚えちまうぜ……)
半信半疑で待っていると本当にご馳走が運ばれてくる。
乙姫と何一つ変わらない献立。麦飯の量も多すぎず少なすぎず性差なく平等。
「それでは頂くとしよう! いただきます!」
乙姫は快活な声で音頭を取る。
手を合わせ終えるとすぐさま箸を握り、かつおのたたきに醤油をつけて口に運ぶ。
「ああ、今日も今日とてかつおがうまい! ばあやのかつおのたたきは竜宮一だ! しかし、これに生姜とニンニクがあればな……あとお酒」
元気になったかと思えば途端にしょんぼりする。海の天気のように移ろいやすい。
「……いただきます」
竜之助も遅れながら手を合わせ食事を始める。
箸を持ち、お椀を持とうとしたが、
「ん……これは……いかんな……」
茶碗と箸を同時に持つと椀の中に箸の先が入らない。手枷が作法の邪魔をする。
「お姫さん。手枷を外してもらうわけには」
「すまないがそれは」
「ああ、皆まで説明してもらわなくて結構です。島の事情ですね。どうぞお食事を続けてください」
食事の邪魔をしてはならない。
質問は食事を終えた後でも出来る。
「だけど食事の作法を破る不躾には目を瞑ってくださいよ」
基本的な礼儀作法としてお椀は持って食事するもの。手枷をはめたままだと手を皿にすることもままならない。
「なんなら私が食べさせてやろうか、赤子のようにな」
「勘弁してくれ。病人でもないんだ、大の大人がみっともない」
「冗談だ。よく噛んで食べろよ」
「ああ、ありがたく頂きます……こんなご馳走は久しぶりだ……」
世辞抜きで涙が出るほど美味い。特に味噌汁。出汁がよく効いてる。なのに癖がなく、尖っていない。絶妙な釣り合い。地方、それも田舎になると味付けは自然と濃くなるもの。どちらかというと濃い味付けを好むが不味いというわけでなく、むしろ食が進む。
食事をしているとばあやが竜之助の横で竹の器に透明な液体を注ぐ。
(おお、水か。ありがたい)
竹の器が置かれた直後に手を合わせてから器を掴み口に運ぶ。
(ほお……竜宮島の水はこんなに甘いのか……これではまるで……)
喉をかーっと熱くする感触にようやく気付く。
(これ、水ではないな!?)
喉まで達していたそれを吐き出す。
「ぶはああっ!!?」
乙姫からは突然吐き出したようにしか見えなかった。
「どうした、竜之助!?」
竜之助は首を力強く掴む。顔を紅潮させ、こめかみには血管が浮き出ている。
「お姫さん、こりゃあ……これは……!」
言葉を発すると呼吸以外のものがこみ上げてくる。食道の中で行き来する暴れ馬を手で抑え込む。
抑え込みながらも言葉を発する。伝えなくてはいけない事実がある。
「これは……酒じゃないですか!!!」
必死に感情を込めて伝えた。
だが残念ながらその熱は乙姫に伝わらない。
「……ああ、そうだが……竜宮島名産の清酒だ」
「それならそうと! ……うぷ」
唇まで戻ってきた消化物を慌てて手で押さえる。
「どうした? なんだか顔色が悪いぞ」
何があったのか全然理解できない乙姫。
一方でばあやは長生きしているだけに冷静だった。
「厠は広間を出て左ですよ」
聞くや否や竜之助は座布団を蹴飛ばして広間を出ていった。
炊きたての米の匂いと共に。
「お待たせしました、姫様」
漆塗りのお膳を乙姫の前に置くとご馳走を並べていく。
一合の麦飯、ワラビやヤマウドなどの山菜とワカメの味噌汁、サザエの刺身にカツオのたたき。漬物にたくあんが五切れ。
ぐううううう。
広間の端から端にまで届くほどの大きな腹の虫が鳴る。
「お姫さん……あんたがそんな鬼のような人とは思わなかったぜ……空腹の人間の前でご馳走を……こりゃあ石抱きよりひでえ拷問だよ」
「しばし待て。お前の分もじきに来るからな」
「えええ!? 俺の分もあるんですかい!?」
「そんなに驚くことか?」
「いや俺はてっきり何ももらえないと」
冗談抜きで飯抜きと考えていた。手枷をはめられた囚人の身。水を出されるだけでも破格の扱いだと心得ている。
なのに、
「嫌いなものは今のうちに申しておけよ。出したものを残されては互いの身にならないからな」
「嫌いなものなんてとんでもねえ。毒がある食べ物以外なんでもありがたく頂戴する性分さ」
本当に桃源郷に迷い込んだような扱いに戸惑ってしまう。
頬をつねる代わりに無精ひげをぼさぼさと掻く。痛みからして夢ではない。
(調子が狂うな……)
暇つぶしに欄間の竜を眺めていようかと思ったがふと気付く。
乙姫が正座のまま、膝に手を置き続けていることに。
「……先に食べてくれてもいいんですよ」
「いいや。待つよ。それが私の流儀だ」
そう言って視線を落とす。
特にかつおのたたきを凝視している。
(……何も悪くないのに罪悪感を覚えちまうぜ……)
半信半疑で待っていると本当にご馳走が運ばれてくる。
乙姫と何一つ変わらない献立。麦飯の量も多すぎず少なすぎず性差なく平等。
「それでは頂くとしよう! いただきます!」
乙姫は快活な声で音頭を取る。
手を合わせ終えるとすぐさま箸を握り、かつおのたたきに醤油をつけて口に運ぶ。
「ああ、今日も今日とてかつおがうまい! ばあやのかつおのたたきは竜宮一だ! しかし、これに生姜とニンニクがあればな……あとお酒」
元気になったかと思えば途端にしょんぼりする。海の天気のように移ろいやすい。
「……いただきます」
竜之助も遅れながら手を合わせ食事を始める。
箸を持ち、お椀を持とうとしたが、
「ん……これは……いかんな……」
茶碗と箸を同時に持つと椀の中に箸の先が入らない。手枷が作法の邪魔をする。
「お姫さん。手枷を外してもらうわけには」
「すまないがそれは」
「ああ、皆まで説明してもらわなくて結構です。島の事情ですね。どうぞお食事を続けてください」
食事の邪魔をしてはならない。
質問は食事を終えた後でも出来る。
「だけど食事の作法を破る不躾には目を瞑ってくださいよ」
基本的な礼儀作法としてお椀は持って食事するもの。手枷をはめたままだと手を皿にすることもままならない。
「なんなら私が食べさせてやろうか、赤子のようにな」
「勘弁してくれ。病人でもないんだ、大の大人がみっともない」
「冗談だ。よく噛んで食べろよ」
「ああ、ありがたく頂きます……こんなご馳走は久しぶりだ……」
世辞抜きで涙が出るほど美味い。特に味噌汁。出汁がよく効いてる。なのに癖がなく、尖っていない。絶妙な釣り合い。地方、それも田舎になると味付けは自然と濃くなるもの。どちらかというと濃い味付けを好むが不味いというわけでなく、むしろ食が進む。
食事をしているとばあやが竜之助の横で竹の器に透明な液体を注ぐ。
(おお、水か。ありがたい)
竹の器が置かれた直後に手を合わせてから器を掴み口に運ぶ。
(ほお……竜宮島の水はこんなに甘いのか……これではまるで……)
喉をかーっと熱くする感触にようやく気付く。
(これ、水ではないな!?)
喉まで達していたそれを吐き出す。
「ぶはああっ!!?」
乙姫からは突然吐き出したようにしか見えなかった。
「どうした、竜之助!?」
竜之助は首を力強く掴む。顔を紅潮させ、こめかみには血管が浮き出ている。
「お姫さん、こりゃあ……これは……!」
言葉を発すると呼吸以外のものがこみ上げてくる。食道の中で行き来する暴れ馬を手で抑え込む。
抑え込みながらも言葉を発する。伝えなくてはいけない事実がある。
「これは……酒じゃないですか!!!」
必死に感情を込めて伝えた。
だが残念ながらその熱は乙姫に伝わらない。
「……ああ、そうだが……竜宮島名産の清酒だ」
「それならそうと! ……うぷ」
唇まで戻ってきた消化物を慌てて手で押さえる。
「どうした? なんだか顔色が悪いぞ」
何があったのか全然理解できない乙姫。
一方でばあやは長生きしているだけに冷静だった。
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