竜宮島の乙姫と一匹の竜

田村ケンタッキー

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さよりの家

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「ここに籠が落ちていたんだ」

 捜索の道中にさよりの屋敷に立ち寄る。

「屋敷の中はきちんと見たんだよな?」
「ああ、もちろん」
「俺も見ておきたい」
「金目の物を盗むつもりか?」
「疑うんであればあとで服脱いで尻の穴まで覗かせてやるよ」
「……盗めるものなんてそもそもない。落ちぶれた武家屋敷だからね」
「……家が落ちぶれたかどうかは本人が決めるもんさ」

 竜之助は門をくぐる。

「ばあさん、邪魔するぜ!」

 辺りを見渡す。
 屋敷の内側は門前と同様に華やかさはないものの小奇麗に整っている。一日放っておくと畑になるような雑草もきちんと根こそぎ抜かれ庭園の形を保っている。

「肝心のばあさんの姿がねえな……他に人の気配もない……」

 地面を確かめても手掛かりになるような足跡はなかった。

「ばあさん! 帰ってきてるなら返事してくれ! 昼寝してるのか、ばあさん! あがるぞ!」

 大声をあげながら玄関から上がる。
 屋敷内も一人暮らしの年寄が暮らしているには十分すぎるほどに整理されていた。天井に蜘蛛の巣どころか埃も見当たらない。掃除が行き届いている。

「生計を立てながら女一人で家を守る……なかなかできるもんじゃねえな」

 しかしやはり老婆の一人暮らし。畳の上を歩いているとぐにゃりと柔らかい感触。

「こりゃ床下がシロアリに食われてるな……急いで直してやらんと。でもまずはばあさんの無事を確かめてからだ」

 それから母屋だけでなく納屋もくまなく探したが発見には至らなかった。
 長居していられないと早々に切り上げて門の前に立つ浦島に合流する。

「探し物は見つかったか?」
「だめだ、ばあさんは見つからなかった」
「おや、てっきり鍵を探し回ってるのかと思ったよ」
「鍵ぃ?」
「彼女は牢屋番。昔から鍵を管理している。牢屋や拘束具のね。こっそりくすねようとしなかったのかい」
「全然思い付かったぜ。咄嗟に出てくるなんて浦島様も悪ですねえ」
「いやいやお尋ね者ほどではないよ」
「どうする? 尻の穴見とくか?」

 竜之助が尻を向けると浦島は無言で踵を返した。


 
 浦島は腕を組んで森を見上げる。

「さて、山に来たものの途方もないな」

 老婆を二人だけで捜索するなんてそもそも無謀な話。島民を集めて手分けして探すべきだが彼女たちにも生活がある。それに山の中を探し回る経験と体力が少ない。新たな遭難者になるやもしれない。

「そうだ、試しに地面を嗅いで匂いを辿れないかい」
「おいおい、人を犬扱いしてくれてんじゃねえよ。そうだ、じゃねえよ」
「なんだ、できないのか。役立たずめ」
「役立たずかどうかは俺の働きを見てからにするんだな」

 竜之助は道端の藪を押し上げ地面を凝視する。

「……ここは通り過ぎた後だ。もう少し先へ進もう」
「は? 何を根拠に言ってるんだい」
「山菜が収穫された跡がある。俺は朝のうちにお姫さんとここら一帯を巡回済みだ。体力のないばあさんのためにあえて採りやすい場所は残してある。へへ、さっそく手がかりを見つけたぜ。さすがはお姫さんだ。あの人の人徳は本当に人を救うんだ」

 胸がじんわりと温かくなる。真冬に飲むお汁粉や甘酒みたいに心まで溶かしそうだ。

「おっと、しんみりしてる場合じゃねえ。先へ急がない──」
「竜之助」

 迂闊。竜之助は浦島に背後を取られていた。

(しまった、また切られる……!)

 急いで真正面を向き直すも浦島は刀を構えていなかった。

「これをやる」

 彼女が鍵を渡してくる。

「足枷の鍵だ。一時的にだが外してやる」
「お、おう……」

 どんな風の吹き回しだと返してやりたかったが咄嗟の、予想外の出来事に何も言えなかった。

(これは信頼の証として受け取っていいんだろうか……なんだ、意外とかわいいところあるじゃねえか)

 鍵を鍵穴に挿して回す。足から重みが消える。
 浦島に一言礼を言おうとした竜之助だったが、

「これで一勝だな」

 浦島が突然勝利宣言を出す。

「は? 一勝だ?」
「さっき、背後を取られていたよな?」
「そ、それがどうしたよ」
「よかったな、命拾いして。心の広さに感謝するんだな」

 ふふん、と悦に浸る。

「……やっぱ可愛くねえわ、こいつ」

 改めて気に食わない、気が合わないと思った。
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