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【第2章】物理的に飛ばされて南部。再会あり、バイオレンスあり、ロマンスあり

渡されたお湯を飲むアレクシス嬢

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 ゴトゴトとお湯を沸かしていた容器が音を立てて揺れ始める。

「お、沸いたようだな。お待ちかねのティー抜きティータイムダだ」

 木の枝二本をトングの代わりにして火から下す。

「もうちょっと待ってくれ、今冷ますからな」

 泡立つお湯にフーフーと息を吹きかける。かなり息を吹きかける。これでもかってくらい息を吹きかける。

「はあ……そろ……はあ……のめ……はあ……」

 渡す頃にはイバンは息も絶え絶え酸欠になっていた。

「あのぉ、猫舌なので助かりますが、ご自愛くださいませね」

 容器を触ると熱が抜けて、じわりと指先を温める。

(水……)

 脳裏によぎる一抹の不安。
 不安なのは川で採取した水だからではない。

(……いいえ、ここで飲まないのは淑女のすることではありませんわ)

 信条を貫き、一思いに飲み干す。
 喉を通った瞬間、目が見開く。

「まあ、おいしい」

 喉越しに後味の爽やかさ。今までで飲んだ水で一番美味だった。

「ああ、そうだろう! そうだろう! 王都で飲む水とはわけが違うだろう!」
「これは……水だけでお金を取れるほどですわ」
「む、そんなにか。水で金を取ろうなんて考えたこともなかったな。美味いとはいえ、みんなわざわざこの水を飲むものか」
「そこは売る相手を絞るのですよ。例えば高級料理を得意とする料理人とかにです」
「なるほど、あとは美食家とかか。国内にとどまらず隣国の聖オルゴール王国に売るのも悪くないな」
「多少コストはかかりますが、悪くはないかと。あそこは食だけなら他国の追随を許しません、ゆえにお金に糸目もつけませんからね」
「うん、うん、そうだな」
「それからですね──」
「盛り上がっているところ悪いがそろそろ本題に戻ろうか」

 イバンから笑顔が消える。冗談抜きの、真剣そのもの。

「アレクシス。本来であればお前は王都にいるはずの人間だ。今日は歓迎会で三日後には結婚式。なのにどうしてこんな森の中にいる。あの空高くから落ちてきた鉄檻と関係あるんだよな。あの鉄檻はカルロスの冶金やきん魔法でできたもの。間違いないよな?」
「……そこまで気づかれていましたか」
「……正直に話してくれ。そしたら俺は力になれる。それが例えカルロスを敵に回すことになろうとでもだ」

 詰め寄るイバンを手で押しのける。

「あぁ、あぁ、お待ちになって。身体が……」
「もしや怪我でもしたのか!?」

 イバンは当然の心配をするが、彼女を心配すべきは身体ではなくその面食い度だ。

「そんないい顔をされると、ときめいてしまいますわっ! 身体が、心臓がもちません!」

 面食いアレクシスはこんな時でも面食い。

「そうだったそうだった……お前さんはそういうやつだったな……じゃあこうやって微笑み続けていればそのうち話す気になるってことだな?」
「うぐ、さすがイバン様! 女の扱いを心得ておりますわね!? 卑劣ですわ! 卑劣ですわ! そのお顔でどれだけの女性の口を割ってきたのでしょう!」
「女と言うかアレクシスだがな……こんなのが効くのはお前くらいだぞ……」

 面食いゆえにいい顔をされるとついつい口が緩んでしまう。彼女の胸の内を明かすのは拷問よりもイケメンを準備するのが手っ取り早い。
 あと少しで白状する、その瞬間だった。

 ズシーン……。

 遠くで大きな物音が鳴った。ほぼ同時に地面が揺れる。

「……ちっ、こんな時に……目当ての獲物が近づいているとはな。話はあとだ、急いで川を下るぞ」

 焚火に砂をかけて急いで消火する。

「目当ての獲物……もしや矢を多く用意されていたのはそのためでしたか」
「すまない、実は俺も隠しごとをしていた。お前を不安がらせないために……おせっかい焼のお前が頭を突っ込まないように黙っていたんだ。まさかこんな深くない場所で出くわすとはな。三か月探してもろくに足取りがつかなかったというのに」

 急いで川を下る二人。しかし物音は小さくならない。それどころか大きくなっている。

「もしや追いかけられています?」
「かもな! もっと早く走れるか! つってもドレスじゃきついか」
「問題ありませんわ! 淑女たるもの、如何なる時もスマートでありますので!」

 森向きの軽装をしているはずのイバンよりも先に行くアレクシス。

「あ、足元に気を付けてください! オオカミさんの落とし物が落ちてますわ!」

 おまけにナビゲートする余裕もある。

「ちくしょう! 頼もしい女だよ、お前は! 憎たらしいほどに!」

 自分の不甲斐なさに泣きそうになりつつもイバンは全力で目の前の女を追いかける。
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