夢の

安藤ニャンコ

文字の大きさ
上 下
2 / 6
にのまえ

淡く

しおりを挟む
 今の気持ちは、とても澄明だ。なんの躊躇いもなく、戸惑いもなく、ただただそこには本能という観念が在るのだから。或いは、理性までもがこの空気に呑まれてしまったのだろうか。
 差し出されたその白い指に、手に、私は自分の指を、手を、そっ、と這わせた。きめ細やかな肌、柔らかい手、艶のあるその爪。全て触れようとしたのだ。

 彼女が、私の這った手を撫でた。彼女が浸かっていたとろみのある湯を、彼女が私に撫でつけた。撫でられた、その一瞬。体全体に電流が走った。膝が震え、水面に微かな波紋を立てていた。電撃の波はその後何度も続き、私を打ち震わせた。
 美しい彼女の指は、その手に這っていた私の指に湯を撫でつけた後、私の顔を捉えた。

 顔に触れるまであと少し、というところで、彼女の蒼茫色たるその双眸が、私の、おそらく全く色の同じ瞳を心まで深くまで見通していた。
 微かに母性を匂わせる、その未熟な青い肢体は、しかしその時期特有の官能を纏っていた。まだ膨らみかけの乳房に、折れてしまいそうな腰の線、そして小ぶりな臀部。その全てが官能的だった。

 光を帯びた腕が、私の腰に回ってきていた。距離も近かったため、私は彼女の額に額を合わせる形になっていた。零れた吐息が、私にかかる。
 潤った唇が、意味深いように少し開いていた。その唇から覗く舌が、僅かに唇の端を舐めたのを、私は見た。蠱惑的なその仕草は、私をさらなる虜にする。

 彼女が私に寄りかかる。私の首に口付けをし、その些細な破裂音を花々へ伝えた。その響きの余韻が、彼ら花々に満足を与えるものであったのか、定かではないが。
 私はいつのまにか、湯に浸かっていた。湯がありのままの私を受け入れて、少し溢れた。彼女は石でできた、この湯を包む雪花石膏で出来た石楼から離れ、一人塗り油を手に持って来ていた。

 その芳香は良いものだった。私は彼女に身を委ね、全身を彼女に差し出した。粘り気のない、しかし確かに質量を感じるその塗り油は、私の体に塗りこまれた。
 月明かりが雲に隠され、私たちの間の灯りは小さな角灯しか無かった。体をほぐすように触れる彼女の指を、私は知らず目で追っていた。



 二人の間に、言葉は無かった。ただ静かに、針は残された時を刻んでいた。
しおりを挟む

処理中です...