夢の

安藤ニャンコ

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にのまえ

憶念

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 この時、私はもう思い出していた。祖母が一週間前に死んでいたこと。私はとにかく悲しんだこと。親よりも多くの時間を過ごした祖母が、なんの予兆もなく死んだこと。
 私は悔しかった。これから私が何かをするのを、見て欲しかった。私の事を永遠に想っていてほしかった。そして何より、親と過ごした時の方が、いつか祖母よりも多くなってしまうだろう事がつらかった。

「.........」
 祖母の塗り油を受けるのは、久しぶりだ。あぁ、そういえば、彼女は肉桂の香りが好きだったな。いつも決まって私に塗るのは肉桂の油だ。私も肉桂の匂いが好きだった。彼女の匂いがしたし、その匂いも鼻に付かずに爽やかだった。

「.........」
 塗り油は続いた。吹雪いていた私の心に、しっかりと精根が巡ってゆく。この手触りが、間違いなく祖母のものだったからだ。
 私の肌に艶が現れ、張っていた私の筋肉が解きほぐされる。血行が良くなり始め、次第に体が火照るのを感じた。

「.........」
 私は、彼女に何をしてあげられただろう。常に頼る位置に居た私が、彼女に一体何をできていただろう。後悔先立たず。私はそれを、心を以て痛感していた。
 彼女は口を開かない。何も言わず、ただただ私に奉仕を捧げていた。
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