夢の

安藤ニャンコ

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にのまえ

過去は交歓。今は惨憺。

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 この時私はもう、思い出していた。思い出した、という表現は悪いかもしれない。知っていたのに、今頭の中に浮かべてはいけないと思っていたのに、ようやく気が付いた、といったところか。祖母が、一週間前に死んでいたこと。私はとにかく悲しんだこと。親よりも多くの時間を過ごした祖母が、なんの予兆もなく死んだこと。何においても、それは全て祖母だった。
 私は悔しかった。これから私が何かをするのを、見て欲しかった。私の事を永遠に想っていてほしかった。そして何より、親と過ごした時の方が、いつか祖母よりも多くなってしまうだろう事がつらかった。

「.........」
 祖母の塗り油を受けるのは、久しぶりだ。あぁ、そういえば、彼女は肉桂の香りが好きだったな。いつも決まって私に塗るのは肉桂の油だ。私も肉桂の匂いが好きだった。彼女の匂いがしたし、その匂いも鼻に付かずに爽やかだった。

「.........」
 塗り油は続いた。吹雪いていた私の心に、しっかりと精根が巡ってゆく。この手触りが、間違いなく祖母のものだったからだ。
 私の肌に艶が現れ、張っていた私の筋肉が解きほぐされる。血行が良くなり始め、次第に体が火照るのを感じた。

「.........」
 私は、彼女に何をしてあげられただろう。常に頼る位置に居た私が、彼女に一体何をできていただろう。後悔先立たず。私はそれを、心を以て痛感していた。
 彼女は口を開かない。何も言わず、ただ私に奉仕を続けていた。

 いつのまにか、水滴が目から溢れていた。零れていた。触れられるのに、触れられず、今ここに居るのに、認識できない。それがさらに心を揺さぶった。他者から見れば、暗澹あんたんという雰囲気しか伝わらないだろうが、私は今、惨憺さんたんとしているのだ。それ以上は他人には絶対理解できない領域だ。例え母とて、理解はできないだろう。
 咽び、戦慄わななく。それ以外のことで、私は身を守ることができなかった。


「泣かないで。わたしの魂」
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