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パパラ、国外追放されます!
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「パパラ=チートアク=ヤクレージョ=ノウテンーキ! 貴様との婚約を破棄する!」
金髪碧眼の王太子に高らかに宣言された女は、大きくサファイアの目を見開いた。
「オータイーシ殿下、どうなされたの? お体の調子でも悪いのではなくって?」
「むしろ貴様が長年俺の頭痛の種だったのだろうが!」
思わず、つい、といった風情の王子の渾身の絶叫に、ギャラリー達が思わずうんうんと縦に首を振ってから、はっと顔を背ける。しかし彼らの耳は、修羅場の行く末にいじましくも注目し続けていた。
すぐにはっと我に返った王子の前で、今し方喧嘩をふっかけられた麗しの貴婦人は優雅に細い指を折り、うーんうーんと首を捻っている。
「はて、そのようなことを言われましても心当たりが……わたくし自分で言うのもお恥ずかしい話ですが、完璧な令嬢と自負しておりますし……」
「そうだな。容貌は言わずもがな、学園での成績は常に首位、魔力測定は常に記録更新、ノウテンーキ公爵家に文句のある者もおるまい」
「そうでしょう、そうでしょう」
「だがそれを補って余りうるものがある」
「それは一体?」
「その性格だ! それに基づく行動だ!!」
再び周囲で様子を窺っている幾多の貴族達がうんうんと首を縦に振ってから、さっと視線をそらし私は見てませんよアピールをしている。
ただしノウテンーキ公爵夫妻と現国王夫妻は、それぞれこめかみに指を当てたり目元を掌で押さえたり口元をハンカチで覆って俯いたり逆に空を仰いだり……赤の他人より身内である分、幾分か悲壮感が強い反応を示しているようだった。
王太子に指さされた令嬢は「んまあ」と羽毛扇子で優雅に扇ぎながら小首を傾げた。
「まあ多少お転婆ではあるかもしれませんけれど――」
「いいか。貴様は色々ずれているからこの際世間の認識を教えておくが、『オーホホホ、このわたくしに勝ちたかったら空を舞ってごらんなさい!』等と口走りながら、四階の窓から飛び降りて無傷でいられる人間を、多少お転婆とは言わない。喧嘩をふっかけられたスゲーセージョが真似をしたらどうするつもりだったんだ。いくら回復魔法に長けていると言っても、貴様と違って普通の女性なんだぞ!」
「だって古典的王道にのっとりますと、わたくしは本来あの方を階段から突き落とさなければならないのですけれど。何があっても大丈夫なわたくしならともかく、手弱女に強いるにはいささか過酷な荒業でございましょう? けれど先に飛び降りておけば、ほら、万が一があった場合も受け止められますし……わたくし何か間違っていたかしら?」
「駄目だ、貴様と話していると、相変わらず同じ言語で喋っているはずなのにまるで意味がわからない。頭がどうにかなりそうだ」
「きっとご心労が溜まっていらっしゃるのね」
「そうだな八割貴様由来だろうがな!!」
取り囲む人々はいつの間にかオータイーシに向かって微風を送っている。なけなしの応援のつもりなのだろうか。金髪碧眼の王子はぎゅっと拳を握りしめ、固い口調で強い決意を表明する。
「六歳の時に婚約してから十二年……この暴風雨をあらゆる意味で国外に流出させてはいけないとか、不法投棄されている才能をちょっとでも民衆に還元させようとか、一応幼馴染みだし恋は無理でも友愛ならギリギリとか、色々考えて我慢を重ねてきたが……もう限界だ。無理です陛下。この人と結婚したら、俺は間違いなく早死にする上にどう考えても継嗣を残せません」
ちらっとギャラリーの視線を送られた国王は、「いや、お前はよくやったよ……悪かった、今まで重荷を背負わせて」等とため息と共に呟きを吐き出している。
本来娘の援護に回り、かつこのような公共の場で恥をかかされたと抗議するのが自然であるはずの公爵夫妻もまた、納得かつどこか安堵すら浮かべたような顔で互いを見合っている。
一人パパラのみが、この阿鼻叫喚の渦中にあって涼しい顔、どころか婚約破棄の確定に目を輝かせてすらいた。
「わたくし、国家反逆罪でしょうか? 処刑? 軟禁? それとも国外追放? ちなみに個人的なおすすめは最後ですの。どのみち同じ結果になるでしょうから」
「もういい好きにしろ……」
げっそりやつれた顔で王太子は言い、
「強いて言うならうちの国は貴方を受け入れられなかったので他国で今後のご活躍をお祈りします罪かのう」
と国王がひげを撫でながら後を引き取った。
かくて悪名高いパパラ=チートアク=ヤクレージョ=ノウテンーキは、王太子との婚約を破棄され公爵家令嬢としての身分を剥奪され、(事実上合意の下)国外追放となった。
うきうき足取り軽く街道を歩む彼女は地図から顔を上げ、東の地平線を見据えて元気よく叫ぶ。
「待っててマイダーリン――チョーシーク様!」
そう、どれほど自由の身になることを待ちわびたことか。
オータイーシの事とて別に憎くはなかったのだが、三年前、王宮にやってきた賓客を遠目に見た瞬間、彼女は本当の恋を知ってしまったのである。
チョーシーク=セキユガ=ダバダバ=クローニン。
砂漠の王たるかの褐色肌のハンサムをなんとしても撃ち落とさんと心に決めた恋する乙女の決意は固かった。
金髪碧眼の王太子に高らかに宣言された女は、大きくサファイアの目を見開いた。
「オータイーシ殿下、どうなされたの? お体の調子でも悪いのではなくって?」
「むしろ貴様が長年俺の頭痛の種だったのだろうが!」
思わず、つい、といった風情の王子の渾身の絶叫に、ギャラリー達が思わずうんうんと縦に首を振ってから、はっと顔を背ける。しかし彼らの耳は、修羅場の行く末にいじましくも注目し続けていた。
すぐにはっと我に返った王子の前で、今し方喧嘩をふっかけられた麗しの貴婦人は優雅に細い指を折り、うーんうーんと首を捻っている。
「はて、そのようなことを言われましても心当たりが……わたくし自分で言うのもお恥ずかしい話ですが、完璧な令嬢と自負しておりますし……」
「そうだな。容貌は言わずもがな、学園での成績は常に首位、魔力測定は常に記録更新、ノウテンーキ公爵家に文句のある者もおるまい」
「そうでしょう、そうでしょう」
「だがそれを補って余りうるものがある」
「それは一体?」
「その性格だ! それに基づく行動だ!!」
再び周囲で様子を窺っている幾多の貴族達がうんうんと首を縦に振ってから、さっと視線をそらし私は見てませんよアピールをしている。
ただしノウテンーキ公爵夫妻と現国王夫妻は、それぞれこめかみに指を当てたり目元を掌で押さえたり口元をハンカチで覆って俯いたり逆に空を仰いだり……赤の他人より身内である分、幾分か悲壮感が強い反応を示しているようだった。
王太子に指さされた令嬢は「んまあ」と羽毛扇子で優雅に扇ぎながら小首を傾げた。
「まあ多少お転婆ではあるかもしれませんけれど――」
「いいか。貴様は色々ずれているからこの際世間の認識を教えておくが、『オーホホホ、このわたくしに勝ちたかったら空を舞ってごらんなさい!』等と口走りながら、四階の窓から飛び降りて無傷でいられる人間を、多少お転婆とは言わない。喧嘩をふっかけられたスゲーセージョが真似をしたらどうするつもりだったんだ。いくら回復魔法に長けていると言っても、貴様と違って普通の女性なんだぞ!」
「だって古典的王道にのっとりますと、わたくしは本来あの方を階段から突き落とさなければならないのですけれど。何があっても大丈夫なわたくしならともかく、手弱女に強いるにはいささか過酷な荒業でございましょう? けれど先に飛び降りておけば、ほら、万が一があった場合も受け止められますし……わたくし何か間違っていたかしら?」
「駄目だ、貴様と話していると、相変わらず同じ言語で喋っているはずなのにまるで意味がわからない。頭がどうにかなりそうだ」
「きっとご心労が溜まっていらっしゃるのね」
「そうだな八割貴様由来だろうがな!!」
取り囲む人々はいつの間にかオータイーシに向かって微風を送っている。なけなしの応援のつもりなのだろうか。金髪碧眼の王子はぎゅっと拳を握りしめ、固い口調で強い決意を表明する。
「六歳の時に婚約してから十二年……この暴風雨をあらゆる意味で国外に流出させてはいけないとか、不法投棄されている才能をちょっとでも民衆に還元させようとか、一応幼馴染みだし恋は無理でも友愛ならギリギリとか、色々考えて我慢を重ねてきたが……もう限界だ。無理です陛下。この人と結婚したら、俺は間違いなく早死にする上にどう考えても継嗣を残せません」
ちらっとギャラリーの視線を送られた国王は、「いや、お前はよくやったよ……悪かった、今まで重荷を背負わせて」等とため息と共に呟きを吐き出している。
本来娘の援護に回り、かつこのような公共の場で恥をかかされたと抗議するのが自然であるはずの公爵夫妻もまた、納得かつどこか安堵すら浮かべたような顔で互いを見合っている。
一人パパラのみが、この阿鼻叫喚の渦中にあって涼しい顔、どころか婚約破棄の確定に目を輝かせてすらいた。
「わたくし、国家反逆罪でしょうか? 処刑? 軟禁? それとも国外追放? ちなみに個人的なおすすめは最後ですの。どのみち同じ結果になるでしょうから」
「もういい好きにしろ……」
げっそりやつれた顔で王太子は言い、
「強いて言うならうちの国は貴方を受け入れられなかったので他国で今後のご活躍をお祈りします罪かのう」
と国王がひげを撫でながら後を引き取った。
かくて悪名高いパパラ=チートアク=ヤクレージョ=ノウテンーキは、王太子との婚約を破棄され公爵家令嬢としての身分を剥奪され、(事実上合意の下)国外追放となった。
うきうき足取り軽く街道を歩む彼女は地図から顔を上げ、東の地平線を見据えて元気よく叫ぶ。
「待っててマイダーリン――チョーシーク様!」
そう、どれほど自由の身になることを待ちわびたことか。
オータイーシの事とて別に憎くはなかったのだが、三年前、王宮にやってきた賓客を遠目に見た瞬間、彼女は本当の恋を知ってしまったのである。
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