悪役令嬢は麗しのシークを撃ち抜きたい

鳴田るな

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パパラ、狙撃します!

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 パパラの思い人、チョーシークは砂漠の王である。

 かつてそこは交易の通過地点、東西を行き来する旅の中継地点以外特にコメントすべきこともない、乾いた砂の大地だった。

 国と呼ぶには弱く小さい人々の群れは、それぞれがぽつりぽつりと点在するオアシス周りに身を寄せ、各氏族の文化を守りつつ、細々と勤勉に代々痩せた土地を守り続けていた。

 しかしある時転機が訪れた。
 魔油の発見が人々の生活を根本から変えてしまったのである。

 とは言えこの言い方は正確ではない。
 魔油自体の存在ならば、古来より知られていた。

 魔石より遙かに効率的に魔力供給を可能にする、油のごとき液体。
 けれどかつての魔油は今ほど魅力的では亡かった。

 まず産出場所が限定的かつ不安定で量が乏しかった。これが一つ。
 質を問わねばどこでも取れると言って過言ではない魔石は、極論ただの石に人間が魔力を吹き込むことでも作ることができた。

 そして魔油のより安定的な理由のために、人類が乗り越えなければならなかった壁がもう一つ。
 より強い力を得るにはより多くの代償が必要。自然界の道理である。

 魔油は魔石より純度が高く強力なエネルギー源だったが、その濃すぎる魔力は魔石にない悪影響を及ぼした。

 たとえば喘息のような身体症状の異常を起こすとか、幻覚を見て精神に異常を来すだとか……魔油を利用しようとすると、このような副作用を我慢する必要があったのである。
 繊細な人などは、魔油が側にあっただけで寝込んだりしたのだから、これでは一般利用など夢のまた夢。


 故に、魔油は長い間ただ眠るのみだった。魅力的ではあるが手に余る希少品として、放置されていた。


 ところが百年ほど前に状況が一変した。
 魔油利用最大の壁である副作用を抑える術式を、とある一族が完成させたのである。

 安定して魔油に触れることができるようになった彼らは、魔油のさらなる調査、安定的に供給するための手段、魔油を原料とした魔道具の生産――等々、次々技術革新を進め、瞬く間に勢力を拡大させていった。

 作物芽吹かず家畜も育たぬ不毛な土地は、資源の眠る宝庫と変じる。
 突如掘り当てられた金になる油のために、穏やかで素朴な人々は豹変した。

 魔油革新を起こした一族は絶大な力を振るったが、所詮元は辺境の少数民族、新技術を開発し敵をなぎ払う事はできても、その後の調整や駆け引きについては不得手だったらしい。
 当初こそ破竹の勢いで砂の大地を統一し東西に迫ったものの、内部分裂と外部の必死の抵抗にやがて瓦解した。

 砂漠に住まう者、砂漠を通る者、砂漠の宝を我が物にせんとする者――様々な利害関係が絡み合い、無数の血が流された。

 この戦乱と混沌の果て、

「わかった、自分がなんとかするから、皆油のために争うのはやめてぇ!」

 と出てきた元祖苦労人――これこそがクローニンのご先祖様なのであった。

 関係者各位が皆疲弊していたのと、末期に生じた身内の殺し合いの結果、魔油制御の術式を継承できるのがクローニン一族しか残っていなかったという状況が、うまいこと各自の矛を収めさせたのかもしれない。

 ちょうどいい責任者が出てきた、一族郎党皆殺しにしてこのような忌まわしい力ごと封じてしまえという声もなくはなかったが、人は便利に勝てない怠惰の生物である。
 魔油利用によってこれまでと異なる遙かに快適な生活を送ることができるようになった砂漠の民は、元のいずれ死ぬためだけに生きてく日々に戻ることを嫌がった。東西の古き国とて、目の前に現れた新たな贅沢をあっさり手放せるほど清廉ではなかった。

 かくてアブラダーバ王国は成った。
 そしてちょっと時が経つと人は過去の凄惨な歴史を忘れ、「なんか砂漠で儲けたすげーキラキラした奴らがいるぞ」というイメージだけが、なんとなく一般人には残っている。

 実際クローニン一族は派手に着飾っている。耳飾りに首飾りに指輪に腕輪に、それはもうじゃらじゃらと宝飾品が身じろぎする度に鳴り響き光り輝き、そういった光景を見慣れているはずの王侯貴族とてぱっと見「うわっ眩し」となるのは確かだ。

 しかし彼らの装備が増やされていったのは、けして魔油を盾にうまいこと稼いで贅沢三昧をしているせい――も、あるのかもしれないが、それだけではない。

 何しろ建国して王になった経緯が経緯だ、クローニン一族は東西南北全方位から、道理ある恨みも逆恨みも買っている。

 最初は魔油を取り扱うためにつけていた防御の術式が基本だった。
 そこに、自然と昼夜情熱的に懐に潜り込んでこようとする刺客の刃をはね除けるためのあれこれを足していったら、結果として孔雀のような見た目に育ってしまったというのが実情である。


 とは言え犠牲を出しつつもたゆまぬ努力を続けた結果、最近では大分無礼な訪問客の数も減り、現在の王チョーシーク=中略=クローニンはせっせと次から次へと積み上がる雑務の山を崩す事に勤しんでいた。

「次」

 チョーシークは褐色黒髪の美男子である。
 彼が頭を動かすと、垂れ布に連なる飾りがこすれ合ってしゃらしゃら音を立てた。頭に布を止めている縄状の輪も、彼が動く度に昼の日の光を受けて美しく輝きを放つ。

 通常ならこれらの頭のジャラジャラは必要ない。ただの布を頭から被って地味な黒い輪っかで止める、それだけで終わるはずだ。先述した切実な自衛の一つの形が、彼のみが有するこの独特の装備ということになる。

 その地味な装備に身を包んでいる臣下の一人が、若き国王に促されると次の議題を取り上げる。

「我が王。先日、街道で商人が蛮族に襲われたようなのですが、奇妙なことに――」

 王と付き合いの長い男にしては、歯切れの悪い物言いが引っかかり、チョーシークは伏せていた目をふと上げ、それからはっと大きく見開く。

 王が何かするより先に、臣下の言葉が途中で切られた。

 パシュン、と短く何か放たれた音と共に、男は床に倒れ伏す。
 けだるげな午後の空気が漂っていた部屋が一瞬で緊張に染まった。

「我が王――ぐあっ!」
「クソッ、最近来ないと思っていたらおのれ――ぐふっ!」
「兵を呼べ、王をお守りせよ――ヒギィ!」

 なんということだろう、次々と臣下達が謎の攻撃によって奇声を上げながら倒れていく。
 おそらく狙撃されているのだろうが、軌道が全く読めない。
 あっという間にその場で意識を保っているのは王のみとなった。

 一人残されたチョーシークは、惨状の中騒ぐこともなくしばらく座したままだったが、すっと目を細める。

「上か」

 彼が呟くのと同時、答えるように上方から彼に向かって大きな影が舞い降りてきた。

「チョーシーク様、お覚悟なさって!」
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