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パパラ、一世一代の賭けに出ます!
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急いでシークが駆けつけたのは、遺跡全体を監視するモニタリングルームだ。
室内に飛び込んだ瞬間、赤い光の点滅とけたたましい警告音、右往左往する人々の様子が一気になだれ込んでくる。
「これは――!」
「一体何が起こりましたの!?」
「魔油嵐――大量に魔油を集めた事で起こる、魔力暴走の一つだ」
追いかけてきたパパラが叫ぶと、シークは硬い声で返した。
「我が王――」
「王よ――!」
「年々短くなってはいたが、今回の出現はことさら早いな……」
一瞬自嘲のような微笑みを浮かべた王だが、次の瞬間バッと手を広げ、どよめく人々に向かって声を張り上げた。
「騒ぐな! 監察官、時間を! あとどのぐらい猶予がある!?」
一喝され、モニタリングルームの中心にいた男達がはっと気を取り直し、中の一人が振り返って応じる。
「お、王よ――発生の観測がつい先ほど、しかし成長が急激で……従来通りなら、三時間後までに処置を行わねば汲み上げ装置に致命的な損傷が残るかと……」
「三時間か。ならば僥倖、犠牲は最低限で済むだろう。この時のために訓練も重ねてきたはずだろう。各自、手はず通り速やかに行動せよ。私は三時間後、再び第一階層の扉を開く」
断続的に続く警告音以外、静まり返っていた。
血の気の失せた顔でふらふらと老人が歩み寄ってくる。
「王よ……」
「爺、悲しむな。全てこの時のため……で、あろう?」
「ですが……口惜しい。早すぎる。まだ三年……たった三年ではありませぬか! あまりにも、時間が――」
「――お前達、何をしている! 時間はないはず、疾く失せよ!」
再び王が大声を上げれば、人々は悲壮感を漂わせつつも、迅速に動き出した。
シークは人々が動き出したことを、ぐるりと一度だけ見回して確認し、満足そうな微笑みを浮かべた。
部外者のパパラのみ、この場の展開にやや置いていかれており、踵を返して部屋を出て行こうとする王の後に慌てて続いた。
彼の後ろには、鼻をすすらんばかりの勢いで悲嘆に暮れている幾人かの臣下達が付き従う。
浮き足立つ人の中にあって、一人だけ異様に静けさを保ち続ける王に、パパラは歩きながらそっと声をかけた。
「何が起きたのです? 漏れ聞こえる言葉から察するに、魔力の暴走でしょうか?」
「その通りだ。魔油嵐……これほどの量の魔油を一度に集めれば、膨大な力の奔流は時に牙向き周囲全てを巻き込んで爆発する」
「ですが、対処法は存在するのですね?」
「ああ。私が直接飛び込んで鎮める」
「……なんですって? それは暴走を起こしている場所、魔力渦巻く中心に、御身自ら差し出す、という意味でございますか?」
「そうだ」
王の後ろをパタパタと歩いていた女は、それを聞いた瞬間軽やかに地面と壁と天井を蹴って飛び、王の前に着地して歩みを止めさせる。
金色の目がギッと睨み付けたが、パパラの方も真剣な眼差しで見つめ返した。
「いけません、我が王。いくらあなたが魔力制御に優れ、幾重の防御陣に御身を守らせていると言っても、あの中に飛び込んだらさすがに人の形を保ってはいられません」
「そうだな。だがそれがシークの役割というものだ」
「ばかな。それではまるで人身御供ではありませんか!」
「だからそうだ、と言っているのだ。先ほどからな」
パパラは愕然とした。
すると逆に、頑なだったシークの顔になぜか穏やかな色が戻る。
「なぜシークは、望むこと全て叶えられるのだと思う? なぜ私は、贅沢を極めても許されているのだと思う? 日々の業務だけではない。何よりもこの時のための投資だ。魔力暴走の中心に降りて、命と引き換えに正常状態に戻す――それが私に、私達の一族に与えられた大事な仕事だ」
「投資? 違う。投資とは、未来の資源を増やすために行うのです。死なせるために貢ぐですって? そんな、そのようなことが……」
身を震わせる女に数歩歩み寄り、シークはぽん、と優しくその肩に手を置いた。
青い目と金色の目が交錯する。
彼は微笑みかけた。
「泡沫の夢の生、いつ死ぬともわからぬ身ではあったが、なかなか楽しませてもらった。あまりにそなたが死とかけ離れているから、自分の行く道すら一瞬忘れかけるところであった。……だが、こうなるのなら、やはりこれが私の天命だったのであろう。達者で暮らせよ。次代のシークにも優しくしてやってくれると、嬉しい」
王は道を行こうとする。
これからまた採掘の建物へと向かい、他人の避難が完了した時を見計らって最奥の扉を開くつもりなのだろう。
だが、通り過ぎようとしたところで女に腕をつかまれた。
王からも、そして彼に付き従う臣下達からも、不穏な気配が立ち上る。
「退け。邪魔立てするなら逆賊と断ぜねばならぬ」
「お待ちになって。わたくしに提案がございます」
「王よ、いつまでこの悪霊《ジン》に構うおつもりか!」
その時、二人以外から叫ぶ者があった。
我慢ならない、という様子で地団駄を踏んでいるのは、パパラの奇行に渋い顔をしていた臣下の一人だ。
同じく不満を抱いていたと言えば警備隊長こそ真っ先に上がってくるはずだが、意外にも彼はこの場にあって静観する立場のようだった。
衆目を集めた老人が、泡を吹きつつ女を指さす。
「そもそも部外者ではないか! 今すぐ処刑されるべき所を、なぜのうのうと自由にさせているのです! 王はお変わりになってしまった、外国の売女にたぶらかされて――」
「貴様、我が王を愚弄するならば、わたくしが許さないぞ!」
雷に打たれたようにその場の全員が硬直した。
女子にこれほど覇気のある声が出せたのか。
怒りに目を吊り上げた女は、銃口を真っ直ぐ老いた臣下に向けていた。
哀れなと言うべきか愚かなと言うべきか、激情を向けられた男は震え上がり、へなへなその場に腰を抜かして崩れ落ちる。
「――聞こう。話してみよ」
「王よ!」
「どのみち皆が逃げ切る前にはまだ扉をひらくつもりはない。そなたも私が逃げ出さないか見張るつもりなのかもしれないが、安心せよ。今更死ぬ事に臆することなどせぬ。私が恐ろしいのはただ、犠牲を出すことだ」
なおも王に震え声をかけようとした男だったが、淡々とした答えを返されると今度こそ黙り込んだ。
「連れて行ってやれ。国を憂える忠臣が一人。この場で無駄死にさせることはない」
警備の一人にシークがそう命じれば、彼の臣はその通り、へたれこんでいる老人の両脇に手を突っ込んでずるずる廊下を引きずっていった。
さて遮るものがいなくなったところで、改めて王はひたと女を見据える。
「して、考えとやらは何だ?」
「その前に確認を。魔油嵐とやらは魔力の暴走。正しい場所に正しい術式を刻むことで沈静を図る。つまり我が王はどの場所にどの術式を当てれば嵐が収まるのかご存知である、という認識でよろしくて?」
「そうだ。あの魔力の渦の中で正しい位置に術を刻むには、外側からの介入は不可能。私に施された防御陣は強力だ、片道ぐらいは持つ」
「理解致しました、よろしゅうございます。ならばつまり、我が王が直接赴かれずとも、場所がわかって術が刻まれればいい。そういうことですわね?」
「今の王の説明を聞いていなかったのか? 外側から術が投入できれば、確かに王が危険地帯に足を踏み入れる必要はなくなる。だがそれが不可能だからこそ、直接――」
「可能です。いいえ、可能になる、と言った方が正しいかしら」
女はいつも担いでいる大きな銃を揺らした。
「其れは天より降ろされし神の御業、其れは数多の願望の具現、其れは奇跡呼ぶ魔法の逸物――皆様、お忘れでして? わたくし、摩訶不思議兵器《オーパーツ》使いですのよ」
じゃこん、と音を立てたそれに、はっと王が何かに気がついたような目を向ける。
「あなたの術式をこの銃の弾丸に込め、わたくしが撃つ。そうすればあなた自身が命を散らす必要はなくなります。そのためには我が王に、正確な狙撃位置と弾丸に込める術式の準備を賜らねばなりますまいが……できますよね? このわたくしの愛を弾き続けてきたあなたですもの、それぐらい容易にこなせますでしょう?」
室内に飛び込んだ瞬間、赤い光の点滅とけたたましい警告音、右往左往する人々の様子が一気になだれ込んでくる。
「これは――!」
「一体何が起こりましたの!?」
「魔油嵐――大量に魔油を集めた事で起こる、魔力暴走の一つだ」
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「王よ――!」
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「三時間か。ならば僥倖、犠牲は最低限で済むだろう。この時のために訓練も重ねてきたはずだろう。各自、手はず通り速やかに行動せよ。私は三時間後、再び第一階層の扉を開く」
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「王よ……」
「爺、悲しむな。全てこの時のため……で、あろう?」
「ですが……口惜しい。早すぎる。まだ三年……たった三年ではありませぬか! あまりにも、時間が――」
「――お前達、何をしている! 時間はないはず、疾く失せよ!」
再び王が大声を上げれば、人々は悲壮感を漂わせつつも、迅速に動き出した。
シークは人々が動き出したことを、ぐるりと一度だけ見回して確認し、満足そうな微笑みを浮かべた。
部外者のパパラのみ、この場の展開にやや置いていかれており、踵を返して部屋を出て行こうとする王の後に慌てて続いた。
彼の後ろには、鼻をすすらんばかりの勢いで悲嘆に暮れている幾人かの臣下達が付き従う。
浮き足立つ人の中にあって、一人だけ異様に静けさを保ち続ける王に、パパラは歩きながらそっと声をかけた。
「何が起きたのです? 漏れ聞こえる言葉から察するに、魔力の暴走でしょうか?」
「その通りだ。魔油嵐……これほどの量の魔油を一度に集めれば、膨大な力の奔流は時に牙向き周囲全てを巻き込んで爆発する」
「ですが、対処法は存在するのですね?」
「ああ。私が直接飛び込んで鎮める」
「……なんですって? それは暴走を起こしている場所、魔力渦巻く中心に、御身自ら差し出す、という意味でございますか?」
「そうだ」
王の後ろをパタパタと歩いていた女は、それを聞いた瞬間軽やかに地面と壁と天井を蹴って飛び、王の前に着地して歩みを止めさせる。
金色の目がギッと睨み付けたが、パパラの方も真剣な眼差しで見つめ返した。
「いけません、我が王。いくらあなたが魔力制御に優れ、幾重の防御陣に御身を守らせていると言っても、あの中に飛び込んだらさすがに人の形を保ってはいられません」
「そうだな。だがそれがシークの役割というものだ」
「ばかな。それではまるで人身御供ではありませんか!」
「だからそうだ、と言っているのだ。先ほどからな」
パパラは愕然とした。
すると逆に、頑なだったシークの顔になぜか穏やかな色が戻る。
「なぜシークは、望むこと全て叶えられるのだと思う? なぜ私は、贅沢を極めても許されているのだと思う? 日々の業務だけではない。何よりもこの時のための投資だ。魔力暴走の中心に降りて、命と引き換えに正常状態に戻す――それが私に、私達の一族に与えられた大事な仕事だ」
「投資? 違う。投資とは、未来の資源を増やすために行うのです。死なせるために貢ぐですって? そんな、そのようなことが……」
身を震わせる女に数歩歩み寄り、シークはぽん、と優しくその肩に手を置いた。
青い目と金色の目が交錯する。
彼は微笑みかけた。
「泡沫の夢の生、いつ死ぬともわからぬ身ではあったが、なかなか楽しませてもらった。あまりにそなたが死とかけ離れているから、自分の行く道すら一瞬忘れかけるところであった。……だが、こうなるのなら、やはりこれが私の天命だったのであろう。達者で暮らせよ。次代のシークにも優しくしてやってくれると、嬉しい」
王は道を行こうとする。
これからまた採掘の建物へと向かい、他人の避難が完了した時を見計らって最奥の扉を開くつもりなのだろう。
だが、通り過ぎようとしたところで女に腕をつかまれた。
王からも、そして彼に付き従う臣下達からも、不穏な気配が立ち上る。
「退け。邪魔立てするなら逆賊と断ぜねばならぬ」
「お待ちになって。わたくしに提案がございます」
「王よ、いつまでこの悪霊《ジン》に構うおつもりか!」
その時、二人以外から叫ぶ者があった。
我慢ならない、という様子で地団駄を踏んでいるのは、パパラの奇行に渋い顔をしていた臣下の一人だ。
同じく不満を抱いていたと言えば警備隊長こそ真っ先に上がってくるはずだが、意外にも彼はこの場にあって静観する立場のようだった。
衆目を集めた老人が、泡を吹きつつ女を指さす。
「そもそも部外者ではないか! 今すぐ処刑されるべき所を、なぜのうのうと自由にさせているのです! 王はお変わりになってしまった、外国の売女にたぶらかされて――」
「貴様、我が王を愚弄するならば、わたくしが許さないぞ!」
雷に打たれたようにその場の全員が硬直した。
女子にこれほど覇気のある声が出せたのか。
怒りに目を吊り上げた女は、銃口を真っ直ぐ老いた臣下に向けていた。
哀れなと言うべきか愚かなと言うべきか、激情を向けられた男は震え上がり、へなへなその場に腰を抜かして崩れ落ちる。
「――聞こう。話してみよ」
「王よ!」
「どのみち皆が逃げ切る前にはまだ扉をひらくつもりはない。そなたも私が逃げ出さないか見張るつもりなのかもしれないが、安心せよ。今更死ぬ事に臆することなどせぬ。私が恐ろしいのはただ、犠牲を出すことだ」
なおも王に震え声をかけようとした男だったが、淡々とした答えを返されると今度こそ黙り込んだ。
「連れて行ってやれ。国を憂える忠臣が一人。この場で無駄死にさせることはない」
警備の一人にシークがそう命じれば、彼の臣はその通り、へたれこんでいる老人の両脇に手を突っ込んでずるずる廊下を引きずっていった。
さて遮るものがいなくなったところで、改めて王はひたと女を見据える。
「して、考えとやらは何だ?」
「その前に確認を。魔油嵐とやらは魔力の暴走。正しい場所に正しい術式を刻むことで沈静を図る。つまり我が王はどの場所にどの術式を当てれば嵐が収まるのかご存知である、という認識でよろしくて?」
「そうだ。あの魔力の渦の中で正しい位置に術を刻むには、外側からの介入は不可能。私に施された防御陣は強力だ、片道ぐらいは持つ」
「理解致しました、よろしゅうございます。ならばつまり、我が王が直接赴かれずとも、場所がわかって術が刻まれればいい。そういうことですわね?」
「今の王の説明を聞いていなかったのか? 外側から術が投入できれば、確かに王が危険地帯に足を踏み入れる必要はなくなる。だがそれが不可能だからこそ、直接――」
「可能です。いいえ、可能になる、と言った方が正しいかしら」
女はいつも担いでいる大きな銃を揺らした。
「其れは天より降ろされし神の御業、其れは数多の願望の具現、其れは奇跡呼ぶ魔法の逸物――皆様、お忘れでして? わたくし、摩訶不思議兵器《オーパーツ》使いですのよ」
じゃこん、と音を立てたそれに、はっと王が何かに気がついたような目を向ける。
「あなたの術式をこの銃の弾丸に込め、わたくしが撃つ。そうすればあなた自身が命を散らす必要はなくなります。そのためには我が王に、正確な狙撃位置と弾丸に込める術式の準備を賜らねばなりますまいが……できますよね? このわたくしの愛を弾き続けてきたあなたですもの、それぐらい容易にこなせますでしょう?」
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